loading

平大典「【対東京《バーサス・トーキョー》】Versus Tokyo」(7)

平大典「【対東京《バーサス・トーキョー》】Versus Tokyo」(7)

 

あっという間に、追悼の夜が来た。

祭りフェスタの開催会場は大田区オータクだった。派手にバラし合うには十分な広さがある。

神たる東京デウス・トーキョーの最南端。蒲田工業地帯カマタ・インダストリアル人工島マン・メイドである平和島ザ・ピース昭和島ショーワ。地図上でひときわ目立つのは、かつての日本国際空港にほんこくさいくうこう、つまり羽田空港ハネダだ。じつに区面積の三分の一を占めていて、滑走路には生体天蓋を支える高さ二〇〇〇メートルの郊外縁補柱サブ、通称【水色霊樹エクスデス】が建立している。

俺たちは、他都市との貿易における結節点ハブとなっている品川門シナガワ・ゲートで合流すると、電車に乗り込み、南方へ向かった。

 

年が明けて二週間が過ぎていた。徐々に寒さが深まっている。

揺れる電車。首にマフラーを巻いている老婆や半笑いの酔漢ヨッパライ、眠りこけている青年。

俺たちは扉近くに立っていたが、ロングシートでは同じ【第二圏】の男女五人が並んで座っていた。

みんな同一の格好ナリ。深い藍色の特攻服トッコーウェア、腕に紅色腕章。武器は木刀ぼくとう。一番背丈タッパのある偉丈夫オトコは、天井に着きそうなくらいの立派な黒色団旗ブラック・フラッグを掲げている。『弐号昇天/乱賊天誅』という文字。金色ゴールド刺繍ししゅう。全員窓の外を見ず、まっすぐ前を睨んでいる。

拾得ジットクと言葉を交わしたのは挨拶のときだけだった。電車に乗っても、しばらく俺たちの間には沈黙があった。

俺は声を出してみた。「意気衝天バッチコイだな」

なんともしょうもない内容だ。

「まゆ毛もないよ、あの不良ヤンチャたち。目を合わせるのはよそう」

一瞬、間がある。

「寒いな」

「まあ、冬だしね。予報じゃ、今夜か明け方に雪が降るかもだってさ。小さい頃は雪だとワクワクしたんだけどね。……そういやァ、新刊読んだよ。裏通りの悪童たちバックストリートボーイズ・トゥー・バッド題材テーマだなんて、けっこう攻めているね」

「早いな。一昨日、出たばっかだ」

売れ行きスピルバーギンは、今日の成果次第かい」

拾得ジットクの家で取り乱したことを謝ればよかったかもしれない。ナハトから距離を置かないように説得すればよかったかも。しかし俺が伝えるべきことは違う気がした。

速度を上げた電車が揺れる。

拾得ジットクはつり革を掴んでだらっと姿勢を崩して、車窓の外を眺めていた。

拾得ジットク、一つ教えてくれ。弐号ニゴさんをノメしたのは、お前か」

視線を俺に向けた拾得ジットクは、いつもの半分微笑んだ表情のままだった。

バラしたのは、僕だ」

答えると同時に、平坦な声の車内アナウンスが地上一五〇メートルに位置する第五だいご蒲田駅カマタエキへの到着を伝えた。

俺たちは電車から降りホームに立つ。工業地帯インダストリアル・エリア独特の匂いが漂う。勢いのある風が体温を奪うようにびゅっと吹き荒れる。

「なぜ」

と、俺が質問したときだった。耳に反応がある。

駅のホームには安っぽい覆面マスク化粧ペイントをしている三人がいて、地面に這いつくばっている一人へ亀を虐めるように殴打を繰り返していた。

俺と拾得ジットクは、武器を構える。今夜は俺が金属バットで、拾得ジットクはコンバットナイフだった。二人とも、弐号ニゴさんの追悼というナハトであることを考慮し、警戒してほかにもいくつか拝借レンタルしてきた。

後ろからの奇襲ブリッツは成功。

一人は取り逃したが、二人を仕留アヤめた。ワーワー叫ぶばかりの雑魚へっぽこだったので、頭割りスイカわりをかました。幸先がいい。逃がした奴は特攻服トッコーウェア軍団が落下防止柵フェンスから駅の外に放り投げ、東京トーキョーの底へ落とした。ホームに転がっていたのは、腕に赤い腕章を巻いた総髪の女だった。首は明後日あさってのほうへ向いて動く気配はない。

拾得ジットク、いきなり二人もやれるなんてな」

ペラすぎるね。が、注意するに越したことはないわな」

「きっと、弐号ニゴさんの追悼って話が界隈かいわいに伝わって、普段はツラを見ないような雑魚ざこまで参戦してきているんだろうな」

だねェ、お祭りは苦手だ」

第五蒲田駅から標高一六〇メートルに位置する環状第八号線カンパチに出ると、先ほどの特攻服トッコーウェア集団が、大股で胸を張り、東へ向かって歩いていた。よく見るとほかにも腕に赤い腕章を付け、変装した【第二圏】の連中がうじゃうじゃと、緩やかな傾斜となっている環状第八号線カンパチを東に向かっている。

戦闘員たちの仰々しい行進チェインギャング・エレキトリカル・パレード

ピカソモチーフの猥雑チャラチャラ拡張現実化粧オーグメンテッド・リアリティ・ペイントで躰全体を装飾デコしている女子たちが、三角錐拡声器ピラミッド・ブラスター神輿みこしにして、暗黒律動強調曲ノワール・ダブを爆音で垂れ流していた。空色スカイブルー前衛的バサラ意匠デザインタスキ条帛スカートを纏う坊主頭クリリン若者ヤングは、他圏ヨソ遺体ホトケ環状鉄鎖リング・チェーンを巻き付けて引きずっていた。多彩な格好コス、まるで百鬼夜行カーニバルの様相を呈している。先頭は電車にいた背丈の高い偉丈夫オトコであり、雄々しく黒色団旗ブラック・フラッグを振りかざしていた。

