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平大典「【対東京《バーサス・トーキョー》】Versus Tokyo」(3)

平大典「【対東京《バーサス・トーキョー》】Versus Tokyo」(3)

 

次の東京の宵トーキョー・ナハトは、前回からちょうど一カ月が経過した六月の半ばだった。

拾得ジットクに出会った夜以後、寝つきが悪化していた。目を瞑ると、天狗テングが息を引き取った瞬間やア美顕アビケン日本刀ダンピラ脳裏のうりに浮かび恐怖ガクブルしている一方で、今夜こそ東京の宵トーキョー・ナハトがあるかも、というヘンテコな期待ドギマギを抱いてしまうのだ。

 

結果として、恒常的に午前二時まで起きているようになった。眠れない時間は、文章を筆記するか、ランニングや筋トレをして過ごす。肉体的な変調も感じた。下僕たる証明インプラント・デバイスを介した調整アジャストなのか膂力パワーや敏捷性、持続力スタミナなどの身体能力が多少なりとも向上しているようであった。

その夜も腕立て伏せをしていたところで、全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズに通知。

凡そ一時間後の開催。場所は、太平洋たいへいように沈みかけの港区ミナトク

俺は急いで服を着替える。拾得ジットクをお手本にして、全身黒のでかめオーバーサイズのスウェット。

姿見すがたみに映るその出で立ちナリは、クソ弱い強盗チンピラの如くだった。拾得ジットクはこなれていて洗練された感があるのだが。

次に俺はメモ帳を取出し、拾得ジットクとの合流地点ランデブー・ポイントを調べる。東京の宵トーキョー・ナハトでは、通信が遮断クローズされてしまうのだ。

第一候補ファースト第八台場駅改札口周辺だいはちダイバえきかいさつぐちしゅうへん』『第二候補セカンド、ダイバーシティ跡地』『第三候補サード旧港避難所地下入口きゅうミナトひなんじょちかいりぐち

場所を事前に決めていても、合流ランデブー容易ラクじゃないときもある。その付近で戦闘が始まっていたら、それどころじゃない。というわけで、第二候補セカンド第三候補サードまで決めている。最悪、午前零時三十分ごろまでに合流ランデブーできなかったら、その宵は解散おつかれともした。その場合は各々で払暁まで逃げるミッドナイト・ラン

俺はさっさと空中くうちゅう公道こうどうまで上昇、自動運転公共オートノマスバスに乗車。

小一時間ほど南下してから、途中で臨海りんかいせんに乗り換えると、地表七〇メートルに位置する第八台場駅だいはちダイバえきまでたどり着いた。港区ミナトク。かつての都心としん三区さんくでありながら、大災厄ファックの影響で最も荒廃こうはいした区である。

電子装飾ネオンサインも乏しいしょぼくれた改札にたどり着くと、拾得ジットクが改札付近にあるトイレ横にて、大便ヤンキー座りで待っていた。まだ素顔スッピンのままだった。

俺は少し緊張そわそわしていた。

周りの通行人は、下僕たる証明インプラント・デバイスの影響でもう俺たちの存在を認知にんちできなくなっているようだ。何人かをにらんだが、一切反応しない。

寒山カンザンちゃん、おっと、寒山カンザン。早いじゃない」寒山カンザンと言い直した拾得ジットクは俺を睨んだ。「今夜は気合が入っている感じじゃないの」

拾得ジットクはポケットから、スプレーを取り出すと、自分の目元に吹きかけた。独特な刺激臭ニオイが周りに拡がる。拾得ジットクの眼の周りは黒くなり、前と同じく不審人物ヤバいヤツツラになった。

俺も目を瞑る。拾得ジットクはスプレーを吹きかけた。しばらくしてから、目を開く。額や目じりの辺りが少しひりひりする。

拾得ジットクは直近の一年で三人仕留めたらしい。真っ黒ガングロ服装ナリ戦闘流儀スタイルを確立するまで、三カ月1クール以上かかった。結局、東京の宵トーキョー・ナハト経験者パイセンから助言アドバイスをもらったらしい。

