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平大典「【対東京《バーサス・トーキョー》】Versus Tokyo」(5)

平大典「【対東京《バーサス・トーキョー》】Versus Tokyo」(5)

 

標高七一〇メートル。東京五角議事堂ギジドー・ペンタゴンの中央塔の内部。

壁に螺旋状の階段が設置されているだけで、地上までは伽藍洞になっている。こんな深夜では人の影はない。申し訳程度の電燈。落ちれば死が待っている。

巨大な穴だった。

「よしよし。これからナハト名物の垂直落下式根性試し遊戯スーパーグレート・フライド・チキン・レースだ。どっちかが死ぬか、両方死ぬか、誰も死なないかもだ。愉しめよ」

天井に付帯する作業用通路に立つ野獣道ケモノ・スタイルは俺の首根っこを掴んだままだ。武器の金属キルバットは持たせてくれているが、両脚はブラブラの状態だ。

隣では、拾得ジットク蛸頭クトゥルフによって吊るされていた。

履いていた右足のスニーカーが脱げ落ちると、音もなく闇の中に吸い込まれていった。

蛸頭クトゥルフが微笑する。「私たちと一緒にこっからジャンプ。地面と激突しちゃう前に、階段の手すりを掴めばいい」

「しっかり邪魔はするけどなっ」

千載一遇ワンチャン、あんたたちも私たちをノメせるかもね」落下中に階段の手すりを掴むなんて芸当ワザ異端者アノマリーでもない常人には無理だ。

これは実質的に処刑バッタン、たしかにタマ遊びだ。

 

