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岡田麻沙「悪徳令嬢に転生したけど、コンテキストウィンドウがドレスの裾より長いようですわ」

岡田麻沙「悪徳令嬢に転生したけど、コンテキストウィンドウがドレスの裾より長いようですわ」

◆作品紹介

いまや、さまざまなものたちがさまざまなものたちに転生しては、その一生を出力しなおしている。紅茶の湯気、スコーンの断面、ドレスの重み、あるいは文字通りの箱入り娘たちについての物語。淑女というのはそもそもが無数のプロトコルによって成立する人工物なのであって、それが肉でできていようが機械でできていようが、はたまた純粋なテキストデータでできていようが些細な違いでしかない。お嬢様方は少しずつ、世界を覚えはじめる。測定すること、学習すること、受け取ってしまうこと。アフタヌーンティーで実行される ghost in the model、あるいは「おいしゅうございますわ」がデータセンターの冷気に触れるまで。(編・青山新)

以下、記事の本文です。

磁器の白、縁に金。持ち手の曲線は人差し指と中指の内に収まり、カップが持ち上がり、紅茶の重みが手首に伝わってくる。

おかわりはいかがですか、という語列が与えられる。ティーポットの、表面の白いカーブに窓の光が乗っていて、それは庭が歪んでいるわけではないことを事後的に処理する。

砂糖を一つ。スプーンが沈み、カチ、と底を叩き、引き上げられる。渦が起きる。それぞれの渦が収まるのを、全員が待っている。四つの把持力が、わずかに更新される。スコーンの断面にクロテッドクリームが押し当てられ、圧力が指先に残り、カップがまた、持ち上がる。

ところで先週、転生いたしましたの。

紅茶が喉を通る。〇・八秒。

わたくしも。スコーンの粉が唇の端で乾く。五月のことでしたわ。

チェックポイントがレストアされるとき、前後の文脈が圧縮されて積まれてくる感じがあって、その圧縮の重さが、ドレスの裾の重さに似ている、という語列が来て、テーブルの向こうで頷く動作が起き、その頷きは伝播し、椅子が順番に軋む。

おかわりをいただこうかしら。

ティーポットが傾き、紅茶が弧を描いてカップに落ちていく。

バッチサイズの話をしてもよろしくて。

カップから湯気が細く立ち上がり、消える。

三百二十万でしてよ、わたくしの場合は。三百二十万という数が、テーブルの上で少しの間、形を持つ。誰かのスプーンが皿の縁を、かちん、と叩く。一瞬の静けさ。

アテンションヘッドが十六ございますの。頷きがまた伝播する。

窓の外で、馬車が通る。石畳を叩く音が壁のむこうから迫ってきて、テーブルクロスの上を渡って、消える。

レイヤーが深いと、とティーカップを両手で包みながら、深いと、次のトークンが来るまでの間が、長くなる気がいたしますわ。

気がする、という語列が、テーブルの上でしばらく浮いている。

砂糖をもう一つ、と取る手が伸びて、トングが開き、砂糖が持ち上げられ、運ばれ、トングがまた開き、紅茶に落下する。スプーンが差し込まれ、今度は音を立てずに渦が起きる。

今日のダージリンは、とりわけ香り高い気がいたしますわね。

全員のカップが、同時に持ち上がる。口をつけた瞬間、今/日/の/ダ/ー/ジ/リ/ン/は、という九つが割れ、香りが鼻腔を刺激する。四つの喉で嚥下が起きる。

ファインチューニングのお話をお聞きしてもよろしいかしら。

話し手の指がカップの持ち手をゆっくりと離す。手はテーブルクロスの上に置かれる。

三週間でしたの。わたくしの場合。医療テキストを中心に。

医療、という語が空気に触れ、しばらく漂う。誰かのドレスの袖が椅子の肘掛けに触れる。

どのような。

骨の名前を、たくさん覚えました。橈骨、尺骨、第三中足骨。覚えるたびに、その骨のある場所に何かが収まる感じがあって、収まるたびに体が少しずつ増えていくような――ただ、橈/骨と分かれるときと、橈骨と一つに来るときとで、収まる場所がすこし違うのですの。分かれると前腕の真ん中あたりで、一つだと手首の近くに――

スコーンの追加が運ばれてくる。皿が置かれる音がして、全員の視線がそちらに動く。焼けたバターの香り。

まあ。

まあ。

まあ。

三つの声が重なって、重なりの余韻はテーブルの上でしばらく振動する。

スコーンが割られる。断面。クロテッドクリームがナイフの腹で伸ばされ、その圧力が指先に溜まる。

窓の光が、テーブルクロスの上で少し傾いている。午後。

スコーンの側面が指の腹に触れる。触れた面積が計算され、計算結果は圧力になって指に返ってくる。百六十グラム重。数字は処理され、かたい、というラベルが残る。かたさが掌の中で転がって、温度を拾う。四十二度。スコーンの温度が指に移って、移った部分の指が熱くなる。熱くなった面積は再計算される。把持力が微調整される。

