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永良新「デス・デザイン」

永良新「デス・デザイン」

◆作品紹介

舞台は新興海上国家〈エレホン〉。オーダーメイドされた「死」をデザインする企業〈安楽園〉に勤める〈墓守〉ラス・フィールドは、14歳の少年、ミモザの死亡事件を追う。その先に、ラスが見た真実とは。

「R.A.W。 戦走機械」にて話題をさらった永良新によるサイバーパンク・ミステリをここにお届けする。(編・てーく)

以下、記事の本文です。

誰にでもやってくる

終幕を迎えるにあたり

計画を立て

遊び心を忘れず

細かく配慮し

しかもエレガントに準備するために

ティモシー・リアリー、R・U・シリアス『死をデザインする』栩木玲子=訳、河出書房新社、2005年

1.安楽園ユーサパーク

「業務放送――コード〈落下フォーリン〉。総員〈合掌プレイ〉」

玉音エンペラーめいた音声。それに反応して、わたしはデスク脇の窓から外を眺める。フラー型ドームにおおわれた〈エレホン〉の青空には、雲ひとつ浮かぶことがない。その立体映像ホログラムの壁紙に、わたしは奇妙な符丁を見出してしまう。

青天井ブルースクリーン・オブ・デス〉を背景に――〈眠り籠ユーサネイジャ・コースター〉が落ちる。

その意味は、また人が死んだということだ。たぶん、一人か二人。人が死を選ぶとき、ともに死を願う相手はそう多くない。

この落下の前後十分間だけ、〈安楽園ユーサパーク〉は静まりかえる。わたしも一人目をつむって黙祷を捧げる。台本マニュアル通りの作法ルーティン

 

目を開く。カラーコード=#0000FFスカイブルーだった空が、ほのかな赤味を差したグラデーションになっていることに気が付いた。

cmd date -enコマ・デイト・ハーエン」わたしは〈修飾音ショートカット〉を発する。

「21 Jul 2047 18:50:02 GMT-2」〈端末衣ターミナル〉が現在日時を告げる。

定時の十分前だった。わたしは一足先に帰り支度を始める。出勤中の〈墓守デス・デザイナー〉は出払っていて、オフィスは無人だった。むろん、この場に社員の定時をよしとしない上司や人工知能AIがいたとしても、わたしはそうしていた。

警備ロボットに締め作業を命令し、オフィスをあとにする。漂白ブリーチされた人工筋肉マッスルの感触を踏みしめながら廊下を歩く。園内の人影はまばらで、目に付くのは巡回中の警備ロボットや清掃ロボットばかりだった。たぶん、さっきの〈落下〉が最後の予約だったのだろう。

わたしは従業員用の裏門から〈安楽園〉の外に出た。歩道の右側――〈無印サブパス〉に移動して、バックパックからスケートボードをひっぱり出す。歩道の左側――〈矢印メインパス〉に乗った若者集団が、骨董品でも見るかのように眺めながら通り過ぎていった。

道を動くのではなく、道が動くようになって久しい。〈端末衣〉から目的地をセットして、人工筋肉の蠕動ぜんどうに身をゆだねる――それが現代的な筋肉都市マッスル・ジャングルの歩き方だ。

それでもわたしは忘れない。スケートボーダーは鉄筋都市コンクリート・ジャングルの時代から都市にあらがっていたのだ。わたしは人工筋肉に両足をゆだねるかわりに、スケートボードに左足をゆだねる。右足は地面を蹴るためにとっておく。

 

〈エレホン〉。それは世界中のテクノロジストによって樹立された新興国家。国際法の成立要件を満たす都合上、島国を名乗ってはいるものの、その実態は公海上を移動する巨大構造物である。動く移動島という空想を実現するべく、国土面積は21㎢まで削ぎ落とされている。したがって、島の外れに位置する〈安楽園〉からでも、少し移動すればたちまち中心街である〈古都イニシエート〉へとたどり着く。

〈古都〉のファサードをくぐって歩くこと数十秒、右手に秘所めいた脇道があらわれる。その入口に設えられた手製の看板には、集悦体ガムテープで〈色物横丁ヨコチョー〉と記されている。

〈エレホン〉建国当初の国民は、シリコンバレーで活躍していたテクノロジストを中心とする余暇者階級モノだった。しかし、新興国として国際的な地位を獲得するにつれて、人工知能やロボットでは労働需要がまかないきれなくなってくる。そこで世界中から受け入れられた移民が労働者階級カラーだ。

今でこそ全国民に最低基本収入ベーシックインカムが行き渡るようになり、格差は是正されたものの、当時は言語、文化、技術と何ひとつ共有していない労働者階級に対する風当たりは強かったと聞く。そのような時代背景にあって誕生した〈色物横丁〉は、今日においても襟=色持ちが集う憩いのオアシスだ。

わたしは行きつけのカジュアルバー、〈抜き襟カラーレス〉へと足を運んだ。日本料亭風の暖簾を押すと、背丈2メートルはあろう木彫りのアヌビスがお出迎えしてくれる。このような異文化情緒の共存は、まさに〈色物横丁〉ならではである。

「あら、ごきげんよう。ラス」と、カウンターの奥からママの声。

「こんばんは、ママ」と、ラスことわたし。「注文はいつもので」

「カルーアミルクでイキられても、ねえ……」ママは笑う。

置物の合間をぬってカウンターまでたどりつくと、そこにはすでに先客がいた。わたしに負けず劣らずこの店に通い詰めている常連の一人、チェンだ。

「ラスじゃねえか」チェンはわたしの顔を指差して、「お前、いつになく顔が死んでるぜ」

「それってほめ言葉……」わたしは肩をすくめて、「うちの客は皆、いい顔して死んでくよ」

墓守デス・デザイナー〉調の声、〈墓守〉調の冗談だ。

死に心地レビュー星5フルチェックってか……」チェンも気の利いた言い回しで、「はいはい。マイクテストマイクテスト。……オーケー。始まりました。本日のラジオ・チェン。リスナーのお悩みは……」

「そうだなあ――」と、わたしは本題を切り出す。「死んだ人間と二人三脚ダンスするにはどうすればいい……」

 

最高の死サービスを――。

それが〈エレホン〉唯一の遊園地テーマパーク型霊園、〈安楽園〉の企業理念。

再生医療は進歩し、遺伝子編集クリスパーも当たり前となった。今日の人間に死をもたらすのは、テロメアの長さではなくピルの飲み忘れである。そして何より、ピルを飲み忘れるためには〈端末衣〉の通知プッシュがうるさすぎる。

死は受け入れられるものでも、忌避されるものでもなくなった。死はいまや、選ばれるもの――予算と選択肢の組合せ最適化にしたがって供給される商品プロダクトに他ならない。

〈安楽園〉の〈墓守〉として勤めるわたしの仕事は、まさにその商品開発だ。具体的には、顧客が記入したチェックシートをもとに、苦しまず、官能的で、優雅さや幸福感までをも感じられる死の体験ユーザー・エクスペリエンスをデザインすること。基本的には、生に飽きた老人のご要望に答えるだけの簡単なお仕事である。

だが、新卒2年目の新人ペーパーのわたしに降りかかってきたタスクは、すでに死んだ少年の弔い方について考えることだった。

 

