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平大典「【対東京《バーサス・トーキョー》】Versus Tokyo」(2)

平大典「【対東京《バーサス・トーキョー》】Versus Tokyo」(2)

 

俺は新参者ニュー・カマー

ジットクは、移動中でもぺらぺらとしゃべり倒した。

まず、俺たちの仮の名前だ。黒塗り顔コープス・ペイントの男は、ジットク、漢字で『拾得ジットク』と記すらしい。俺の仮の名前は、カンザンとしたが、『寒山カンザン』と記すとのことだ。

由来は、寒山拾得かんざんじっとくという昔の中国の修行僧モンクコンビだそうだ。二人は、文殊菩薩モンジュ普賢菩薩フゲンの化身で、小汚い恰好をしている。もうどうでもいい。

 

俺の名前マナ青春源治アオハル・ゲンジだ、と名乗るのも阿呆ダボらしいので、黙っていた。

それ以外のことも、全く気が休まらない俺を無視シカトして、説明してくれた。年齢は二五歳、俺と同じで、ミナト区の半沈台場はんちんダイバの出身。身長は一七三センチ、好きな食べ物はゼリービーンズ、好きな俳優はソフィー・マルソー。

軽々しい喋り方ベシャリのせいか、全部嘘にも聞こえる。

監視用多翼機械ドローン群体スウォーム首都高シュトコーに沿って飛行していったが、俺たちには目もくれない。

「この状況はいったいなんだ」俺は拾得ジットクの話を聞きながら、状況整理していた。

俺は天狗テングに襲われた。で、拾得ジットクと名乗る男が天狗テングノメした。しかも警官マッポは俺のことを無視シカト。そして、俺も顔を隠している。

たどり着いた結論は、意味不明理解不能WTFということだ。

俺はやっと、目の前で浮遊ふゆうしっぱなしの状態となっている【東京の宵トーキョー・ナハト表示ステータスに意識を向ける。

歩きながら、タッチ。

機械音声でナレーションが開始。

 

東京の宵トーキョー・ナハト

これは、神たる東京デウス・トーキョーを維持するために、摂政セッショーである徳川宗春公トクガワムネハルこうが提唱実現した都市機能維持プロトコルでございます。

月に一回、皆さま戦闘員ソルダート総勢一〇〇〇名にやってもらうのは、各圏レイヤー間の代理戦争、つまりバラし合いです。

この時点ですでに完璧パーフェクトなのですが、詳細をご説明しましょう。

神たる東京デウス・トーキョーは設立当初からいろいろな問題に悩まされてきました。わかるよね。

まず、人が多い。多すぎ。だから、みんなでバラして数を減らす。解決ズバット現実リアルでは事故死や突然死、行方不明として取り扱われます。一般的に行方不明者については、東京トーキョー外に去ったとか、地下住民モーロックに地下へ連れていかれたとか、多様性に満ちた伝承うわさがありますが、半分近くはこの祭事さいじ犠牲ぎせいになっているんですね。だいたい一夜ワンナイで、五〇人くらい死にます。吃驚びっくり。でも、大都市における人口問題もこれで解決ズバットですよね。

次。神たる東京デウス・トーキョーの脳みそ。そう、摂政セッショーご自身の能力。徳川宗春公トクガワムネハルこうは都内のある場所に鎮座ちんざしその驚異的な能力により五圏東京セカイを統治しておりますが、まあ、それでも演算えんざん処理しょり能力のうりょく物理的ぶつりてき限界げんかいがあります。そして世の中がレイヤーに分けられていることにより、能力の資源リソースをどう分配ぶんぱいするかが問題になります。内閣総理大臣ソーリ東京都知事トチジも知らぬ事実ファクト徳川宗春公トクガワムネハルこうが手をかけるほど、レイヤーは安定し生活の質QOLは保証される。徳川宗春公トクガワムネハルこうはあらゆる公共を適切に管理せねばなりませんが、自身は有限的な存在であり、かつみなさんの共有体コモンズであるという構造的ジレンマがあるわけです。

そこで、東京の宵トーキョー・ナハト。参加者の活躍具合ガンバルマンでその分配加減を決めましょうという、生き残り殺し合いバトルロイヤル的なヤツですね!

反論もあるでしょう。

別に人がバラし合わなくても、努力すれば解決ズバットしそうな問題ですから、二つとも。

というわけで決め手としては、やっぱ徳川宗春公トクガワムネハルこう類人猿ニンゲン同士でバラし合うとこを観覧するのがスキってことに収斂しゅうれんされる的なこともあります。これまた吃驚びっくり

いろいろ申し上げましたが、東京の宵トーキョー・ナハトとは御前ごぜん試合じあいです。

ルールは単純。払暁ふつぎょうまで生き延びて、なるべく多くの他圏の戦闘員ソルダートバラす。使用可能武器は、二〇世紀ミレニアム以前に開発された殺傷道具エモノのみ。常時と同じく、心体筐体改造規制アンチ・サイバネティクス。躰の装飾以外における強化外骨格エクソスケルトン光学迷彩インビジブル自律型兵器ドローンなどの高性能兵器スマート・ウェポン電脳装具サイバーウェアは使用禁止です。

そして期間中は、殺害許認可ライセンス・トゥ・キルに加え、五圏東京移動権ライト・オブ・アクロス・ザ・ユニバースが付与されております。ただし、非参加者パンピーからみなさんは認識されません。アウト・オブ・眼中がんちゅうです。ですので、非参加者パンピーに危害を加えたら、それなりの罰則オイタが与えられますので、十分ご留意を。

もちろん活躍したら、報奨ほうしょう、通称『祝福ビラヴド』の用意がございます。こちらは開けてびっくりのお楽しみで。

最後に注意事項。終わった後、日常生活の中で東京の宵トーキョー・ナハトについて無関係の人間サルどもに口外チクリしたら、即死亡ブラック・タグ一族いちぞく郎党ろうとう皆殺しジェノサイド、な。のう味噌みそ監視ウォッチしているからね。

理解したら、さっさと武器ぶきを持って、顔を隠して、人をバラしましょう。

……なんか説明したら、疲れたわ。

 