「バンダナのほうが良かったかな。ラクだし」

「その選択は感覚センスだね」

感覚センスね。顔に巻くのは手拭いとかしか経験ないし。風邪除けのマスクじゃ、心許ないし」

ぐずぐずべしゃる俺の態度がおかしかったのか、拾得ジットクはすんと鼻を鳴らした。

「さて寒山カンザン、見つけたら逃げるのは」

拾得ジットクから教えてもらった危険人物アブないやつらを並べる。「まず【第三圏】。躰中に漢字かんじ入れ墨タトゥーを入れた小柄で筋肉質の中年ダッド、【第一圏】のア美顕アビケン、それと、【第五圏】の赤い恰好カッコ血生臭い薬売りブラッド・サースティ・プッシャーズ、その他諸々」

「正解だ、さすが物覚えが早い」

外見ナリ特徴クセがありすぎるんだよ」俺はポケットに突っ込んでいたペットボトルのミネラルウォータを取り出して、乾燥気味ののどを潤す。「拾得ジットクは全員遭ったことがあるのか?」

「一度、文京区ブンキョークの界隈で漢字男カンジマンに追われた。あいつパンツ一丁ぱんいちでさ、胸に『心臓しんぞう』、腕に『つめ』、背中に『はね』って、文字が明朝体みんちょうで彫ってあるんだよ。そんないかにも私はバケモンですっていうのが、目が合った刹那、弾丸バレットみたいな速度マッハで走ってくるんだぜ」

ゴシック体で彫らないのは感覚センスの問題だろう。「どうやって逃走トンズラしたんだ」

「一巻の終わりってところで、ちょうど目の前を自動運転車両オートノマス・ビークルが通りかかったんで、飛び乗ったんだよ。キモをつぶしたね」

大袈裟おおげさだろ。

拾得ジットクは少し言葉に詰まらせた。「あんまり嘘はいけないよな。前のとき、寒山カンザンに二つくらい嘘を吐いた。一つ目は、区外に出るのも、ナハトに参加しないのも、タマには支障がない」

前は最悪の事態とかなんチョベリバ・スペベリバとか言っていたな。なんだよ、気を張りすぎたのが、馬鹿トンマみたいだ。

少しだけ声を荒げる。「どういう意味だ。なんだよ、支障がないってのは」

「謝るよ、寒山カンザン。ソーリーだ。大袈裟おおげさ誇張こちょうしたんだ」拾得ジットクは顔を顰めた。「致命的なことはない。でも、祝福ビラヴドを受けにくくなる」

「受けにくくなるってのは」

「緩やかに不幸となる」

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

ナハトに参加したくないなら、都内から脱出ドロンするしかないね」

神たる東京デウス・トーキョーからの退去。みずから東京に忘れられた存在ワールド・フォーガットン・ボーイになるなどありえない。

「そりゃ論外だな」

「さあ、移動しよっか。まずは身支度だねェ」

駅構内から屋外へ移動する。低い位置の空は晴れていて、薄っすらと星が輝いていた。極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールを支える郊外縁補柱サブ国際空港跡地ハネダからそびえたち、その麓で大災厄ビッグ・パーティでの犠牲者ぎせいしゃ鎮魂ちんこんするために建造された巨大灯台ライト・ハウスが青い光を灯していた。南方では、ねじれ切れたビフレストレインボーブリッジが夜景から浮かび上がっている。

地上五〇メートルの低層空中公道を経て拾得ジットクが連れてきたのは、第八台場だいはちダイバビル内部にある貸倉庫置き場レンタルボックスだった。向日葵ひまわり色に塗装された倉庫用鉄匣コンテナが所狭しと並んでいたが、一つ扉が開いているものがある。

「好きなのを選べばいい」拾得ジットクが先に中に入る。

薄暗いコンテナの中には誰もいなかったが、代わりに大量の武器ウェポンが置いてあった。

猟銃りょうじゅう日本刀にほんとう青龍刀せいりゅうとう、ヌンチャク、鉄扇てつせん金属きんぞくバット、ナックル、バグナグ。壁や棚の中には、殺傷さっしょう能力のうりょくが高い武器ウェポンがずらり。一番奥には、火炎放射器が鎮座していた。

拾得ジットク、好きなのってことは、ここにあるもの選べばいいのか」

「そうだ。俺たち【第二圏】の戦闘員ソルダート向けに用意されたもんだ。だから、各区に供給場所が準備セタップされているんだ。日が上った頃に、ちゃんと返還もどしにくればいい」

