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平大典「【対東京《バーサス・トーキョー》】Versus Tokyo」(6)

平大典「【対東京《バーサス・トーキョー》】Versus Tokyo」(6)

 

拾得ジットクは、平常運転で真っ黒服装ブラック・ブロック・スタイルだった。

かという俺も黒一辺倒パクリだった。多少の違いもある。拾得ジットクはいつもフード付きのパーカーだったが、俺はロングスリーブの上に釣り用上着テンカラを着るスタイルになっていた。拾得ジットクは手先が異様に器用なのだろう、パーカーのポケットから猫型ロボットドラのように的確に道具を取り出す技術テクを持っていた。一方の俺はそんな繊細せんさい芸当ワザはできず、ポケット数が多い服を着て、持参した道具の収納場所を習慣づけるほうが向いていた。

 

今宵の会場は、台東区タイトークだった。一〇月下旬の秋口で、暑さは完全に過ぎ去り、夜歩きにはちょうど良い季節になった。上野公園ウエノ・パークで合流し、近くのレンタル倉庫で武器ウェポン調達セタップした。生憎、いつも使用している金属バットがなかったため、鉄パイプを選んだ。きっと、超電磁浅草寺ちょうでんじセンソージの辺りが繁盛はんじょうしているだろうと予測し、そこから周辺部へ流出ドーナツ・ムーブする奴らをとっちめようと、東部にある隅田川スミダ・リバー沿いのビル群をぶらついた。

俺たちは東京の宵トーキョー・ナハトだけでなく、たまに飲みに行くような関係になった。先週も、拾得ジットクの職場近くの神田カンダで落ち合って、二、三時間酒を飲んだ。会話の大半は他愛のくだらないものだ。祝福ビラヴドの効果を、俺の好調ぶりを、打ち明けたかった。それだけじゃない。話題は、俺の趣味である映画キネマ拾得ジットクの趣味である音楽、仕事のことも。ついでに、東京の宵トーキョー・ナハトに関する作戦会議まがいのこともした。

血生臭い薬売りブラッド・サースティ・プッシャーズノメした、という祝福ビラヴドの効果は絶大。

まず、仕事。俺が追い付かないほどの依頼オファー殺到ドシドシ。今月には、紙製の書籍ペーパー・ブックが出版される。第二圏で流行バズしている映画キネマなどの批評をまとめたもので、戌猫イヌネコが強いバックアップをしてくれている。俺が旬なうちに、続けざまにもう一冊出版したい意向らしい。

次に、葉霊ハレである。浮気の告解は衝撃的ショックだったが、結局別れてはいない。索然さくぜんとしてしまってはいるものの、週一回ほどは食事メシに出かけてはいる。

憂いは消えた。

いや、そうでもない。

 

隣を歩く拾得ジットクはぼんやり。

高さ一〇〇メートルに設置されたテラスから豊潤ほうじゅんな夜景を見る。向こう岸は、墨田区スミダク第二首都高速だいにシュトコー隅田川スミダ・リバーに沿っていて、自動車クルマの灯りがものすごい速度スピードで駆けていく。

俺はやる気がないし、隣を歩く拾得ジットクも同じようだった。

無言で、いつもの九寸釘ナイン・インチを紙やすりで入念に磨いていた。拾得ジットクは、異なる種類の紙やすりを複数枚所有している。番号別ナンバリングで細かさに差があるようだが、ずぼらな俺にはピンと来ない。拾得ジットクに言わせれば、細かいほうが妖艶エロさが出るらしい。

今夜の二人の共通点は、弐号ニゴさんの思惑通りでは気に入らないことだ。ここでやる気満々で、血眼ヤッキになって戦闘員ソルダートノメそうとしたら、弐号ニゴさんの思うツボ。おかげで、雰囲気ムードも悪い。

無言に耐え切れず、俺は口を開く。

「なあ」

「なに」

拾得ジットクは薄く微笑み、やっと九寸釘ナイン・インチをポケットに仕舞い、代わりに煙草たばこを吸い始めた。

「お前、タマシイの存在とか信じるか? 人には魂があるからどうたらこーたらなやつ」

「魂ねェ。あってもなくてもいいな」拾得ジットクは、白黒モノクロの箱を取り出した見せつけるように振ってきた。「吸うか?」

俺は首を振り、拒否する。「大災厄ビッグ・パーティ以前の調査で、旧日本人オールドの半分は魂を信じていたんだとさ。ま、現在でもあまり変わらんらしいよ。実在しているかはどっちでもいい。この世の中は、魂を信じている人間と信じていない人間が半分ずつで成り立っている。社會ソサエティ情緒不安定メダパニなのもなんとなく納得できる」

拾得ジットクは煙を吐いた。「面白い解釈デカルチャーだなァ。そういえばさ、魂に関する昔聞いた法螺話があってさ。……誰から聞いたんだっけねェ。思い出せないな」

「どんな与太話ヨタだ」

人間ニンゲンという存在には魂があると定義するならば、まだ人間ニンゲンは産まれていない」

「は?」

「僕らは所詮、原子が集合している存在モノを定義づけて、認識しているだけじゃないの。定義できる存在モノを、例えばビルと呼び、例えば細菌と呼び、人と呼ぶ。これらはただの集合現象で、魂というコアを有する存在モノではないってねェ」

「全人類、哲学的死骸ゾンビーズかよ」

「そういう感じかな。現行人類げんこうじんるい、オールモスト・ヒューマンは真の人間ニンゲンを生み出すための踏み台ステップ。ここからがひどいんだなァ。三〇年前の大災厄ファック人間ニンゲン懐胎オメデタであった。東京トーキョーはつまり子宮マトリクスだ。ゆえに、東京トーキョーにはいつか魂を持つ真の人間ニンゲン誕生バースする」

大災厄後アフター・パーティ風靡ふうびした人類傲慢論ゴーマニズムのひとつだろう。

現行人類ホモサピ傲慢ごうまんにも自分たちには魂がある、あるいはあったと思い込んでいる。過去もこれからも魂を手に入れることなど出来ない悲哀メランコリックに満ちた存在、か。ううん、ひどい与太話ヨタだな」

「僕も同感、だったけど、東京の宵トーキョー・ナハトに参加してから、どうにも。人間扱いはされていないね」

「少なくとも、摂政セッショーには遊ばれているよ、俺たち都民は」

「ああ、僕らがいくら強靭TUEEEになろうと、所詮使い捨ての駒エクスペンダブルスだ。なんのための捨て駒かもわからない」

拾得ジットクは笑顔を作り、百メートル下を流れる川に視線を向けた。暗澹どんよりとした水面では、街灯の光シティ・ライツを反射している波が震えている。

「ところで、今日は勝負しないのか。俺ら、異端者アノマリーなんだろ」

拾得ジットクは煙草を消すと、携帯灰皿に吸い殻を放り込んだ。

「なんかな、萎えてんだよ。弐号ニゴさんのせいでさ。最初、ロックがいいなァと思って聴き始めたところで、脂っこいロックンローラーの『俺らの音楽ってさ』云々のインタビュー読んじまって、なんか聴く気が失せる感じ。脂っこいの苦手ダメなんだよ」

わかるようなわからんような例示タトエだ。

話が詰まる。

「で、寒山カンザン異端者アノマリーに目覚めてどう?」

「うん。まあ、普通か。強くなれるのは基本的にナハトの間だけみたいだな」

と言いつつ、ナハトであっても精神状態メンタルが影響するのだろうか、今夜は前ほど力が湧き出ない。

「だよねェ」

普段いつももならよかったけど……」

不意のことだった。数十メートル先にある歩道付近に、すっと影が降り立った。

身投げDIYではない。それは見事に着地した。

ピンクのベレー帽、金髪、視界に入った瞬間、俺たちは踵を返し背を向けた。

今日は無理ノット・トゥデイ」走り始めた拾得ジットクが叫んだ。

まさかのア美顕アビケンだった。

血生臭い薬売りブラッド・サースティ・プッシャーズのようにうまくいく気がしない。

「だよな」俺も続き、走り始める。

俺たちは川沿いを離れて、複雑路地構造へ駆けて行くランナウェイ

 