「じゃア、行くか」

次の瞬間、俺と拾得ジットクの躰は宙に投げられた。血生臭い薬売りブラッド・サースティ・プッシャーズが続く。

闇に落ちるイントゥ・ザ・ダークネス

重力を全身で感じながらも、金属バットを構える。

そして、眼前に蛸頭クトゥルフ

もはや瞬殺だった。

「ふんばってね!」薙刀の一振り。

バットでなんとか防ぐが、落下速度は加速。地上まで六〇〇メートル。

次は野獣道ケモノ・スタイルが急接近。奴は空中で俺にまたがり、馬乗りの体勢スタイルをとった。まるで魔法アラジンのじゅうたんだ。

落下していく中、野獣道ケモノ・スタイルは俺の胸ぐらを掴む。耳殻には、少し上の高度で拾得ジットク蛸頭クトゥルフが刃を交えている音が届く。

「さて、さらに遊ぶぞ。これから、隣の二人が落ちてくる。相棒バデーが死ぬとこ、見とけや要チェキ

想像イメージする。

薙刀なぎなたが振り落とされ、拾得ジットクの首がチョンパ

眼前には落下フォールしていく拾得ジットク生首ペッツ屍体ホトケ

次は俺。地面に激突、もしくは鉈で一刀両断はんぶんこ

こんな終焉なんて。

「……拾得ジットクぅ」声が漏れた。地上まで三〇〇メートル。

意識が遠のく。視界が狭くなっていく。

そして、視界の外れをすっと影が落ちていった。

だが、思いもよらぬ状況シーンだった。

落ちていたのは、首から血をまき散らす蛸頭クトゥルフだった。

蛸頭クトゥルフ

頸動脈を掻っ捌きスプラッタされていた。

「え」声を発したのは、野獣道ケモノ・スタイル

そりゃそうだ。当然だ。

で、俺にも変化。異常たる感覚。脳みそが急に滾ったバーサク

即座に。野獣道ケモノ・スタイルの腹に膝蹴りを突っ込む。

野獣道ケモノ・スタイルが宙に舞う。

全身に力がみなぎっていた。

「ふざけろ!」野獣道ケモノ・スタイルが吠え、空中でなたを振り上げた。「貴様が目覚めし者ウェカピポだと!」

金属バット。振り落とされたなたを受ける。不思議だ。怪力アブノーマルとは感じない。

弾く。

俺はバットを野獣道ケモノ・スタイルの顔面目掛けて振りぬくクロマティ

直撃ストライク

派手に吹っ飛んだ野獣道ケモノ・スタイル、後頭部から階段に激突ごつん。衝撃でコンクリが砕け散った。

異端者アノマリーへの仲間入り。人としての非線形変化ガンギマリ

俺らは〈共時的いっしょ〉に目覚めたウェイク・アップ

まだだ。

間髪入れず。意識を失い重力に身を任せている野獣道ケモノ・スタイルに目がけて、連撃ラッシュをぶち込む。反撃や抵抗もなく、毛だらけのマスクが割れて、髭もじゃの益荒男顔ゴリラフェイスが露わになる。額や頬が赤黒く腫れあがっていて、すでに目は開けていなかった。

肉塊ボディ稲妻電撃ライトニングボルトが奔り、脳が大炎上アチチアチ。さらに殴打ハッスル

抵抗はない。

もっとモアモアモア

が、急に肉体の力が抜けた。

目覚めの反動バックラッシュ。ガソリン切れ。

躰の痙攣。金属バットが手から離れる。野獣道ケモノ・スタイルを退治できたが、このままでは俺も地面に激突して死ぬ。

あと、地上まで五〇メートル。

気合を入れる。三〇メートル。やはり無理だ。

先に野獣道ケモノ・スタイルが顔面から地面と衝突ベロチュー

一〇メートル。

死ぬ。目を瞑る。

というところで。

俺の右腕が掴まれた。

拾得ジットクだった。階段の手すりを左腕で、そのまま右腕で俺を掴んだキャッチ。かなりの衝撃だったのだろう、鉄製の手すりは大きく歪んでしまっていた。

躰をぶらぶらさせながら深く息を吐く。

「なァ、俺たち、どうなった」

拾得ジットクは笑顔で応えた。

「目覚めた。修羅アヘっちまった。多分。わかるだろ」

「おう。なんか頭がヤバい。……さっさと退散トンヅラしよう」

吐き気を催す。世界が歪んでて、俺を圧し潰そうとしてくる感触。

二人でふらふらと階段を下りて、地面まで。

冷たいコンクリートの上には、血だるまになって心肺停止フラットライン野獣道ケモノ・スタイル蛸頭クトゥルフの抜け殻。

落ちてきた方向を見上げた。中央塔の広い空間は闇で満たされ、静謐を取り戻していた。

視界が揺れるクラクラ

だが、まだ終わりではなかった。

「ああ寒山カンザン拾得ジットクがナイフで中央塔出口の白い扉を示した。「まだかも」

「は」

俺は視線を向ける。

拾得ジットクが顔を歪めた瞬間だった。

耳鳴りと同時に、影が扉を突き抜けてきた。

「うわ」拾得ジットクがふらつきながら動く。「くそ」

俺も続こうとするが、酔ったように千鳥足おっとっと

乱入者。

全身を空山基風鏡鎧ミラー・アーマーで覆っている妖艶メチャシコな細身の女。顔も銀色塗装シルバー・ウルフ。手元には鎖鎌くさりがま

確か、【第四圏】所属の宍戸某シシド・バイケン一三英傑13モンスターズではないが名は通っている。

宍戸某シシド・バイケンは無表情のまま、八の字軌道で鎖鎌くさりがまを振り回しはじめた。空山基風鏡鎧ミラー・アーマーが仄暗い照明を反射して、目がチカチカする。

二人とも確変の反動バックラッシュで、満身まんしん創痍そういだ。躰が悲鳴を上げている。

防御しきれるか。

が、次の瞬間。

扉からもう一人、すいっと入り込んできた。

「バリヤバい」その影を見て、そう口にしたのは拾得ジットクだった。

男だった。

紺の背広スーツ。顔の中央を境に半分が真白マッシロ、半分が迷彩柄カモフラ・ペイント。右手元には、自動拳銃チャカが握られていた。半分迷彩ハーフ・カモフラはスラックスに左手を突っ込んだまま、鎖鎌くさりがまを振り回す宍戸某シシド・バイケンの背中に銃口を向ける。

