anon pressと並走する音楽レーベルanon recordsから、灰街令「EMBEDDED ENDROLL」をリリースいたします。
『TOKYO CYBERPUNK TRIBUTE』。492ページ。紙束であるよりもむしろ、ひとつの電脳性睡眠装置。読者をページという薄膜の内側へ沈降させ、視覚神経の裏側に東京の電子残響を焼きつける、印刷された夢の集積体。そこから覚醒せよ、と鐘を鳴らすのが、灰街令による「EMBEDDED ENDROLL」である。
この曲は、題名のとおり、終幕でありながら、すでに内部へ埋設されている。あとがきではない。付録でもない。義体化した書物の脊髄に差し込まれた、ひとつの音響チップである。われわれはそれを本体から摘出し、CDという旧世代の円盤媒体を、あたかも脳槽へ直接挿入するかのように再生する。これが、いま東京を生き延びているサイバーパンクスの、ささやかにして儀式的な作法である。
鳴っているのは、メカニックであり、同時にマシニックな高音域。機械的というより、機械になりつつある有機体の悲鳴。無機の光沢を帯びながら、どこか湿っている。そこへ、オルガンの不協和が、黒い建築梁のように差し込まれる。さらにその下層を、重低音が流れる。流れる、というほかない。地を這うのではなく、液体金属のように形状を保ったまま変形し、鈍い旋律を運搬する。
この曲の質感は、黒であり、同時に金属である。しかも硬質であるはずの金属が、磁性流体や水銀のように、ぬめり、うねり、粘り、流動する。固体であるべきものが液体であり、機械であるべきものが身体である。この直観に反する触感こそが、全編を貫く核であるように思える。サイバーパンクとは、つまるところ、機械なのに肉体である、という矛盾の美学であり、身体なのに装置である、という未解決の問いの持続である。この曲は、その問いへ、説明ではなく音響のテクスチャによって接続している。
ビートの不在。時間の輪郭が融解し、拍節が消え、ただ暗い夢の底だけが拡張していくようなパートがある。だがその夢は、安眠のための夢ではない。ある瞬間、キックが鳴る。鳴り始める、というより、打撃として侵入してくる。眠っているわたしたちの頭蓋の外側から、誰かが鉄扉を蹴っている。醒めよ。いや、醒めるな。夢のなかで起動せよ。そう告げているかのように。
3分49秒。時間としては短い。だが聴後に残る感触は、むしろ濃密な交響曲を通過したあとのそれに近い。なぜか。おそらく、この楽曲が単なる即興的な音色の堆積ではなく、楽譜という抽象的なダイアグラムを基礎に、構成的、あるいは構築的に設計されているからだろう。音が偶然に増殖しているのではない。構造があり、骨格があり、その上を異種のマチエールが這っている。
以前、灰街令と雑談していたときのことを思い出す。彼女はたしか、「構成はバッハで、表面ではさまざまなマチエールの音色が鳴っていて、それらが表裏一体になっているような楽曲をつくれたら理想」といったことを話していた。正確な引用ではない。だが、記憶のなかでは、そういう輪郭を持った言葉として残っている。
その発言を、ぼくは、記譜された譜面と、DAWによるサンプリング/編集/音響加工とのあいだにある断絶を、なんらかのかたちで止揚したい、という意味として受け取っていた。抽象としての譜面。物質としての音色。構造としてのバッハ。表皮としての電子的マチエール。だが「EMBEDDED ENDROLL」を聴くと、灰街令がここで到達しているのは、単純な止揚ではないように感じられる。
むしろ、彼女は矛盾を解決していない。譜面とサンプリングを和解させていない。構築と流動、金属と液体、機械と身体、それらをひとつの上位概念へ回収するのではなく、矛盾したまま同居させている。排反するはずのものを、排反したまま鳴らしている。そこにこそ、この曲の強度がある。
サイバーパンクが、つねに肉体と機械の中間に置かれた問いであるならば、「EMBEDDED ENDROLL」はその問いを、物語としてではなく、音響の物性として体現している。終幕でありながら、埋め込まれているもの。醒めるための鐘でありながら、さらに深く夢へ潜るための信号。紙の本に寄生した音楽。音楽に偽装した義体。義体に残された、かすかな、しかし消しがたい心拍。
それが、この3分49秒のなかで鳴っている。(text by 永良新)
本作は、anon press刊行のトリビュート作品集『TOKYO CYBERPUNK TRIBUTE』のテーマ楽曲として制作されました。
2025年12月に電子書籍として刊行された同書は、近日中に物理版の刊行とリリースパーティを予定しております。ご期待くださいませ。
また、灰街令さんは6/12(金)にご自身の作曲作品展「形式の経験/経験の形式」を開催予定です。現地観覧チケットは完売済ですが、まだオンラインでの観覧予約が可能とのことですので、ぜひチェックください。
日時:6/12(金) 18:30開場 19:00開演
現地:両国門天ホール
配信: Peatix Live
料金:前売 3300円(7日間アーカイブ動画付き)
配信 2800円(7日間アーカイブ動画付き)
当日 4000円
奏者:加藤綾子(Violin)
井口みな美(Piano)
灰街令(Piano, Electronics)