避難先はカラオケBOXだった。

ジャニス・ジョプリンやカート・コベイン、カール・クラック、尾崎豊おざきゆたか、リル・ピープ、エイミー・ワインハウス。

永遠の不良たちフォーエバー・ヤング熱唱参次元電飾ホログラムが流れている中央広間エントランスを取り囲むように、客が入室している不透過の鉄匣ボックスが上下に移動していた。店内には、怪しげな世紀末的電子音楽アポリカプス・テクノが流れている。黒色の鉄匣ボックスは、絢爛ゴージャスな色彩が混じりあう靉嘔Ay-O的照明ビームライトを浴びて反射していた。

拾得ジットク、うるせえんだけど」

「けど、ここなら人も寄りつかないしさァ。我慢だね」

店名ロゴ入りのTシャツを着た接客係ウェイターがエントランスホールを巡回うろうろしていた。

「ここって、【第一圏】の店だよな。こういう風なんだな、他圏ヨソのカラオケBOXって」

【第二圏】のはもう少し平凡な気がする。文化比較研究の対象としておもしろいかもしれない。

「まァ、派手ギンギラだよねェ、ふつーの店舗ミセよりかは。……ん」

中央広間エントランス熱唱参次元電飾ホログラムの真下。鉄匣ボックスを見つめる影が立っていた。

おかっぱ頭の幼い女の子だった。

薄汚い衣服ボロまとっている。毒々ケバケバしい闇の中で、上下左右に移動する鉄匣ボックスを睨んでいる。

「だれ」

「……地下住民モーロックじゃないの。それか、【第一圏】の浮浪孤児イエナキコかしら?」

稚児ガールはこちらを向いた。

「俺らを認識できるのか? じゃあ、ふつうの都民じゃねえってことか」

「やっぱ、地下住民モーロックかァ。警察ファズに見つかりゃあ、追放キックアウトされちゃうねェ」

拾得ジットクがつぶやいた刹那だった。

稚児ガールは身を翻し、ぴょんと跳ねたジャンプ

「へ」思わず声が漏れる。

天使ケルビムのように。参次元電飾ホログラムを突き抜けて、五メートル上の鉄匣ボックスまで跳躍ちょうやくしたのだ。

人力建物移動パルクール。すぐさま別の鉄匣ボックスに飛び移っていき、稚児ガールは天井方向へ消えてしまった。

にゃんこかなァ?」

都市伝説シンワで聞いたぞ。幼い少年少女が集まって盗みを働いているんだけど、乱破ニンジャみたいな身のこなしで官憲ポリも捕まえられないって。確か、裏通りの悪童たちバックストリートボーイズ・トゥー・バッドとか。なんだっけ、闇の中で踊る妖精タイニー・ダンサー・インザダークとも呼ぶんだっけな」

「聞いたことがあるかもなァ。東京トーキョーってつくづく変な場所だ。追いかける?」

「めんどくせえだろ、あほらし」やる気モチベが上がらない。

俺たちはエントランス近くに移動してきた鉄匣ボックスに乗り込む。鉄匣ボックスは音もなく浮上する。

中には先ほどの接客係ウェイターがいた。マイクを握って、画面ディスプレイを見つめて熱唱。

労働放棄さぼりだ。

拾得ジットクさ、一人ソロカラオケとかやったことあるの」

俺たちは仙人掌皮革さぼてんレザーのソファーに深く座り、熱唱オザキする接客係ウェイター観察ウォッチする。

拾得ジットクは、テーブルの上にあったポテトフライを勝手に抓んで口に運ぶ。

「ありえないねェ。カラオケはあんまり性に合わないのさ」

「俺もなんだよな。絶望的に音痴」

「へえ、僕は、歌う行為が好きになれないんだよね。ついでにさバイ・ザ・ウェイ、ワーっと大人数みんなで騒ぐのも苦手だな」

完全に油断チルしていた。

鉄匣ボックスの扉が開く。続けざまに人が飛び込んできた。男だ。道化ピエロ拡張現実化粧オーグメンテッド・リアリティ・ペイント。真っ白な顔、丸い赤鼻。手で握っていた武器エモノをこちらへ向けた。

奇襲。耳鳴り。男は発砲バキュン

露国極道マフィア小型拳銃チャカ、トカレフ。

すさまじい炸裂音。マイク経由で、部屋中に反響ハウリング

傷みはない。

だが、歌は途切れた。

接客係ウェイターがテーブルに顔を載せていた。マイクが床に落ちて、もう一回反響ハウリング店名ロゴ入りTシャツの胸の辺りから、血が滲んでいる。弾丸タマは、接客係ウェイターに直撃した。

道化ピエロが叫び、もう一度拳銃チャカを構えた、はずだった。

「なにこれ」呟いた道化ピエロの腕は、拳銃チャカごと何か掴まれていた。それは、部屋の端にある暗がりから延びていた黒い霧状きりじょうの影だった。「助けて、助けて。なんなのこれ」

だが、俺たちが動く間もなく、道化ピエロの躰が得体の知れぬ影に覆われる。

黒い闇の塊ブラック・ゴースト

「だめ、だ」

瞬く間に、黒い影は道化ピエロを攫い、音もなく部屋の隅に吸い込んでしまった。

耳鳴りが途絶える。

拾得ジットク、見たか」

道化ピエロは見る影もなく消失ゴーンし、接客係ウェイター遺体ホトケだけが残っている。

「バリやば」

俺たちはロケットのように鉄匣ボックスを飛び出した。

ナハトが終ったとき、俺たちは花やしき跡地ビルの中階層にある拉麺集積地帯ラーメン・クラスターにたどりついていた。普段は、紅や朱、白の派手デーハー電光暖簾ネオンが連なり食通グルメで賑わっているが、夜明け前ではさすがに人通りはない。二人で暗い道をとぼとぼと進む。何をしたわけではないが、疲労感が漂い、身体は気怠ダルかった。

上野ウエノまで移動し、そこで拾得ジットクと別れて家路についたゴー・ホーム

不発カラブリの結果では、祝福ビラヴドもないので、楽しみウキウキもない。

夜まで眠った。起きたら、午後九時。

シャワーも浴びず、机に座りラップトップを開く。手持無沙汰が落ち着かず、とりあえず電脳網ネット接続アクセス

ちょうど流れてきた報道番組ブロードキャストで、銀髪の女性が神たる東京デウス・トーキョーについて語っている。

『最近、神たる東京デウス・トーキョーが生物として語られる機会が多いですよね。我々の研究集団グループでは、現在の傾向がさらに長期的に継続することにより、東京トーキョー自己再生自己増殖自己進化アルティメットの資質を持つ怪獣Gのような存在になっていくのではと推察しています。それが都民にとってよいことかどうか、いささか不安なのです』

道化ピエロの末路のことを思い起こす。あの接客係ウェイターは気の毒としかいいようがない、無関係の人を巻き込んだのだ。晦冥かいめいに引きずり込まれるというのは、確かにナハト罰則ペナルティとしては、妥当だろう。天国東京パラダイス・トーキョーから奈落行きゴー・トゥ・ヘル

無意味な想像に耽りながら記事タイトルを斜め読みする。

その中に、『不審死リドル資産家殺人事件ピッグスか?』という記事タイトルを発見した。接客係ウェイターの記事、そんなはずはないあれは第一圏の事件だと思いつつ、クリックする。

内容は違った。

急転直下ブレーン・バスター

被害者は渋谷区シブヤク在住の馬抜稀人バヌケ・マレビト、だった。

写真もある。そのツラは見たことがある。

死んだのは、弐号ニゴさんだった。

 