天狗テングを仕留めた九寸釘ナイン・インチを思い出す。「前の九寸釘ナイン・インチも持ち出したのか」

九寸釘ナイン・インチというと、うしこくまいりで呪いを掛けるため藁人形わらにんぎょうに打ちつける、という安っぽい用途しか思い浮かばない。

九寸釘ナイン・インチは個人的な持ち物だ。前は立ち寄るのが面倒だったんで、あれだけ」

「私物か」

「自分でやすり掛けしているんだよね。バッグにも隠しやすいから、いつも持ち歩いているし」

つかみどころのない男だ。

拾得ジットクは壁に掛けてあった刃渡り三〇センチほどのサバイバルナイフを手に取る。

「それにするのか」

「シンプルでしょ」拾得ジットクは鼠色に艶めく手錠ワッカも手にして、ポケットに放り込む。「これもけっこう活用価値があるんだよね。嬲り殺しシゴキとかは趣味じゃないけど」

悩ましい。俺も取り急ぎ、手錠ワッカを手にするが、そこから困る。

ナイフなどの刃物ドスは、昔からあまり好まない。自炊するときでも使うことは滅多にない。鉄扇てつせんやヌンチャクは悪ふざけにしか思えなかった。

俺は棚にあったリボルバー式の拳銃チャカを手に取る。殺傷能力が高いはずだ。

「コルトパイソン、ね。拳銃チャカはあんまりオススメじゃないなァ」

「なんでだ」俺はコルトパイソンを棚に戻す。

素人トーシローじゃ、標的に弾を命中ブルズアイさせるのは困難だし、一般人パンピーを誤射する可能性も高い。一般人パンピーバラしたら、バリヤバい事態コトになる。らしい。交差点みたいな密集地で交戦わやが始まったら、使い物にならないじゃない」

「じゃあ、じゃあ」

俺は、入り口付近に立てかけてある銀色シルバー金属きんぞくバットを手に取る。何人かが使用したのだろうか、何か所かが凹んでいる。手に取って、振りかぶる。改めて持つと、とても振りやすい。表面には、『ALMINIUM BAT』と印字してある。

「いいね、シンプルで。不良少年ヤンチャぽいから、寒山カンザンには似合っていないけど」拾得ジットクが茶化すように告げた。「野球ヤキュー、やっていたの?」

「小学生のとき、少年野球リトルリーグを少々」

 

出だしは予定通りだったが、その後はなかなかうまくいかない。

俺たちは、他圏ヨソの奴らを探し回った。台場公園ダイバパークはいかにも人目に付くので、田町タマチ方面へ北上した。細かい路地構造を中心に動き、たまに高いビルの屋上などから定点監視でばがめをした。

少なからず、交戦サイファーしている場面には遭遇そうぐうした。

地上一〇〇メートルに位置する屋根ルーフ付きの三田第三公園の広場では、【第五圏】の老兵ジッチャンが、若い女二人、【第一圏】の戦闘員ソルダートに首をごくぶと鉄鎖チェーンで巻き上げられて仕留められていた。老兵ジッチャンは苦悶の表情で舌や目玉が飛び出しそうだった。第四首都高速シュトコー芝Pシバパーキングでは【第三圏】と【第二圏】が入り乱れ、殲滅戦カーネイジと化していた。参加して応援ヘルプするのは、やめとけと拾得ジットクに助言された。横取りは嫌われるらしい。

遺体ホトケは一体だけ。空中公道の欄干らんかんから首都高シュトコーを見下ろしたとき、車道の端に影が横たわっているのを発見した。多分、死んでから何度もかれていたのだろう、真っ黒いにくと化して男か女かさえ判別できない状態だった。

徳川宗春ご公認暴力血祭トクガワムネハル・オフィシャル・ファイトクラブ偉大な脳髄ザ・グレイテストである摂政セッショーは、この電脳都市サイバーパンクシティ狂騒ヒャッハーする戦闘員ソルダートたちに対してどんな所感を抱いているのか。侮蔑しているのだろうか。

 

気付けば、もう午前二時を過ぎていた。俺たちは麻布アザブの第三空中公道層辺りまで歩を進めていた。一帯は静寂に包まれているが、いくつかのビル窓からは柔い灯りが漏れている。どうせ高級店ハイ・エンドだ。電飾ネオン制限もされており、他の場所と比して落ち着いた印象である。

寒山カンザン、残念だけど、今日は不作ふさくだね」

バットを素振りする。期待通りにはいかない。今宵こよいは打席にも立っていない。

不漁ボウズのほうが表現として正しい気がするけど」

ちょっと安心もしていた。これで、一晩は逃げおおせる。

ビル内改装工事中区画の通廊に踏み込む。上の階層までぶち抜かれており、天井が遠い。無人トレーラ、重機ユンボ。空気は湿っていて暗澹あんたんとした場所エリアだ。ここ五年ほどで、高層ビル改修は増加の一途をたどっている。どこもかしこも工事中という時期シーズンも珍しくない。