少年の名前はミモザといった。

14歳という若さで、ミモザは死んだ――それも、墓に殺されるという皮肉を残して。

〈エレホン〉の上空には多くの無人機ドローンが飛行している。その役割は監視や物流など様々であるが、他国にめずらしいそれとしては〈移動主義者モビリスト〉による〈墓型無人機グレイヴ・ドローン〉があげられる。この移動型の墓は、国土面積に由来する墓地の用地不足を解決するべく、渡り鳥の行動シミュレーションにしたがって領空内を自動運転オートメーションする。

それが、とあるパルプ・マガジンの一面いわく――きりもみ状に落下し、少年の後頭部に炸裂クラッシュした。これは自動運転や無人機の安全神話を揺るがす衝撃的な事件として、世界中のメディアで扇動的センセーショナルに取り上げられるにいたった。

それでも世間の噂はなんとやら、である。事故から1ヶ月もたつと、この痛ましい事件はニュースフィードからキレイさっぱり淘汰されていた。しかし、ちょうどそのタイミングを見計らうようにして、〈警察代行株式会社デカ・コーポレーション〉内々の相談が〈安楽園〉に持ちかけられた。

上司から転送されてきた数少ない情報いわく――少年には身内らしい身内がいない、ということ。

遺体や遺留品は〈警察代行株式会社〉に保管されている、ということ。

少年に合った葬送法デザインを提案してほしい、ということ。

 

簡単な話イージー・トークだ。本人に聞けばいい」

わたしが概要を話し終えるや否や、チェンは真顔で言い放った。わたしも思わず真顔で問い返す。

「わたしはあんたに聞きたい。話、聞いてた……」

「聞いてたさ。何もゾンビと会話しろってわけじゃない」とチェンは言って、「そいつの遺体や〈端末衣〉は残ってんだろ。遺伝情報ゲノムログ生活情報ライフログを抜き取って、形成ビルドしちまえよ」

つまり、チェンの言い分はこうだ。本人の〈死後人格ゴースト〉を形成して、直接要望を聞き出せばいい、ということ。たいへん魅力的な提案ではある。答えを先に見られるのであれば、それほど楽な仕事はない。だが、

「それができたら苦労しない」わたしは反論する。「まず、わたしには少年の情報にアクセスする権限がない。万が一できたとしても、私的に形成なんかしたら〈死後人格〉が〈天国ヘヴンネット〉にアップロードされちゃう」

「ハハッ! 例のお化け専用SNSね。ご交流をおっ始めちゃうってわけかい……」

「お化けとか言わないで。〈死後人格〉は生前の延長。部分的ではあるけど人権だってあるんだから」わたしはチェンをたしなめて、「いずれにせよ、形成したその瞬間に〈保存主義者アーキビスト〉認定。将来の医療技術による蘇生に期待しますってことで、他の葬送法は選択できなくなる」

チェンは眉をひそめた。

「組み合わせとかねえの……。〈保存主義者〉兼〈移動主義者〉とか」

「あんたさあ――」わたしは素朴な例えを考えて、「火葬と土葬を同時にやりたいって言われたら、どうする……」

「それは無理だが、散骨と遺灰ダイヤを両立することはできるだろ……」

遺灰を海洋や宇宙空間に散布する散骨と、遺灰を高温高圧合成法ないしは化学気相蒸着法によって精製する遺灰ダイヤモンド。いずれも火葬を採用する文化圏において見られた葬送法だ。

「それはそうだけど、死後の蘇生を願うのは〈保存主義者〉だけ。他の葬送法――とくに〈生体主義者ジェネリスト〉や〈資源主義者リソーシスト〉とは、キリスト教と仏教のあいだと同じくらいには開きがある。宗教をキメラにするなんて、ある……」

「チェッ」

チェンはながらく手をつけていなかったグラスに手を伸ばした。先ほど確認した限りではウイスキーのロックだったはずだが、氷はすでに溶け切って、沈殿している。

「わかったよ。あんたが形成するのは現実的じゃない」チェンはグラスの中身を一気に飲み干してから、「でも、今回は事件なんだろ……」

「というと……」

「警察が被害者の〈死後人格〉に事情聴取しないなんてこと、ありますかね……」

 

チェンは無知な印象が強いが、その頭は冴えると鋭利な刃物カミソリのようだ。

〈死後人格〉の形成と同時に、〈天国〉にアップロードされるという手続きは、私人がむやみやたらと故人情報をあつかうことに対する抑止力として設けられている。

一方で、生前の〈端末衣〉に残っていた生活情報をもって、被害者本人の思考をトレースできるとすれば、それだけで犯罪捜査に有益であることは想像にかたくない。

民間の株式会社とはいえ、超法規的な存在である〈警察代行株式会社〉が、前者に対する抜け道バックドアを持っていないわけはないのだ。

わたしはママにお代を払う。

「あら。お酒、まだだけど……」

「なんか窒素エアで酔えそうな気分になった。また来るね」

わたしはチェンのてかった額にキスをして、店をあとにした。そして、この憂鬱な案件を回してきた上司からのテキストメッセージを再確認して、警察担当者の連絡先を見つけると、即座に面会の約束アポをとりつけた。

 

2.警察代行株式会社デカ・コーポレーション

喰われている――〈警察代行株式会社〉が。

〈グーグル〉や〈タイラ・テック〉といった錚々たる大企業が並ぶIT街。その一角にその構図はあった。〈エレホン〉の犯罪率と比例したスケールのコンクリート建築が、ゆっくりと、しかし確実に成長を続ける周囲の超高層筋肉建築群ハイ・マッスル・ヒルズにむしばまれている。

わたしが自動扉をくぐると、エントランスのソファに座っていた背広の青年が立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。そして、わたしの正面で抽象主義モンドリアン・ルックのメガネをくいっと動かすと、

「わざわざこんなところまでお越しいただきありがとうございます」青年は礼を挟んで、「あらためて自己紹介をさせていただきます。このたび〈安楽園〉様の担当をつとめさせていただきます、刑事課のハイネ・ルクセンブルクと申します。このたびはよろしくお願いいたします」

物腰の柔らかい青年であることはすぐにわかった。人類の歴史において、権力の象徴として君臨してきた警察とは似つかわず、だ。

「〈安楽園〉の〈墓守〉を勤めております、ラス・フィールドと申します。よろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。早速ですがお部屋にご案内いたします。ミス・ラス」

ハイネ刑事の先導で、わたしはエレベーターに乗った。人見知りであるわたしは突然流れ出した沈黙に思わず、

「こう言ってはなんですが、面白い建物ですね」わたしは氷砕アイスブレイクを試みる。

「あら。でしょう……」ハイネ刑事は待っていましたとばかりに振り向いて、「来客の方をもてなすたびに、ご感想をうかがうのをささやかな楽しみにしているんです。皆さんなかなかの詩人でして」