いてもたってもいられず、速攻で拾得ジットクにコールした。午後十時過ぎだった。飲み会とか就寝していたら、出ないかもしれない。

寒山カンザン、どうしたんだい」

電話には出たが、拾得ジットクの声からは動揺を感じない。まだ弐号ニゴさんが死んだことは知らないのか。

報道ニュース見ていたらさ、弐号ニゴさんが死んだって。馬抜稀人バヌケ・マレビトって、本名マナで掲載されていたけど」

一瞬、拾得ジットクは間を置いた。「本当なのかい、それ」

「自宅付近の路地で、刺殺されていたんだって」弐号ニゴさんが住んでいた立派な和宅を思い出す。「昨日のよいで、他圏ヨソ戦闘員ソルダートバラされたんだろうな」

「あんな老獪クレバーな人をバラせるなんて、どんな奴なのかねェ。くわばらくわばら」

「さあ、ア美顕アビケンが昨日参戦していただろ。あいつじゃないのか」

「かもねェ」

拾得ジットク、そんなに驚かないんだな」

「まァ、人間いつかは死ぬんだし、とか思ったらなんかね。今まで生き延びてきたほうが不思議ハテナな位だしさァ」

「確かに」拾得ジットクが冷静なので、喚いている俺が恥ずかしくなってきた。「ところで、弐号ニゴさんが討伐キルされると、何か起こったりするのか」

拾得ジットクの声は平坦なままだ。

「別に、【第二圏ウチ】の奴らがちょっと騒いで終わりでしょ。あんな高慢スワッグな態度じゃ、友達ダチも少ないだろうしねェ。僕らだって、葬式に参列する義理はないだろ」

「そうだよな」

「悪い、寒山カンザン。今から電車乗るから、切るよ。また今度飲もう」

拾得ジットクに通話を遮断された。

戦闘員ソルダートで、言葉を交わしていた人が死ぬのは初めてだ。

いずれ誰でも死ぬ、という拾得ジットクのセリフ。生者必滅せいじゃひつめつ

俺や拾得ジットク、マルちゃんだって条件は一緒だ。

自分が死んだらどうしようもないが、最悪、拾得ジットクが死ぬ場合を想定しなくては。単独ソロで動くか、それとも、誰かパートナーにするかどうすりゃいいんだ。チームに入る選択肢オプションもあるが。

もちろん、拾得ジットクに相談できる内容ではない。自分が拾得ジットク抜きでナハトに参加する姿を想像できない。誰かをバラせる気もしないし、一晩すらも生き残れない気もする。

今の俺はかなり拾得ジットクに依存している気がする。俺たちの距離はだいぶ縮まっている。本名マナさえも知らないというのに、距離も糞もないだろうが。悪縁あくえんだ。

拾得ジットクはどう考えているのだろうか。俺がいなくなれば、新しい相棒パートナーを探すのだろうか。

相談する相手はいない、自分で考えるしかない。

 

次のナハトは、弐号ニゴさん昇天を知って、三週間後の一一月だった。

開催場所は、渋谷区シブヤクだった。様々な企業の本社機能ヘッドオフィスが、渋谷区シブヤク集中ぎゅっとしているがそれだけではない。さすが神たる東京デウス・トーキョー内で今最も隆盛してキテいる区だ。

第一の合流地点ランデブー・ポイントは、複合遊興施設エンタメビルである渋谷PARCOシヴヤパルコの入口前にしていた。標高二五〇メートルの位置に造設された第三空中公道には自動車が進入できる余地はなく、歩行者天国ホコテンと化している。寝たら死ぬぞ24アワー・パーティ十代が燃えているティーンエイジャー・フォーエバーハチ公参次元ハチ・ホログラム空中遊泳広告群フロート・アド異常幻覚剤アノマリー・シャブ摂取カマしてそうな若造ガキたちが、きゃっきゃと騒いでいる。幼少から続く超競争高速義務教育ガクレキ・インフレで精神的に追い込まれた落伍者ルーザーばかりだ。前後左右からとめどなく押し寄せる音楽と映像の大嵐シュトゥルム幻想ファンタズムに身を委ね、諸々いろいろ忘却ぼうきゃくする。

俺も一度だけ訪れた。ぐちゃぐちゃになるまで一晩中オールナイト、踊り狂った。大学中退ドロップ・アウトが確定し、両親に家から追い出された熱帯夜だった。あれ以来、両親と顔を合わせていない。

絶えず、電子的派手花火サイバー・タマヤが路上で咲き乱れる。制限がないので、普段の五倍の騒がしさ。耳を塞ぎたくなる。

一〇分ほど待っていたが、拾得ジットクは一向に姿を見せず、いよいよ移動しようとした時だった。

寒山カンザンさん」代わりに違う女が話しかけてきた。

きらきらふわふわした輪郭シルエット。黒を基調にした耽美趣味少女衣装ゴシックロリータに身を包み、光沢を放つレーヨン素材の横須賀スカジャンを羽織っていた。

マルちゃんだった。

今宵も化粧メイクをばっちり決めていた。丸顔を活かした黒髪ストレート。大げさに盛られた黒いまつ毛、真っ赤過ぎる耽美セクシィリップ。まるでベティ人形のようだ。気怠けだる陰鬱いんうつ雰囲気ムードで、ガードレールに腰掛けていた。

マルちゃんは俺の前に立つと、口角を上げた。

「こんばんは」そういえば、二人タイマンで話すのは初めてだ。「拾得ジットクと待ち合わせしているんだけど。マルちゃんも呼ばれたのか」

「呼ばれてないって」目をパチクリさせる。「二人の合流地点ランデブー・ポイントくらい把握しているし。寒山カンザンさんでも拾得ジットクちゃんでもいいんですけど、ちょっとした忠告をしておこうかなと」

すぐバレるようなら、今度合流地点ランデブー・ポイントを変えたほうがいいかもしれない。それよりも、忠告とは何だ。

「なにが」

犯人ホシ探しが始まったみたいだよ。他圏で名乗り上げる奴もいないみたいだし」

弐号ニゴさんバラし。

「でもふつうは調べたりしないでしょ。弐号ニゴさんだけ、特別VIP扱いか」

「そう」マルちゃんは愛嬌のある微笑みを作る。「特別VIPなんだよ。二〇年以上、【第二圏】の頂点に君臨トップ・オブ・ザ・ワールドしていた伝説レジェンドが、はい、天国行きRIPですじゃ、みんなが納得できないの」

「確か、通り魔ジャックの犯行だろ。犯人ホシだってすぐ捕まるんじゃないの」

「そっちじゃなくて、戦闘員ソルダートのしわざに決まってんじゃん。寒山カンザン先生って、ライターて聞いたけど、本当なの?」

拾得ジットクがベラベラとおしゃべりで漏らしたのかも。合流地点ランデブー・ポイントも、かな。

マルちゃんの口調には棘がある。きっと、拾得ジットクと組んでいる俺のことが気に喰わないのだ。

「すまないね、まだ半年の初級者ビギナーだから。あの、名無しのパンクスジョニー・ドゥとかいうヤツなら、バラせるんじゃないのか。狙撃用長距離スナイパーライフルで、頭蓋ドタマ弾丸タマ貫通トンネルさせたとか」

「それなら」マルちゃんはツンとした口調だ。「問題なしだけど。別の可能性も検証されているんだよね。……同胞殺しユダ

意外で最悪ファックな展開だ。

「つまり、最後に弐号ニゴさんに会ったのが俺たちだから、犯人だとか疑われてんのか?」

「先生、ご名答。しかも目覚めたらしいじゃん、二人とも」

「へ、もう知ってんのか?」

「噂は早いよ、この界隈。ま、赤い人たちイカせるんだから、そりゃあ、弐号ニゴだって」

「俺も拾得ジットクも、バラす理由がない。あの日に会ったのが初めてだし、恨むようなこともないし。確かに、若干むかついたけども。それにさ、誰かが裏切って、弐号ニゴさんをバラしちまったとしてもよ、制裁シバキなんてする必要あるのかよ」

「同胞バラしについては、ペナルティがないみたいなんだよね。一般人パンピーチラすのとか、区外に出るとかと違うみたいで」

「なんか釈然としないが」

マルちゃんは破顔ニコリした。「どっかの戦闘員ソルダート弐号ニゴさんをバラしたじゃ、劇的じゃないじゃん。同胞バラしのほうが盛り上がるしさ」

険のある言い方だ。親切なのか、意地悪なのか、つかみどころがない。

拾得ジットクにもそんな気がある。達観しているというか、世捨て人な感覚でいるというか。

自分てめえ生命ヴィータなんかに興味がない恐れ知らずノーフィアー

「なんだか気分が悪いよ」

「まあ、先生にきちんと理解しておいてほしいのは、みんな真実を知りたいんじゃなくて、生贄エサがほしいんだってこと。中世の魔女狩りリンチに近いんだから」マルちゃんはわざとらしく丸めてある前髪を直す。「つまり、どっちでもいいんだよ。弐号ニゴさんをバラしたっぽい相手と理由があれば」