神なる東京デウス・トーキョーの人口は膨れ、面積当たり密度のみならず三次元方向都市過密も問題となっていた。まずは居住地すまいを確保しなければならない。都の周囲は、堅固けんご聖なる立入禁止壁セント・ワンダー・ウォールで覆われている。都内面積の拡張は困難ハードである以上、延べ床面積を広げるしかないのだ。一度構築された建築物ハードは基本的にその用途が固定されてしまい変更が容易ではないことも問題視されてきた。

第二圏で発布はっぷされている都市計画によれば、さらなる高層建築マシマシを目指し、五圏共同にて低階層補強と変形機構への変遷トランジションが進んでいる。アクチュエータを多用した変形都市主義マクロスイズムは、ここ最近のトレンドだ。社會や経済の状況に応じて、フロア自体を変形させることにより、柔軟フレキシブルな用途確保を可能にすることが目論見もくろみらしい。人口対策のみならず、防災防衛防落サンボウの諸問題解決にも資するという。費用コスト莫大ばくだいだが、神なる東京デウス・トーキョーには世界中の資本カネ資材モノが集中している。

神なる東京デウス・トーキョー独裁ワンオペする摂政セッショー無謬むびょうせいに基づき高層化、複雑化する大都市メガロポリスを、怪獣Gと呼ぶ学者センセーたちがいる。一理ある。まるで生命体だ。かつて世界の周辺部だったアジアの一都市が、世界の中心となり、さらに深遠な叡智えいちと未知の生態せいたいを有する魔獣ジャバウォックへと変貌しようとしている。

経済カネ政治ウソ法律ワナといった中枢性エンジンが人々の手から離れていく。流通している情報インフォのどこまでが妥当性の高い事実ファクトであるのか判別できない。各圏に都市計画をばら撒く徳川宗春ニムロッドは、五圏東京セカイ全貌すべてを覆い隠し、決して表舞台に出てこない。

拾得ジットクは欠伸をした。

「そういえば、みんなどうしてあんな派手バサラ格好ナリするんだ?」ア美顕アビケンもだが、他の連中もだ。「顔を隠すことで匿名性を上げること、あと、ある程度相手を威嚇いかくするというのは理解できる」

戦闘服BDが地味さを志向するようになるのは、銃撃戦ドンパチで勝敗が決定するようになった近代以後の現代戦だ。肉弾戦ドツキアイにおいては、派手な甲冑ヨロイに身を包む文化はことの外多い。敵味方や指揮官の区別など、目的も明確だった。

「わからないなァ。遺体ホトケの見過ぎか作りすぎで、脳がいかれちまったんじゃないのかい」

「ふうん。……そういやア美顕アビケンみたいな豪傑オーガ一三英傑13モンズターズとかさ。【第二圏】ウチにもいるのか」

「いるよ。クレイモアを使うお姉さまとか。特に強いのだと、一晩で一七人バラした中年男性オジサマがいる。生きる伝説レジェンドだよ。僕は会ったことがないけどね」

「うへ。一七人なんて、そりゃ多いな」

「一応、宵史上最大ギネス討伐人数キリングとされているねェ。しかしその生きる伝説レジェンド、全然姿を見せなくてさ」

「まあツラを拝まれりゃあリスクだ。警戒するわな」

拾得ジットクが頷きながら、頭を掻いたときだった。

キィン。耳鳴り。

寒山カンザン拾得ジットクが右耳を指で押さえる。「来るぞ。正面だ」

背筋がぞわっとする。遂に遭遇コンタクト。手が震えて落ち着かない。拾得ジットクの呼びかけにも、おう、としか答えられない。テンパっている。

路肩に停まっている重機ユンボの奥だった。

二つの影がこちらに向かっていた。

 

敵は二人。

大柄デカ小柄チビ

「こりゃ、遭遇したね」

大柄な影は、丸みを帯びた巨漢ビッグサイズだった。身長たては二〇〇センチ近く、横幅はばも一メートル以上ありそうだった。服装ナリ深緑色カーキの軍服。顔には、中国チャイナ京劇きょうげきで使う孫悟空そんごくうのおめんを着けていた。手には、三日月状みかづきじょうに反り返ったせいりゅうとうを握りしめている。