南方には、神たる東京デウス・トーキョーを囲い、田舎者カッペや外敵から護る聖なる立入禁止壁セント・ワンダー・ウォール。その向こうには川崎大農場カワサキ・ファームがあるはずだ。南蛮地帯サウス・パークとも呼ばれているが、足を運んだことはない。

「このまま環状第八号線カンパチを進むと、何がある」

「下り坂だからね、地上で間違いないでしょ。うーん、つまり羽田空港ハネダ

不意に肩を叩かれる。

寒山カンザン先生、拾得ジットクちゃん」

甘ったるい声。振り返ると、マルちゃんがいた。今日は顔中をラメで装飾デコしている仕様だ。服装は合成皮革の登山着アノラックに、穴あきグランジのスキニー。耳には橙色オレンジ黄緑グリーン形ビーズのついたピアス。

化粧メイクをしていないときの素顔スッピンとは、別人のようだ。

拾得ジットクが薄く微笑む。「マルちゃん、今宵こよいは一段と気合が入っているじゃないの」

「もちろん、二人も羽田空港ハネダに行くんでしょう?」

マルちゃんに背中を押され、俺たちも環状第八号線カンパチ羽田空港ハネダ方面へ進みはじめる。マルちゃんがいるせいで、先刻さっきの続きを話せない。

「なんかイベントあるの? 弐号ニゴさんの追悼ついとうナハトだってのは知っているけどさ」

「聞いていないんだ、拾得ジットクちゃんたち」マルちゃんは大げさに目を丸める。「羽田空港ハネダ処刑エンガチョするんだって、花子ハナコさんの。それと、弐号ニゴを仕留めたって吹聴ドンキしていた他圏ヨソトンマが二人くらい」

花子ハナコさんか。

陥れたはずの拾得ジットク花子ハナコさんの末路を耳にしても、眉一つ動かさない。

「そりゃあ、エグいな。断頭台ギロチン斬首チョンパでもするのかねェ」

「公開処刑の情報ネタが、戦闘員ソルダート中に伝わっていて、みんな羽田空港ハネダに集まっているんだってさ」

拾得ジットクは周りを見回す。「環状第八号線カンパチを攻められたら、結構危ないんじゃないの」

「みんな、祭りが好きだからね。弐号ニゴシンパの人たちが周りにいる連中を排除して、安全は確保しているし、この人数に刃向ってくる他圏アホはいないよ」マルちゃんは、耳に付いたピアスを指で弾いた。「むしろ、羽田空港ハネダにどんどん集まっているみたい」

航空機が空を飛ばない時代。荒廃が進む羽田空港ハネダは島形状だ。接続口ゲートは三つ。自動車や電車に轢かれない自信があるならば他の通路も選択肢に入るものの、歩道がきちんと整備されている環状第八号線カンパチが一番都合良い。

羽田空港ハネダと本土を繋ぐ穴守橋アナモリゲートまでたどり着く。集団の進む方向に羽田空港ハネダが見えてくる。広大な埋め立て地は煌々と輝き昼のように明るい。

「こりゃ大惨事アッチョンブリケだねェ」

拾得ジットクが漏らすと、マルちゃんは目を細めた。

羽田空港ハネダまでの一本道。左手と正面に滑走路や発着場ターミナル。滑走路の周りは、鉄条網てつじょうもうが張り巡らされていた。黄色や赤で彩られた各圏の『立入禁止』の警告電飾ワーニングが多重に重なり合って仰々しい。

錆びついた鉄条網てつじょうもう越し。滑走路の景色は、お祭り騒ぎワッショイだった。

伝説的英雄アトレーユ霊魂ソウルを昇天させるための鎮魂歌エクイエム

そびえたつ郊外縁補柱サブの麓。真紅と橙を基調とした投光器ライトで彩られた広大バカデカな敷地内で、戦闘員ソルダートが入り乱れている。青い光を放つ巨大灯台ライト・ハウス。奇声や銃声が遠くから響き、何か所か同時に閃光爆発光ピカピカピカ。停まっているボーイング777トリプル・セブンの残骸。摂政セッショー意向オキモチであるのか、はるか上空に位置する極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールには、西野にしの七瀬ななせの容姿をした戦乙女ヴァルキリーによって英霊の館ヴァルハラへと導かれていく弐号ニゴさんの漫画動画アニメが投影されていた。

俺たちは歩を早める。先行していた特攻服トッコーウェア集団もときの声を張り上げ、全力疾走ダッシュ開始スタート

特攻服トッコーウェア集団は、さっさと滑走かっそうを取り囲む鉄条網てつじょうもうを引き裂いて、人間大の穴を開け、侵入を開始。

「アタシも参加しよう」嬉々うきうきとした声を出すマルちゃんは颯爽さっそうと集団に続く。

「僕たちも行こう。この流れに乗り遅れちゃダメだろうなァ」

拾得ジットク」俺は拾得ジットクを呼び止める。「さっきの話だけど」

寒山カンザンに隠し事をするつもりはないよ。他言チクリしないことだけは約束チギリしてほしいけど。もしほかの奴に口外ポロリすれば、バラす」

バラすと言った部分、本気ガチな気がした。

俺たちは乱雑に引き裂かれた鉄条網てつじょうもうの穴を通る。

と、いきなり目の前に、たてがみのあるてっ仮面かめんをした男が出現。【第五圏】、敵だ。このクソ寒い中で、筋骨隆々の上半身シックス・パックをむき出し。茶色のはかまを履いている。

「お前ら、新規の異端者アノマリーだろ」獅子王ライオン・キングは、三角状の刃が付いた槍頭そうとうをこちらへ向ける。「献血しろや!ギブミー・ブラッド東京の宵トーキョー・ナハト

掛け声タイプの戦闘員ソルダートか。

俺は釣り用上着テンカラの内ポケットから拳銃チャカを取り出す。武器庫にあったリボルバー式のニュー南部拳銃ナンブけんじゅうである。重量もあるが、小ぶりであり、手で持つと収まりもいい。