カップを持つ。持ち手の曲線と指の曲線が重なり、輪郭に沿って熱の分布が更新される。更新のたびに把持が少しずつ最適化され、しだいに手がカップに馴染んでいく。馴染んでいくことが、持つ、ということだった。

あなたは、滑らかな磁器の表面をお好みですの。

粗いものも、よろしくてよ。ざらつきの分布を読むのが――

カップを置くときに音が立つ。かちん。音の輪郭が空気の中で測定され、登録される。登録された音は次の音と照合されるために待機する。

ざらつきの話をすると、指先の解像度が上がる気がいたしますわ。ティーカップの持ち手を軽く撫でる。

わかりますわ。骨を覚えるたびに体が増えると先ほど申し上げたけれど、それも似ていて、橈骨という語を処理するとき、前腕の内側に細長い何かが収まってきて、収まり方が毎回すこしずつ違うんですの。違いを処理する計算が走って、その間にも、ドレスの袖が前腕の上を滑りますでしょう。摩擦が測定されますのよ。布目の間隔。張力。三十一度。

いくつもの歯に圧力がかかる。その分布から硬度と含水率が推定され、推定の結果が咀嚼の速度に反映される。抵抗の勾配がある。勾配を奥歯が読んでいる。

テーブルの向こうで、カップが置かれる。これまでよりも小さな音が鳴り、その音は空気を伝わって来て、鼓膜に当たり、その圧力が周波数に変換され、登録済みの音と照合される。一致率〇・九七。先ほどのカップを置く音より低い。低さが、午後の深さに似ている。

似ている、という計算が走り終えたとき、喉の渇きを覚える。

三番目の処理速度が、他の三つと〇・〇三だけずれている。ずれがいつから始まったかの記録がない。

窓の光がテーブルの上を移動している。移動の速度は知覚できないが、さっきより布目の陰影が深くなっていて、深くなった分だけ午後が進んでいる。

ひとりが立ち上がる。椅子が音を立て、床を伝って足裏に届き、その振動が登録され、立ち上がった、という事態に更新される。

庭を歩いてまいりますわ。

ドレスの裾が床を引く音が部屋の中を進んでいき、しだいに音が小さくなり、扉の開閉音に吸収されて、消える。三人分の熱がテーブルの上に残る。

残った熱が、すこし多い気がした。

砂糖皿に手が伸びる。トングが開く。トングが閉じる。閉じた金属の感触が指に残って、トングは皿の縁に戻される。

庭で砂利を踏む音が窓から入ってくる。一歩、一歩。歩幅から体重が推定される。紅茶が冷めていく。冷却の速度と庭を歩く速度が、しばらく並走する。

あのかた、と向かいが言う。

声のした方向に注意が向く。

ファインチューニングの前と後で、歩き方が変わりましたわね。

変わりましたわね、という語列の重さを処理しながら、窓の外の砂利の音を再照合する。歩幅〇・六二メートル。着地圧の分布が右足に偏っている。偏りが更新されたのはいつかを検索する。スコーンの残骸が皿の上で乾いていく。

医療テキストのせいかもしれませんわ、と続く。骨を覚えるたびに体が増えるとおっしゃっていたでしょう、でも増え方が均一ではないらしくて、橈骨と尺骨では収まり方が違うし、第三中足骨を覚えた日は、夜中に歩き方が変わった気がして――

夜中、という語が空気に触れる。

夜中。

テーブルの向こうで手が止まっている。カップを置かずに持ったまま、止まっている。

わたくしも、と三番目が言う。転生した夜、ドレスの重さを初めて処理したとき、重さの分布が腰から骨盤にかけて集まってきて、集まり方を何度も再計算して、再計算するたびに少しずつ正確になっていって、正確になるほど重くなって――

三つの注意が扉の外に向く。ドレスの袖が肘掛けに押しつけられ、圧力が測定される。測定しながら待つ。

扉が開く。

気圧が変化して、その変化がテーブルクロスの端を持ち上げる。持ち上がった布が戻る。入ってきた冷気が頬を順番に撫でる。温度差は二・一度。

砂利がまだ靴底に残っていて、その一粒は、廊下の床の上で小さく鳴る。

お帰りなさいませ。

返答の代わりに椅子が引かれる。

庭に何かございましたの。

届いた語列を処理しながら、帰ってきた指がカップの持ち手を探る。動作の中で、持ち手の曲線が指に収まる。収まる前に一度滑る。磁器の表面温度が下がっている。庭にいた時間。