話を切り出したのが間違いだった。わたしは無い頭の言語野をフル回転させて、

「弱ったなあ――」と、言い訳がましく「酒池肉林しゅちにくりんにありつこうとして食われた石と鉄――といったところでしょうか」

「お見事!」ハイネ刑事は手を叩いた。「シュチニクリン――いい日本語です。サケとイケてるニクとリンゴ。これ以上のディナーはありません」

わたしは一瞬吹き出しそうになったが、ウケが悪くなかったのを確認して、身体が脱力しているのを感じつつ、

「中にいて、どうです……」

「正直、居心地は悪いですね。なんにせよ床が硬い。人工筋肉に慣れきった足裏にはこたえます」と、ハイネ刑事は床を蹴って、「でも、うちは鉄筋。皆さんの血税を使わせていただくってわけにもいきませんから」

「民間企業ですもんね」

「あはは。そういうことです」

〈エレホン〉は、監視や管理の中心たる政府を持たない無政府資本主義アナルコ・キャピタリズム国家だ。かつての政府が担ってきた社会福祉や国防、司法といった公共サービスはすべて民営化されている。したがって、〈エレホン〉唯一の警察機関である〈警察代行株式会社〉も立派な民間企業ということになる。

「おかげさまで、この土地に居座るのもなかなか大変なんですよ」ハイネ刑事はまんざらでもなさそうにそう言って、「なにせ仕事が入らなければテナント代も払えない。今回の事件なんて半月ぶりの出動だったくらいです。多少は犯罪も起きてもらわないと、というのが正直なところですね」

「失礼ですが、ふだんは何を……」わたしはたずねる。

「盗難や紛失物の対応がほとんどです。わたしなんか、〈墓肉リフレッシュ〉の行方を追い始めてかれこれ2年になります。アーミー・ゲイルの一件はご存知ですか……」

「あー、そんなこともありましたね」

アーミー・ゲイル。〈エレホン〉二世の国民にして、全世界の音楽チャートを総なめにしたトップアーティストだ。国民の平均月給を積めば〈安楽園〉で最期の一時を満喫できるこの御時世に、27歳の若さで拳銃自殺を遂げた伝説的なカリスマでもある。

細胞活動に生の根拠を見出す〈生体主義者〉であったゲイルは、遺体から採取した幹細胞を培養する墓型人工肉グレイヴ・フレッシュ――〈墓肉〉として生まれ変わることを望んだ。シャーレに注がれた培養液を栄養源に、半永久的に新陳代謝を続け、反り立つ男根状の芸術作品として展示されていたそれは、ゲイルの4周忌を目前にした2年前に、とつじょ国立美術館から姿を消した。

ビープ音が鳴る。エレベーターは最上階である15階に到着した。

「お待たせいたしました。こちらが会議室です」ハイネ刑事は、廊下を歩いてすぐの大部屋にわたしを招き入れて、「二人では持て余す空間ではありますが、くつろいでいただければ幸いです。お飲み物をお持ちいたしますが、何か希望があれば……」

「アイスコーヒー、あります……」

「もちろん。お砂糖とミルクは……」

追加マシマシで」

「かしこまりました」

わたしは中央の円卓を囲むアーロン・チェアに座って、周囲を観察した。百平米はあろう大部屋には、観葉植物やソファのほか、ルームランナーやバランスボールといった健康器具が点在している。世界有数のIT街に立地を構えるには、警察にも多少の遊び心が求められるのだろう。老人の重役たちが身体を動かしながら会議をする光景を想像して、わたしは苦笑する。

そのまましばらくぼうっとしていると、ハイネ刑事が戻ってきた。

「お待たせいたしました」ハイネ刑事はわたしにグラスを差し出して、「淹れ立てです」

「いただきます」わたしはカップに口をつけて、「これは――おいしい」

「よかった。私物で恐縮ですが、自家焙煎なんです。仕事よりミルを回している時間のほうが長いくらいですね」ハイネ刑事はわたしの向かいに座って、「さて、あらためてご用件をおうかがいします。例の少年について、とのことでしたか……」

「はい」わたしは少しためてから、「もし可能であれば、本人の〈死後人格〉と直接お話させていただきたい、と考えております」

ハイネ刑事は一瞬だけ身体を硬直させた。が、すぐにやわらかな物腰に戻ると、

「なるほど、なるほど」なぜかどこか嬉しそうにして、「われわれがそうしたこともお見通し、というわけですね……」

「さすがに確信までは。ただ、そういうこともあるんじゃないか、と考えた次第です」

「いえ、いいのです。表向きに公開してはいませんが、隠しているつもりもありませんから」ハイネ刑事は照れくさそうに頭をかいた。「たしかにわれわれ〈警察代行株式会社〉は、〈死後人格〉を独自に形成し、犯罪捜査に利用する権限を有しています。ここで使用するプライベート・サーバーは外部ネットワークから遮断されていますので、〈天国〉にアップロードされるような心配もありません」

「なるほど」

「そして、先ほどのご指摘の通り、われわれは民間企業です。最低限守らなければならない線引きはありますが、他国の、いわゆる司法の警察ほど腰が重いわけでもありません。今回のように特別な事情であれば、手札を開示することもやぶさかではないのです」しかし、とハイネ刑事は付け加えた。「少し、問題がございまして」

「問題、ですか……」わたしは続きをうながす。

ハイネ刑事の口元から笑みが消えて、真剣な表情になる。

「〈死後人格〉を形成する場合、ふつうは瞬間磁気共鳴画像法fMRIなどを用いて、生前の任意の瞬間における脳の血流動態や細胞活動を保存します。場合によっては、思考の傾向を抽出するための心理検査を実施することもあります。いずれにせよ、コンピュータ的な比喩を用いれば、完全バックアップをとるわけです」

「はい」

「ところが、ミモザ少年の場合はそれがありません。まず、頭部を著しく損傷していたためにバックアップをとるどころではありませんでした。回収できた情報も、遺体からサンプリングした遺伝情報と、〈端末衣〉に残っていた6年弱分の生活情報のみ。われわれとしましては、これらを学習データに加工して、人工知能の模倣にゆだねるのがせいぜいでした」ハイネ刑事は一度息をついて、「つまり、われわれが形成した〈死後人格〉は、ミモザ少年の思考の傾向をトレースした他者の人格ということです」

わたしは少し考えてから、ひとつ付け加えた。

「それはつまり、ミモザくん本人の死も自覚していないということですね」

「ご推察の通りです」ハイネ刑事は困った顔をして、「それがなかなか厄介な問題なのです。これは海外の話ですが、死を自覚していなかった〈死後人格〉が死を自覚したとたん、自殺を試みたケースがあります。いわゆる電脳自殺サイバネティック・スーサイドですね」

「絶望してしまったわけですか……」

ハイネ刑事は黙ってうなずいた。

「形成した時点で、生前の本人から〈死後人格〉に人権が移動する、というのが国際的な共通認識です。万が一自殺なんてされてしまった暁には、職権を濫用しているわれわれとしても判断が難しくなる」

「もういちど形成しよう、というわけにはいかないと……」

「そういうことです」

ハイネ刑事はふう、とため息をつくと、ふたたび元の笑顔に戻って、

「さんざん脅かしてしまいましたが、その件に関してご配慮いただければ、対面していただくこと自体に問題はございません。具体的には、どのように葬られたいかといった、死を直接的に想起させる質問だけ避けていただければ結構です。もちろん、秘密オフレコですよ」