終了ダン

「説明聞いたけど」俺は拾得ジットクにぼそりと告げる。

「どう」

「わからん」

「ま、そんなもんだね、最初は」拾得ジットクは軽く答える。「ちなみに、あなたと僕は同じ【第二圏】だから仲間だよ。一年ほど先輩パイセンだけども」

「ぜんぜんわかんねぇよ」

拾得ジットクは笑顔のままだ。「深く考えずに、幸か不幸か選ばれたとでも思って。敵は、さっきのような奴ら。近寄ると耳がキィンとしますので、すぐわかる」

全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズの指示に従い、超越現実シュールリアリズム設計で構築されている下北沢シモキタビル群の上下左右超複雑な入れ子回廊エッシャーかいろうを抜けると、地上から五〇メートルの高さにある第一空中公道層に出た。

神たる東京デウス・トーキョーに住む人々は高層ビル間を移動する際、基本的に複数存在する空中くうちゅう公道こうどうを利用している。大災厄ビッグ・パーティ前は一度地上や地下に降りてから移動していたらしいが、かったるい。

俺たちは人であふれている交差点スクランブルに漂着した。

背広スーツ姿の会社勤めリーマン電気犬AIBOを連れた老夫婦。歩きながらタブレットで仮想空間メタバースに没頭する学生。歩行者の多くは、混雑ガヤしている電飾ネオン無視シカトして、信号の表示に注目している。

信号柱の脇では、復讐信奉者ネメシスト拡声器かくせいきで『世界を三日で終わらせる方法メソッド』を演説プレゼンしている。「東京トーキョーあなたのために死なないノット・ダイ・フォー・ユー東京トーキョーはあなたが帰るべきいえではない。神は人間を救う、だがあなたたちは人間ではない。あなたたちにはタマシイが不在である」空虚くうきょな主張はビル谷に吸い込まれていく。

不思議でもあった。普段は、そこに誰かがいることは認識できても、半分以上の人々の顔や姿は判別できない。下僕たる証明インプラント・デバイスによる脳制御の影響だ。層所属変更リ・エントリーの手続きも容易ではないため、一生を通じて他圏ヨソの社会を覗くことなどほぼ皆無かいむ。しかし、今は脳制御が解除かいじょされている。隔絶されているはずの他圏ヨソ生活せいかつが目や耳を通じて、脳に入り込んでくる。世界の広がりを感じて、俺は少々圧倒される。

「さてさて、これから訓練レッスンしてもらうかなァ」

「何をするんですか」口調を丁寧語ていねいごに戻した。胡散臭うさんくさいとはいえ初対面だし、変態へんたいの耳に九寸釘ナイン・インチをぶち込むようなド変態へんたいだ。対応には十分注意を払うべきだ。

「僕の後について、交差点を越えてみよう。簡単イージーだろ」

馬鹿にしているのか。「わかった。歩けばいいんでしょう」

やがて、青信号に切り替わり、一斉に人が移動を始める。

「ユーレイ気分を味わってね、お先に」

拾得ジットクは、軽やかに人ごみを抜けていき、あっという間に俺を置き去りにする。

俺も続こうとしたが、いきなり隣の老人に足を踏まれる。老人は俺に謝ろうともせずに、さっさと進んでいく。

拾得ジットクの背中を探すが、すでに向こう側まで移動していた。

追いつこうとするが、思いのほか、人に当たる。

無視シカトされる。通常時いつもになら、目の前に人の姿を視界に捉えれば、衝突ごっつんこを避けるために反応するはずだ。今は違う。肩がぶつかっても謝ろうとしないし、進路を避けもしない、そもそも、視線さえ合わない。俺の存在が〈ない〉ように扱われる。人々の躰が津波つなみのように俺を押し返してくる。

人が移動しきって、青信号が点滅ピコピコし始めたところで、小走りで交差点を渡り切るが、拾得ジットクの姿は消えていた。

どこへいったんだ。

俺は、きょろきょろと辺りを見回す。

あっという間に通行人が溜まって、信号がまたも青に切り替わる。

俺は赤信号で止まっている完全自律運転車両オートノマス・ビークルの横まで行きサイドミラーで顔を確認した。いつも通りの、変哲のないぬぼーっとした顔をした俺がいた。顔の汗がテカっている。

と、耳鳴り。

サイドミラーをよく見たら、俺の奥にもう一人いた。

視線が合う。拾得ジットクじゃない。

ソイツは高速で駆けながら、何かを振りかざして、俺の後頭部アタマを狙っていた。天狗テングと一緒。

咄嗟とっさに、地面を蹴って、躰を捩じる。ソイツが振り切ったなにかは、サイドミラーをふっとばした。

太い警棒けいぼう

女だった。針金のように細身で、上下を金色こんじき刺繍ししゅうのラインが入った黒色の運動着ジャージを纏っていた。顔は炎龍イエンロン複合世界仕様メタバーシブル拡張現実化粧オーグメンテッド・リアリティ・ペイント。顔全体を覆うほのお、たなびく赤きひげ、むき出しの凶悪なきば

俺は地面を這うように距離を取るが、運動着ジャージ炎龍ドラゴンはすぐに体勢を整えて、俺に向かってくる。

畜生ファック」やられてたまるか。

俺は立ち上がる。

次の瞬間、炎龍イエンロンは「シェイ!」と吠えて、警棒を袈裟けさりのスタイル振りぬいたスウィング

俺は上半身をなんとか捻り、すれすれで避ける、避けたと思った。

腹に衝撃がある。炎龍イエンロン蹴りキックだった。警棒はデコイ。わざと大振りして、牽制けんせいしやがったのか。

華奢きゃしゃな躰から繰り出された功夫的一撃カンフーキックは、それほど威力があったわけではない。運動不足で弛んだ躰の鳩尾みぞおちに入ったせいで、バランスを失う。息ができない。膝をつく。刹那せつなあごに膝が入る。