寒山カンザン、準備がいいな」拾得ジットクがサバイバルナイフを振りかざす。

「今日はなんか普通じゃだめだと思って」

「僕も今日は手錠ワッカを持ってきたしねェ」

両手で握って、狙いエイムを定め撃鉄ハンマーを上げる。獅子王ライオン・キングおくさず向かってくる。

「反動があるから、下を狙え。一撃ワンパンで仕留めろ」

拾得ジットクの忠告を聞き、引き金トリガーを引く。

炸裂音BAKOOM

獅子王ライオン・キングは動きを止めた。が、見る限り怪我けがはない。

外したのか。

寒山カンザン、さすがだな」拾得ジットクは自分の股間こかんを指さした。

獅子王ライオン・キング股間こかんに注目する。茶色いはかまが徐々に赤色に染まっていく。

「あ、あああァあ」獅子王ライオン・キングは槍を投げ捨て、踊るように腰をくねらせて、その場に崩れた。

拾得ジットクは薄ら笑いのまま、駆けだす。

「あとは勝手に死んでくれる、さっさと行こう」

 

だたっぴろい滑走路内にはいたるところで遺体ホトケが転がり、まさに戦場ウォーゾーン。銃声や爆発音も。俺たちは、なるべく慎重に人に見つかりにくい陰を進むことにした。夜は長い。好機チャンスを待つ。

草むらの上には、おっさんの上半身テケテケが横たわっていた。内臓がぶちまけられ、耳が切り落とされていた。

滑走路の中央辺りまで行くと、直径三〇〇メートルの郊外縁補柱サブの足元、幾多の支柱やパイプを縫うような位置に、大きな御焚上キャンプファイヤが設置されていた。周囲では、全身を焔でまかれた戦闘員ソルダートがふらふらとしていた。よく見ると、中心部に黒焦げの影バーニング・マン

花子ハナコさんだ。それ以外の頓珍漢ヌケサクもな」拾得ジットク凄絶せいぜつ私刑リンチ結末サゲを冷たい目で見ながら呟いた。「聞きたいことがあるなら、聞けばいい」

「なんで弐号ニゴさんをバラしたんだ。お前にはバラす動機がないだろう」

俺たちはまるでシンデレラ城のようにそびえる発着場ターミナルを目指しつつ、会話を続ける。

「あるよ。それよりもさ、なんで僕がバラしたと思うんだ」

俺の見立てはシンプルだ。みんな、ナハトの間にバラされたと勘違いミスリードさせられている。渋谷しぶや警察けいさつしょで読んだ事件記録が、そのまま事実であれば。

「場外戦だ。お前は弐号ニゴさんを朝方にバラしたんだ。あの夜、ナハトから家に戻った隙だらけの弐号ニゴさんを狙った」

「さすが、冴えているね。正解だ」

「俺はお前が弐号ニゴさんをバラすなら、どうやるかを雑に推理ワトソンしただけだ。こんな簡単に白状やりましたするとは思わなかったけど」

「盗むのはなんでもよかったんだけどねェ。タグが一番証拠っぽかったし」

衝動的ではないはずだ。拾得ジットクは犯行前に、防犯の状況を念入りに調べていたのだろう。

計画的にバラした。

弐号ニゴさんに、なんか恨みがあったのかよ」

「あるよ」拾得ジットクは呟く。「僕ってさ、父親が戸籍上に存在しないんだよねェ。母親も行方不明で調べようもなかったしさ」

弐号ニゴさんが、拾得ジットクの父親とか言いだすんじゃないよな」

俺たちは発着場ターミナルに踏み込む。

ここなら、今のうちは安全地帯グリーン・ゾーンだ。大して油断できないが。

俺たちは、待合エリアの座面ざめんがボロボロになっているベンチに座り込む。

寒山カンザン、おもしろくない回答でソーリーだけど、弐号ニゴさんは僕の遺伝上の父親バランだねェ」

いつもの黒塗りの表情ツラが少し歪んでいるように見えた。

「なんだよ、認知しなかったからバラしたのか」

「そこはもう少し複雑、なのかなァ」拾得ジットクは煙草を吸い始めた。「実母ハハ弐号ニゴさんは東京の宵トーキョー・ナハトで知り合った。まだ弐号ニゴさんも二十過ぎの半人前ガキンチョだったんだけど。年上の母親と関係を持った。僕を妊娠して産んだまではよかった。弐号ニゴさんは若すぎて認知しなかったみたいだが、関係が終わったわけでもなさげでね」

「気色悪いな」

「でも、大きくてややこしい問題が生じた。祝福ビラヴドってのはさァ、周囲の人たちが下僕たる証明インプラント・デバイスを経由して脳内をいじられることで、自分に有利な状況が与えられちゃう」

弐号ニゴさんは、転機Xデイを境に、大いなる祝福ビラヴドを受けた。子どもが生まれた時期だったら。

「お前を産んだ人は、弐号ニゴさんが一七人バラしを達成トロフィーしたことで不安になった。下僕たる証明インプラント・デバイスの影響で、自分の子供ガキが不幸になることを恐れた」

「でもさ、弐号ニゴさんへの恋情れんじょうが薄れることはなかったんだねェ。僕が四歳の時失踪しちゃったよ。で、僕は養子として義理の両親に引き渡された」

弐号ニゴさんはどうだったんだ?」

馬抜稀人バヌケ・マレビト、産まれた僕を認知しなかった男だ。僕が災難に遭うことなんてさ、屁とも思っちゃいない」

「で、母親は弐号ニゴさんに会えたのか」

「再会しただろうけど」拾得ジットクは煙を吐く。「弐号ニゴさんは追い払ったんじゃないかなぁ。恐怖ドン引きでしょ、昔の女が子供ガキを捨ててまで訪ねてきても」

発着場ターミナルの外では、銃声が二度ほど響く。盛り上がっている。

弐号ニゴさんが父親だなんて、どうやって調査したんだ。興信所プライベート・アイにでも依頼したか?」

日誌ログだ。実母はあいつとのやり取りを記した日誌ログを置いていった。昔は目を通しても、文字として認識しているだけで理解できなかったんだけど、それが」

戦闘員ソルダートになってから読めるようになった」

「ちょうど一年くらい前かな。親の日誌ログなんか読むもんじゃないねェ。僕を生んでからも、弐号ニゴさんのことばかりだ、嫌悪けんおに値する。僕のことなんか眼中になかったんだ」拾得ジットクは少し俯いて、煙を吐いた。「だから、弐号ニゴさんが僕の遺伝上の父だってわかってから、もうバラすことしか思い浮かばなかった」