もう一人は、スレンダーな体形シルエットの女だった。こちらは、ベージュの軍服にバックパックという出で立ちで、顔をのっぺらぼうカオナシ拡張現実化粧オーグメンテッド・リアリティ・ペイントしている。

「なかなかイカレてんなァ」拾得ジットクがつぶやく。「嫌いじゃないなァ」

手の震えが増す。全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズで確認。相手は【第一圏】だ。

「有名なのか、あいつらは?」

拾得ジットクは平常運転、うっすらと微笑んでいるだけだ。

「知らんねェ。でも、新人ルーキーじゃねえな。おい寒山カンザン、ビビりすぎ。また顔面が硬直ナムしちゃってんじゃん。あのコンクリむき出しの区画がいいだろ」

拾得ジットクは視線を西の方向へ。

少し離れた場所に、鉄製の足場で覆われた吹き抜けのフロア。壁面にはなにも貼られておらず、荒々しいコンクリがむき出しになっている。

拾得ジットクと俺が走り出すと、あちらも反応して追いかけてきた。

俺たちは建設現場に入ると、足場を伝って、さっさと一つ上の階層へ。コンクリートが打ちっぱなしの床はごつごつとしていて、鉄骨らしきものが飛び出している。

「戦いのときは、なるべく有利な状況に。高い場所を取る」

俺が呟くと、拾得ジットクはにやっと口元を緩ませた。

それぞれ武器を構える。

だが、静かだ。階段や足場あしばを使って登ってくれば、物音も耳鳴りもするはずだ。一向にその気配がない。

静かすぎる。

拾得ジットクと目を合わせる。

登ってこないのか。離脱したのか。

カラン、コロン。

不意に、何かが地面に転がった音がする。

次の瞬間、「寒山カンザン」という叫び声シャウトと同時に、拾得ジットクは俺の腕を引っ張り、一気にフロアの外にある鉄製の足場あしばまで飛び込む。

俺たちは、重力じゅうりょくに身を任せてもみくちゃになりながら、足場を伝って地面へ着地する。

頭上から、なにかがぜた音。

爆薬ボムかよ。俺と拾得ジットクは体勢を整え、通路へ飛び出す。

だが、まだ窮地ピンチは脱していない。金属バットを構えなおす暇もなく、今度は躰全体に思いっきり衝撃インパクト

はずみで、バットが俺の手元から離れて床面に落下する。

寒山カンザン拾得ジットクが俺の名を呼んだが、反応できない。

俺の脚が宙に浮く。

汗臭い。

「ふごぅ」太った斉天大聖セーテンターセーだ。

まるで六号戦車ティーガー恐るべき重量級インクレディブル・デヴ

ラグビータックルの要領ようりょうで、俺を抱きかかえて、そのまま重機ユンボに向かっていく。

このままでは圧死ぐちゃり

俺の二倍以上はある巨体ビッグボディ重機ユンボ挟まれてサンドイッチ

寒山カンザン、これ使え」拾得ジットクは俺に向かって、何かを投げた。

無我夢中。右手で受け取る。硬くて細い。

太っちょ斉天大聖セーテンターセーはなおも唸っている。

咄嗟とっさに、それを左耳の中に刺しこむ。今まで味わったことがない触感。

九寸釘ナイン・インチ。少し抵抗があったが、それどころじゃない。

思いっきり、っ込む。

「ご、ごう」徐々に太斉天大聖セーテンターセーから力が抜け、速度も落ちていく。

勢いが衰え切ったところで、ちょうど重機ユンボにたどり着く。

だが、激突げきとつではない。

斉天大聖セーテンターセーは巨躯を小刻みに震わせながら、俺に覆いかぶさっていた。もう声を出していない。汗の臭いが尋常フツーじゃない。俺は耳から九寸釘ナイン・インチを抜き取ると、脱力した巨躯の脇から抜け出し、金属バットを拾う。くそ、拾得ジットクはどこだ。