俺は跳ね起きる。

拳を掲げ、ファイティングポーズを取ってみる。喧嘩ステゴロなどしたことがない。

炎龍イエンロンは警棒でアスファルトの地面を叩く。ほのおが揺れる。だ。逃走トンズラしたい。

だが、俺は安心した。

いつの間にか、拾得ジットク炎龍イエンロンの後ろに立っていた。警棒を掴むと、一気に炎龍イエンロンの腕ごと捻り上げる。

きょを衝かれた炎龍イエンロンは、瞬時に警棒を手放すと、ぴょんと跳ねて拾得ジットクから離れた。

「お待たせしました」拾得ジットクは威嚇するように警棒を振り回すスウィング。「ったく相変わらず派手なアタマしてますわなァ。【第三圏】の功夫達人カンフーマスター赤き龍レッド・ドラゴンさんですか」

拾得ジットクと俺が並ぶ。

「私は」炎龍イエンロンが呟く。「貴殿きでんのことは知らないのですけどね。ちょっと黒過ぎない?」

「あら、悲し」

炎龍イエンロン蟷螂拳とうろうけんの構えを取り、ゆらゆらと円弧アークを描くように動いて、距離を詰めたり、取ったりを繰り返す。思案しているのだろうか。俺たちに攻撃できるかどうか。

やがて炎龍イエンロンは舌打ちをしてから、背を向けて逃げた。疾風の如くスタコラサッサ

拾得ジットクは口惜しそうに声を出す。「今夜二人目だったら、バリヤバかったのになァ。一晩に二人は、今までなかったから」

「二人目って、一人目はあの天狗テングか。バラすっていうことなのか」

ノメすとかあんまり口にしたくないけど、残念ながらそういうことだねェ」

残念感がない言いぶりだ。さっきのジャージ炎龍イエンロンは逃げた。天狗テングは、死んだRIP

「敵ってことはさ、恨みでもあるのか」こんなに口を動かすのは久しぶりだ。しゃべっていないと気がおかしくなりそうだ。汗が止まらない。

「いや、違うよ」

拾得ジットクさん、頼むから教えてくれ。意味も解らないまま、バラされちゃかなわない」

こいつはどうやら先輩パイセンだ。摩訶不思議ワケワカメだろうと、法則はあるはずだ。俺はさっさとそれを知るべきだ。

物騒やっかいな言い方するなァ」黒塗り顔コープス・ペイントは、気の抜けた喋り方をする。炭酸の抜けた麦酒ビールのような奴だ。「正解だけどね。しかし、寒山カンザンちゃんは冷静だね」

「いや、意味不明なんです。目の前の事態に、あたまが置いてけぼりなんです。さっきの説明を聞いても」

「要は宗春ムネハルだよォ。より多く戦果を挙げた圏ほど、宗春ムネハル計算領域リソースを多く確保できる、単純かつ明確」

「ふぅむ」

「個人的にもナハトで活躍すると、いいことがある。活躍するってのは、他圏の奴らを多くバラすってことで、そうすると祝福ビラヴドが受けられる仕組みシステム

祝福ビラヴド』って表現が宗教めいている。「具体的にはなんです」

「いいことが全般的に起こるって感じ。社会的地位の向上、モテたり、宝くじが当たったり、給料が上がったり。人それぞれで」

「だから、ノメしたんですか」

拾得ジットクは目を細める。「確かに、言っている意味は解るよ。でも、あっちもバラそうとしている」

ということは。

拾得ジットクさん、さっき襲われた時ですけど、俺をオトリにしたんですか」

「違うよ、こわっ。驚かそうと思ったら、見失っちゃって」拾得ジットクの表情が笑顔に戻る。「反応もいいし、意外とガッツあるしさ、僕と組まないかい」

答えは保留ちょいまちした。

 

東京の宵トーキョー・ナハト

今夜は世田谷区セタガヤクが会場、俺は徳川宗春トクガワムネハルにより【第二圏】の戦闘員ソルダートに選ばれた。

頭の中を整理しつつ、拾得ジットクについていく。夜間潜行ナイト・スニーキング。階段やエスカレータでどんどん上昇し、中規模高層ビルの屋上に復元された緑地へ。そこには松陰神社ショーインジンジャがあった。人の気配はない。

夜空を見上げる。神たる東京デウス・トーキョーの夜空に星はない。宇宙から到来する太陽フレア――強力なX線やガンマ線を含む――や、その後に降り注ぐプラズマの塊を防御し、磁気じきあらしの影響を最小限にする炭素繊維集合体、極東万里天蓋キョクトー・グレート・ウォールに覆われているからだ。高さ二〇〇〇メートルの主柱メイン。そして、六本の郊外縁補柱サブ。計七本、極大の柱が自己補修機能を持つ生体天蓋せいたいてんがいを支えている。

緑地はきれいに整備されていた。階段のふもとの周囲には、武骨なシルエットの松の樹や夜露に濡れた雑草。暗がりで白っぽく浮かび上がる石段に怜悧れいりな印象を抱く。

無音歩行サイレント・ウォークで階段を登っていく。やがて、境内けいだいが見えてくる。闇に浮かび上がる朱色の鳥居。狛犬のように配置されている双子怪獣サンダ・ガイラ参次元電飾ホログラム

拾得ジットクは少し微笑んで、石段の陰に躰を隠した。

「バリヤバい」拾得ジットクが指さしたのは、境内けいだい石畳いしだたみの上だった。「ノメし合っているね」

「どこですか」視線を鳥居とりいの向こうに拡がる境内けいだいへ。

「ちょい、あんまり近寄ると耳鳴りがして、敵に見つかっちゃう」拾得ジットクは、俺のシャツを引っ張る。「しかも、こりゃ大物セレブだよ、お兄さん」

拾得ジットクの横で身をかがめる。

境内けいだいでは、独りを三人が取り囲んでいた。

三人は同じようなオレンジ色の派手なフライトジャケットを着ていて、鉄槌ハンマーきょくとうを構えていた。顔は覆面バラクラバで隠している。

一方、相対する独り、その女はさらに派手バサラ格好ナリだった。

金髪ツインテール。黒い半袖Tシャツ。デニム地の超短パンホットパンツ。まずこの稲葉ビーズスタイルの時点でかなり奇異きいだが、さらにヤバいのは、体格ボディだった。長い手足。三人よりも一回り大きく、ミケランジェロ・ブオナローティ製作のダビデ像グッド・ルッキング・ガイの如くに締まった白い剛筋ごうきんを露わにしている。小ぶりな顔も出鱈目でたらめで、白粉おしろいを塗りたくり、口紅リップ付け睫毛ツケマでアニメ作品の美少女のような加工を施してある。