確かに理屈は解る。別に裁判するわけでも、立証責任があるわけでもない。合理的な説明さえつけば、俺がバラしたっていう話も成り立ちかねない。

「警告される理由がなんとなく腹に落ちた、ありがとう。教えてくれなかったら、エライ目に遭っていたかも」

「ま、新規の異端者アノマリーになっちゃった二人には注目が集まっているからねー」マルちゃんは、ガードレールから離れる。「もうそろそろ出撃するかなあ」

「どこら辺を狙うんだ」

寒山カンザン先生にはナイショ」拾得ジットクになら教えるのか。悲しい。「渋谷区シブヤクは、アタシのホームみたいなもんだからさ」

渋谷区シブヤクに住んでんのか」

「違うよ、ライブでよく来るんだよね。原宿ハラジュクとか渋谷シブヤライブハウスハコとかで」

「マルちゃんって有名なの? まあ、この聞き方が適切なのかはあれなんだけどさ」

「別に」ラメに塗れたマルちゃんの目つきが鋭くなる。癇に障ったようだ。「まあまあかな。ていうかそんなハナシ、関係ないじゃん」

「はあ」

「じゃね」

マルちゃんはすいっと喧騒の中に消えていった。

 

マルちゃんが去った後も、しばらく拾得ジットクを待った。

第二、第三の合流地点ランデブー・ポイントにも回ったが、姿はない。

もう区外に出ることもできない。

俺は顔に黒い塗料コープス・ペイントして、第二圏首都しゅと警察けいさつ渋谷シブヤ警察署が入居する複合行政機関建築ビルへ向かっていた。

弐号ニゴさんの住居は渋谷区シブヤクだった。犯行現場も。

渋谷警察署ならば、事件の情報ネタ入手ゲットできるかもしれない。マルちゃんの忠告で、正直焦っていた。初対面の男が死んだせいで、時代遅れレトロ魔女狩りジャンヌだか赤狩りマッカーシーだかの対象になんかされてたまるか。

とはいえ、警察けいさつしょはさすがに緊張する。最下層にある警察署は、黒塗りで重厚マッシブな感があった。上部には、交通局や税務署、官衛隊渋谷事務所オフィスなどが入居している。入り口正面にある二メートル辺の正六面体電光掲示板キュービック・サイネージには、極東危険名鑑トーキョー・ブラック・リストに登録されている地下革命主義者ナクサライト関東解放戰線KLF秘密結社ムームーの構成員たちの手配写真ウォンテッドが次々表示されていく。

自動ドアを抜ける。無人総合窓口には申し訳程度チョットダケヨの灯りが点いていた。待合室のベンチでは、泥酔でいすいした様子の男女アベックが互いに身を寄せて、唇を重ねていた。

二階に位置する刑事課。薄明りの中、ブロードシャツを着た刑事デカが二人ほどがデスクで眠たげに座っていて、端末タブレットを操作していた。天井からは、表示装置パネルが複数吊るされており、神たる東京デウス・トーキョー渋谷シブヤ区内の各所で撮影されている映像がリアルタイムに流されている。

ふと、白髪交じりの老女ばーさんが、課長席ダイモンデスクに座っていたことに気付く。

蒲公英たんぽぽ色のニットカーディガン。白髪交じりの髪の毛を後ろ手に束ねている。顔を隠さず、奇天烈きてれつ変装コスプレもしていない。五十代半ばくらいの老女ばーさんは目を細めて、カップ珈琲を片手に、端末タブレットを見つめている。課長ダイモンではなさそうだ、耳鳴りもない。

「すいません」俺が声を掛けると、老女ばーさんがこちらを向く。

「あらあら」老女ばーさんは柔らかい口調で応答した。「全く気付かなかったなんて。敵だったら、耳が反応するんだけどね」

「それは?」俺は老女ばーさんが持っている端末タブレットを指さす。

老女ばーさんは、こくりと頷く。「お兄さんもこれ読みに来たのね。興味があるの、私くらいとタカをくくっていたのに。そりゃ、あの弐号ニゴ君が昇天バイバイしたのだから調べる人くらいはいるよね」

「はあ」

老女ばーさん課長席ダイモンデスクから立ち上がった。動作は緩慢スローだし、右足を引きづっている。

「無理がたたって、こんな脚になっちゃいまして。もう人をバラせないんですよ。祝福もなしノーディープラブ老女ばーさんは俺に端末タブレットを手渡してきた。「それでも不可視的存在インビジブルってことを最大限生かそうと思ってね。こうやって何か起こった時だけ、調べものするのが趣味イキガイなの。大衆紙タブロイドみたいなもんです。今後ともお見知りおきを」

俺は渡されたA4サイズの端末タブレットを睨む。画面には、『渋谷区資産家殺人事件』。

「これに事件の概要とかがまとめてあるんですか」

正体不明の通り魔ネームレス・フェイスレスだって」大衆紙タブロイドさんは、皺の多い顔を顰める。「そういえば、お兄さんは、なんで調べているのかしら」

弐号ニゴさんと最後に会った人間が、たぶん俺だからですよ」

俺は正直に状況を説明した。やましいことはないが、念には念のためだと。

「粘着しているのは、きっと殻馬カラバさんだね」大衆紙タブロイドさんは訳知り顔で説明する。「熱心な弐号信者ニゴリストな人でね。真面目というか、几帳面で。弐号ニゴ君をノメした人に天誅てんちゅうを下したいのね、だから忠臣蔵ちゅうしんぐら大石内蔵助おおうちくらのすけみたいな立ち位置ポジションかしら。吉良上野介きらこうずのすけが誰だか不明というのがなかなかだけどね」

殻馬カラバ、聞いたことがない名前だ。

情報詳細ディテールに目を通す。弐号ニゴさんの遺体ホトケは、十月二十日の午前一〇時ごろ自宅裏の路地で発見。午前六時前後に刺殺されたが、人通りの少ない路地裏だったこともあり、発見が遅延ディレイした。

特に暴れた形跡あとはなく、身分証IDタグだけが盗難。犯人ホシは、知己シリアイの可能性が高く、仕事の関係者がリストアップされていたが、俺はその羅列られつされた個人名を目を通してもピンと来ない。遺体ホトケの写真。くの字で寝込んでおり、見たことのある顔が青白くなっていた。首から流れたであろう血はアスファルトの上で乾いていて、赤黒い筋となっていた。首筋に残った裂傷は刃物によるもので、一〇センチほど。凶器エモノは未発見。ナハトでのバラされ方は、実世界リアルでの死に方と異なるのだから、これは参考にならない。

周辺に配備されていた防犯カメラや監視機械ドローンの映像を洗いだしているが大した成果はないそうだ。警察権力ファズ下僕たる証明インプラント・デバイスへの接続権限はない。

「悲しいな」大衆紙タブロイドさんはしみじみと語り始めた。「昔は冴えないアンちゃんナードだったんですよ。オタク。馬鹿でかいシャツに、ミリタリーベストなんか着て」

名残り、まだ迷彩柄カモフラ化粧メイクはしていた。

「なんかわかります」

大衆紙タブロイドさんはぐっと唇を噛んだ。「そうそう思い出してきた、二人でペア組んでいてねえ」

弐号ニゴさん、今はもう誰とも組まないって言っていましたけど。群れるのが嫌いだそうです」

「あら、偉そうになっちゃったんだね」大衆紙タブロイドさんは、目を細めた。「若いときは誰だって試行しこう錯誤さくごじゃない。お兄さんは誰かと組んでいるの」

「ええ、同い年の男と。もう半年くらいですけど」

「ま、でも弐号ニゴ君のあまり組みたくないって気持ちもちょっとわかるな。かわいそうだったんだよ。一七人オロしたナハトで、相棒パートナーも一緒に死んじゃって」

確か、転機Xデイがどうとかは言っていたが、関連しているのだろうか。

「そうなんですか」

大衆紙タブロイドさんは改めて俺の服装ナリを睨んで観察する。「真っ黒くろすけね。ううん、もしかして狂気的都市闘犬レッド・ホット・チリ・ドッグ二匹タッグノメしたのって、あなたたち」

「はい、そうです」

「意外に小心者ビビりなのね。……でも疑似国本土防衛決戦プラクティスである東京の宵トーキョー・ナハトでは小心チキンなほうが生き延びる。あなたは、弐号ニゴ信者の殻馬カラバさんよりも、弐号ニゴ君に似ているかも」

褒められているのか、けなされているのかよくわからないが、あんな空虚そうな暮らしには向いていないと思う。

「ところで、殻馬カラバさんが弐号ニゴさんの敵を取りたいって噂を耳にしてですね。同胞殺しユダ制裁リンチするとか」

大衆紙タブロイドさんは、一度咳をした。「基本的に同胞殺しユダに対しては、一般人パンピーバラした時のような宗春ムネハルからの罰則ペナがない。徳川宗春ご公認暴力血祭トクガワムネハル・オフィシャル・ファイトクラブの抜け穴を狙った案件ケースは過去にあったし。昔、愚かな戦闘員ソルダートがいたのよね」