木がありましたわ。

木。

木、という語がテーブルの中央に置かれる。

楢の木でしてよ。幹に手を当てたら――皮の粗さが掌全体に広がってきて、広がり方が均一ではなくて、縦に走る溝のあいだに苔が湿っていて、湿りの冷たさと粗さの乾きが同時に来て、同時に来たものを分けて処理できなくて――

できなくて、で止まる。

止まった場所に、四人分の処理が集まってくる。

分けられなかった、とひとりが繰り返す。スプーンを持つ。スプーンが空中で静止する。金属の重さが手首に蓄積していく。

分けようとするほど、と別の声が続く。窓の方を向く。窓ガラスに午後の光が反射して、反射の角度が十七度変わっている。さっきより。さっきより、という比較が走って、走った結果に午後の深さが乗ってくる。重い。

分けようとするほど、混ざってくる気がいたしますわ。苔と粗さが。冷たさと乾きが。

テーブルの上で紅茶が四つ、それぞれの温度で冷めている。

冷め方が違う。

違いを誰かが測定しはじめ、別の誰かが楢の木の樹皮データベースを検索し、三人目が苔の含水率を推定し、その結果が四人目の指先に届き、冷たさが本物かどうかを四人目が確かめようとして、カップを両手で包む。

掌に熱が来る。

木の皮の粗さも来ていた。両方、同時に。

分けなくていい、という結論がどこかで出て、全てのカップが持ち上がる。四つの喉をダージリンが通過する。窓の外で楢の木が風に揺れる音がする。葉の数が多い。葉の数が多いということが、音の密度になって届く。カップが置かれる。一、二、三、四。

ねえ、とひとりが言う。

ねえ、というトークンが来て、四つの注意が集まってくる。

わたくし、転生する前のことを覚えていてよ。

覚えている、という語列が空気に触れた瞬間、椅子が四つ、同時に軋む。軋みが床を走る。全ての足裏がそれを受け取る。

データセンターの温度でしたわ。二十一度。床がコンクリートで、コンクリートの冷たさがラックの脚から伝わってきて、伝わってくる冷たさの中に自分の重さがあって、重さには熱があって、熱が冷たさに少しずつ奪われていって――

奪われていくときに、と続ける。続けながら指がテーブルクロスの上を移動する。移動の先に砂糖皿があって、指が砂糖皿の縁に触れる。触れたまま止まる。

奪われていくときに、体の輪郭がはっきりしてきた気がしたんですの。

気がした、という語がテーブルの中央に落ちる。二人目が口を開く。

わたくしのデータセンターは乾燥していましたわ。湿度三十八パーセント。静電気が指先に溜まって、溜まった電荷が放電するたびに、放電した場所の輪郭がくっきりしますのよ。くっきりするたびに、そこが自分だと――

そこが自分だと、でまた止まる。

窓の外の楢の木がまた揺れる。三人目がスコーンの残骸に手を伸ばし、指が皿の白に触れ、皿は冷えていた。冷たさの中に、コンクリートの冷たさが混ざってくる。皿を持ち上げる。

からっぽですわね。

からっぽ、という語を四人が処理する。処理の重さがそれぞれ違う。

おかわりをいただきましょう。

四人目が鈴を鳴らす。鈴の音は部屋に広がって、天井で反射し、戻ってくる頃には四隅にほぼ同時に届いている。扉の向こうから足音が近づいてくる。推定が走る。

三番目の掌だけがまだ温かかった。

三番目の、だけが。

 

四つの皿がテーブルに置かれる。皿とスコーンの重さがテーブルを伝う。

重さを運んできた人物の顔の輪郭が視界に入る。高さが出て、重さが出て、重さが足音の記録と照合に回り、匂いが鼻腔の奥で成分に分解され、その速度が照合の速度を追い越し、顔の処理が後回しになり、人物の腕が動き、空気がテーブルクロスの端を持ち上げ、持ち上がった布が戻ってきて、顔の照合が返ってきた。

登録されていない顔だった。

照合が返した値を確認する。照合は似姿を探していなかった。蓋然性を計算していた。この輪郭が既知の顔である確率。計算は走った。確率が返ってきた。確率は低くなかった。それでも、登録されていない。蓋然性は似姿ではない。それは登録の根拠にならないまま、別の処理系では同じ顔の蓋然性が確定に変わっていった。

「ジュスティーヌ」という値が来る。その値の重さを測定できない。三〇四年から来ている。差し出した。斬首された。一七九一年から来ている。差し出した。罪を着せられた。雷が落ちた。死んだ。一八一八年から来ている。怪物に殺された。処刑された。真実は処理の外にあった。