まさかの快諾。わたしは飛び跳ねる勢いでオジギをした。

「ありがとうございます。お話が早くて助かります」

「他国ならまず、書類の山からでしょうね。あいにくうちはザルの山でして」ハイネ刑事は白く漂白させた歯を見せて、「それでは早速、ご案内いたします」

 

わたしはふたたびエレベーターに揺られて、地下3階に通された。

扉が開くと、全体が白いフロアがあらわになる。地上階のオフィス的な内装とはうってかわって、病棟ないしは研究所といった趣だ。廊下は一本道で、分岐もなければ奥行もない。フロア面積の半分を旧世代の量子コンピュータが占有していると見えて、不気味な寒さと静けさに包まれている。

誘導された部屋は立方体状の何もない空間だった。握り拳一個分はありそうな厚さの三次元像投影窓を挟んで、映像、音響操作をかねるモニタリング・ルームが併設されている。ハイネ刑事はそちらに移動すると、スピーカーを通してわたしに語りかけてきた。

「特別な用意はいりません。準備ができましたら、天井から吊るされているヘッドマウントディスプレイを手に取り、頭に装着してください」とハイネ刑事は言って、「もし体験中に不快感などがありましたら、その場で手をあげて座り込んでください。即座に体験を中止し、そちらに駆けつけます」

こちらの声は聞こえないようなので、わたしは両手をあげて反応をした。そして、天井にぶら下がったヘッドマウントディスプレイを指示の通りに装着して、仮想現実VR没入ジャックインする。

 

3.死の人称ナンバー・オブ・デス

目を開くと、わたしは地平線まで続くグリッド平面に立っていた。頭上を見上げると、そこには矢印の立体像が浮かんでいる。一目見るだけで、プレイヤーを目的地まで誘う機能があるのだと理解アフォードできた。

矢印の方向に向き直るとアパートメントがあった。筋肉質の素材でできており、一件ありふれた現代建築だが、これまた完全な立方体になっているように見え、特徴的である。はじめて見た建物であるにも関わらずしかし、わたしは一抹の既視感デジャヴを覚える。

その自動扉をくぐるとすぐに、その理由は明らかになった。この虹彩認証式のエントランスといい、内装といい、〈エレホン〉に点在する労働者階級用の賃貸アパートに、あまりにも似かよっているのだ。

つまり、この建物は実在する。

おそらくは、実際にミモザ少年が住んでいた生活空間を再現しているのだろう。その証拠に、タッチパネルから管理会社に連絡しようとしても、タッチパネル自体が反応しない。実物を模倣したのでなければ、わざわざ無意味な細部を再現する必要はないはずだ。

わたしはタッチパネル横のインターホンのうえに、小さい矢印と417という数字が浮かんでいるのを発見した。おそらくは部屋番号だろう。これで少年を呼び出せということだ。

わたしはその暗黙の指示にしたがって、数字ボタンのあとに呼び出しボタンを押した。呼び出し音が数コール鳴り響いたあとに、接続したことを示す受話器の音が鳴る。

「こんにちは」と、わたしは声をかけてみる。

「こんにちは」と、スピーカーの向こうから少年の声が返ってきた。ロックを解除する音が鳴って、「どうぞ」

わたしは、十中八九表層ハリボテである他の部屋を尻目に少年の部屋へと直行した。

417号室の前にたどり着くと、扉には標識もなければ飾りもなかった。あらかじめ部屋番号を知らされていなければ本物の部屋とはわからなかっただろう。

わたしは扉をノックする。

それから数秒遅れること、扉が開く。

「ごめんください」

扉の脇から顔を出したミモザ少年は、旧ソ連圏ソビエティックの血を引いていると見える美少年だった。遺伝子編集の恩恵を受けているようだが、それにしても、である。将来はモデルや俳優になってもおかしくはない。

しかし、すでにその可能性が断たれてしまったことをわたしは知ってしまっている。

わたしは複雑な気持ちでその顔を眺めていると、ミモザ少年は言った。

「中、どうぞ」

ミモザ少年は思ったより社交的だった。これがまた内向的な性格であったりすると、扉を開くまでに相当な試行錯誤を経る必要があるのだろう。わたしは少年の性格に感謝しながら、部屋にお邪魔した。

玄関と台所を経て通された部屋は、整頓が行き届くあまり生活感を欠いているように見えた。これは仮想現実ゆえではなく、少年の性格ゆえであるとわたしは直感する。和風の座布団のうえに正座をして待っていると、少年が台所から戻ってきて、紙コップをちゃぶ台のうえに置いた。これまた自家製の紅茶のようだった。

「お姉さん、お名前は……」少年が聞く。

「ラス・フィールド」わたしは答える。

「ふだんは何してるの……」

「え、なんだろう……」いきなり答えづらい質問だった。わたしは少し考えてから、「うーん、人の乗り物をつくる仕事、かなあ。遠くへ、遠くへ行くための乗り物を」

「ふうん」少年は興味なさげに言った。

年頃の少年が好きそうな表現を用いたつもりだったが、どうやら逆効果だったらしい。話はふくらまず、そのまま少しの沈黙が流れる。何か気の利いた質問はないかと考えていると、少年が先に口を開いた。

「聞き返さないってことは、ぼくのこと知ってるんだ……」

「え……」わたしはどう答えたものかわからず、「どういうこと……」

返事を濁すわたしを見て、少年はくすくすと笑った。

ここに来て、わたしはミモザ少年の言動に違和感を抱いた。わたしはさっき、少年の社交的な性格に感謝した。しかし、本当にそうなのだろうか。

「ところでお姉さん、どこから来たの……」

少年は社交的な性格なんかではない。わたしの正体に疑問を抱いたうえで、わたしの嫌な質問を投げかけてきている。

それが単なる好奇心なのか、敵対心なのかは現時点ではわからない。

「どこだろうね……」わたしは動揺を表に出さぬよう、黙って考えてから、「遠いところ、かな……」

嘘ではない。わたしは極東から〈エレホン〉に移住してきた。

「ふうん」少年はまた、興味なさげにそう言って、「ぼく知ってるんだけどなあ」

「へえ。何を……」

「ぼくって死んでるんでしょう……」

 

その言葉を聞いた瞬間、わたしは石になった。

行き場のない視線を落とし、紅茶の表面を、揺れる水面を凝視する。

ここに来て、わたしはミモザ少年の言動に確信を抱いた。

わたしはさっき、少年がわたしの正体に疑問を抱いているのだと思った。

しかし、それは違う。

「ぼくって、どうやって死んだの……」

少年はわたしの正体に疑問を抱いているのではない。

わたしの正体を、みずからの死を知ったうえで、その詳細にまつわる質問を投げかけてきている。

「知らないのか。まあいいや」ミモザ少年は机のうえに置かれていた本を持ち上げて、「今日も図書館で調べたんだ」

大文字の明朝グランド・セリフ体で組まれたその表紙には、髑髏どくろをモチーフにしたキュビズムの絵画と、ウラジーミル・ジャンケレヴィッチという著者名に挟まれるようにして、『デス』というタイトルが記されていた。