「愚か者ですか」

異常恋愛譚クレイジー・ラブ一線を超える愛ラブ・オーバー・ルールズ。【第三圏】の女と交際しちゃったの。出会いは東京の宵トーキョー・ナハトで、一目ぼれだったみたい。粂雄ロミオ百合枝ジュリエットみたいに盛り上がったんだか知らないけど、再会した勢いで交際を申し込んだって」

「まさか、オッケーしたんですか」

「男が首ったけゾッコンで、付き合っているというより、主従関係だった。ナハトのときには、別の同圏ナカマを騙して、女に差し出す。このやり口で、十人近く餌食えじきになったみたいだけどね。典型的な女郎蜘蛛的罠ハニートラップだったなぁ」

大衆紙タブロイドさんは皺だらけの顔を忙しく動かして、息をするのも惜しむように矢継ぎ早に喋る。

「大恋愛は盲目狂躁マイ・ファッキン・ヴァレンタイン、って感じですね」

「噂といえば」大衆紙タブロイドさんは端末タブレットを俺から受け取ると、課長席ダイモンデスクに戻した。「きっと年明けのナハトは荒れる。弐号ニゴ君級クラス異端者アノマリーが死ぬとね、追悼記念でみんな大暴れハッスルする」

「追悼って」

天地動乱オリオリオリオーってこと。楽しみにしていて」大衆紙タブロイドさんは微笑んだ。「さてさて、そろそろ撤収おいとましましょうか。久しぶりに人とお話しできたから、愉しかったわ」

「ええ、自分もです」

 

俺は次の日、ベッドで起床するやいなや、早速拾得ジットク電話コールした。といっても、昼過ぎだったが。

俺は口頭で、マルちゃんの忠告や渋谷警察署で仕入れた情報ネタを簡単に説明した。特に俺たちに関わる問題は、殻馬カラバという男が弐号ニゴさんバラしの犯人ホシを捜しているということだった。

「確かに同胞バラしのほうが、盛り上がるよなァ。マルちゃんってそういうところ、鋭いからね」

拾得ジットクは呑気な回答をする。一昨日から昨日まで寝ずの仕事で、夜は早い時間から寝ていたらしい。

「ふざけんじゃねえって、俺は知りもしない殺人コロシで疑われるなんてのは御免だ」

寒山カンザン戦闘員ソルダートノメしている奴が騒いだって、説得力ないねェ」

俺の声は少し大きくなる。「冤罪シンプソンは嫌だって話だ」

「ふざけているのは置いといて、殻馬カラバさんが俺らのことをディグるっていうのも気になるんだよな」

俺はそう報告したつもりだったが、うまく伝わっていなかったらしい。

拾得ジットク殻馬カラバっていう人のこと知っているのか」

「もちろん、有名人だね。弐号ニゴさんのことを信奉しすぎて、中年ダッドのくせにファザコンの気があるってァ。特徴はサディスト寄りってとこ。拷問してシャブバラすのが趣味なんだよ。ああいうのってよくなんていうんだ」

快楽殺人者サイコ・キラーか」

快感エクスタシーを覚えているんだ。苦手だよ、ああいう手練れは」

殻馬カラバ遭遇エンカしたら、注意しないとな」

「まあ、どうにかなるハクナ・マタタだよ。あの日の夜、僕たちずっと一緒だったしねェ。探偵ミステリー小説でいうところのアリバイもあるんだもの。適当な戦闘員ソルダートが、犯人に仕立てられるさ」

「次のナハト、出撃はよしとくか」

殻馬カラバ犯人ホシを捕まえるまで、放置しておいたほうが得策かもしれない。

寒山カンザンナハトに参加しないほうが疑われる」拾得ジットクは俺を嗜めた。「殻馬カラバさんなんか猛禽類ハゲタカみたいな性格なんだから、隙なんか見せたら、それこそ命取りだ」

「確かに。来月どうすんだよ」

「まあね、繁忙期はんぼうきじゃないから大丈夫だと思うけどね。寒山カンザン先生はいかがですか? お忙しいんじゃないの」

マルちゃんみたいな意地悪いけずな発言だ。

「来月は書き物の締め切りもないからな。まあ、融通が利く仕事だ」

「暇なのかい?」

「否定は出来ない。やることはあるけど、拾得ジットクよりは忙しくない。時間も自分で管理できるし」

「それじゃな。また飲みに行くとき、相談するべ」

「承知した」

電話を切ると、俺はパソコンに向かい、電脳網ネットを立ち上げた。

拾得ジットクは掴みどころがない。付き合いが長くなっても仲良くなったのか、確信がない。野良猫のような奴だ。そのくせ、ちまちまと観察して、計算高い面もある。

経験を積んできて、俺も学んだことがある。

仲良くなる必要は皆無ナッシンナハトで一緒に組んでいるだけなら、信頼はある程度で十分イナフ、だが、それだけだ。信頼だけしていればいい。

拾得ジットクは俺が窮地オワタに陥っても、救いに来ないと信じればいいのだ。下手すりゃデコイにして裏切るかもしれない。

拾得ジットクも俺もそのことを理解している。

相手のことを知らないよりは。知れば知るだけ、助けようとしてしまうだろう。

親密ミツになればリスクが高まる。

だから、これぐらいでよいのだ。

俺はラップトップの画面を見つめながら、そんなことを自分に言い聞かせていた。

 

十二月中旬。拾得ジットクと俺は、予定通りに参加した。

今夜の開催場所は、北区キタクだった。区の北東ウシトラにある大手遊技台専門店パンチコチェーンの裏で集合した。没入遊技台ジャックイン・パチンコが並ぶ店内は静かだ。客たちは台の前の椅子に腰かけ、後頭部にだいのうを繋ぐ接続ケーブルをぶっ差している。中毒者ジャンキーの群れ。見ているだけで気が滅入る。

合流して街を歩く。

二人ともあまりやる気が出なかった。加えて、寒い。

屋上密林に設けられた赤羽公園アカハネ・パークの片隅にある掃除倉庫で武器エモノ調達ゲットすると、赤提灯あかちょうちんやバルがのきを連ねる飲み屋谷パブ・ヴァレーの狭間にある高さ七〇メートルほどの低階層ビルに移動した。誰もいない屋上へ向かい、息をひそめていた。

年季の入った建屋であり、茶色がかった地面は至る所に亀甲状のひび割れクラックがある。ビルの縁には住民たちが後付けで乗せた瓦が敷設されており、小さな木製祠ヤネガミが祀られていた。桃色猟奇地下エログロアングラ系統の映画産業集合体シネマ・コンビナートが入っている階下かいか撮影現場スタジオからは背景音楽BGM効果音SE劇場シアターからは笑い声が漏れている。

屋上には大量のプラスチック製のイームズ・チェアが並んでいたが、大半が破損していた。

拾得ジットクは持参した九寸釘ナイン・インチを振りながら鋼鉄製スチールの武骨なベンチに寝転んで、極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールをじっと眺めていた。ぼやけた銀朏みかづきが西の辺り、生体天蓋の少し下の位置に顔を出している。

弐号ニゴさんと邂逅した夜から、やる気が湧かない。

拾得ジットクそらから敵は降下ダイブしてこないぞ」

「ううん」マフラーで顔をぐるっと巻いている拾得ジットクは寒さを紛らわすように手を擦ってから、煙草を吸い始めた。「先入観だねェ。誰かが極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールから飛び降りるかもしれないじゃない。バンジーアタック」

「地面に激突バチコンして、即死亡ブラック・タグだ。やめてくれ、気味が悪い」

神風かみかぜ特攻とっこう的な思考ノリで、道連れにしてやろうって気骨のある戦闘員ソルダートはいないからね」

「そんな輩はいないって。相当、相手に恨みつらみがあるんなら話は別だけど」

第二圏の誰かによる弐号ニゴさんをバラした戦闘員ソルダートへの報復攻撃ペイ・バックならあり得る。いや、ないか。

「だよねェ」拾得ジットクの回答には気持ちが入っていなくて白けていた。「たまに考えるだけどさ、時間的に効果が遅れてくるような攻撃ってどうなんだろ」

「どういう意味だ」

寒さは徐々に増してきている。強い風が吹くと、耳が千切ちぎれそうだ。

「チフス菌やら炭疽たんそきんみたな細菌ウィルスをばら撒いてみんなを感染させて、次の日に死にましたって場合かなァ。その場合、攻撃したの僕だから、僕がノメしたことになるのかな」