日本刀ダンピラを握り、上段じょうだんで構えていたが、まるで悪趣味ゲロゲロ彫像スタチューだ。

四人はぴたりと動きを止め、それぞれ相手との間合いを測っているようだった。

「どっちがどっちですか。大物セレブって、なに」

「ふむ。三人のほうは、【第五圏】のチームだねぇ、そこそこの。有名人は珍妙イルな格好の野郎。【第一圏】の目立ちたがり屋ハイプにして、異端者アノマリー

「どういう意味で有名?」

「単純に強い。いろんな通り名がある。大和撫子修羅ヤマトナデシコ・シュラモード驚異的葉隠殺戮機械エクスオーディナリーハガクレ・ラブ・マシーン東京の宵トーキョー・ナハト最強兵器彼女アトミック・ブロンド。その名もア美顕アビケン拾得ジットクが顔を歪ませる。「僕が聞いた限りでも、百人以上はバラしているんじゃないかな。現行人類ホモ・サピエンス限界性能できるかなを試す祭事イベントでもある東京の宵トーキョー・ナハトでは、下僕たる証明インプラント・デバイスの支配下にある人間ニンゲンを進化させる、らしい。戦闘能力が異常ケタハズレ怪物モンスターたちを生み出す」

ア美顕アビケン。アニメ少女しょうじょ顕現けんげん。なんちゅう名だ。

「なんか、強そうには見えないですけど。ド変態っぽい。それと、チームってどういうことです」

「たまにいるんだよね。奴らは、巳猿ミザル岩猿イワザル気化猿キカザル日光猿軍団サンビーム・モンキーズとかいうのだな。多分。チームでやっていくほうが効率いいって。僕はそうは思いませんが。統率マトメも大変だし。今までもいくつも軍団クランがあったらしいけど、今じゃ残っていない。つまり、いつかは崩壊ジェンガする。リスク高いでしょ」

さっき俺と組もうとか誘ったじゃねえか。「まあ、でも単独ピンは怖いかもですね。どうなんすかね」

俺の質問に、拾得ジットクは唸った。「寒山カンザンちゃん、問い詰められても困るねェ。そりゃ、僕だって全員にインタビューしているわけじゃないから。あら、動くぜ」

視線を境内けいだいに向ける。

先に動いたのは、ア美顕アビケンの後ろできょくとうを構えていた男だった。黒い覆面で顔を覆い、目の部分を塞いである。多分、巳猿ミザル

両手で握った曲刀で、ア美顕アビケンの背中めがけて一気に突く。

が、次の瞬間には、両腕から飛沫しぶきを上げていた。

ア美顕アビケン麗豪れいごう武士モノノフは、その長躯ちょうくをゆらりと揺らして、背中からの一撃を避けると、日本刀ダンピラを両腕に叩き込んだのだ。

そのまま、独楽こまのようにキレ良く回転スピン疾風しっぷう迅雷じんらい面皮めんぴを縦に割った。一人目は地面に転がった。

ア美顕アビケンは止まらない。しなやかな動作で、呆気あっけに取られていた二人目、岩猿イワザルの首に日本刀ダンピラの切っ先を横一線鋭鋒キレアジ

岩猿イワザルがふごふごと喉元のどもとを抑えていると、ア美顕アビケンは回し蹴りで引導トドメ。鮮血をまき散らして直線運動する岩猿イワザルの肉体は、コンクリ製の鳥居とりい激突ガツン消沈ダウン

見事フリーキー殺陣フロウ

残された気化猿キカザルは、二人目の末期まつごを見届けることなく、煙幕えんまくを撒いてから遁走トンズラする。

ものの数秒で、境内けいだい石畳いしだたみには、二つの遺体ホトケができあがり。

「すごくないですか、今の。だって、都民を含む国民の機械義体措置サイボーギング禁止ダメですよね」

機械義体措置サイボーギングじゃない、生身だね。仕組みタネは不明だけどねえ、ナハトには怪物かいぶつがいる。超越的な膂力パワー速度スピード俊敏性アジリティに目覚めし、一三人の怪物13モンスターズ。個々で官衛隊特殊作戦群かんえいたいとくしゅさくせんぐん一小隊しょうたい規模きぼの戦力だとさ」拾得ジットクの声は震えている。「ア美顕アビケンの噂も聞いてはいたけど、実際動いているとこを見るのは初めて。やっぱ隙がなさそうだねェ。東京の宵トーキョー・ナハトじゃ、こいつらから逃げるのも重要」

ア美顕アビケンは、煙が消えた後で不自然なほど長い睫毛まつげを上下させながら周りを見渡すと、血で濡れた日本刀ダンピラ遺体ホトケたちの耳元へ近づけた。

「何してんすか」

「あれも噂通り修羅アヘってんな。狩りハントの証拠に耳をそぎ落としているんだよ、遺体ホトケを見た奴に宣伝PRできるからねェ。私がやりましたって」

拾得ジットクは石段を静かに降り始めた。

「待ってください」

俺もそれに続く。階段を降りきると、背後を気にしながら、小走りを始める。

拾得ジットクは小声で続けた。

「あんな怪物モンスターに勝負挑むなんて阿呆ダボ骨頂こっちょうだ。僕らなんか、あの人たちより早く瞬殺キルされちゃうから」

「で、ほかにも有名な奴ハイプがいるんですか」

危険人物は先に教えてもらわないといけない。今夜中にあんな類の怪人に襲われたら、ひとたまりもない。

「いろいろいるよ。『漢字カンジ』っていう渾名あだな壮年おいさんとか、赤い恰好ナリ二人組コンビとか。一番バリヤバいのは、日本のシモヘイヘ、現代版山田淺生衛門ムッシュ・ド・トーキョーて異名がある名無しのパンクスジョニー・ドゥていう奴だ」