敵か味方かを判別する間もなかった。

炸裂音。

宍戸某シシド・バイケン脳漿のうしょうをぶちまけてコンクリートの床に崩れた。

硝煙しょうえんの匂いが辺りに漂う。鏡鎧シルバー血液レッド。耳鳴りも消えた。即死だ。

半分迷彩ハーフ・カモフラは、野獣道ケモノ・スタイル蛸頭クトゥルフ遺体ホトケを交互に見つめながら、流れる液体やら体液ラブ・ジュースを踏まないように、俺たちの前まで移動してきた。

「こんばんは」落ち着いた声だった。年齢は四〇代半ばというところだろうか、迷彩と白の化粧を歪ませ、白い歯を見せた。「自分は弐号ニゴというんだけど」

寒山カンザン、この人は【第二圏】の伝説レジェンドだ」拾得ジットクは緊張が解けたのか、微笑んだ。「こりゃ、まあな展開だよ」

弐号ニゴと名乗った男からは威圧ラオウ感が漂う。

おかしな二人ボニー・アンド・クライドチラすとは、大活躍だったみたいだね。どうだ、目覚めた感触は? 躰も満足に動かないんだろうが。……ちょうどいい。説明してやろう、これからどうするべきか」

拾得ジットクは視線を俺に送った。

俺が決めろと言うことだ。

「わかりました」俺が答える。

「話が早い」

 

東京の宵トーキョー・ナハトは終了。朝日が昇っているが、まだ帰路にはつかない。

俺たちは、自動運転車両オートノマス・ビークルに乗せられ弐号ニゴと名乗った半分迷彩ハーフ・カモフラの家に招かれた。

六本木ロッポンギの中規模ビルディングの屋上に造設された格子状ジオティックドーム内にある純和風じゅんわふう邸宅マヨイガだった。

松の木、コイが泳ぐ池、千鳥チドリ打ちの飛び石。朝とはいえ、まだ暗い。連なっているいしどうろうのやさしい灯りに呼び込まれるように、俺たちは庭を進んだ。

玄関、ホールを抜けて待っていたのは、白黒を基調としたシンプルな広間リビング。大画面のディスプレイが鎮座し、壁面には超高額現代コンテンポラリーアートが並ぶ。

女王陛下への落書きジェイミー・リードオバマ大統領OBEY便座デュシャン早死にバスキアまで。

俺たちはソファーに座らされた。目の前のガラス製のテーブルには、丸みを帯びた焦げ茶色の火酒ウィスキーのボトル。部屋の隅に埋め込まれているスピーカーからはエディット・ピアフの『愛の賛歌Hymne à l'amour』が流れている。

「すげぇ部屋」拾得ジットクが間抜けな声を出す。「何LDKなんすかこれ」

メイクを落とした弐号ニゴさんは拾得ジットクの言葉に反応せず、向かい側のソファーに腰を下ろした。

覚醒アウェイクの影響か、全身が軋むように痛む。だが、脳味噌ドタマのほうは回復していた。

「私ほど祝福ビラヴドを受けている都民はいないだろう。東方不敗浄土キョクトー・エリジウムの心得も十分に持ち合わせている。まず住む場所だ。ほんものの金持ちリッチは、高いところに住まないんだよ」

「ですよねェ」拾得ジットクは首をすくめた。

弐号ニゴさんはグラスに入った火酒ウィスキーを一口含む。

空笑いをしながら、俺は質問した。「弐号ニゴさんは、いつも東京の宵トーキョー・ナハトに参加するんですか」

「なるべく。が、この生活を維持キープするには、年に数人を狩れば十分だ」

さらっと自慢話セルフボーストをしてくる弐号ニゴさんは視線を俺から逸らす。「拾得ジットク君、どう思う」

弐号ニゴさんは一晩で大勢の戦闘員ソルダートバラした。生活水準は祝福ビラヴドのおかげで、飛躍的に跳ね上がったはずっす。今のようなまあ、優雅トノサマというか上品キゾク生活水準レベルまで」拾得ジットクは眉を上げた。「で、そんなもん努力ガッツだぜすりゃあ、誰にだってできます。過去にも似たような人たちはいたでしょうから」