「やってみればいいだろ」なんとも答えようがない。

拾得ジットクは口をへの字に曲げながら、煙を吐く。「寒山カンザン意地悪いけずなことを言うね。やりゃあいいって、簡単におっしゃいますけど、細菌ウィルスなんか持ち歩いている奇特な奴クレイジーなんか、見たことないよ」

「目に見えないんだから、わからねえだろ。なんかのボトルやらケースに入れて持ち歩いているかもしれんが」俺は拾得ジットク九寸釘ナイン・インチを指さす。「その九寸釘ナイン・インチを、丑三つ時に相手の名前を書いたわら人形にんぎょうに打ちつけて呪ってやれよ。お前の呪いでお陀仏ネムすりゃあ、ノメしたことになるかもよ」

寒山カンザン、相手の本名マナなんか知りようがないじゃない、今日は意地が悪いよ」

「違いない、こんな時世じせいだというのに、高性能兵器スマート・ウェポンも使用禁止じゃどうしようもねぇ。……寒いしさ、屋内ナカに移動しないか」

「それ、アリだねェ。名案」

くだらない会話ダベリ辟易へきえきしそうになっていたときだった。耳に反応がある。

拾得ジットク」俺はバットを構える。

拾得ジットクも煙草をくわえたまま、跳ねるように立ち上がる。

ビル内へ繋がる扉から足音がする。二人、だろうか。

扉が開くと、どさりと男がなだれこんできた。両腕を後ろ手で縛られている。ニット製の目出し帽バラクラバをしていたが、下着のみパンイチで痣だらけ。口元には、血のにじんだ布が巻かれて声が出ないようにしてあった。

全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズで確認。こいつは【第五圏】だ。

続いて、眼鏡を着用した背の高い痩男ガリがゆっくりと姿を現した。集中するが、痩男ガリから反応はない。

俺たちと同じように全身黒でまとっているが、革のコートを羽織って、ピチTを着ている。俺たちも地味じみだからなんとも言えないが、特徴がないというか、奇抜さパンチが足りない。歳は三〇代半ば。眼鏡の奥にある細い眼は鋭く陰気ネクラだ。

「自分の名前は、殻馬カラバだ。時間もないので、さっさと済ませよう。二つ三つ、聞きたいことがあるのだが」

高圧的ウエカラな物言い。大衆紙タブロイドさんが教えてくれた男だ。弐号信奉者ニゴオタ

銀フレームの眼鏡を直して、殻馬カラバ半裸エガシラの男の脇腹を蹴り上げた。男が唸る。こいつは探知機ダウジングだ。同じ圏の人間同士だと耳鳴りはしない。そこで、こいつを捕まえて、俺たちを探していた。

拾得ジットク弐号ニゴさんのときと同じく、顔をしかめている。気に入らないのだろう。

「用件って」俺が答えた。

「知っていることを教えてほしいんだ」早速、尋問されているような感がある。こんな厄介そうな奴が目の前に現れる理由は一つだけだ。「自分は弐号ニゴさんをバラした奴を探している」

殻馬カラバは交互に俺と拾得ジットクを睨みつける。

「どうせ、どっかのが仕留めたんでしょう」

弐号ニゴさんは、二〇年の間、ナハトで結果を出し続け、大災厄以後アフター・パーティーまろかれを生き延びてきた。その男をバラせる戦闘員ソルダートなんてのは一握り。どこぞの馬の骨ボンクラではありえない。異端者アノマリーか、候補者か、それとも……」

第二圏の誰か。裏切り。

「あの夜は、ア美顕アビケンもいたじゃないですか」

ア美顕アビケンは違う、あの夜弐号ニゴさんと接触していないことは確認した」殻馬カラバの言葉に苛立ちを感じる。「それ以前に、弐号ニゴさんがどれほど肌理細きめこまかな男だったか、君たちは全く理解できていない。結論から言えば、誰かが血を流さないと事態が収まらん」

収まらないのはあんただけじゃないの、という嫌味チクリは控える。「俺たちが初対面ハジメマシテのあなたに情報を開陳プレゼンしないといけないのは、弐号ニゴさんに会ったからですか」

殻馬カラバは頷く。「君たちとはどんなやり取りをしたんだ」

「別に自分語りワンマンショーを聞いていただけですよ」

「ほぅ。一七人バラしとか、その辺りか」

「最悪でしたってば」拾得ジットクが俺の話を引き継ぐ。煙草を吸い終えると、すぐさまもう一本を口に運んだ。「自慢話は仰々しい上につまんねえし。家にさっさと帰って、寝ているほうが百倍マシでしたって」

殻馬カラバの眉が動く。「いつものことだ。自分の推論すいろんでは、【第二圏】の身内が弐号ニゴさんの行動を他圏ヨソに漏らして、シメさせたんじゃないかと。目的が金銭ゼニかなにかは知らんが。とにかく有意義な情報ネタを提供したら、こいつをバラしていいぞ」

半裸エガシラの男が唸る。

「ちゃんちゃらおかしいですねェ。殻馬カラバさんが捕えたんでしょう。あなたが好きにすればいい」

「もう好き勝手にはした。暴虐どつきまわすのは趣味に合うのだが、引導トドメすのはあまりな」殻馬カラバ半裸エガシラ男の背を踏みつける。「で、アリバイはあるのか、君たち」

アリバイと言いやがった。殻馬カラバはあからさまで、敵愾心を隠さない。

「僕と寒山カンザンはずっと二人でいましたよ。弐号ニゴさんなんか見てもいない。カラオケ店で道化ピエロ服装コスプレをした男に襲われましたよ。結局、部屋にいた一般人パンピーを誤射しちゃったんで」

「その無能カスは、黒い腕にどっかへ連れていかれたのか」

「なんか壁の隅っこに吸い込まれました」

黒い闇の塊ブラック・ゴースト

「典型的な罰則ペナルティだ。摂政セッショーの実力。下僕たる証明インプラント・デバイスを介して都民の脳髄ドタマに強く干渉すれば、まるで実在すると錯覚するような幻覚ヴィジョンを見せることも可能だ。……それは調べられるな」

完全なアリバイとはならないが、今よりはましだろ。

「こう言っちゃあ、なんですけど。僕らなんかよりも」拾得ジットク殻馬カラバ冷視れいしする。「あなたのアリバイは?」

殻馬カラバは腕を組んで、拾得ジットク睥睨へいげいする。「喫煙小僧スモーキン・ビリー、なにもわかっていないな。自分にバラす理由などない」

一気に場に緊張が奔る。拾得ジットク喧嘩けんかを売りやがった。

無駄な争いだ。割り込むしかない。

「実はですけど……」

「なんだ」

殻馬カラバさんが俺たちを疑っているという噂を聞いて、警察署に向かいました。そこで、足を引きづっていた中年女性おばさんとやり取りしました」

「私が知りたそうな情報ネタはあったか」殻馬カラバの目つきがさらに鋭利えいりとなるが、拾得ジットクからは視線を外さない。「ついでにあの鬼婆ババァから、なんか引き出せたか?」

「特にないですよ。それと、おばさんからは殻馬カラバさんに注意しろと」

殻馬カラバは舌打ちをして、拾得ジットクを睨むのをやめた。

「奴にこそ、気をつけろ。反東京新皇応援倶楽部パブリック・エネミー・ファンクラブ。イカレた信奉者エンスーはあっちだ。平将門たいらのまさかどが絡んでいる」

平将門たいらのまさかど都市伝説シンワの多くは、嘘くさい。

旧合衆国USAにいた情報過激派ハクティビストたちが由来オリジンで、日出処謹製メイド・イン・ジャパン吉宗ヨシムネ宗春ムネハルなどの摂政セッショーたちとも一線を画す人工智脳AI。その処理能力は神たる東京デウス・トーキョーさえも完璧に支配下に置けるほどであるという。