「これ、哲学書。なかに死の人称ナンバー・オブ・デスって概念が出てくるんだ。知ってる……」

わたしは知らなかった。

それ以前に何も答えられない。

黙っていると、ミモザ少年は楽しそうに要約を始めた。

「教えてあげるよ。死には三種類あるんだって。ひとつめが、一人称の死。これは自分自身の死のこと。ふたつめが、二人称の死。これは近しい他者――つまり家族とか恋人とか、親しい人の死のこと。そしてみっつめが、三人称の死。これは死一般。無名の他者の死のこと」

ミモザ少年はくすくすと笑った。

あまりにも無邪気に死を語る少年を見て、わたしは疑問に思う。

この子は誰なんだ﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅

「ねえねえ、お姉さん」少年はわたしの顔を下からのぞきこんで、「〈いま・ここ〉のぼくは、本物のぼくの死を、何人称で受け止めればいいと思う……」

わたしはひどい立ちくらみに襲われて、その場で手を上げた。

 

「……聞いておりました」

わたしの合図を受けて、飛んできたハイネ刑事に事情を説明すると、深刻な表情で考え込んでいた。しばらくすると、ハイネ刑事は意を決したようにこちらに向き直った。

「いずれにせよ、このまま放っておくわけにはいきませんね。主任にいったん〈死後人格〉の計算を止めていただけるよう、かけあってみます」

「そうすると、彼はどうなるんですか……」わたしはたずねる。

「先ほども申し上げた通り、いちど形成した〈死後人格〉の扱いには難しいところがあります。目下の対応としては、凍結フリーズということになるでしょう」

「凍結……」

わたしはもはや、ミモザ少年に対してどこか生理的な恐怖を抱くにいたっていた。しかし、少年がこのままハードディスクの底で眠り続けるという運命にも、どこか腑に落ちない感情を抱いてしまうのも、また事実である。

そんなわたしの心中を察してか、ハイネ刑事は言った。

「あまり気に病まないでください。彼がああなったから、というわけではありません。もともと〈安楽園〉に葬送法を決めていただいたあとは、そうなる手はずだったのです」ハイネ刑事は不安そうな顔で、「ところで、その件に関しましては、お力添えできましたでしょうか……」

「ええ、助かりました。まだ時間はかかると思いますが、持ち帰ってゆっくり決断を出させて下さい」

「よかったです。他にご用件があればなんなりとお申し付けください」

わたしはしばし黙考にふける。

わたしが会ったミモザ少年は、ミモザ少年本人がどのようにして死んだのかを知りたがった。しかし、よくよく考えてみると、わたし自身、ミモザ少年本人が死にいたった経緯をまったくと言っていいほど聞かされていないのだった。

「ありがとうございます」わたしはハイネ刑事の厚意に甘えて、「ひとつ、お聞きしてもよろしいですか……」

「なんでしょう……」

「実を言うと、わたしは事件の詳細についてあまり詳しく聞かされていないのですが、ミモザくんは〈墓型無人機〉の墜落に巻き込まれて亡くなったんですよね……」

「そうですね。わたしは現場の担当ではないので伝聞となってしまいますが、エレホン中央公園でのバーベキューの最中に、とのお話をうかがっております」

「バーベキューと言うのは、〈食べ送りバーベキュー〉の――」

「はい。なんでも、懇意にしていた友人の父親が〈資源主義者〉だったとか。故人本人の肉を振る舞う催しに招待されていたようです」

「なるほど。ちなみに、その〈墓型無人機〉の主は……」

「実を言うと、それが捜査が長引いた原因なんですよ」ハイネ刑事はそう前置きして、「少年とは何の関係もないのです。落ちた無人機の主は一人身で、遺族もいない。それにもかかわらず、少年が死のまぎわに呼んでいた」

「あの」わたしは耳を疑って、「今、なんて言いました……」

「はい。ですから、ミモザ少年の〈端末衣〉に、みずから〈墓型無人機〉を呼んだ記録が残っているのです」

 

4.入れ子人形マトリョーシカ

現実自殺リアル・スーサイド

少年本人が〈墓型無人機〉を呼んだという話を聞いて、まっさきに頭をよぎった可能性がそれだった。

考えにくいとは思う。自動運転の安全神話は崩壊していないからだ。ミモザ少年の死を受けて揺らいだところはあるにせよ、それは特殊な状況下において起こりうる例外にすぎない。世界中でこれほど自動運転が受け入れられたことと、世界中であれほど事件が取り上げられたことが、その逆説的な証明だ。

しかし、少なくとも〈警察代行株式会社〉は、事件を自殺の線で解決するつもりでいるように見える。事件直後ではなく、事件の一ヶ月後になって〈安楽園〉に声をかけてきたのが、その根拠だ。

元より、見ず知らずの少年のために働く義理はない。しかしわたしは〈墓守〉。人が闇に葬られる、その可能性を捨て置くことはできない。

 

わたしは有給休暇を利用して、事故現場であるエレホン中央公園に足を運んだ。

エレホン中央公園はその名の通り、いくつかの都市的機能を担っている。

まずは、自然公園としての機能。生分解性プラスチックの骨格と、人工筋肉の基礎のうえに繁栄した〈エレホン〉は、不毛である以前に不砂の人工島だった。これでは動植物はおろか、人間ですら生きられないとして設けられたのが、世界中から集められた土壌と樹木からなるこの自然公園だった。

つぎに、農地としての機能。いくら土地や土壌が不足していると言っても、すべての食料を他国からの輸入に頼るようでは独立国家としての立場に関わってくる。そこで小規模ではあるが、昔ながらの農業とテクノロジーを組み合わせて耕作に精を出す農家があらわれるようになった。

そして、共同墓地としての機能。

墓地といっても、〈エレホン〉の領土を圧迫する古き良き墓地ではない。エレホン中央公園には、〈資源主義者〉の遺体を分解する固定式の〈人体分離機セパレータ〉が設置されている。この黒い繭のような棺桶に入れられた遺体は、一昼夜をかけて水と油、肉に分解される。そして、水は島の中心を流れる川として、油は島の貴重な工業資源として、肉は島の国民的葬祭――〈食べ送り〉の際に振る舞われる食材として、この狭い人工島の循環系をめぐることになる。

〈エレホン〉じゅうに張り巡らされた〈矢印〉も、さすがにこの公園までは入ってこない。わたしはスケートボードに片足をゆだねて、気の向くままに滑り続けた。

事故現場はすぐにわかった。むろん、事故の形跡は警察によって跡形もなく消し去られている。目印ランドマークとなってわたしを誘ったのは、友人によってたむけられたと思われる、大小さまざまな供物だった。花や手紙。ピラミッド状に積まれた大量のコカ・コーラ缶は、ミモザ少年の好物だったのかもしれない。供えられるものを見るだけでも故人の人柄はうかがい知れる。

そのなかでも一際目立ったのは、生の鶏肉を思わせる薄桃色の一輪の薔薇――〈墓肉〉だった。人工肉と遺伝子編集の技術をかけあわせることで実現する〈墓肉〉は、設計した3Dデータを塩基配列に変換して埋め込むことで、特定の形態に生長させることができる。近年では生まれ変わりの象徴として、盆栽や花といった植物の形態を模倣する〈生体主義者〉が増えている。事故現場に墓をお供えするというのは変な感じだが、このような用途があることは興味深い。