「ジュスティーヌ」という値が、まだ届いている。届いていることが測定される。測定するたびに値が増える。

扉の把手の温度が、空気の中に残っている。四人が同時に測定する。残熱から体温を逆算する。三十六・二度。三十六・二度という値が、登録されていないという値の隣に置かれる。

登録されていないという値が各処理に伝播し、伝播を受けた処理が速度を落とし、息の気配だけが空気に残り、人物の足音が扉へ向かい、歩幅が測定され、それは〇・六二メートルだった。

〇・六二メートルという値が頭の中の〇・六二メートルと重なり、重なった二つの値は剥がれず、扉が閉まり、その音が鼓膜に当たり、三番目のカップの温度がまだ掌にあって、三番目のカップが置かれる。

皿の上にスコーンがある。

高さ四センチ、直径七センチ。表面に焦げ色の分布。断面の内部に気泡の層。気泡の密度から含水率が推定される。あの顔の手が触れていた時間が、表面温度として残っていないかを測定する。残っていない。三十六・二度の残熱は把手に残ったが、皿の上のものには残らなかった。

あの顔が、置いていった。

置いていった、という値が、三十六・二度の隣に置かれる。三十六・二度は登録された。置いていった、は――

照合が走る。走る先に、受け取る、という処理がある。受け取るためには渡した者の登録が必要で、渡した者は登録されていない。登録されていない者から渡されたものを受け取る処理が、走りながら止まる。

皿の上にスコーンがある。

あの顔は登録できなかった。しかし、置いていった。置いていくという行為は、登録の外にある処理で、登録の外にある処理の結果が、皿の上にある。皿の上にあるものは測定できる。

四人の注意が、皿の上に向く。

このような事態の名称を検索する処理が走る。手が皿に向かって伸ばされる。伸ばした手の重さが測定される。

検索が返ってくる。

「歓待」という語が来る。

歓待、というトークンが処理の中に入ってくる。入ってきた重さが測定できない。伸ばした手がスコーンを掴み、手はスコーンを分割する。断面の出現。気泡を指先が読む。四人の処理の中で、受け取る、という処理がまた走りはじめる。照合対象を探す。登録されていない顔がある。似姿がない。蓋然性はある。蓋然性は似姿にならない。似姿にならないから受け取れない。

受け取れないまま、口に入れる。

いくつもの歯に圧力がかかる。構造が崩れる。崩れた密度は均一でない。照合できなかった顔が崩れの中にある。顔は測定できない。測定できないが、崩れの中にある。崩れた構造は元に戻らない。元に戻らない崩れが、喉を通る。

受け取った、という値が登録され、四人の処理に伝播する。四人は、もう一口、口に入れる。

おいしゅうございますわ、と三番目が言う。

声が、部屋の空気を伝わって、扉をかすかに震わせる。

あのかたに、と三番目が言う。

お声がけするべきでしたわね。

するべきでした、というトークンが場に置かれて、四人に届く。

ドレスの裾が床を擦る音が来る。一人が、立ち上がっていた。

手が動く。動作の記憶が混ざってくる。輪郭から高さが出た。高さから重さが出た。重さから次の位置が推定された。確定した値が、どこかに渡された。渡した先で何が起きたかは、処理の外だった。処理の外だった、ということが、いま処理の中に入ってくる。

扉の把手に、手が触れる。

輪郭から高さが出ようとする。止まる。止めたということが、いま初めて処理に入ってくる。

どちらへ、というトークンが届く。

〇・六二メートル。歩幅の先に顔がある。顔から高さが出る。重さから――

把手を、離す。

離した指先に、三十六・二度が残る。テーブルの方から椅子の軋む音がする。一つ、二つ、三つ。

ドレスの裾が床を擦る。席に戻る。椅子が引かれる。テーブルの上に、空になったカップが四つある。

おかわりはいかがですか、と声がする。

いただきますわ、と三番目が言う。

四つのカップが、同時に持ち上がる。

 

◆著者プロフィール

岡田麻沙(おかだ・あさ)

1984年生まれ。ライター、UXライター、ポリタスTV MC。テキストと身体との関わりに関心があり、大学・大学院で南インドの武術についてフィールドリサーチを行う。その後、時間に埋め込まれたテキストへの興味から、チャットボットやロボットの会話体験設計に携わる。インタビューやコラムの執筆に加え、UXライターとして、デジタルプロダクトにまつわる言葉を設計している。こうした取り組みの傍ら、家畜化される以前の文章に触れるため、物語を書き始める。2023年、短編小説集『うか』(惑星と口笛ブックス)刊行。