「ふぅん。シモヘイヘってなんですか」

第二次世界大戦だいにじせかいたいせんのときに、旧ソ連軍に在籍していた狙撃手スナイパーの名前だね。二〇〇人以上のドイツ兵をチラしてんじゃないのかな。【東京の夜トーキョー・ナハト】に出てくる名無しのパンクスジョニー・ドゥも、あまりに射撃の腕がいいから、そう呼ばれている。年に数回出てきて、必ずバラしていく。姿を見た奴は、ほぼいないけどねェ。気付いた時には、脳天のうてん弾丸タマぶち込まれて遺体ホトケになっちゃう」

「みんな、銃使えば」

「一応、民間人パンピーを負傷させると罰が待っている。誤射ごしゃした日には、ねェ」

聞いているだけで不穏だ。

「なあ、さっさと区外に出ましょうって。そうすりゃ、終わるんじゃないんですか」

「そればかりはよしたほうがいい。ナハトから途中退場キックアウトだよ。最悪の事態チョベリバが待っているし」

「まじっすか」

もう限界ギリだ。さっさと家に帰って寝たい。家から出なきゃよかった。

「ついでに付け加えると、ナハトに参加しなくても、最悪の事態スパベリバになるから」

脅しとも解釈できる。ひと殺しごろし戯言たわごとなんか、信用できるか。

だが、拾得ジットクの言うことがすべて本当ガチだったら、俺はどうなる。

どうやら、俺はこの得体が知れない男を頼りにするしかないみたいだ。

 

何時間も世田谷区セタガヤクのビル群を闊歩かっぽしたが、俺らを襲ってくる奴らはいなかった。

なんか、ふたりで夜の散歩をしているようだったが、そんな上等いいものではない。いつか襲われるかもしれない、という不安がぬぐえず、気が落ち着かない。拾得ジットクは相変わらず、おしゃべりを繰り返していた。よく観察すると、目玉はあっちへいったりこっちへいったり変色竜カメレオンのように動き回っている。一応警戒はしているようだ。

気付くと、空が白んで神たる東京デウス・トーキョーがキラキラし始めた。自ずから発光しているものや、朝日を反射しているもの、すべてがまぶしく感じる。

旧環七通りカンナナ沿いを北上してから、西へ移動し、豪徳寺ゴートクジまでたどり着いていた。俺たちは高さ二〇〇メートル位置の空中公道の歩道を進んでいた。東京空中鉄道TKR豪徳寺駅ゴートクジえきの周辺はひどい有様。払暁ふつぎょうまで遊び抜いた猛者アホたちが寝ぼけ眼で、死屍ゾンビのようにうろついていた。動きがかなりトロく、見ているこちらも眠くなってくる。参次元電飾ホログラムで表示されて軽快に踊っている笑福猫児まねぎねこだけがしゃんとしている。

「今日は閉店だなァ」拾得ジットクが東の方向を見つめていた。ちらりと朝日が顔を出している。日の光を浴びて、拾得ジットクのつるっとした顎の輪郭カタチが浮かび上がっている。

この代理戦争は、夜の間と言っていた。「日が上ったからですか」

「そうそう」さすがに眠たいのか、拾得ジットク真っ黒に染まった目の周りコープス・ペイントを擦る。「もちろん、全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズに通知が流れてくる」

「そうなんすか」

寒山カンザンちゃんは仕事何してんの」

また寒山カンザンちゃんと呼ぶ。青春源治アオハル・ゲンジだと言いそうになるのを我慢。

拾得ジットクさん、ちゃんはやめてくれないですか」

「じゃア、さん付けはやめてよ。敬語もね」

「わかった、歳も一緒タメだし、拾得ジットクも俺のことを寒山カンザンと呼んでください、くれ」言い直す。「偽名なんだからなんでもよい。それで、ちょうどいいだろう」

拾得ジットクは白い歯を見せ、ポケットを弄り、小さな紙製の箱を取出し、煙草セッターを吸い始めた。俺にも一本差し出したが、手を払って断った。

「カチカチくんだな、寒山カンザン。仕事も検閲官ノゾキとか銀行員カネカシとかでもしてんの」

俺は首を横に振る。「違う、文化系出版社パブリッシャーの雇われライターだった。映画キネマがメインで最新作の評価記事レビュー書いて、日銭を稼ぐ」

「へェ、イケてるな」

「最悪さ。会社が一週間前に消えたんだ。社長トップ夜逃げトンズラ。おかげで俺は今無職プーさ。記事に関する権利も裁判の関係で手出しできない」

拾得ジットクはぶわっと煙を吐いた。「うわ、ひでーな。残酷」

「だよなぁ、やってらんねえのよ。俺みたいなさ、落ちこぼれは拾ってくれる会社もねェ」

「戦う理由、あるじゃん。寒山カンザン

「ないとは言っていないだろ。で、拾得ジットクは何をしているんだ。働いているんだよな」

「もちろん」拾得ジットクはスニーカーの裏で火を消すと、煙草を携帯灰皿に収めた。「営業職だよ。寒山カンザンと同い年だから、社会人七年生だね」

一七歳で大学を卒業してすぐに就職か。

改めて、拾得ジットクを観察し、背広スーツを着ている姿を思い浮かべる。「チャラそうだ」

拾得ジットクは顔を歪めた。「寒山カンザンよりは大体の奴がチャラいよ、多分」

べちゃべちゃとダベっている間に、巨大構造建築群の狭間はざまから曙光しょこうが差し込む。こんなに初対面ハジメマシテの人間としゃべったのは、久方ひさかたぶりな気がした。