拾得ジットクは、弐号ニゴさんが有望な戦闘員ソルダート接触コンタクトするという情報を得ていた。で結果を求めたのは、祝福ビラヴドを受けるためでなく、弐号ニゴさんに会う為。

拾得ジットク、難しい奴だ」

拾得ジットクはポケットから九寸釘ナイン・インチを取り出す。「これって、実は母親の愛用品だったんだよね。一応、お守りみたいな感じかな。ちょっときもいな」

「マザコンだろ。歪み過ぎだ」

拾得ジットクは口角を上げた。

グラスウォールから滑走路へ目を向ける。

ボーイング777トリプル・セブンの残骸の間で、火花が上がっている。コンテナの合間を、血まみれの女が揺れながらうろついている。青っぽいラバースーツを着て西洋刀サーベルを携えていたが、ドタマの半分が吹っ飛んでいて、ツラ年齢トシは不明だった。やがて、アスファルトの上に転がった。

発着場ターミナルの別の場所からは、破壊音や銃声が耳に届いたが、すぐに途切れた。

俺たちはベンチから腰を上げるよっこいしょ

同時に、耳に反応がある。

俺はすぐさま金属バットを構える。

「バリやばいな」相手の姿を見て、思わず口にしてしまう。

「僕の台詞せりふ、パクんないでよ」拾得ジットクはため息を吐く。「バラせるかなあ」

「逃げるという手段もある」

待合エリアに入ってきたのは、ア美顕アビケンだった。

 

アクリルっぽい桃色ピンクのベレー帽。金髪ブロンド。この真冬の状況でも前と同じデニム地の窮屈そうな半袖のGジャンにホットパンツで、引き締まった筋肉質な身体マッスルボディをさらけ出している。顔はアニメイクで、ばっちり二重。くっきりした鼻筋、ふっくらとした唇。身長一八〇センチ半ばの躰に、そんなデフォルメの顔アンリアル・フェイスが載っているのだ。不気味この上ない。

俺たちは武器エモノを構える。拳銃チャカは選択肢にない。慣れていない武器を試す相手ではないだろう。

ア美顕アビケンは、日本刀ダンピラを左手で握っている。

柄の先には、半人半猫キティちゃん装飾具キーホルダーが垂れ下がっている。もちろん、血まみれだ。

改めて直視ガンミすると、異様グロな姿だ。童顔アニメロリフェイスに、真っ白い陶器ノリタケのような筋肉質の身体ダイナマイト

驚異的葉隠殺戮機械エクスオーディナリーハガクレ・ラブ・マシーンと呼ばれる女傑クイーンア美顕アビケン舞台俳優タカラヅカのように胸を張り、口を開く。

今日はいい日だワット・ア・ラブリーデイ。みんな調子ノリがエエ。ワタシもだ、今日は六人バラした。弐号ニゴとかいう老害おいぼれが死んだせいなんだろう? いつもは尻尾を巻いて逃げるような間抜けミディオコアまで刃向ってくるノさ」

ア美顕アビケンは、右手でジャケットを弄り、何かを取りだし、俺たちの足元へポイっと投げた。

つるっとした床の上に転がったそれは、耳だった。

耳たぶには、発色の良い橙色オレンジ黄緑グリーン形ビーズのピアス。見覚えがあった。

マルちゃん。

「この小娘バンビーナ、オマエサンらの友達ダチコーだよな。一緒にいるのを見かけたことがある」

俺はうまく答えられなかった。

「そうだ」拾得ジットクが回答したが、笑んだままだ。

「……どうにも、オロし損ねた奴ラの顔は忘れられなくてさ、目を付けてはいたのヨ、お前ら。孵化ふかしちゃうなんてのは、予想外だったけドサ」

「で、あなたがバラしたんすか」

相手は明らかに挑発アオリしている。こちらも容易に手出しできない。

格闘戦ガチンコならば無双だ。

バラしていない」金髪を右手の指先でいじるア美顕アビケンの口調は淡々としたままだ。「勝手に自殺バラした。ハンガーデッキで吊るして、足首の腱をザクって拷問シゴキをした。足とか手の骨を折ると喚いたんだけどさ、錯乱状態でも顔だけは傷つけないでって懇願シクヨロされたんで、十字クロスに斬ったら、舌噛んで絶命ポックリ。さっきのは訂正する。五人バラして、独り自殺DIYした」

拾得ジットクに視線を移す。

表情から笑みが失せ、なにか思案しているようだ。

「あとお前ラ、血生臭い薬売りブラッド・サースティ・プッシャーズバラしたのダロ。……そうだ、ここじゃ、邪魔者共ゴブリン・モードも入るし、味気がない。せっかくのイカレポンチ同士。神たる東京デウス・トーキョーにもアピールできるように、一番イッチャンオモロい場所で決闘アラバスタしようヨ」

「なんでもいいですよ」拾得ジットクは頷く。「さっさとバラさせろ」

 

「さて、さすがに誰もおらんなァ、深夜ミッナイ東京安全膜コンドームには」ア美顕アビケンは化粧を歪ませて笑んでいる。「普通ノーマルの奴らじゃ、高山病にもなりかねなイ」