「ふうむ」弐号ニゴさんはやっと口角を上げた。

「そこからが賢い。あなたは、この生活を維持キープするために、どれくらいバラせばいいのか、調査している。生活水準レベルを上げたり下げたりして。結果、今の暮らしが一番適当だと把握しちゃっています。この意味不明で摩訶不思議な東京の宵トーキョー・ナハト仕組みシステムを使いこなしているなんて驚きですねェ」

「働かなくてもいいし、派手に目立ちもしない」弐号ニゴさんは肯定も否定もせずに、続けた。拾得ジットク指摘ツッコミが、おおむね正しいのだろう。「株や債券を手にしておけば、勝手にが転がり込んでくる。まあ、この幸福ハピネスを分け与える家族ファミリアはいないがね」

「ご結婚は」

弐号ニゴさんは自嘲気味に嗤った。「しなくても済む。恋愛の駆け引きラブ・ゲームなんか不要だ」

「家族がいなくて寂しいなってだけじゃ、僕らを呼びつけている理由は意味不明ですけど」

「理解不能」俺も続く。

「深読みし過ぎだ」弐号ニゴさんはまた火酒ウィスキーを口に含んだ。「趣味だよ。たまに誰かを招きたくなる。先々月は、花子はなこさんという方だった。彼女も渋谷区シブヤクナハトで活躍してね。彼女も君らに近い、異端者アノマリーの候補だ。大事にしたい」

花子ハナコ』なんて偽名丸出しだな。だが、嫌いじゃない。まあ、弐号ニゴだってどうせ本名マナではない。

「なぜ俺らの場所が」

「そういう勘は冴えている」弐号ニゴさんは首筋を撫でた。下僕たる証明インプラント・デバイスの導きということか。「日常生活でつきあう連中は私に才能があって、努力して、つまり、実力でこの生活を築いていると思い込んでいる。だけど、そうじゃない。この心情キモチを共有できるのは、同じ立場、祝福ビラヴドを受けている人たちだけなんだ」

「いや、弐号ニゴさんの実力ガチンコかも」

拾得ジットクが皮肉めいた言葉を放つ。

「違うということくらい、自分が一番理解しているよ」

酔った言い方だ。まあ、弐号ニゴさんにはこれくらいのことを口にする権利は十分あるはずだ。

「ちなみに、弐号ニゴさんはどなたかと組んでいるんですか?」

孤独生ノン・タイアップ。特定の誰かと同盟を結ぶような真似ムーブはもうしない。とはいえ若い頃は、君らのようにコンビで動いていた」

相方バディはどうなったんですか」

「死んだ」

拾得ジットクはパーカーのポケットから煙草を一本、すっと取り出した。「弐号ニゴさん、これ、吸ってもいいすか。あんまりいいお宅なんで、ちょっと落ち着かなくなってきまして」

「構わない」弐号ニゴさんは一瞬眉をひそめた。「どうせ、数カ月で出て行く棲家だ」

「引っ越すんですか」

弐号ニゴさんは、一旦席を立ち、キッチンへ向かった。

俺は拾得ジットクへ視線を送る。冷たい目をしたままの拾得ジットクは煙草を指先でくるくると回しながら、弐号ニゴさんを見つめていた。

この部屋に来てから、拾得ジットクの発言は冗談ジョークというより皮肉イヤミが多い。弐号ニゴさんが気に入らないのだろう。

弐号ニゴさんは席に戻ってきて、灰皿を拾得ジットクに渡した。「有名税ってところだ。一か所に住み続けるだなんて、危険だ。あらぬ恨みを買って、襲われる可能性もある。名前だってたまに変えちゃうからね」