夜が明ける。

ため息を吐いた、ときだった。

「まだ終わりじゃなイェイ」

へ。

不意の声。女。

俺の背後だった。

ソレは、俺を見下ろしていた。

ぞっとして、きびすを返し距離を取る。

「くそっ」拾得ジットク九寸釘ナイン・インチを構えて、吠えた。

立っていたのは、異端者アノマリー

一三英傑13モンズターズの一角。漫画動画アニメ顔の殺戮機械キリングマシーン最強兵器彼女アトミック・ブロンド

ア美顕アビケン

長身痩躯リーンの女が日本刀ダンピラ居合いあいで構えている。口元はゆるんでいた。

どこから。ああ、こいつは怪物モンスター悪魔デモン。〈耳鳴り〉の射程外から飛び込んできた。音もなく。

対する、俺はどうしたか。

なにも。

腰が抜けていた。急遽きゅうきょの恐怖に震えあがり、頭は真っ白パイパン

「立て! 寒山カンザン

無理だ。

ア美顕アビケンつかに右手を添える。

あ、死ぬわ。

全身から汗が噴き出す。

抜刀ばっとう

鞘から弾丸バレットの如く放たれる日本刀ダンピラ

そのやいばが。

俺の首を。

落としていない。

ア美顕アビケンはアニ顔でにたりと笑んだまま、刃先を俺の首ギリギリですんめしていた。

「あーあ。キルそこねた。タイムアップップ」

答えは、全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズに映し出されていた。

『第五七八回【東京の夜トーキョー・ナハト】は終了しました。みんな、お疲れさまでした!』

端末デバイスからもピープ音。

唖然あぜんとしているうちに、ア美顕アビケンは刀を鞘に戻して「いつかそのくび、チョンパっちゃうから」と告げ、雑踏ざっとうの中に姿を消した。

朝日が目に染みる。

拾得ジットクが駆け寄って来る。「寒山カンザン、無事か? おい!」

「あ、ああ」

俺はそれだけ口にするだけで精いっぱいだった。

 

主催である宗春ムネハルの計らいにより、戦士ソルダートたちには各圏かくそうでの生活に戻るまでには少しだけ時間の猶予が与えられるらしい。拾得ジットクはコープス・メイクを落としてから家に帰ると告げて、つむじ風のようにふっとどこかへ消えてしまった。

電車には乗らずに歩いた。途中で、地の底ボトム、公園に立ち寄った。

昨晩、天狗テングが死んだ場所を確認したかった。遺体ホトケがあれば、警察マッポに連絡。交番コーバンはあてにならないから、一一〇番で首都しゅと警察けいさつに通報すればいい。注意は必要。東京地下チカ・トーキョーから湧き出る武装革命主義者ナクサライトたちに襲われかねない。地面愛好者ジベタリアンは無害とはいえ、油断もできない。

公園は微かな朝日を浴びて、気持ちのいい風が吹いていた。だがすぐに日光はビルに遮られて消えてしまい、公園は闇に沈んでいまう。

ベンチの近くに、遺体ホトケはなかった。だくだくと流れていた血でさえ一滴の痕跡もない。

ビル内の交番にも立ち寄った。昨日の若い金髪警官ブロンドマッポがまだ窓口カウンターに座っていたが、あわただしそうな様子はない。目も合わない。

世田谷区セタガヤクの外れ、地上からわずか三階に位置するマンションに戻った。俺が住むビルは、地上百八階だ。四〇階より上には足を運んだことはない。この階層は、ほぼクソと言っていい。壁に張り紙や落書きがない部屋などない。通信速度も最悪クソ。隣の家に住んでいる子どもたちは、このビルから出たことないという。

摂政セッショーたためよあがめよ』と人工智脳AI加持祈祷オネダリを行う宗教法人ファミリーのビラが突っ込まれていた扉を開く。ぼんやりとカビ臭い香りスメルが漂う。

狭い部屋。デスクに座して、ラップトップを開いて、神たる東京デウス・トーキョーの臨時速報などを検索する。他圏とはいえ、調べずにはいられない。

だが、殺人事件や死亡事故を報じる記事ニュースは見当たらない。松陰神社ショーインジンジャ境内けいだいで二人の遺体ホトケ、公園に転がる男性の遺体ホトケ交番コーバンに変な男が現れたとか。

首筋くびすじを襲ってきた刃。二度も。顎の下に微かな傷がある。

あたまくが、徐々に気持ち悪くなってくる。トイレへ駆け込み、何度か嘔吐ゲロした。口の中をドブのような水ですすぐが寒気は抜けない。布団に向かうとすぐに眠りに落ちてしまった。

起きたら、夕方の四時過ぎだった。外は明るいが、すぐに日も落ちる。

俺は、昨晩のことを思い出しながら、家の中でゴロゴロして過ごした。体調は回復していない。胃が痛くきりきり、食欲も湧かない。

真夜中の世田谷区セタガヤクで、人がバラし合うなんてのは、夢だったかも。

拾得ジットクから認証情報IDは受け取っている。連絡しようか逡巡したが、やめておいた。

腕輪型万能端末バングル・マルチ・デバイスで交際している彼女に電話コールしようと思ったが、やはり気が引けた。

第三だいさんこうりつ大学だいがく、通称貧困街大学ゲットー・ユニバーシティ教養学部きょうようがくぶでの同級生で、交際して八年くらいになる。職業は、第二圏の大手不動産管理会社の総合職である。土地に施設。摂政セッショーによる五圏への一方的分配あとはよろしく後、法令例規細則ブラーブラーブラーに基づいて〈場〉の采配を担う不動産管理業務はどの圏においても花形エリートであり、第二圏でも例外ではない。多忙を極めていて、平日の夜には電話コールしにくい。職を失った話も教えていないから、負い目がある。

複雑だ。

起きてから、今日一日、誰とも話していない。

将来が不安過ぎる。

 

「いつ見ても、源治ゲンジに似ているよね」

彼女である葉霊ハレが嬉々として指さしていたのは、ガラス張りの水槽の中を泳いでいる竜の落とし子タツノオトシゴだった。全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズを通じて、詳細情報ウィキが示される。週末の第二圏公営水族館アクアリウムは、混雑ジャムしていた。大半は家族連れか、俺たちのようなカップルだった。

葉霊ハレははっきりとした顔立ちだ。瞳も大きく、力強い。

「なんだよ」俺は水中に漂うタツノオトシゴを観察する。細くて刺々しい白い躰で、ゆらゆらと揺れている。なんだか頼りない。口元がひょっとこのようになっている。「似てはいないだろう」

