「ただのポン出しには興味がありません」
プロンプトを投げて一枚の画像や一本の音源を出させる――それは一回きりの偶然性にすぎない。ぼくが思うに、生成AIの本当の使いどころはその一段上、「ツールをつくる」ことにある。ツールとは凝固したものの見方であり、そこに埋め込まれたパラメータのひとつひとつが可能性の軸になる。軸が増えるたび、生み出されうるアウトプットの空間は指数関数的に広がっていく。作品をひとつつくるのではなく、作品が生まれる条件そのものをメタ・デザインすること。かつて何ヶ月もの実装を要したこの営みが、いまや一晩の対話から立ち上がる。
今回、作曲家の灰街令と共作したアプリケーション「Grain Gamut」はその実例だ。このツールが生成するのは音ではなく、まず「空の時間の箱」――BPMに基づく全音符から32分音符、三連符、5連符までの、音を持たない純粋な音価の配列である。空白のリズムが先に設計され、そこへフォルダ内のオーディオが裁断されて流し込まれる。音を出す機械ではなく、あらゆる音を音楽化する条件を組む機械。まさに「条件の設計」を、さらにもう一段メタに実行するツールである。
本稿で灰街令は、このツールの背後にある思考――ケージのギャマット技法をアクフェンのビートで乗っ取るという転倒――を、一通のプロンプトが楽器になるまでの過程とともに書いている。解剖台の上ならぬAnthropicの上で、ケージとアクフェンは必然的に出会う。みんなもやろう、ツールメイキング。(編・永良新)
以下、記事の本文です。
ジョン・ケージは、偶然性・不確定性に基づく音楽を始める前のある時期、奇妙な方法に基づく音楽制作を行っていた。それは、予め音楽的断片群(これらはギャマットと呼ばれる)を作っておいたうえで、仮想の時間の分節を楽譜上に設計し、その分節を目安に断片を配置していくというもので、《4部分の弦楽四重奏曲》のような音楽で実践されている。しかしケージの設計する分節は実際に鳴る音の長さを規定しない。あくまでそれは音楽的断片のどれかがそのまま置かれる際の置く位置を示す点であり、また音楽的断片はそれぞれに音あるいは音楽として面としての時間を持つのだから、この分節線の設計自体は聴覚的に浮かび上がってこない。たとえ分節を必死に捉えようとしたところで、そもそもこの分節の在り方はマトリョーシカ状の数の規則によって導かれた構造をしており、フレーズが集まって楽節を作り楽節が集まって大楽節を作り……といった聴覚的規則性を与え得るものではない。ケージは音楽における拍=ビートの存在を嫌っていた。ケージの語る「リズム構造」とは拍もアクセントもない、仮想の絶対時間だ。
一方で、拍感を活かしさえすれば何をやっても良い音楽を考える時、拍やパルスは音の拘束具ではなく福音になる。実際、Akufenはそのようにしてあらゆる微細な音素材を音楽化した。ここで、ケージの思考法をハックするように、音楽素材だけでなく音楽素材を持続させる時間を音楽的断片として扱い、その時間の断片たちにぴったりと収まるように音楽素材を裁断していくことを考えてみよう。空の4分音符、空の16分音符、空の3連8分音符など、BPMを基準とするあらゆる比率的時間が、音を持たない純粋音楽時間を形成する。拍節構造に沿った比率を持つ時間のセルの配列が、拍=ビートがあれば音楽というように、あらゆる音を裁断し音楽化する。
音楽には2つの時間がある。ひとつは音響自体が持続する時間、つまり絶対的時間。もうひとつは音符の長さ=音価によって表されるような、他の音との比率を示す時間、つまり相対的な時間。ここで提示した思考法はこの2つの時間を別々に素材としてセットしたうえで、それらを引き合わせることを意味する。
アプリケーション「Grain Gamut」は、わたし灰街令が、永良新そしてClaude Codeの全面的なサポートを受ける形で、共作によって作成された。Claude Code(Fable 5)に渡したプロンプトは以下のようなものである。
指定したフォルダに入っているいくつかのオーディオファイルをランダムに選び、選ばれたオーディオファイルを特定の時間再生するという動きを基本とするアルゴリズミックな作曲ソフトがほしいです。
実際にアルゴリズミックに構築されるのは、オーディオファイルが再生される秒数を決める「空の時間の箱」、つまり音の再生される時間=音価です。この「空の時間の箱」はBPMに合わせて、全音符、二分音符、四分音符、8分音符、16分音符、32分音符、またそれぞれの三連符、5連符、7連符などの長さ=大きさを持ち、この空白の箱がリズムを作るように構成されます。そしてこの空白のリズムに具体的なオーディオファイルがランダムに配置されます。
1曲の長さ、BPM、使用する音価、リズムのランダムネスや密度を変えられるようにしてほしいのと、空のリズムを作るトラック=声部の数を変えられるようにしてほしいです。
また結果としてできた音楽を、マスター書き出し、声部ごとの時間をそろえたマルチトラック書き出し、使ったwavファイルごと(同じオーディオファイルで違うところを再生したものは同じファイルでいいよ)のマルチトラック書き出しという3種類のやり方で書き出せるとうれしい。
みんなもやろう、ツールメイキング。
◆著者プロフィール
灰街令(はいまち・れい)
作曲家。国立音楽大学大学院修士課程修了。
「偶発(accident)の再組織/偶発(coincidence)の再現前」を課題(仮題)とし、癖/失敗/破損/断片/借物/試行/付帯性/副産物などによって生じる「来歴を持った乱雑さ」を事後的に制御=再目的論化する。
※次回作の公開は2026年7月15日(水)18:00を予定しています。
※本稿の無料公開期間は、2026年7月15日(水)17:59までです。それ以降は有料記事となります。
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