「実在するのですか?」

「んなわけあるか。だから、イカレているんだよ」

「告げ口は嫌いですが」拾得ジットクが語り出した。「僕らの前には、花子ハナコという方に会ったとか。三か月前だったそうですけど」

「情報は得ている。渋谷区シブヤクで一晩に三人をバラした女でな」殻馬カラバは眼鏡を直した。「既に接触したが、何もなかったと関与は否定していたぞ」

「彼女は、弐号ニゴさんに対して同志パートナーにならないか、と誘ったらしいっすね」

拾得ジットク嘘つきピノキオだ。

「間違いないか」殻馬カラバは俺を睨みなおす。

「ええ」

「最初に教えてくれよ」

「まさか、俺たちを疑っているなんて想像してなかったですし。それに、人を売るような真似ムーブは嫌ですよ」

殻馬カラバは寝そべって半べそをかいている半裸エガシラ男の尻を蹴り上げる。「立て、こら」

男はうう、と唸ってから、立ち上がり、屋上のドアへ向かう。

拾得ジットクが背中に声を投げる。「僕らに譲るんじゃなかったんですかね」

振りかえった殻馬カラバはやっと頬の筋肉を緩めた。「犯人が判れば、くれてやろうと思ったが、犯人は不明のままだ。まだ聞き取りしなきゃいけない奴は何人もいる」

殻馬カラバはそのまま男の背中を押しながら、屋上を後にした。

拾得ジットクは手を振ったが、殻馬カラバ無反応シカトだった。

拾得ジットク、なんというか」俺は感想を述べようとした。

「いけすかない気取り屋。しかも、便所コオロギカマドウマみたいに陰気だ」

「そりゃまあ、便所コオロギカマドウマってのは過激だな。それにしてもだ、花子ハナコさんは大丈夫かな」

「僕たちみたいに適当な言い訳すりゃあ、ちゃちゃっと済むでしょ。けど、これで僕たちへの疑いは晴れただろう。そもそも、誰が好き好んであんな唯我独尊成金野郎ザ・グレート・ギャッツビーノメすってんだよ」

バラす理由がない。本当にそうだろうか。

俺たちはノメされない理由を探すほうが難しいのではないか。

 

寒山カンザン、時間があればだけど、僕の家に寄っていくか」

日が昇ってナハトが終了した時、拾得ジットクが提案してきた。殻馬カラバと別れてしばらくは、若干ご機嫌が悪そうだったが、気付けばいつもの優男に戻っていた。

「ええと、明日何にもないから」日の出時刻の冷え込みでぼーっとしていた俺は突然の提案に少し戸惑っていた。「本当にいいのか」

拾得ジットクは親しい人間だからといって、容易に人を家に招くタイプでないと思っていたからだ。

「いいじゃない、どうせ遠回りになるだけだし。僕も明日は午前中だけ休むようにする予定だったからさ」

「わかった」断る理由もない。俺は頷いた。

拾得ジットクに従い、文京区ブンキョークまで移動した。外に居続けた躰は芯まで冷えていたが、電車の暖房で徐々に温められると、今度は眠気に襲われる。うとうとしている間に、水道橋スイドーバシにたどり着いた。拾得ジットクの自宅は、水道橋知識城スイドーバシシタデルの近くにある中層集合住宅マンションの三一階にある一室だった。

無味無臭さっぱり。それが拾得ジットクの部屋の印象。

ちょこっと緊張ドギマギしていたのか、眠気はどこかへ霧散むさんしていた。

広い。トルコ製ラグペニワレン。黒色のソファーと大型のテレビ。無臭の百合ピース・リリー。几帳面な性格タチだとは思っていたが、必要最低限ノームコアという印象だ。

特徴があるのは、壁に備え付けられた大きな黒色の棚だった。

各段にはびっしりとCDやアルバムが並んでいた。隣には、オーディオがどんと鎮座している。音楽が好きなのは知っていたが、ここまでとは想像していなかった。

拾得ジットクは暖房を作動させると、慣れた手つきで珈琲こーひーを淹れて、テーブルに置いた。室内に灰皿はない。

「楽器とかはないのか」

「ない。学生の頃は、先輩パイセンたちとバンドを組んでたけどね」

大災厄ビッグ・パーティ前の遺物レガシー。8インチのCDが一分の隙間もなく詰まった棚を睨む。一段に百枚くらいがびっしり、計八段あるから八百枚もある。日本語や英語の題名タイトルが並んでいるが、多分ロックっぽいラインナップだろう。何百枚もあるのに、よくわからない。

拾得ジットクがオーディオのスイッチを入れると、雑音ノイズ交じりの艶っぽい音楽が流れ始めた。

「これは、誰だ」もちろん、聴いたことはない。

拾得ジットクはソファーに腰掛けた。俺はトルコ製ラグペニワレンの上で胡坐をかいた。

下北沢シモキタ地元ローカルのシューゲイザー・バンドさ。しかも、【第三圏】」

「ん。そんなんいいのか」

「さァ、海賊版ブートレグだけど。五圏東京移動権ライト・オブ・アクロス・ザ・ユニバースを行使して、ちょっとあっちのPCからダウンロードしていただいたいんだ。意外とこんぐらいなら下僕たる証明インプラント・デバイスでは取り締まられない」

「なんか、俺も知らんことばっかだな」

摂政セッショー監視ウォッチから雲隠れカクレンボする方法は、いくつかあると都市伝説シンワでは提唱されている。摂政セッショーは都民の体内に埋め込んだ下僕たる証明インプラント・デバイスと都内に偏在する機器に搭載された感受機構センシングを中心に監視ウォッチを行っていると推察されている。どうやって俺らを見守りしているかが解明なるほどできれば、その抜け道を探ることも可能ではあろう。容易イージーなことではない。

摂政から隠れる秘術インビジブル・ワン

「僕は趣味を楽しみたいだけだ、東京トーキョーへの害もない。大災厄ビッグ・パーティ前や他圏ヨソの楽曲を切り貼りマッシュウアップして、朦朧体ヴェイパー新曲リミックスを作るんだねェ」

「誰にも聞かせられないだろ」

「ああ。それでもいい」

意外な一面だ。

拾得ジットクがこんなに嬉々ウキウキとして話をしているのは、初めて見る。普段から飄々ひょうひょうとした態度や言動だから、余計に不思議ミステリアスだ。

部屋を見回す。違和感がずっと頭の周りにかすみのように漂っていたが、その正体がなんとなく掴めてきた。欲望だ。この部屋では音楽の棚以外から欲を感じない。

前髪を掻き上げた拾得ジットクはソファーに戻り、珈琲を口に含んだ。

「実はさ」

口調が切り替わった。いつもの軽さがない。この緩急アゲサゲ厭な感じバッド・テイストがする。そもそも何の理由もなく、他人を家に上げるようなタイプじゃないだろう。

俺は動揺した。「実は、どうしたんだよ」

「僕さ、東京の宵トーキョー・ナハトに出るのやめよかなって」

「なにを」いきなり。

「今すぐじゃないよ、来年の途中にでもさ。疲れちゃったんだよね、バラし合い」

「いや、不幸になるじゃん」

「そんなもの、人をバラしてまで得るものじゃない」

胸の中に黒いものが拡がった。

喉の奥から声ちょっとまてよが勝手に出る。

拾得ジットク、お前、すげー勝手だよ」声が荒ぐ。「俺を巻き込んだの、お前じゃねえか」

寒山カンザン、ごめん。もうけっこう決心しているんだ」

拾得ジットクは申し訳なそうに頭を落とした。

「帰る」

これ以上は聞きたくなかったし、そのままいても罵詈雑言しか口にできない気がした。

俺は胡坐を解き、床から立ちあがって、さっさと部屋から出ていった。

拾得ジットクの顔は見られなかった。

 

十二月も中旬を過ぎていた。

著書の売れ行き好評を受け、年明け早々の一月に予定されている次回の書籍の出版に向けて、俺は準備を始めていた。神たる東京デウス・トーキョー第二圏だいにけん】で流布るふしている裏通りの悪童たちバックストリートボーイズ・トゥー・バッドの噂を収集し、その実在を多角的に検証したルポタージュだ。

俺がカラオケBOXで出会った稚児ガールは、裏通りの悪童たちバックストリートボーイズ・トゥー・バッドの可能性が高い。天蓋魔境ゲヘナ・トーキョーが生み出した正体不明の孤児カウパー・ハウザーたちは目撃例みたよが増えており、都民たちも興味津々だ。気合が入る。繰り返される推敲ナオシ構成ながれを整える、文献を調べなおす、まるでクソみたいな宿題マザーファッキンホームワーク。だが、無職プーだった頃よりは百倍改善マシだ。