「雰囲気が」葉霊ハレは悪戯っぽく微笑んだ。「こんなガリガリなのに、すまし顔って感じが」

球体形状をした監視機械ドロイドが館内を静かに巡回していった。

「気取っているっていうことか?」

「私なんかにバレているくらいじゃ、全然気取り切れていないよね」

「まあ、そうだね」

幼いころからの朋友ホーミーで、付き合い始めたのは学部在籍時からだ。

気取るもなにもないだろう。

俺は心の中で独りごちる。水中を漂う魚を見ていると、全部死んでいるように感じる。

水族館すいぞくかんデートなんてのは、かなり久しぶりだった。いつ行ったのかさえ思い出せないくらいだが、それを葉霊ハレに聞くことはできない。

怒られること、間違いなし。

葉霊ハレの記憶力はすさまじく、俺たちの遊興デートについて、行程や食事、天候、服装をほぼ正確に覚えている。俺が内容を忘却していると、なんとなく不機嫌ぷんぷんになっていく。

「先週、久しぶりに亜鉈アナタくんと会った」亜鉈アナタも同い年で、少年時代はよく遊んだ。葉霊ハレとは同じ職場の同期になる。「源治ゲンジの顔、見たがっていたよ」

「俺も会いたいけどね」

口だけだ。会話トークが微妙にかみ合わない。同級生が労働しているたぐいの話、いい話だろうが悪い話だろうが、耳に入ってくるだけで息苦しくなる。落ちこぼれドロップ・アウト組、独りよがりだとは理解している。

「で、オオバラ様はどう?」

「なんも書けてねえ」

オオバラ様。裏東京から出でる太陽トーキョー・ブラック・サン

平将門たいらのまさかど都市伝説シンワ名を呼称してはいけない存在ヴォルデモート・クラスとされている。まあ、あくまで噂、旧時代の妄念もうねん将門まさかどの名を声に出して、なにか祟りがあった経験はない。

神たる東京デウス・トーキョー初期から続く裏話マルヒ。曰く、のものは東京転覆トーキョーてんぷくを狙っている人工智脳AI、曰く、奴こそが大災厄ビッグ・パーティ元凶モトネタ少年ガキだった俺もこの法螺話ガセに魅了され、大人になってから調べていた。所詮架空の存在ウーズル怪力乱神マガイモノ、一冊の本になるどころか、存在を証明するような真相ガッデムにはたどり着かない。

壁時計を見ると、既に十二時を過ぎていた。

「もうそろそろ飯にするか」

「ねえ」

「なんだ」

葉霊ハレは冷たげに告げた。

「仕事、どう? ていうか気付いているから。情報なんかすぐ捕まえちゃうし」

「え。……そうか。悪かったな。迷惑を……」

「だよね。わかってる」

視線を合わせてくれなかった。

葉霊ハレの口調には諦念ていねんの色がある。

と、左手首にめている端末デバイスが震え、全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズにも通知プッシュ

拾得ジットクからのメッセだった。

 

拾得ジットクに呼び出されて、東京空中鉄道TKR第一二新宿シンジュク駅付近の地上二五〇メートルに位置するバーを目指していた。

新宿シンジュクは、特高層ビル群が建ち並ぶ区画エリアで、低階層したならまだしも、高階層うえ金持ちピッグどもの巣窟そうくつであり、俺もあまり足を運んだことはない。本物のポプラの木々が茂り、多層電飾コラージュド派手ギンギラな吹き抜けの通りを歩きながら、俺は少し物怖じしていた。制限をかけておかないと、全情報集受容疑似瞳スマート・コンタクトレンズを通じて情報が濁流だくりゅうのように押し寄せてくる。中野区ナカノク方面には、天蓋を支える主柱メインの巨大な影。

落下防止帯フェンスから下界げかいを見下ろす。東京の黒い愛の穴トーキョー・ブラック・ラブ・ホール揶揄やゆされる新宿御苑ギョエン。まさに穴。人生に絶望したカップルたちが新宿一の高層建築から、新宿御苑ギョエン身投げ心中DIYするのが去年流行っていた。とはいえ、いよいよあの一帯にもビルが建つ構想が持ち上がっているらしい。都内の人口増マシマシについては、慢性的な土地不足が積年の課題であり、その対策が常々議論されている。おかげで都民には縮退生活ミニマム・ライフ推奨すいしょうされ、娯楽商品エンタメの多くは電子化が為されているのだ。

どうやら拾得ジットクを見誤っていた。俺と同類ナカマ? こんな場所でエサが食える人間が。

多くの店舗は、各圏で限定されている。呼び出されたバーも、【第二圏】の人間しか入れないはずだ。だが、同じレイヤーでも経済的な格差のせいで入れない店舗は山ほどある。

予想通りだ。たどり着いたのは、高級店ハイ・クラスだった。入り口には、筋骨隆々マッチョ護衛セキュリティが立っていたが、俺の予約を確認すると中に通してくれた。

壁中に貼られた西部開拓ウェスタン趣味な雰囲気の電光流動フラックスポスターの枠内では、保安官シェリフ悪党アウトロー決闘ガンファイトを繰り返していた。二〇世紀のカントリーの曲が景気よく流れている。メニューもよさげだ。代替肉オルタ・ミート豆腐トーフのチーズバーガー。フライド・ポテト。オニオン・リング。もうこんな古き良き米国オールド・アメリカンを味わえる場所は、本物の北アメリカ大陸内にはないだろう。

温かみを感じる黄色っぽい照明が印象的な細長い店内。

「あら、寒山カンザン

ウォールナットの艶めいたカウンターの一番端で、拾得ジットクと合流した。俺たち以外は、入り口付近にカップルが一組だけ。

普段着の拾得ジットクは、ブラックブロックの恰好ナリではなかった。

淡い色のシャンブレーシャツに、テーパードした生地硬めリジッドなジーンズを穿いていた。足元は、骨董品ヴィンテージ仏国製パラブーツ革靴チロリアン。よく磨いているのだろう、こげ茶の革が艶めいている。もっと野暮ったい服装ナリ想定イメージしていたが、童顔ベビーフェイスなことも相まってボンボンの街角青年ポパイのようだ。