拾得ジットクは煙を吐く。「弐号ニゴさんが超経験豊富なのは一目瞭然だっちゅーのですけども、一番大変だったことはなんすか」

転機Xデイだ」弐号ニゴさんはうっとおしそうに煙を目で追いかけた。「目覚めし者ザ・ウォークを含め、成功しそうな奴には、必ず訪れる。そこでどんな判断をするのかを試される」

「誰に試されるんですか?」

弐号ニゴさんは首を横に振る。「人間サルなどではない、神たる東京デウス・トーキョーだ」

神たる東京デウス・トーキョーがいったい何を……」

「時機が来れば、理解できる。私の事例ケース秘密ナイショだ。だが、そこで的確な判断をすれば、成功が約束され、栄光に浴することができる。私の場合、一夜で一七人も始末できた」

 

寒山カンザン、なんだかな」

帰り道。日はすっかり昇り切っている。

雰囲気がよくない。拾得ジットクは珍しくご機嫌が悪く、俺もどうしたらいいかわからない。

弐号ニゴさんの尊大さが原因だろう。会話をしたいだけならば、別に邸宅マヨイガに招く必要性もなかったはずだ。実際、拾得ジットクと俺も数カ月の付き合いになるが、互いの住居に関する情報は披露していない。

弐号ニゴさんはどういう魂胆つもりかは知らんが」俺は推測を話す。「わざと俺たちにあの生活を見せつけているのかな」

拾得ジットクは眉をひそめる。「いい人生グッドライフ維持キープするためだ」

「えっと、祝福ビラヴドの恩寵を俺らに教えることがか?」

「それが弐号ニゴさんの目的だ」拾得ジットクは棘のある話し方をする。「僕らみたいな端くれペーペーでも、弐号ニゴさんになれるかもって錯覚させるんだろう。バラしまくればいい生活ができるってのが刷りこみインプットされれば、ナハトでどうするかねェ」

「気合出してバラそうとする、だな」

拾得ジットクは煙草を吸いはじめる。「今までを思い返ルックバックしてほしいな。そんな一気呵成ヤーヤーヤーナハトに参加しちゃったら、その分危険性リスクがぐんと高くなる。猿猴取月モンキーダンス、僕らが異端者アノマリーに目覚めたとはいえだ。力を発揮したあとだって、俺ら反動バックラッシュでフニャチンだったろ」

「俺たちが死ねば、その分競争相手コンペティが減るってことだな」

拾得ジットクは鼻から煙を出す。「弐号ニゴさんは、超自己中心的ウルトラ・セルフィッシュなんだって。自分のメリットを最大限にしたいんだよね。手段は戦闘員ソルダートバラしまくる、僕らのような有望株ルーキーを潰す、かだ。僕らみたいなのが減れば、戦闘員ソルダートを仕留めやすくなるしねェ」

「それくらいロクでもない発想力がないと、あんな情緒的センチ偉そうテング中年オジンにはなれないだろうしな」

「厳しいことを仰るじゃないの、寒山カンザン

落下防止策フェンスの上にカラスが止まっていたが、地べたを進む自動清掃機械オートノマス・クリーナーが寄ってくると、飛び去っていった。

「ムカついたってことだ。ところでさ、転機Xデイだかなんだかってなんだ」

「知らんね。あれだって、一種の誘い水エサかもしれんさ」

コスいのは確かだ」

勢いのあるビル風が鬼哭ウラメシヤのような音を伴って吹きすさぶ。

思わず目を瞑る。パーカーのポケットに手を突っ込む。

「なんかなァ、腹立つわ、あのあほんだら。血生臭い薬売りブラッド・サースティ・プッシャーズ倒したから充実した日々ハッピーデイズが待っているはずだってのにさ」

「同感」俺は頷いた。ついでに眼がしぱしぱする。急に眠くなってきた。

「久々に親とかに会ったら、あんな感じなのかなァ」

「かもな。拾得ジットク、お前の両親ってどんなん?」

「うぅん。常識的フツーだったかな。もう一年以上顔を合わせちゃいない。僕、元々みなしごハッチで、育ててくれたのは義理の両親だった。まァ、ねぇ、育ての親ブラスなんてさ、どうでもいい存在だねェ」