東京番外地ラスト・ブロンクス。標高二〇〇〇メートル。神たる東京デウス・トーキョーで最も高く、最も平たい場所。

俺たち三人がいたのは、極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールの上。郊外縁補柱サブの貨物用エレベータで最上階まで一気に上昇した。

都民禁制である郊外縁補柱サブの内部に入ったのも、東京の頂上てっぺんに足を運ぶのも当然初めてだ。見渡す限りに広がる神たる東京デウス・トーキョー被膜スキン、漆黒の生体天蓋は少しつやめいている。一歩踏み出すごとに、白っぽい同心円状の波紋が生じる。

白い雲が立ち込めている静寂の天上世界ヘヴン。地上では戦闘員ソルダートたちによる血まみれの暴力アルトラ饗宴パーティ

隣に立つ拾得ジットクはどんよりとした灰雲が渦巻いている空を睨んでいた。「ったくここまで来たのになァ、星座てのをなまで拝みたかったねェ」

「そりゃ同感だ。ガキの頃、ここには天国ザレムが拡がっているって妄想していたよ。大人は騙されているか、嘘を吐いているかって思って」

あまりに殺風景で、高天原ハライソとは言い難い。

「わかる気がするな。映像を観せられても納得できなかったねェ」

「……で拾得ジットク、落ち着いたか」

拾得ジットクは静かにア美顕アビケンを睨んで笑む。

「いや、全然だ。あいつ、ノメしたいんだよねェ」

星満ちる空スターリー・スカイってホントきれいよ」ア美顕アビケン日本刀ダンピラを構える。「ここはスキ。極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールはワタシたちのお仲間ダ、全知全能である東京トーキョーに選ばれた守護者ガーディアンズ。そして、カミワレを繋ぐ世界軸アクシス・ムンディであるこの巨大な柱デカ・マラを登ることで、我が魂魄タマシイ気高セクスィさを増す。……さァ、お前らの血を捧げようジャないか」

言い終わる前に、俺たちは動くライド

「ホンイキみせるかノ」

ア美顕アビケン武士駆動サムライ・ドライヴ

いきなり超高速マッハの刀撃が俺に飛んでくる。

とはいえ、俺だって初遭遇マエとは違う。

金属バットで防御。鍔競り合い。

膂力りょりょく五分イーブン

それに、今度は拾得ジットクもいる。

拾得ジットクア美顕アビケン目がけてナイフを振るう。

ア美顕アビケンは反撃を避けて、後ろへ跳躍ぴょん

修羅の庭バトルフィールド構造物オブジェクトがなく、全力でバラし合うには絶好の場所。

「ふぅん。いい感じに目覚めてンナ、いいなあ、気持ちEイーバラしたい」

隙は与えない。

俺は突進、ア美顕アビケンの脚へ狙いエイムを定めて、バットを振りぬく。

が、空を切る。

長い手足を器用に折り畳み、ア美顕アビケン飛翔フライハイ

次の瞬間、日本刀ダンピラ突きチェスト

俺はバットで受けるディフェンス

ア美顕アビケンが着地すると、今度は高く跳ね上がっていた拾得ジットクターン

ピンク色のベレー帽めがけて、ナイフを振り下ろす。

仕留めた、はずだった。

さすが異端者アノマリー

ア美顕アビケンは刀身の棟でナイフを受け流すと、ステップを踏んで後退。日本刀ダンピラを片手で握りなおした。

並の戦闘員ソルダートなら、二度は攻撃を当てている。

俺たちは横並びで、武器を構えなおす。冷えた風が吹く。

「さすがに」今の攻防やりとりだけで、俺の呼吸は乱れていた。「強すぎ」

右腕に痛みがある。

流血。ナイロンの素材がざっくり。俺は一歩後退。

逃げるのも手だ。

今なら、脱出バックレ可能かも。二人がかりでも、敗北の線が濃厚だ。

地面に投げ捨てられたマルちゃんの耳を思い出す。

別にファンでもない。友人でもない。むしろ、嫌われていた。

が、ア美顕アビケンにはバラす価値はある。

拾得ジットクの目つきは鋭いまま。

降参バンザイなどするはずがない。

決意したところで、事態はさらに悪化。

寒山カンザン拾得ジットクの視線が後ろへ向く。「挟まれたサンドイッチ

振り向く。

「バリヤバい」

いつの間に。背後にいたのは、『漢字カンジ』だった。

剛力本気暴力パワフル・プロ・パワー街の狩人XYZ人間破壊獣ニンゲン・ゴジラ

白のブリーフ一丁という潔い服装ナリで、標高二〇〇〇メートルの高所にいる。照明を反射するほど見事な禿頭ツルリンに、岩石のように強靭タフ肉体ガタイだが、思いのほか小柄ミニだ。ア美顕アビケンの半分くらいの大きさに感じる。