顔も明るい場所シチュで改めて観察すると、薄白いたまはだに顎のラインも細く、中性的な印象だ。奥二重の眼も切れ長で、イロっぽさがある。

それに、あれは夢ではない。拾得ジットクは実在する。

「それで」やはり気の抜けた話し方だった。「元気かな」

「元気ではない」

ちょっと言葉遣いに困る。前の特殊な状況とは違う。俺はスツールに腰を下ろす。メニュー用の板端末タブレットを睨む。カウガールに扮装コスした架空女性キャラが、お茶目な動作で文字の上をドタバタと走り回っている。

「まあ」拾得ジットク切れ長キツネな目で俺を凝視ぎょうしする。「生気オーラが暗いのかな」

生まれつきナチュラルで、明るくはない。お前はなんか前と雰囲気カンジ違うな」

「そりゃ、職場とプライベートとノメし合いは、ちゃんと区別するからね」冗談ウソ本気マジか判断しかねる。「まあ、深い話はいいじゃないの」

「深い話ではないだろ。それにしても、表情は半笑いのままなんだな」

「生まれつきだってば、嗤えるだろ。いや、本能だね。この表情してりゃ、厄介ごとには巻き込まれない」

「申し訳ないが、薄気味悪いね」

バーテンダーが麦酒ビールを一杯注いできた。

「大丈夫だ。僕が払う。前の恩もある」

飲みながら、俺は水族館すいぞくかんデートや仕事の話をした。全然関係のない人間に聞いてもらいたかったのかもしれない。

「それが、寒山カンザンの悩みか」

「否定できない」俺は麦酒ビールで喉を潤す。「そんな毎日だから、負荷ストレスがある」

「ま、そんなもんだろ。彼女なんか、別れちゃえば、いいんじゃないのかなァ」

「ううむ」俺は唸った。答えようがなかったからだ。「別れるって言っても、なんかきっかけがないと。不満もないし」

「そんな考え込まないでよ、冗談ジョークなんだから」

「今日は、煙草を吸わないのか」

拾得ジットクはくすりと笑む。

「吸うのは、ナハト中だけって決めているんだよねェ」

「意味不明だ」

拾得ジットクは頷く。

「なんでも、慣れだよ」

バラすのもか」

拾得ジットクは視線を少しだけ外した。「あの人たちは僕たちをバラしていたかもしれない。有体で言うんだったら、正当防衛ってことだなァ」

「加えて、祝福ビラヴドがあるとかいう意味か」

「不思議だし、気味が悪いかもしれないけど、昔の合戦で敵の首級しゅきゅうを打ち取って褒美ほうびをもらうなんてのは、ごく一般的なことだろ?」

戦争ケンカっていうんだったらな」

「あれこそ、まさに戦争ガチだよ。極東最前線きょくとうさいぜんせんさ」

遺体ホトケはさ、どこへ消えたんだ」

宗春公ムネハルこうが手配しているんだとさ。地下に朋友ポンヤオがいるんでしょ」

「え」

「当然だろ。あんな当代とうだい無双むそう能力SPECを有していながら、東京トーキョーの広大な地下シモ見逃しオモラシするはずがない。で例えるならば、地下は根っこだ。一番重要さ」

一方的監視社会マジックミラー・ソサエティを形成している宗春ムネハルには謎が多い。大規模な脳幹神経回路模倣網ニューラル・ネットワーク基盤ベースにしているらしいが、本体メインフレームの有無から構造、下僕たる証明インプラント・デバイスから何を情報データとして得て処理しているのか、あらゆることが秘匿シークレットとされている。実在しないのでは、と主張する学派も存在する。

「なるほどなァ。はあ、知らんことばかりだ」

「ま、死んだ人は、次の日の朝方にそれぞれの住んでいる辺りで遺体ホトケになって発見される。死因は、交通事故やら通り魔ジャックによる殺人バラシ、心筋梗塞でもなんでも。天狗テングも実社会では死んだ理由ワケは、多分異なる事由になっているはずだ」

耳に九寸釘ナイン・インチをぶち込まれた天狗テング

「あれで恩恵を受けたんだろう。どういうのだったんだ、具体的に教えてくれ」

拾得ジットクははにかんだ。「すぐに判るよ」

那村ナムラ君」太くて快活かいかつな声が響いた。

声の主は、恰幅の良い中年の男性ダッドだった。ロックの王様プレスリー写真フォトTシャツを着ていたが、腹が出ているせいで、プレスリーのハンサムな顔立ちが歪んでバナナのようだ。

朝帰アサガエさん」声のトーンを上げた拾得ジットクは、頭を下げる。「お久しぶりです。二カ月とかじゃないですか、前に会ったの。今日は友達ツレも連れてきたんですよ」

俺も頭を下げた。「どうもです」

「よろしくね」朝帰アサガエという男性は顔が紅潮ほんのりしていた。既に何杯か飲んでいるようだ。「よし、景気づけに麦酒ビールでもぐいっとやろうや。今日は俺が出すから」

拾得ジットクがちらりと俺を見遣る。「キップがいいっすね」

投機バクチで大勝ちしたんだよ」朝帰アサガエは、小躍りでもしそうなほど上機嫌だった。「株を持っている生体情報分析系バイオ・アナリスティック企業カンパニーが上場してさ。ドカンと一発だ」

「へぇ。すごっ」

朝帰アサガエは長財布を掲げ、バーテンダーに注文を開始した。

拾得ジットクは俺に近づき、耳元で囁いた。

「あの日以来、毎晩行く先々でオゴってもらっている。あの人、ココの常連。ちなみに那村ナムラ君は偽名ウソなんだよねェ」

一人の代価にしては、ちと安い気がする。

となると、ほかにも何か恩恵があるんじゃないかと訝しむ。

質問しようとしたが、拾得ジットク朝帰アサガエに続いてバーカウンターへ移動していた。

この男、拾得ジットクは何を目指しているのか。短い期間だが、所作や言動からはっきりと感じる。

それは寂寥感レモンだった。拾得ジットク祝福ビラヴドでどんな生活を得たいのだ。

そして、俺もどうなる。負け犬の日々ドッグデイズを過ごしていた俺には、摂政セッショー憐憫れんびんなのか、手が差し伸べられた。

俺はどこへ向かうのか。

 

*本記事のキービジュアルは永良新が作成しました。