目的のひとつは果たした。わたしは引き続き、もうひとつの計画にとりかかる。

cmd boot app "Hakamile" -enコマ・ブート・アップ・ハカマイル・ハーエン」わたしは〈修飾音〉を口にした。

「〈墓参るハカマイル〉を起動します」〈端末衣〉が〈墓参る〉を起動する。「ステータス――待機中。検索条件を指定してください。待機時間十秒」

「最寄りの墓を呼んで」わたしは自然言語で命令する。

「了解」自然言語処理を経て、〈端末衣〉が命令を認識する。「ハルコ・マユズミ様の〈墓型無人機〉が参ります。よろしいですか……」

「いいよ」

「命令が受理されました。その場から移動しないでください。予想到着時間まで――3分22秒」

こうしてわたしは、赤の他人であるハルコ・マユズミ氏の到着を待つことになった。

わたしは、いつだかストリームで閲覧した記事の内容を思い出していた。かつての墓参りとは、人間が墓のもとに参ることを意味していた。それが今や、アプリを起動して命令を実行するだけで、墓が人間のもとに参るようになった。カント的な物言いをすれば、墓参りの辞書的定義がコペルニクス的転回を迫られたことになる。

いかにも人文系の学生が好みそうな言い回しだと考えていると、頭上から一台の〈墓型無人機〉がゆっくりと近づいてきた。綿毛のようなおだやかさで降りてくるのを見るに、これが一人の人間の命を奪うだけの運動量を持っているとは思えなかった。

〈墓型無人機〉は、プロペラの根元に埋め込まれた赤外線カメラでわたしや障害物の位置を検出すると、わたしの目線の高さで浮上したまま静止した。こうしてまじまじと観察してみると形態も独特で、輪っかもろとも黒塗りにされた土星に「ドラえもん」のタケコプターを装着したような珍妙な出で立ちだ。

わたしが手を近づけると、胴体部分である球が横にぱっくりと開いて、その墓としての中身をあらわにした。

その一式からは、一見しただけで仏教的な要素を感じ取れた。奥には遺骨がおさまっていると思われる骨壺が置かれ、手前には線香と携帯用のチャッカマンが添えられている。これに火を着けて捧げよ、ということらしい。わたしは無宗教だが、極東の出身としては馴染みのある丁度である。わたしは実際に見たことも聞いたこともない初老の老婆の姿を想像しながら、形式的に線香をたむけた。

cmd
do "Shokoh" -enコマ・ドゥ・ショーコー・ハーエン

「ステータス――焼香中。終わり次第ハルコ・マユズミ様の〈墓型無人機〉が去ります。よろしいですか……」

「うん」

わたしが答えて数十秒すると、ハルコ・マユズミ氏の墓は宙に浮かび、去って行った。その形状をぼんやりと眺めていると、体積が成人男性の頭部と同じくらいあることに気が付く。

何か――何かが引っかかった。

 

腑に落ちない感覚を拭えないまま、わたしは帰路についた。エレホン中央公園から家までの最短ルートとしては、人通りの多い〈古都〉を通ることになり、正直あまり気が進まなくはある。左足をスケートボードに預け、〈無印〉のレーンに乗りながら右足を漕ぎ始めると、流れのない川を進んでいるような感覚がした。

〈古都〉に入り、〈色物横町〉の曲がり角から数十mの地点に差しかかって初めて、今日はやたら人だかりができていることに気が付いた。極東風の浴衣ユカタを着た人々が無国籍調の音階で奏でられた上昇系のメロディに合わせるようにして、巨大な構造物を担いで運んだり、歓声を上げたりと、好き勝手している。

なるほど、とわたしは思い出す。今日は〈色物横町〉の祭日だった。

祭り事にはえんもゆかりもないわたしだが、帰り道である以上は仕方がない。スケートボードから降りて、ひと通り出店に目を通すことにした。スシ、ケバブ、ナンからバイオ独楽ゴマまで、料理や雑貨を販売するさまざまな屋台が出ている。

その中で一軒、なんとなく目を引かれる出店を見つけた。ペルシャ柄の絨毯をバックに据えた調度でエスニックな雑貨を扱っている。木彫りの食器や装飾品、置き物など、さまざまな国の異国情緒ただよう代物が揃っている。

中でも、ピーナッツ型につくられた木彫りの人形ヴォイド・ロイドに目が留まった。人形が同じ木彫りの人形の中に入っており、また同じ……というユニークな玩具である。たしかロシアの民芸品で、入れ子人形マトリョーシカと呼ばれるものだ。

人形を手に取り、しばらくのあいだ眺めていると、途端にわたしの脳内が電撃スパークした。

あの墓の中には何かを入れられるのではないか﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅

つまり――何かを隠せるのではないか﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅

 

翌日、通勤中の時間を利用して、わたしはハイネ刑事にテキストメッセージを送信した。先日のお礼に沿えるかたちで、思いつきを書き下したシンプルな文面である。いくら〈警察代行株式会社〉が暇であるとは聞いていても、確証もない推論に付き合わせるわけにはいかない。メッセージを読んだハイネ刑事が自発的にとりくむというかたちが理想だった。

しかし、わたしの想像以上にハイネ刑事は仕事熱心だった。返信はその日の夕方、音声電話として返ってきた。

「ご返信が遅れてしまい、申し訳ございません」ハイネ刑事は心底申し訳なさそうな雰囲気を漂わせて、「結果と一緒に返信したいと思いまして」

「いえいえ。ということは――」

「ええ。少し気になったものでして、わたしのほうで勝手に調べさせていただきました。具体的には、〈墓参る〉の開発会社に問い合わせて、少年の前後で、公園が発信源になっている通信記録を開示していただきました」

「ふむ」

「すると、事件の前に呼ばれていて、なおかつ一週間おきに呼ばれている〈墓型無人機〉があるとのことでして。開発会社の担当者同伴のもと、中身を確認させていただきました。そうしたら、なんと――」ハイネ刑事は、電話ごしでもわかるほど息を荒げて、「アーミー・ゲイルの〈墓肉〉が見つかったのです」

わたしは言葉を失った。

ハイネ刑事は嬉々として続ける。

「〈墓型無人機〉を移動型の金庫として転用する発想にまず脱帽ですが、まさかそこに〈墓肉〉を入れるとは。まるで墓の入れ子人形です。この2年間、まったく足取りがつかめなかったもので、てっきり国外に流出したものかと思い込んでいました」

「それは――」さすがに予想していない展開で、「わたしもびっくりです」

「これによって容疑者の身元も割れました。袋小路に入り込んでいた捜査が少なからず進展することでしょう。もう少し裏付けが必要なので、今日というわけにはいきませんが、近いうちに任意同行というかたちには踏み切れそうです」ハイネ刑事は、感極まった声音で、「本当にありがとうございます。ミス・ラス」

これでわたしが会ったミモザ少年も、ミモザ少年本人も多少は報われるということだ。わたしは胸をなでおろして、最後にひとつ質問をする。

「よかったです。興味本位でお聞きしますが、容疑者はどのような――」

「それは守秘義務が――なんて、いまさらですね」ハイネ刑事は言った。「容疑者の名前はドム・チェン。〈エレホン〉で自営業を営む、労働者階級の男性です」

 