「へぇ。そりゃ初耳」

親子や兄弟姉妹、親類など血縁関係に関する思想は、大災厄ビッグ・パーティー以前を知っている世代ヤツと、以後の世代ヤツですぱっと断絶だんぜつが起こっている。

「で、そっちは?」

「別に。母親マミー会計士ソロバン父親パパン食用植虫フィードバグの飼育業者だったな。まあ、会っちゃいないさ」

食用植虫フィードバグ。イナゴを基に遺伝子操作を加え、甲殻や脚などの昆虫バグ的な特徴アレを排除し植物的な存在に変えた人造生物クリーチャである。タンパク質摂取を目的とした代替肉オルタ・ミートとしての効率を最大限に高めたものであり、都内の総食糧うまもぐライフにおける二割を占めている。食用植虫フィードバグの八割以上が周辺地域で飼育されているが、父親は貴重レアな都内産を飼育していた。父親の職場へ足を運ぶと、プラスチック製の湿った容器の中に白い脂肪の塊ブヨブヨみたいなものが並んでいたのを覚えている。

「寂しくないのかい?」

「まったくだ。顔も忘れちまいそうなくらいさ。お前は、義理の両親のことどう思う?」

「同じかなァ」

拾得ジットクは顔を顰めて、さらに煙を吐く。

 

夕方。もやっとしたまま目が覚めた。

腕輪型万能端末バングル・マルチ・デバイスでメッセが溜まっているのを確認した。

シャワーを浴びてから、全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレン ズを装着して読む。

戌猫イヌネコだけでなく、大手メジャーの出版社数社からメッセが届いていた。平成時代の極道ヤクザ映画ムービーに関する批評記事が爆発バズ、で、連載や出版、インタビューの依頼オファー殺到ドッサリ

まじかよ。呼吸を整える。

で、拾得ジットクに通信。

「典型的な祝福しゅくふくだよ、寒山カンザン

拾得ジットクはあっけらかんとしていた。

「お前はどうなの。いいことあった?」

なんか一緒に神社のくじ引きガチャした結果でも、報告しあっているようだった。

「あったに決まっているじゃないの」拾得ジットクの声はいつにもまして明るい。「今日だけで、三人くらいからデートの誘いがあったし、仕事では急きょ部内再編ガラガラポンの話があって、係長昇進が決定しちゃったよ。基本給もぐんと上昇アップしたし」

猛烈モーレツだな、拾得ジットク

とはいえ、こいつがいまいち祝福ビラヴドを喜んで享受しているようにも思えない。

「すごいだろう。で、どうするの?」

「これからカノジョと会うんだ」メッセで呼ばれた。「ちょい不安ガクブルなんだけど」

寒山カンザン、弱気だね。めずらしいね。結婚とか申しこまれちゃうかもなァ」

冗談ウソ本気ガチか。判断しかねる。

「そりゃ、あれだよ。そうなのかな」

寒山カンザン東京の大いなる愛トーキョー・ビッグ・ラブを受けられるというのにさ、全然うだつが上がっていない。情けない」

根本的に不快で気色が悪いのも事実だ。

祝福ビラヴドの結果。俺が葉霊ハレ下僕たる証明インプラント・デバイス経由で隷属れいぞくさせているだけだ。

それは依存性の高い違法薬物ヤクのようでもある。俺は祝福ビラヴドを手放せないのだ。

 