分厚いとりむねには『こころ』、禿頭とくとうには『頭脳ずのう』、ぶっとい両腕には『つめ』、背中に『はね』。躰中に黒文字が明朝体ミンチョーで刻まれている。

両拳は鮮血に濡れて真っ赤だ。何人か、仕留アヤめてきたのだろう。

最悪の敵に、最悪の敵。

こんな状況を何と表現すればいい。

退路なしの無間道インファナル・アフェア

「意味不明」汗だくの拾得ジットクかんとして嗤う。「理解不能。男子畢生危機一髪だんしひっせいききいっぱつだ。こいつら、寒さ知らずなのかなァ。元気だね」

拾得ジットク、いけるか」

「見ろよ、寒山カンザン。あのつるっぱげ」拾得ジットクは視線を漢字カンジへ送る。「高校時代、世界史の先生センコーが言っていたよ、禿げツル人類サル最強バリヤバって」

「また駄法螺だぼらかよ。死ぬかもしれないってのに」

エイプから進化した人類おれらは、体毛オケケを失った。失ったんじゃない、必要なくなったんだ、ってさ」

頬が緩む。「元来、毛髪は身を守るために必要なものだ。つまり、攻撃される心配がないから、なくなるってことか」

都市生活適応型シティ・ボーイヘアーさ」拾得ジットクはウエーブのかかった毛髪をバサバサと左右に振る。

くだらない会話の間にも、漢字カンジは徐々に接近。

「そこの筋肉馬鹿ノウキン」荒げた声を発したのは、ア美顕アビケンだ。「こいつらはワタシの獲物だ」

御免メンゴ漢字カンジは速度を上げた。

「くそ」ア美顕アビケンも動く。

先に二人で殺し合う気配はない。まずは、価値の高い俺たちを仕留める。

セイ

漢字カンジ弾丸バレットのような正拳突きアイアンフィストを俺に放つ。避ける。

が、続けざまに、右足回転蹴りローリング・ソバット

バットで防ぐが、躰ごと吹っ飛ばされた。

極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールに波紋を作りながら転がった。

まだ終わらない。ア美顕アビケンが割り込んできた。

銀色の刀身が俺の首筋をめがけて、振り落とされる。

寸前で、拾得ジットクのナイフが間に挟まれ、日本刀ダンピラを弾き返す。

修羅アヘれや、寒山カンザン

「おう、拾得ジットク

躰を起こす。拾得ジットクと一緒に、ア美顕アビケンと数回剣戟けんげき

東京の空に、金属音が響く。

「メンドいなァ、テメエらぁ! 火山が大噴火ダ」

ア美顕アビケンは焦るように、日本刀ダンピラを振り回していた。

と、不意に漢字カンジが俺らの死角から接近。

漢字カンジ鉄拳パンチ隕石メテオのような衝撃インパクトを受けた拾得ジットクが弧を描いて宙を舞う。

邪魔じゃますんナ!」

ア美顕アビケン無視シカトする漢字カンジ

ふたたび閃光のような蹴撃。俺の躰も飛ばされる。

体勢を直した拾得ジットクが、追撃を狙う漢字カンジの前に飛び出す。

俺は今度こそちゃんと両足で着地。衝撃で波紋が発生した。

拾得ジットクがナイフを振るうと、漢字カンジは一気に距離を取って、上段受けの構えを取る。

血の味がする。めまいもする。生体天蓋には俺の右腕から血が垂れていたが、瞬時に吸収されていく。

俺はバットを構えなおす。

ア美顕アビケンは、呼吸を整えながら漢字カンジと横並びになる。

漢字カンジも無傷ではない。

鼻頭から血が流れている。拾得ジットクのナイフが裂いた。ダメージはある。相手は無茶苦茶フリーキーだが、不死ではない。

漢字カンジア美顕アビケンに視線を送る。

愚鈍トロクサ

「この筋肉ゴリラ禿げ、邪魔だ。消えろ」

ア美顕アビケンも減らず口を叩く。残飯処理ハイエナのような立ち振る舞いをする漢字カンジにいら立っているのだろう。

まあ、劣勢ピンチだ。目の前には、空前絶後めちゃイケ殺人機械キリング・マシーンが二体もいる。日本刀ダンピラで首をチョンパられるか、拳で顔面を原形留めないほどにブチされるか。その後で、こいつらは東京において最も高い位置ココで、頂上決戦にでも興じるのだろうか。今生こんじょうの危機でさえ、妄想が前向きじゃない。

冷風がさらに強まるが、肉体や感度には影響しない。俺たちは人を超えている。異端者アノマリーだ。

ふと、前髪が風で揺れている拾得ジットクと目を合わせた。

目が訴える。

笑っていやがる。

戦力差は歴然ツキとスッポン万事休すもうダメだ圧倒的窮地ムリゲーだが、活路はあるかも。

やり方は単純明快シンプル・イズ・ベスト

息を合わせる。ただし、一心同体ピッタンコ領域レベルまで高める。

俺たちならば。俺たちにしかできない。

会話トーク目くばせアイ・コンタクトもなしで以心伝心いしんでんしん

血生臭い薬売りブラッド・サースティ・プッシャーズは、異端者アノマリーという身分に甘え、ただ二人でつるんでバトっていただけだ。ラスボス級のア美顕アビケン漢字カンジもその意味では同種同等ドングリ。連携が出来ていない。

俺たちはただのペアを超えられる。

ア美顕アビケンが再び仕掛けてきた。腕をしならせてから、たて一文いちもんの刀撃。

俺が一歩前に出て、バットで受ける。

同時に。

拾得ジットク反撃カウンター

ア美顕アビケン腹筋シックスパックを裂く。

「んア!」

と、ア美顕アビケンの脇から、今度は漢字カンジが飛び込んでくる。

俺らは〈同時〉に反応リアクション

上段に拾得ジットクの刃。足元に俺のスイング。

ガッデム!」

漢字カンジは防ぎきれず。飛び石のように波紋を作りながら、はるかかなたまで吹っ飛んだ。ア美顕アビケンは目を丸くしている。

超苛々カムチャッカァ!」

起き上がった漢字カンジは怒りの眼で拳を構えたまま、火の玉全力疾走ダッシュで向かってきた。到着に合わせて、ア美顕アビケン全力剣舞ハリケーンを開始。

俺たちは、ずっとコンビで戦ってきた。

なんと呼ぶか。

以心伝心戦闘方法シンクロナイズド・ストロング・スタイル

それが俺らの武器ウェポンだ。

拾得ジットクと俺はつかず離れずの距離で円弧アークを描くような武闘フロウ

感覚センスで起こる攻撃オシ防御ウケ切り替えしスイッチ

二匹の強敵ボスは、超爆撃ナパーム・デスのように疾風怒濤オラオラオラァ攻撃ラッシュ

しかし俺たちを崩せない。

硬すぎるカテラチオ!」ア美顕アビケン咆哮ほうこう

否否否ノンノンノン!」漢字カンジもだ。

目にしたことがない武闘フロウと当たらぬ攻撃に、俺たちを挟み込んでいるア美顕アビケン漢字カンジは同時にバグった。

これを待っていた。

不用意に繰り出された突きと突き。

俺らはよけるくるり

ア美顕アビケン日本刀ダンピラがまっすぐ漢字カンジの拳を肘まで貫いたグサリ

誤爆ごばく。お見合い。ごっつんこ。

武器ウェポンを失った二人は、声も出せていなかった。

後は児戯に等しいチャラ・ヘッチャラ

起死回生きしかいせい、今度は俺らが攻撃ラッシュ

拾得ジットク九寸釘ナイン・インチア美顕アビケンの首に打ちつけた。

俺はア美顕アビケンから奪った日本刀ダンピラ漢字カンジの額に突き刺し、極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールの外へ殴り飛ばスマッシュした。