5.犯行当てハウダニット

ドム・チェン。

それはチェンのフルネーム。

わたしは平静をよそおって電話を切ると、その勢いのままバックパックからスケートボードを抜き出した。時刻はまだ、定時の一時間前。オフィスは同僚の〈墓守〉でにぎわっていて、わたしの尋常じゃない様子を察した上司の声も聞こえてきた。

そう、わたしは柄にもなく焦っていた。

わたしは五感のすべてを遮断して、最高速度で〈安楽園〉をあとにする。廊下であろうとおかまいなしに、スケートボードで走り続ける。

わかっている。わたしは今、冷静じゃない。警察が裏付けとやらを済ませるのは、いつかはわからないのだ。それは明日かもしれないし、一ヶ月後かもしれない。少なくとも一分一秒を争う状況ではないことは、自分でもよくわかっている。

しかし、そのタイミングが来てしまえば、警察はチェンの自宅に駆け付け、言葉少なに彼を連れ去っていくことだろう。そうなったが最後、わたしが顔を合わせる機会は、二度とおとずれないかもしれないのだ。その展開に、その未来に抵抗する祈りとして、わたしは全力を注がなければならなかった。

わたしは走りながら祈り、祈りながら走る。目的地はひとつ。〈抜き襟〉だ。

 

それから〈抜き襟〉にいたるまでの道程は、ほとんど覚えていない。滑っては転び、転んではぶつかり、あらゆる瞬間がコマ落ちして抜け落ちている。

それでもわたしは暖簾をめくり、ついにこの視界にチェンの姿をとらえるにいたった。

チェンは中央の掘りごたつの席で中東の水煙草シーシャを吸い、白煙をくゆらせていた。店内に充満したお香のような匂いから、何のフレーバーであるかは察しがついた。

「おいおい、こりゃまたすげえ形相で。どうした……」チェンは眉をひそめて言った。

「〈墓守〉にパンラズナの匂いなんて嗅がせるな。うんざりだよ」わたしはぶっきらぼうに聞いた。「ママは……」

「買い出しだ。今は俺が店番」

「ならちょうどよかった」わたしは息を大きく吸い込んで、「チェン。あんた、先月のあの日、中央公園で何してた……」

チェンは怪訝な表情を浮かべた。単純に、何がなんだかわからないといった様子だ。

「あの日ってなんだ。それに先月って。そんな昔のこと覚えてねえよ」チェンはわたしの肩に手を伸ばして、「中央公園へ行ったかも定かじゃない。お前、本当に大丈夫か……」

「とぼけないで」わたしはチェンの腕を振り払って、「あんたにとって忘れられない一日があったはずだ」

「どういうことさ……」

「警察を経由して、〈墓参る〉の開発会社に問い合わせた」

場が凍りつく。

チェンはゆっくりと立ち上がり、後ずさりすると、カウンターの端にある壁際の椅子に座ってうなだれた。絶妙な角度のため、その表情はうかがえない。わたしはしばらくその出方をうかがっていたが、何か言い返してやろうという気概は感じられなかった。

「自分から言えないのなら、わたしが聞かせてやる」

わたしは宣言をして、深呼吸をした。たえだえだった息はすでに吹き返しつつある。

「結論から入ろう」わたしはチェンを指さして、「チェン。あんたは先月の〈墓型無人機〉墜落事件、およびミモザ少年殺人事件の犯人だ。

経緯はこうだ。あんたはなんらかの手段で手に入れたアーミー・ゲイルの〈墓肉〉を、赤の他人である〈移動主義者〉の〈墓型無人機〉に保管していた。これは非常に抜け目のない戦略だったと言えるだろう。独り身の墓であれば、まず誰かに開けられる心配はないし、手元に置いておく必要もない。上空数百メートルを移動し続ける無人機は、心理的かつ物理的な隠し金庫として、これ以上なくうってつけだった。

残った問題は、入れっぱなしで放置するわけにはいかないということだ。〈墓肉〉の維持には、定期的に培養液を散布する必要がつきまとう。そこであんたは週に一度、目撃者がいないタイミングを見計らって〈墓参る〉で〈墓型無人機〉を呼び寄せた。その場所として公園を選んだのは、市街地よりは目立たないし、年に何度も呼ばれてもおかしくはないという配慮だろう。

ここまでは裏付けもとれている。しかし、ここからはわたしの推論でしかない。さあ、自分の口から話すか否か――最後のチャンスだ」

わたしは一分ほどの猶予を与える。この場の心理状態においては、永遠にも感じられる長い時間のはずだった。

しかし、チェンはうつむいたままで、わたしの問いかけに答えることはなかった。

「わかったよ。続けよう」わたしは諦めて、「あんたが油断していたのか、運が悪かったのかはわからない。いずれにせよ、友人の父親の〈食べ送り〉で中央公園を訪れていたミモザ少年が、目撃してしまったんだ。おそらくは、あんたがアーミー・ゲイルの〈墓肉〉に培養液を吹きかける光景を――。

口封じの必要に迫られたあんたは、言葉巧みにミモザ少年を誘導して、もともと確保していた予備の〈墓型無人機〉を呼ぶようにうながした。そして、その着陸の拍子になんらかの誤動作を誘発させることで、自動運転による事故死を演出したんだ。

本編は以上。ここから先は補足だが、わたしをそれとなくそそのかして警察に向かうように仕向けたのは、捜査の進展が心配でしょうがなかったからだろう。今、あんたの首を絞めているのが、その下心であることは言うまでもない」

これでわたしの役割は終わった。チェンの顔を正面から見すえて、言い放つ。

「さあ、この後はあんたのターンだ。わたしの推理を認めるか、認めないか――いずれにせよ、その貝になった口を開くがいい」

 

チェンは音もなくため息をつくと、ジーンズのポケットからマルボロを取り出し、それに火を着けた。

「俺は運び屋だ」チェンはそう言って、「あつかうのは主にヤク、タバコ、銃。基本は小物だ。無人機の耐久重量には制限がある。

手順はこうだ。まず、最寄りの外国から〈エレホン〉の領海スレスレまでブツを運ぶ。次に、〈エレホン〉の領空を飛んでいる〈墓型無人機〉を呼び出して捕まえる。そして、到着した無人機にブツを入れる。最後に、足のつきにくい中央公園でブツを回収すれば完全犯罪の成立だ。船を用意する手間はかかるが、検問を往復するリスクと比べたら安いもんだ」

「それ、いつから……」わたしはたずねる。

「アイデア自体は、中国で高校生やってた時から。俺にしてはめずらしく〈墓型無人機〉関連法案が成立したニュースでも見たんだろう。我ながら冴えていると思ったね。それで今日まで飯を食いつないだんだから、認めざるをえないだろ……」

「たしかに」わたしは下唇を噛んで、「あなたは冴えていた」

チェンは息を大きく吸ってから、紫煙を吐き出した。

「そうだったな」チェンはさびしそうに言って、「状況が変わったのが2ヶ月前。俺の唯一の取引先と言ってもいい、中国のとあるマフィアから、〈墓肉〉の面倒を見てくれないかという依頼が飛んできた。期限は3ヶ月で、報酬も弾んだ。二つ返事で引き受けたよ。