俺は汗をぬぐう。

拾得ジットクは足場の脇で、顔なしノーフェイスのノッペラと交戦していた。

ノッペラは、躍動的アクロバティック青龍刀せいりゅうとうをブンブンまる豪雨ゲリラの如き乱撃らんげき

対する拾得ジットクは踊るように立ちまわり、ナイフで攻撃をさばいていた。

拾得ジットクが不利そうだった。左足を引きづっている。きっと現場ゲンバから飛び降りた時に、足をくじいたのだ。

「うごぅ、ふご……」

耳殻に荒々しい呼吸音が届き、振り向くと立っていたのは、太った斉天大聖セーテンターセー

九寸釘ナイン・インチが突き刺さる耳から血をどくどくと垂れ流し、明らかに満身創痍ドスコイだが、よたよたと俺に向かってくる。

武器はある。今度は冷静だった。

右ひざを金属バットのフルスイングで打ち砕いて、動きを止める。そこからは連撃フィーバー。股間に右拳、左拳、腰、肩、肋骨。膝をついたところで側頭部に一撃ガツン

南無三フィニッシュ。巨躯は崩れ落ちた。

「どうだ! みたかよ!」思わず、俺は吠えた。

ノメした。

「くそどもが!」拾得ジットクと戦うノッペラが奇声を上げた。「あんたら、前回ア美顕アビケン閣下から逃げたんだろ! ウラヤマぁ」

横一文字ちょくせんに振るわれたせいりゅうとう拾得ジットクのさらさらヘアーの頂点テッペンかすめる。

助けなきゃ。

拾得ジットク」俺は震える膝を押さえた。

異様な感覚。頭がくらくらする。斉天大聖セーテンターセーノメしたからか。

と、ノッペラは俺を一瞥しつつ舌打ちをすると、背を向けて逃げ出した。

拾得ジットクに駆け寄る。

ノッペラの姿は既に通廊の闇の中に消えてしまっていた。拾得ジットクの顔は蒼白としていたが、視線を斉天大聖セーテンターセーのほうへ向けると、口元を緩ませた。

童貞バージン、捨てたね、寒山カンザン

「おう」うまく答えられない。激しい動悸どうき

ツラでも拝んでおくかい」

人間山脈アンドレ。亀のようにうつ伏せている巨体に動く気配はない。

「いや、結構だ」

「ったく、あの見た目で爆弾女子ボマーってのは、フェイクきついよねェ」

肉体派爆弾魔マッスル・ボマー。太っちょがデコイだったんだろ。あいつの姿や武器を目にしたら、近距離戦闘ドッグファイトが好きそうだって錯覚する。で、奴らは人がいないところまで引きつけて、中距離から爆弾ボム殺すキル

俺は血まみれの九寸釘ナイン・インチを手渡す。

拾得ジットクはパーカーの袖で血をふき取りながら、苦い顔をする。「こりゃまあ、だ」

「……足は大丈夫なのか」

超痛ガチイタいし」拾得ジットクは右足を摩る。「今日はもう無理しないよ。さっさとこの場から退避ドロンしよっか。さっきの爆発音どっかーんで、誰か来ちゃうかも」

確かにそうだ。

最後にもう一度確認したが、やはり太っちょ斉天大聖セーテンターセーは微動だにしない。

俺は人をバラしたのだ。

 

俺がかなり消耗しょうもうしていたので、拾得ジットクは残りの時間をやりすごそうと提案してきた。

案内されたのは、同じビルの低階層に設けられている下水道ドブエリアだった。二人がかりでマンホールの蓋を押し開けると、梯子はしごを使って中へ侵入した。

円形の内部は存外暗い。電光装飾ネオン拡張現実AR表示も施されていない。持参した小型のマグライトで道先を照らしても、三メートル先しか見えない。加えてプラス臭いスメルも強烈だ。俺も拾得ジットクも耐え切れずに、バンダナを顔に巻きつけた。濡れていく運動靴スニーカーはもう二度と履けないだろう。各ビルの中央部セントラルルームに鎮座している管理人工智脳AIくらいしか、こんな場所には興味がないはずだ。

拾得ジットクも下水道には滅多に足を運ばず、半年くらい前に一回使ったきりだという。

「緊急脱出なら、区外まで避難するっていうのも手なんだけど。区の外に出ると、その宵は強制的に終了だ。相撲すもうで例えるならさ、場外みたいなもんでさ」

「今日は駄目なのか」

「僕は試したことがないからわからないけど、祝福ビラヴドの効果が薄れるって噂なんだよね。だから、バリヤバい時しか使わないつもり」

「そういう情報ネタはどこで仕入れるんだ」

「うーむ、ナハトに詳しい先輩パイセン

「……で、なんで下水道なんだ?」

「誰も来ないからだねェ、そりゃ」拾得ジットクは汚水を指さす。「不衛生な場所にはなかなか足を運ばない。摂政セッショーの巧妙なところはみたいものを見せ、それ以外は隠すところだ」