嗚呼Grrrァ」天蓋に倒れたア美顕アビケンは息も絶え絶えに俺たちを睨んだ。金色ブロンドの前髪は汗でべっとりと真っ白い額に張り付き、片目のまつ毛がずれ落ちている。「はっ、あの筋肉野郎がいなきゃア」

「俺たちからすりゃ、あんたも同種同等ドングリだよ」

「ふん」ア美顕アビケンは遠い目をした。「お前らはツヨかったけどおもしろくなかった、あの小娘バンビーナのほうがよかった、よかっタ、ナァ……」

呟き終えると、ア美顕アビケンの動きが止まった。

耳鳴りも収まる。空を見上げてみたが、やはり灰雲に覆われたままだった。

祝福ビラヴドで我慢しろというのが、東京の伝言メッセらしい。

俺は膝を曲げ、桃色ピンクの安っぽいベレー帽を掴む。力いっぱい引っ張ると、カールのかかった金髪ごと取れる。予想通りウィッグだ。

現れたのは、見事な坊主頭だった。しっかりと白粉おしろいを付けてある。

「やっぱね」拾得ジットクは肩で息をしながら破顔。「禿げ最強説」

「俺の負けだ」ほおが緩む。「拾得ジットク、今回はお前が満点ハナマルだ」

「今回って、言い方が意地っ張りだよね、寒山カンザン。いつもでしょ」

拾得ジットクが皮肉を言い切ると同時に、貨物用エレベータの稼働音が響いてきた。しばらくすると、生体天蓋の上にぞろぞろと影がやってきた。

窮地ピンチを脱しても、再び窮地ピンチ

戦闘員ソルダート一〇人以上が一挙に来襲。

手には包丁や拳銃チャカ、棍棒などを握りしめている。滑走路で好き勝手やって、興奮ヒャッハーしているのだろう、先陣を切るパンツスーツのノッペラカオナシが俺らを見るなり奇声を上げた。背中にはリュックサック。

ア美顕アビケン閣下! なんてことを」

懐かしさが胸を過った。

腕の傷から流れた血が、指先から滴って、漆黒の極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールに落ちて吸われていく。

俺は拾得ジットクの顔を見る。口が半開きだ。「あの人、今日もバッグ持ってきているみたいだけど、やっぱ手榴弾パイナップルが入ってんのかな」

寒山カンザン、バリヤバすぎて、返しが思い浮かばないねェ」

 

大饗フェスタの終焉。貨物用エレベータで戻ると、地上は静寂に包まれていた。加えて、濃紺に染まっていた空の端が徐々に白んできていた。

ごうごうと燃えていた大きな御焚上キャンプファイヤの火焔は消えうせ、灰の中で花子ハナコさんの遺体ホトケがどこにあるかはわからなくなっていた。身体はくたくたで、舌も思うように回らない。止血したはずの右腕がジンジンと痛む。拾得ジットクも同様だろう。汗で黒塗りの額が少し剥げていたし、目も虚ろだ。

「今日はチラしまくったな」

拾得ジットクは力なく微笑んだ。「大勝利ぶっちぎりだねェ」

極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールへは次から次へと敵が押し寄せたが、全員返り討ちにした。俺は一七人、拾得ジットクは一五人という戦果だ。ア美顕アビケン漢字カンジという大物を含む。ついでに、ノッペラカオナシもだ。

前人未到の大饗大殺戮ドッカンドッカン極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールには、無数の死体を置いてきた。

気付けば、弐号ニゴさんの戦績をも超えていた。どんな祝福ビラヴドがもたらされるのか。頭では理解していたが、そこまでの歓喜ハッピーを実感できない。

拾得ジットクはマルちゃんの生死コトを口にしなかった。俺もできない。

後は、帰宅するゴー・ホームのみ。勝利道中膝栗毛ロード・オブ・ビクトリー

「おい、寒山カンザン

「え」

三〇メートルほど離れた滑走路上。

一騎当千甲冑バトル・ドレスに身を包んだ年配の猛女グロリアが、麗女ギャルの肩を担いで運んでいる。

麗女ギャルは、マルちゃんだった。

バラされてはいなかった。顔には包帯が巻かれている、耳を削がれたのは事実のようだ。

しかしだ。バラされてはいない。

「くそ、ウソハッタリかよ」

拾得ジットクが笑う。俺もつられて笑う。

「はぁ、よかったな」

「ふむ」拾得ジットクは一度下を向いた。「引退リタイア、よそうかな。これだけやったんだし。もったいないよなァ」

終わりの雰囲気ムードが漂う。

が、今夜は特別なナハトだ。

そんなに簡単イージーにはいかない。

急な耳鳴り。見回す。

視界の端に影。

同時に、横から右側頭部に噛みつかれた様な衝撃インパクト

奇襲、脱力、地面に崩れた。

油断ゆだん大敵たいてき。言葉を反芻はんすうするが、躰が動かない。視界の隅で、拾得ジットクが動き回っている。相手は、金槌ハンマーを握っている入院着のような服に身を包んだ枯れ枝のように痩身ガリガリの女だ。