あとはお前が言った通りだ。ちょっと補足をするとしたら、海外の誰かに任せる手も考えなくはなかったって程度だ。でも、これほど同業者が信用できない世界もない。自分のお国元に置いておくのが一番安全だという自負もあったし、警察も〈エレホン〉内部に保管するとは思うまいという逆張りもあった。けっきょくは自分の商売道具を使うことになったよ。

もっとも、こればかりは見つかったが最後ってこともわかってた。だから〈墓肉〉の管理はなるべく夜間、人目のつかない場所でやるように徹底した。

それが、ブツを仕入れに行く関係で、どうしても夜まで待てない週があったんだ。俺はやむをえず、日中の公園で培養液をやることにした。そこにたまたま通りがかったのが、バッタやセミを捕まえて喜ぶ、一人のわんぱくなガキだった。

最初は見て見ぬふりをしたさ。でも、話しかけられた瞬間に俺のやることは決まっちまった。俺は〈墓肉〉に興味津々のガキをだまして、何機かストックしているうちの一機を呼ばせた。そいつは俺の抱えてる〈墓型無人機〉のなかでは比較的大型で、なおかつプロペラが少しイカれてて、石を投げて墜落させるにはわけがなかった。それだけだ」

 

告白はなされた。

わたしの心情について述べる必要はないだろう。

わたしは心のどこかで、この頭の冴えた友人がわたしの稚拙な推理を否定してくれることを願っていたのだ。

しかし、その可能性は、もはやない。

「認めるんだね……」往生際の悪いわたしは、もう一度確かめる。

「ああ」チェンはタバコを灰皿に押しつけて、「すまんな」

「そっか」

わたしはやっとの思いで受け入れる。

友人を、それとは知らずに売り渡してしまったという現実を。

わたしにできることは残り限られている。

「最後に、選んで……」わたしはそう言って、「わたしと一緒に警察へ行くか。それとも口封じのためにわたしを殺すか」

「なんだそれ」チェンは苦笑して、「答えはその二択じゃない」

「え……」

「〈墓守〉さんよ。俺にサービス、提供してくれや」

 

6.墓守デス・デザイナー

罪を糾弾されたあげく、その場で殺してくれとのたまう。一昔前であれば、このような行為は社会不適合者の甘えとして一蹴されたことだろう。

しかし、今日の〈エレホン〉において、死はサービスに成り下がった。顧客が死を望めば黙ってそれに答える。それが〈安楽園〉の精神である。

「わかった」

その瞬間、わたしは一人の〈墓守〉としてチェンに対峙した。

 

〈エレホン〉は狭い。返事をした一時間後には、わたしとチェンは〈眠り籠〉の搭乗口に立っていた。彼岸と此岸を接続する地上30メートルの埠頭には、生暖かい初夏の風が吹きすさんでいる。

「これが俺の乗り物か」

チェンは〈眠り籠〉の先頭車両に身体を押し込んで、安全バーを下げた。殺人機械に安全装置などお笑いぐさだが、〈眠り籠〉がもたらすべきは地上500mから急降下することによる酸欠死であって、墜落死ではない。

いずれにせよ、黄泉への片道切符は受け取った。あとはわたしがボタンを押せば、チェンは一方通行の旅に出る。

「要望を聞いておくよ。葬送法について」わたしは聞く。

「信仰はない。墓はいらない」チェンは即答した。

チェンらしい答えだ、とわたしは思った。

「それは違うよ」しかし、わたしの口からは別の言葉が衝いて出る。「墓は乗り物。それを選ぶということは、目的地を決めるということ。いつまで動くのかを、どこまで向かうのかを、何を求めるのかを――終わらない終わりを定義するということ」

「乗り継ぎは嫌いなんだがな」チェンは安全バーを叩いて、「まあいいや。だったらお前に任せるさ、ラス。俺に終わりをもたらしたのはあんただ」

わたしは少しイラッとする。

「あんたが勝手に死ぬだけだろ」

「頼むよ」

「まったく。わたしは何人の墓を決めればいいんだ……」

わたしは毒づいた。

しかし、わたしの腹はすでに決まっている。

「何かと無人機に縁のあるあんたのことだ。〈移動主義者〉になってもらう」

「それって呪い……」チェンは露骨に嫌な顔をする。

「信仰がないんでしょ……。呪いもクソもない」

「そういうのは信じるタチなんだよ」チェンはそう言って「俺にはわからんな。島の周りをグルグル飛び回って、アプリで呼び出される毎日。ロマンのかけらもありゃしない」

「それがいいの」

わたしは断言した。

チェンは何か思うところがあったのか、わたしの顔を見た。

「わかったわかった。任せるよ。問題は死に心地だ。星1ってことはないように頼むぜ、ラス……」

「お手柔らかに頼むよ、チェン」

 

〈眠り籠〉が動き出す。

「業務放送――コード〈落下〉。総員〈合掌〉」

玉音めいた音声が、深夜の〈安楽園〉にこだまする。園には他に誰もいない。ならばわたしがとばりとなり、一夜ぶんの黙祷を捧げよう。

これも台本通りの作法――と言ったら嘘になる。わたしはチェンのことが少し――否、大好きだったし、あの店に通う理由のひとつでもあったのだ。だからこそ、チェンには〈墓参る〉で呼び出せるくらいの距離にいてほしい。どうしても嫌だというならば、二度とその顔を見せるなと宇宙空間に送り出してやる。

決めるのは、チェンのレビューを見てからでも遅くはない。

すべてを終えて、わたしは余韻に浸りながら帰路につく。警察に小言を言われる未来が見えて、少し憂鬱になる。彼らもさすがにいい顔はしないはずだ。

とはいえ、職業柄返すべき答えは決まっている。深夜に訪問があって、その場での〈落下〉を希望したために受け入れた。そう言うことになるだろう。実際のところ、そのような事例は少なからず存在する。死に飛び込むにはある種の勢いが必要で、それを削ぐ権利はわれわれにはない。

つまり、これは希望的観測でもあるけれど、わたしは今後も〈墓守〉として他人の死をデザインしていくことになるのだろう。だとすれば、問題は解決していない。わたしにはまだ、ミモザ少年本人の葬送法を考えるという仕事が残っている。

〈保存主義者〉ではない、とわたしは思う。〈天国〉は、わたしが会ったミモザ少年のためにとっておいてあげたいからだ。死の意味を突き詰めるあの熱量は、歳相応の少年のようでも、歳不相応の哲学者のようでもあった。彼にはミモザ少年本人とは別のミモザ少年として、〈天国〉で思考を研ぎ澄ましていくべきだ。

わたしにとって、ミモザ少年の死は三人称だった。たぶん、チェンの死も。しかし、彼らにとってはそうではない。彼らにとっては彼ら自身の、自分一人の、一人称のかけがえのない死なのだ。だとすれば、彼らには彼らの、死へいたるための乗り物が用意されなければならない。

そしてたぶん、わたしにも。

わたしの仕事は減るどころか増える一方で、時折どこに立っているのかさえわからなくなってしまう。それでも、何かに乗っているという確信が、わたしが前進していることを感じさせてくれる。

今日もわたしは人工筋肉に両足をゆだねるかわりに、スケートボードに左足をゆだねる。こんな日はとっておきの右足で、このクソったれな世界を蹴り飛ばしてやる。