◆作品紹介
天球と雪原の間の諸力の循環。その螺旋の中で虫も鳥も柱も民もすべてが皆、等価である。そしてこの機構の綻びを天へと贖うものが、魂であり、恩寵であり、おそらくは音楽である。
伽藍の中に落ちる雪…かくも単純な悦び…。(編・てーく)
雪原の地平に交わる柱群地帯は一画から離れて潜む翅虫たちにとって肢体を休めるために留まる白の絶璧に鋭く塗りたくられた無数の軌跡として発現する。
それは時間をかけて雪を溶かす霧雨というにはあまりに奥行きを欠いてむしろよりこちら側で呼吸しているように実際の機能としては時間に関係する系列を無化し縦に積み上げる塊として単位としての雪の密度とその座標を前景側へと移行する。
つまり遠く離れているにもかかわらず翅虫たちにとって柱は遠網として領域を支える不純物というよりも柱の配列によって区切られた雪原の諸部分こそが細長い諸領土を安息日の午後のなか形成する。
柱は硬質な玉虫色をして雪原の性質としての反運動を乱反射し表皮にまとわりつくように生成した揺れ流れる襞に細かく備蓄しているようにみえる。
おそらくこの見かけから柱の斥力の起源を雪原の性質として処理する者たちもいる。
たとえば鳥の系列はそうした特徴を持ち柱の斥力を雪原の鳴き声の変換として解釈することで雪表からの浮力としての性質を羽毛へと吸収している。
この場合鳥たちもまた媒介者なのであり多柱構造の格子は襞への何重もの分割を通して水平的平面となり雪原上方に横たわる天球という仮想の空間がそして天球と雪原との間に斥力を全外部に向かって発する虚な塊が生じる(最終的な力はここでも塊として結晶化されるがこの場合振動する空虚な多角形を成すため潜在的に伽藍の性質を持つ。これは一般的に空中と呼ばれるものの形式でありおそらくこの内部を棲家とする民が複数存在しているが諸斥力が相互干渉により螺旋を登記しているためこちらから観測することはできない。ただ力の渦のなかに別の雪原の発生が確認されておりそれらの全運動情報の系図化へと複層構造を変容させることで内側の存在様式を相似的に再現することは原理的には可能とされる)
柱たちの襞からは分け出るように無数の糸のような細い触手が伸び雪原を潜航し根を啜っている。
しかし地下雪原から採掘される根の欠片の幾つかは遅効性の毒を持つことから接種は粘性を大量の水分で洗い流し適切に鑿岩して核を取り除いてから行わなくてはならない。水分は襞の一部から大気を通して獲得される。鑿岩と加工および接種は地下雪原でおこなわれているためほとんど機構を感知することはできないが触手の第三の機能が存在するのかここでもまた何らかの民が介在しているのかもしれない。処理された欠片は正統な血脈による気体を固着するための細菌を帯びておりかつて根の成長のために用いられたそれらは雪原全体に横たわる帳のような域つまり眠りの領域の収縮と拡張つまり誤差を含みつつも同一の形態を維持することの総体を補完する。だが流通の過程において地下と雪原との境界の盤に穿たれている複数の穴蔵を触手の内側から欠片が通る際に触手による保護と無数の洞による儀礼の恩寵を通してもなお気体固定細菌を完全に生存させることはできず人の似姿とは言い難い柱にとっても高すぎる酸素濃度は靭帯を緩ませ楔状を成す域の単位を解離させる。それは諸部分が楔状をなしているというわけではなくむしろ分割可能な諸部分はないにもかかわらず域の全身に亀裂が入り光の延長が地殻化されることを意味する。楔の楔として働く柱が遊離を始める。無論これは微小なレベルの問題であり雪原全体というマクロスケールにおける諸区画は完全な交換関係を成すはずだが靭帯が緩むことにより循環が崩れごく僅かながら斥力の減少が生じる。雪原の諸活動にとって欠かすことのできない細菌たちの移動は唯一の不可逆性を雪原へと導入する。
いわゆる天球の賄いとしての余剰だがこの現象が生じる閾値は常に変動し予測することができない。
失われた斥力は天へ昇るかのように機能し雪原は楔との関係を弱めて天球へと引かれていく。つまり啜られることによって僅かながら必ず失われる地上の根の霊は循環の極北において最終的に天への供物を成す。楔は沈んでいきまたほとんど保存されることはない炸裂を繰り返すことで天自体の発生を助ける。これは幾つかの観測を通して実際に確認されている。つまり天とはこの雪原と同じ域をなしているのではなく無数の雪原を貫通する観念である可能性が示唆される。雪原の崩壊に伴う地下との癒着そして天との接線の漸進的遊離また民たちの領空の喪失。最終的な部分内部分としての諸雪原だけを残した雪原全体の消滅。
以上のことからこの雪原もまた環の内側に位置していることが明らかになる。
◆著者プロフィール
灰街令(はいまち・れい)
Windows95と同年生まれの作曲家。2020年に国立音楽大学大学院修士課程を修了。現在同大学院博士課程に在籍中。 音が音楽として現象する、または音楽が音へと還元される瞬間の時間経験に関心を持ち、「断片性/潜在性」を特徴とする作曲をジャンル横断的に行っている。