頭が割れるように痛い。拾得ジットクは交戦している。相手の女は狐の面かなにかで顔を隠している。

拾得ジットクは今回のナハトを生き残るだろうか。

どうなんだろう。

拾得ジットクが俺をコンビとして選んだ理由わけ

それは、俺ならばいつでも切り捨てられるからだ。

大衆紙タブロイドさんによれば、一七人バラしを達成トロフィーしたナハト弐号ニゴさんの相棒バディ成仏ナムした。弐号ニゴさん本人からは、かつて転機Xデイがあったとも。

神たる東京デウス・トーキョーに試される。導き出される予想は難しくない。

相棒バディを見捨てれば、一七人をバラせる。相棒バディを救えば、一七人はバラせない。

弐号ニゴさんは前者を選んだのではないか。

母親の日誌ログには、弐号ニゴさんの転機Xデイについても詳細ディティール記載カキコミされていたのだろう。相棒バディごとバラした経過を、拾得ジットクの実母は弐号ニゴさんから聞いていたはずだ。

加えて、俺の存在は保険にもなる。もし花子ハナコさんがいなかったら、罪を擦り付ける相手スケープ・ゴート必要マストだった。

俺ならば捨てられる。それを予期して、コンビを選んだ。

知っていた。知っていたけど。

俺は意識を失った。

 

目が覚める。

掌で頭を押さえる。血がべっとり。

ふらつきながら、上体を起こす。冷えたアスファルトの地面。かじかむ十指。巨大な郊外縁補柱サブ。照明を落とした巨大灯台ライト・ハウス

俺の脇には散した狐の面。

目を擦る。

場面は最高潮クライマックス

拾得ジットクが女の上に馬乗りマウント九寸釘ナイン・インチを右手で握りしめていた。女の手には金槌はない。というか、右手の指は切り落とされて肉片にくへんと化していた。

拾得ジットク」俺は背中に声を掛ける。「さすがだ」

寒山カンザン、死んだんじゃねえかって勘違いしたよ」拾得ジットクの声は震えていた。ひどくか細い。

太平洋へ目を向ける。雪は降っていない。

「最後だ、バラして、羽田空港ハネダから脱出しないと」周りを見回す。もう人影もない。「日が昇る前に」

女は、痙攣ナムしつつも、真っ直ぐ拾得ジットクを見つめていた。年配の女だ。末期まつごに怯えているのか、顔中の皺が引きつっていた。蒼白な顔には赤黒い血が飛び散っている。色が抜けている長髪はぼさぼさとしているが、眼も鼻もすっきりとしていて、控えめだが品のある顔だちだ。

拾得ジットク九寸釘ナイン・インチを構えていたが、突き刺さない。丸めた背中からは拾得ジットクが長い間ため込んできた、いや、意図的に隠してきた無意識が流れ出ていて、それは悲哀の色をしており、俺にはぜったいにオープンしたくない心情キモチだと思えた。

なんだというのだ。

拾得ジットク」俺はゆっくりと距離を詰める。流血している頭だけでなく、全身がひび割れたように痛い。ア美顕アビケンに斬りつけられた右腕は思うように動かない。「さっさと終いにしよう。バラせば終わりだ」

拾得ジットクは振り向いた。目から涙がこぼれていた。

笑っていない。迷子になって途方に暮れる小学生ションベンタレみたいな情けない様子で、泣いていた。唇も震えている。

黒化粧コープス・ペイントを剝いだら、青ざめているはずだ。

寒山カンザン、ここが僕の転機Xデイだねェ」拾得ジットクは自分に言い聞かせるようだった。「この女、実母だ」

女のげっそりとした顔を見る。拾得ジットクの実母。我が子を捨てた女。

「お前は弐号ニゴさんをバラした。これが転機てんきなら、バラさないと」俺は声を張り上げた。なぜか、俺は拾得ジットクに実母をバラしてほしい。「楽にしてやれ」

女は瞳孔どうこうを開いて、中空を見つめているだけだ。意識も朦朧もうろうとしているようだ。口元からは血が流れている。

転機Xデイ

理解もするし、意味も分かる。

拾得ジットクの心中は、愛憎あいぞうが滅茶苦茶に入り混じっているだろう。

けれども、俺の胸には別の思いがこみ上げる。

だからどうした。

バラせ」俺はもう一度口にした。

拾得ジットク五圏東京セカイがお前の思い通りになるとでも。

うなだれた拾得ジットク九寸釘ナイン・インチを捨て、ふらりと立ち上がる。

「ごめんよ、寒山カンザン

拾得ジットクバラせ。どうせ、その人は死ぬ」

「ごめん」拾得ジットクは焦点の合っていない目から涙を流し、鼻水まで。みっともない。「本当にごめん」

「この人は、お前を捨てたんだぞ」

拾得ジットクは答えない。発着場ターミナルの方向へ歩いていった。

俺は拾得ジットクを呼び止められなかった。

あいつは、終わりだ。確かに、母親を殺すという酷な転機Xデイかもしれないが。

だからどうした。

お前を捨てた女だ。ケダモノだ。

それに。お前の価値は弐号ニゴさん以下なんだ。

拾得ジットクの母親は、大きく呼吸を繰り返している。白い息を吐くたびに、苦悶する。

滑走路から拾得ジットクの姿はもう消えていた。

もうあいつは、終わりなんだ。あんたの身勝手のせいで。

地面に転がっている九寸釘ナイン・インチが白くぴかついている。

あと、五分もすれば神たる東京デウス・トーキョーに色白な太陽が昇る。郊外縁補柱サブが滑走路に巨大な影を作るはずだ。

母親は薄弱はくじゃくとして数回咳き込むと、泡交じりの血を盛大に吐き出した。

まだだ。

叙事詩の幕は下りていないザ・グレイテスト・ショー・マスト・ゴー・オン

ジャケットから拳銃チャカを取り出す。

どうせ死ぬ。

拾得ジットク、お前は俺をバラせるかを摂政セッショーに試されていたら、俺をバラしたのか?

俺は拳銃チャカを向け、引き金トリガーを引いた。

女のドタマは見事に吹っ飛んだ。

 

*本記事のキービジュアルは永良新が作成しました。