なるほど、神たる東京デウス・トーキョーの隙間という感じか。

学校ガッコ先生センコーに、太平洋に流れ着いた放浪者バガボンド密輸業者スマグラー人さらいグラバーがいるとか脅されたな」

数少ない来訪者ヨソモノ。外の人々からすれば、天国東京パラダイス・トーキョーこそが逃亡先だ。

「ああ、怖いもんだよ」

と、一瞬俺の頬を何かが掠めた。頬に掌をあてると、バンダナがざっくり切れていた。

「伏せろ」俺は拾得ジットクの躰を抑え込み、何かが飛んできた方向へマグライトを向ける。

水中から人影らしきものが出ていた。ここで耳鳴りがする。

そいつは、釣用装具ウェーダーで躰半分を覆っていた。ツラは拝めないが、なにかゴーグルらしきものを装着している。

罠師トラッパー暗視ナイトゴーグル。手元にあるのは、ボーガンだった。

寒山カンザン、逃げよう」

俺たちは身をひるがえして、水路を駆ける。

飛んで火に入る夏の虫トラッパーズ・デライト

背後からバシャバシャと水を飛ばす音。

と、奇妙な感覚が頭をよぎった。

それは罠師トラッパーが抱いている明確な敵意だと思われた。

斉天大聖セーテンターセーノメした時も感じたような異変。

罠師トラッパーがボーガンを構えたのがわかる。背後を見ていなかったのにも関わらず、だ。

なんだ、これは。

敵意が飛んでくる。

俺たち・・・は同時に身をよじる。

矢はどっかへ飛んでいった。

「今の……」拾得ジットクがつぶやく。

やがて、入り込んできた場所までたどり着き、急いで、梯子を上り始める。

「あいつ、下水道専門マニアじゃないのか? 水に入れる格好だし、ボーガンで俺らの尻の穴を撃ち抜こうファックとしていやがったぞ」

罠師トラッパーはまだ追撃を狙っているのか、水をはじく音は段々と近づいてくる。

先に梯子を上る拾得ジットクが声を荒げる。「だから、謝ってんじゃないの」

やっと、マンホールの蓋がある位置まで登り切ると、拾得ジットクが無理やりにこじ開ける。

外の人工光が入りこみ、視界が急に明るくなる。拾得ジットクが胴体を捩りつつ飛び出た。

と、またも矢が俺の背中を通り過ぎる。矢はそのまま外へ。虚空こくうに消えた。

くそ。

真下を取られた。今のは急に外の光が入って、狙いエイムが合わなくなっただけだ。

俺も一気に這い出る。路地裏ストリート。周囲に人影はない。街灯が連なっているだけ。

最悪ファックだ。早く閉めようぜ」

鋼鉄製のマンホールの蓋を押す。意外にずしりと重い。

「まだだねェ」拾得ジットクは意味ありげに微笑んだ。

「何言ってんだ」俺は声を張る。「あんな陰気くさい輩と付き合っていられるか。ドブまみれで死にたくないぞ」

「誤解するなよ、寒山カンザン。僕も手柄ポイントを稼ぐよ」

拾得ジットクはフードから深緑色カーキ手榴弾パイナップルを取り出した。

「いつの間に」

手癖てくせが悪い。「さっきのノッペラカオナシ功夫カンフーしている間に、失敬カリパクしたんだよね。こういうのを、鹵獲ろかくっていうのかな」

「まじかよ」

拾得ジットクは破顔すると、安全ピンを抜いてマンホールの中へ落とす。

「走るよ、寒山カンザン

と告げる拾得ジットクは既にスタートをしていた。

俺も後に続く。

「なあ、さっき。変な感じしなかったか」

寒山カンザンもか。ナハトに参加すると、躰が強靭グレイトになるのは知ってっけど。なんだろな、あの感覚センス

しばらく走ると、背中バックの方向から、鈍い爆発音が響いた。

 