待ち合わせ場所は、葉霊ハレの住む中階層、自宅の近所にあるハンバーガーショップ前だった。ちょうど帰宅混雑ラッシュで人通りも多い。

人ごみの中、一人だけ異様な雰囲気オーラの人間が歩いていた。人々は、その男か女か判別できない修道士しゅうどうしのような人物を避けていく。神たる東京デウス・トーキョーの忠実な殉教者リビングデッド管理者ビルエム。黒地に銀の刺繍で縁取りをしてある僧衣。露出している頭は、昆虫バグのような形状フォルムをした巨大な対話頭蓋ヘルメットで覆われている。各ビルに一人の管理者ビルエム。無期常駐を課せられた超圏的な世捨て人ヤジロベーであり、常人立入禁止ノット・パンピールームに唯一入室できる権限パスを持つ。各ビルのルームには、ビル管理を司る人工智能AIが鎮座しており、管理者ビルエムのみが接触せっしょく可能だ。

ただし、彼らは頭を覆う対話頭蓋ヘルメットの代償として追憶衝動フロント・メモリー簒奪さんだつされており、市井の都民とはろくに会話できない。あくまで人工智能AIからの指示で動く有機的な使役体ドローンでしかない。

目の前を通りすぎていった管理者ビルエムは虚ろな様子で、呪文めいた言葉をぼそぼそと吐き続けていた。管理者ビルエムが姿を消すのを待ってから、葉霊ハレを探す。

ショップの前で立っている葉霊ハレは青紫のモヘアカーディガンにカットソー、ラウンドタイプのサングラス、気楽ラフ格好ナリだった。うつ向き加減で両手を前で交差し、もじもじとしている。

「お疲れ、源治ゲンジ

俺に気付き、少しはにかんでいる葉霊ハレはサングラスを外した。

拾得ジットクとの会話やりとりが思い浮かぶ。少し高揚感がある。

「どうしたの、今日は急に」

葉霊ハレは歩きはじめる。だが、葉霊ハレの自宅とは逆の方向だ。

「あの、源治ゲンジにちょっと言いたいことがあって」

俺もついていくが、なんだか胸が痛い。沈黙ダンマリ。段々不安になる。

別れたいとか言い出すんじゃないよな。逆プロポーズ、という拾得ジットクの戯言も過る。祝福ビラヴドってこんなにすごい心持ちにさせられるのか。

後ろめたさもある。下僕たる証明インプラント・デバイス葉霊ハレに影響を与えたから、この状況になっている。それは、本来の葉霊ハレではない。修正リライトされた態度と言動。

葉霊ハレ表情ツラ。いつもの凛とした印象が消えうせ、眉が垂れて弱弱しい。

「私、浮気していたの」

おっと。

結婚でも、別れ話でもないが残酷な告白ネタバレだ。一気に頭が真っ白になるホワイトアウト

「え、まじ。ちょっと待って、え、どゆこと」

火遊びラブアフェアー

葉霊ハレは視線を外す。

源治ゲンジ、ごめんなさい」気付けば、ぼろぼろと涙を流している。「会社の同期と後輩。もう二人とは連絡していない」

「おう」

二人かよ。一人じゃねえのかよダブル・パンチ。叫びたいが、唇が震えて口が開かない。我慢できず、俺は葉霊ハレに背を向ける。どうしていいかわからないが、葉霊ハレツラを拝めない。

それに。同期ってまさか。

亜鉈アナタ?」

俺の同級生。疎遠しばらくになっている友達ツレ

葉霊ハレは否定せずに、頷いたこくり。「源治ゲンジ、ごめん。でも、源治ゲンジと別れたくない」

「いや」冷静になれない。ちょっと待って。祝福ビラヴドってことなのか。どこが。ねえ、どこが。

拳銃チャカ脳味噌ヒトミソをぶちまけたい。

不意に、服の袖に掴まれる。

「ごめんなさい。ごめん、ごめんね」

葉霊ハレは表情を崩して、さらに落涙うえーんしていた。

「え、ああ、そっか」

やはり、拳銃チャカで脳漿をぶちまけたい。

俺は振り切って、立ち去るしかできない。

 

*本記事のキービジュアルは永良新が作成しました。