その日は、太平洋からの漂流ひょうりゅうみん都我一如とがいちにょ思想に関する古い文献を参照ふむふむするために、文京区ブンキョー大江戸大学おおえどだいがくに足を運んでいた。各圏の高等教育機関が集積しているこのビルは、太陽光経路を確保するためガラスを多用したプリズム構造設計されているはずだ。都内の多くの建築物は中層から下層部までに自然光が差し込みづらいことが問題視されてきた。このビルの構造の場合、中腹部くらいまでは光が届いている。

標高二〇〇メートル、昼過ぎのキャンパス内には木枯らしが吹いていた。

「どうも」

俺が第三共用研究棟前から中央図書館に続く空中ガラス回廊を歩いていると、目の前にすっと若い女が現れて、挨拶をしてきた。細い顎に目鼻立ちがくっきり。でかめオーバーサイズ酒場上着パブジャケぴったりスキニーパンツという躰の曲線ラインが出るシンプルな服装ナリだった。

だが、知らないツラだ。

「どうも」

一応頭を下げると、女は微笑んだ。

寒山カンザンさん、気付かないの」寒山カンザンさん、という小馬鹿にした言い方で分かった。

「マルちゃんかよ」

「そうだよ」マルちゃんはしてやったりというような感じで、顎をくいっと上げた。「寒山カンザン先生って鈍感ぼーちゃんなんだね。だから、尾行ストーキングされても気づかない」

指摘ツッコミの通りだ。今度から気を付けないと。

研究棟の前を通り過ぎる男子学生たちが、ちらちらとマルちゃんの顔を覗いていく。

ナハトのときと同じような化粧メイクじゃなきゃ、わかんないよ」思いのほかかわいすぎて、直視できない。「あのベティちゃんみたいなのとか、ラメだらけとか。通常時プライベートでもやってんのかと思っていたんだけど」

「できるわけないじゃん」

憮然ぶぜんとした態度ツンケンで、距離感がつかめない。やっぱ拾得ジットクのことが好きなのかな。

「マルちゃんはなかなか冗談ジョークが通じないね」

「つまんない冗談ジョークは、むかつくだけだし」

「おもしろくなかった?」

「一点」

もはや何点中一点だったのかさえ問えない。

「さっき、尾行したって聞いたけど、それなら拾得ジットクの家くらいは調べてんの?」

「何回も挑戦チャレンジしたけど、拾得ジットクちゃんには巻かれちゃうから。無理」

「まあ、ハテナの多い奴だよな」部屋に招かれた話は控えたほうがいいかも。

寒山カンザン先生、寒いから、移動しよ」

 

大江戸大学おおえどだいがくの近所にある古めかしい無人喫茶店に入った。西洋風の木製椅子に腰かけて、俺たちは向かい合う。店内を配膳機械がうろうろしていて、古典的音楽クラシックが流れている。壁掛けの大型画面ディスプレイには、本格復興に動き出した海外都市部の映像特集ドキュメンタリーが流れていた。和平交渉人工智脳AIである〈南北平定リンキン〉などの稼働開始により、分断内戦状態が一時鎮静化している合衆国USAが先んじており、ロサンゼルスやシアトル、デトロイト、シカゴなど国内主要都市の復活が始動している。破滅的状況オワタという苗床なえどこに、復興というを育てることがいかに困難な道筋であったか。想像に難くはない。超圏で動く日本国JPN外務省ガイムは、全面的に協力することを四半世紀前から表明している。いよいよこの十年でその動きが加速化する見込みだ。

俺は腕輪型万能端末バングル・マルチ・デバイスを通じてアメリカン珈琲こーひーを、マルちゃんはカフェラテとフルーチアイスの北関東ノース・カントー檸檬れもん風味フレーバー、チーズケーキを注文した。注文を待っている間、マルちゃんが提げていた木苺色ラズベリーのポーチから針のような手脚の化粧他足機械メイクアッパーが出てきて、彼女の顔の上を移動しアイラインやチークなどを調整アジャストしていった。注文した飲食物がテーブルに到着すると、勝手に引っ込んでいく。

「で、話って、弐号ニゴさんのやつ?」

「そ、犯人ホシが判ったんだって」マルちゃんは大きな瞳で俺の顔を見つめた。「他圏ヨソじゃなくて、【第二圏】の花子ハナコっていう女の人らしいね。弐号ニゴ身分証IDタグが花子ハナコさんの部屋から見つかったんだって」

花子ハナコ弐号ニゴさんが俺たちの前に会った女性。

身分証IDタグなんか捨てればよかったのにな」

きっと、殻馬カラバが俺たちから得た聞き取りヒューミントの結果を基に、部屋を荒らガサいれしたのだろう。

俺の家もやられてんじゃねえのかな。令状などないはず。

マルちゃんは冷たく言い放つ。「戦利品アガリのつもりだったんじゃないの」

弐号ニゴ信奉者が非合法な家宅捜索ガサ入れまでしてくる異常者ベネットだとは夢にも思うまい。ただし、引っかかることもある。

「そもそも弐号ニゴさんがナハト身分証IDタグ持っていくような馬鹿ダボじゃない気がするんだよな」

俺だって身元ガラが割れるようなものは持参しない。

「別に、アタシたちと思考回路が違うだけじゃない。誰かに捕まるとかを想定していないでしょ」マルちゃんは、じぃっと俺の顔を見つめた。「あの誅犬ブルドッグ殻馬カラバとは会ったの?」

「ああ、先月のナハトで尋問されちまった」

「で、花子ハナコさんの名前を出した?」

鋭いな。「実はさ、弐号ニゴさんからは花子ハナコさんの名前は聞いていたんだ。だから、教えておいた。殻馬カラバさん、俺たちのことを疑っている感じだったし」

「ふうん」マルちゃんは気がない様子で応えた。「別に、アタシは寒山カンザンさんが悪いとは思わないよ。殻馬カラバの頭がおかしいだけ。花子ハナコさんが本当にバラしたかもしれないし」

「本当にってなんだよ、花子ハナコさんが犯人で終いだろ」

マルちゃんは、細い指で銀色のフォークを使いチーズケーキを一切れ口に含む。「寒山カンザン先生も食べる?」

「いや、俺は遠慮する。洋風の甘いものが苦手ダメなんだ。ショートケーキとか、シュークリームとか」

「へえ、損しているね」

「羊羹や饅頭なら食う」

「ふうん」マルちゃんは興味ない様子で、もう一切れチーズケーキを口に含む。

「それで、花子ハナコさんがさ、犯人ホシだと気になることでもあるのか」

動機わけ。なんで弐号ニゴさんをバラしたかったのかなって」

「羨ましかったんだろう。よいのときは誰しもが常識のタガが外れているだろうし、衝動的に」

「確かに、でも、なんかつまんないな」マルちゃんは窓の外を一瞥した。風が吹きすさび、上の階層から、落ち葉がひらひらと舞い降りてくる。「最近、拾得ジットクちゃんと会ったの」

「いや、先月のナハト以来会っていない」

頭を掻く。

「ふうん」マルちゃんは大きな目をぱちくりさせた。「まさかとは思うけど、拾得ジットクちゃんと喧嘩ケンカでもしたんじゃないの」

「なんでそう思うの」

ツラにも態度にも出過ぎ」拾得ジットクのことを語るとき、眉間にしわでも寄せていたのか。「二人っていいコンビだよ。悔しいけど、ちょうどいいんだろうなァ、同い年タメだし」

彼女は俺に嫉妬しっとしているのだろうか。

拾得ジットクが彼女を相棒バディにしない理由は、説明していた以上のことがあるのだろう。マルちゃんは、嘘を吐かないノー・ダウト。正直な相手に嘘を吐くことは苦痛を感じる。

じゃあ、俺はどうなんだ。

拾得ジットクの言動はすべて嘘臭ペラい。俺を家に招いたことが奴なりの最大の譲歩じょうほだったのだろう。あれ以上俺へさらけ出すつもりないのだ。思っていることも、何をしたかも。

「マルちゃんって、拾得ジットクのことが」

どうとでも受けとめられるようなひどく聞き方クソムーブをしてしまった。

「好きだよ、拾得ジットクちゃんのこと。ずっと」

真っ直ぐな回答だった。

マルちゃんはそれきり寒々しい窓の外を眺めて、しばらく黙っていた。

 

*本記事のキービジュアルは永良新が作成しました。