◆作品紹介
荒れ狂う波は乱流だが、それを描いた写実画は、あるいはその絵について語る言葉はどうだろうか? あるメトロのホームには百葉箱が置かれているという――天使を観測するための。飛び交う言葉を非物質的な流れと見なすとき、そこでは常に層流と乱流が遷移している。言葉はまっすぐ流れることをやめ、歪み、散乱し、渦を巻く。我々はそれを祈りと呼ぶことも、超現実と呼ぶことも、そして物語と呼ぶこともできる。天使とは物語の一文字目を書き始めるものであり、その存在は常に物語を書き終えた後にだけ、我々の目に見えるのだ。ナビエ-ストークス方程式の一般解が求められずとも、天気は予測され、飛行機は空を飛び、絵画は描かれ、物語は語られる。それを救いと呼ぶか無情と呼ぶかは、いまだ函の中にある。
ところで、かつての大阪市営地下鉄には実際に百葉箱が設置されており、これは地下鉄利用者の増減がホームの環境にいかなる変化を与えるかを観測することを目的としたという。駅長室を抜け出し、くしゃみをし、プレゼントを抱え、笑みを浮かべる父と娘の間で攪拌される大気そのものを、我々は言葉と呼びうる。つまり言葉はその性質において流体として取り扱えると同時に、文字通りの意味において常に流体としてこの世界に現れている。そして天使の羽を揺らす神の息もまた、とある一つの流体に過ぎない。(編・青山新)