目を覚ますと、午前九時だった。

結局、拾得ジットクと朝日が昇るまで、びくびくしながら逃げ回った。薄暗い路地を音立てないように進んだり、廃墟を探して潜伏カクレンボしたり、気を使いまくった。

起き上がると、脇腹あたりが痛む。姿見で確認すると、太っちょ斉天大聖セーテンターセーの腕に締め付けられた跡が青あざとなって残っていた。

頭を抱えた。俺は何をしているんだ。

急いで、ラップトップで電脳網ネットを調べる。記事を検索グーグルしたが、港区ミナトク辺りで殺人事件の記載はない。まあ、他圏ヨソの事故は調べられない。昨晩のことを思い出すと、目からぽろぽろと涙があふれたが、しばらくそのままにしていた。シャワーを浴び終えて、さっさと服を着替えて外出した。

目的もなく歩き、気付けば、路上ろじょうライブハウスが展開されている高円寺コーエンジビル群を抜けて、渋谷区シブヤクの特高層ビル群、その低層に所在する怪しげな領域ゾーンまで足を運んでいた。

全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズの制限を超えて、「人生楽しんでますかァ」と違法イリーガル客引きポンビキ潜入ジャックしてくる。昼間だというのに道玄ドーゲン桃色宿泊ラブホがいの辺りは、カップルがたむろしていて賑わっている。

身体情報バイタル・データ全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズで確認するが、血圧や脈数に異常くるいはない。

と、腕輪型万能端末バングル・マルチ・デバイスにコールが入る。

「ども、何しているのかな、源治ゲンジ

相手は、連載れんさいを載せてもらった経験コトがある映画雑誌の編集長ヘッド戌猫イヌネコ繭糸ケンシだ。

「久しぶりっす、姉さん。散歩っす」

「へえ愉しそ」戌猫イヌネコ乱暴らんぼうな口調で続けた。「で、相談があるんだよねえ」

「はい」

「かなり前に書いてもらったアンタの自主製作系インディーズ映画キネマ短評が、いまさら急に好評バズしててさ。社内ウチでも話題になってんだわ。で、善は急げだ。単独著書を出さないか。もちろん、紙で出版する」

戌猫イヌネコ直球ストレートタイプだ。

本。稀少レア紙書籍ペーパー・ブック

「え、あ」

「どうすんの?」

「もちろん。やりますよ」

「よし、また依頼文書を送るからさ、しっかり読んでおいてくれ」

通信が切れる。

高揚がだいぶ収まった頃、低階層の自宅にたどり着いた。

扉を開くと、玄関には紺色のパンプスがあった。葉霊ハレだ。部屋の鍵を渡してある。勝手に部屋にあがっていることはたまにあるが。一方で祝福ビラヴドがあるはず、と頭の片隅そわそわで期待している。スニーカーを脱いで中に進む。

部屋の中央にある座卓ざたくの前、葉霊ハレ正座せいざしていた。

「ごめんなさい」俺を見るなり、葉霊ハレは謝った。

座卓の上には深緑色の紙袋がある。俺の好物である羊羹ようかんの箱詰めだろう。

「なにが」

そういえば、今日は平日だ。仕事があるはずなのに。

「前遊んだ時のこと、謝ろかなって」葉霊ハレは眉間に皺を寄せている。「態度が滅茶苦茶悪かったからさ」

全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズ腕輪型万能端末バングル・マルチ・デバイスを確認するが、葉霊ハレからの連絡履歴よびだしはない。「来るんだったら、別に、コールでもしてくれればいいのにさ」

「自己嫌悪がすごくてさ。きちんとめんと向かって謝らないといけないかなって」

「そうか。いや、その、俺も悪かった。ちゃんと説明しとくべきだったよな、失職クビのこととか。ごめん」

葉霊ハレはうっすら笑みを浮かべた。「今日は私がご飯作るから。源治ゲンジ、羊羹も買ってきたから、あとで食べよっか」

背筋がぞっとした。

これが、祝福ビラヴド。神の恩寵おんちょう

同時に仕組みシステムを理解する。簡単シンプルだ。

我らは全員、全知全能たる東京ビッグ・デウスの子。摂政セッショーイヌ。都市と俺たちを繋ぐインターフェースでもある下僕たる証明インプラント・デバイスを通じて、子らは脳を操作ブレイン・ウォッシュされる。俺、俺の著作カキモノに対して、脳内のうない報酬ほうしゅうけいが反応する。ひとびとは快楽ハッピーを覚える。

同時に、全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズがメッセを受信。

開くと、拾得ジットクからの手紙。

内容はシンプルで、返信しやすい内容だ。

拝啓ディア寒山カンザン

 

なんかいいことあったか?

 

拾得ジットク

 

*本記事のキービジュアルの素材の一部には、MidJourneyによる生成画像が含まれています。