◆作品紹介
美しいものが何もないが、そこに現実がある。(編•ろっとん)
以下、記事の本文です。
最近、ここ半年ほど、散歩がてらに飲み屋に行く機会が増えた。
散歩の機会を増やしたのは、職場で健康のためのウォーキングが流行り、四十手前の自分もなんとなくその流れに乗ったからだ。散歩といっても家から行きつけの飲み屋が並ぶ市の中心街間では凡そ一時間かかる。歩いている間は、耳にイヤフォンを突っ込んで音楽を聴いている。聴いている音楽は流行歌であるか、あるいは前回飲みで知り合い(だいたい飲み屋で知り合った人)から教えてもらった新しい曲を聴くことが多い。確か蘊蓄を耳にしながら、その曲に「いいですね」と反応して、ダウンロードしたはずなのだが、大概の曲は後日こんな曲入れたっけという感じになる。私は酔うのが早い。酔っている時に聴く曲は、二割り増しくらい魅力的になる。そして会話はうる覚えになってしまう。今日はエリカ・バドゥの「グリーンアイズ」という曲をダウンロードしてあった。飲み屋に向かう途中、イヤフォンでそれを聴く。確か、Aというバーの黒木さんという四十代半ばの男性(既婚者子あり、白髪、自営業)にディアンジェロがどんな人だったか教えてもらっているうちに、紹介してもらった曲であることをうすうす思い出す。曲を聴きながらも、集中しては聞けなかった。中心街に向かう、ひたすら続く上り坂(私が住んでいる街は坂が多い)で脚が重くなってきたのと、今日はどの店に行こうかと悩んでいたからだ。中心街の入り口付近にあるローソンに入店する。そこでレッドブルを購入し、ATMで本日の軍資金を調達する。あると使ってしまうので、大金は引き落とさない(そんな金もない)。店の外でレッドブルを飲み肉体・脳髄的準備を整えつつ、煙草を吸って気合を入れる。この辺りはもう儀式的で毎回同じ行動をしている。ローソンの店内では、これから飲みに行くであろう若者たちがけっこういる。この街にこんなに人がいたっけなと思うくらいだ。私は二十代前半などまったく飲酒しない性質(大学時代は半年に一回くらいしか飲みに行かなかった。それどころか、飲酒を軽蔑していた節もあった)だったので、懐かしさみたいなのは感じない。ただうらやましい。私ももっと行っておけばよかったと後悔するだけだ。店内か周辺で、若い二十代前半の女性の組を見つけると、何となく目で追ってしまう。けっこう露出度の高い格好をしていて、うれしい気持ちになる。声のトーンが高いのは、少し耳障りだ。モスキート音とかと同じなのかと思う。こっちの耳か脳味噌が老化しているのだろう、多分。吸い終えた煙草を灰皿に押し込むと、行く店を決定しようと思考する。新規で店を発掘することはほぼない。行きつけの店は、三軒だ。一軒目はAという地下にあるバーだ。店内は暗いがモダンな雰囲気がある。常連客は三十代から四十代くらいの男性が多く、カルチャー的な会話ができる人が集まっている。DJブースもあるので常連客が曲を流してくれることもある。バーだけど、女性客がいることはほぼない。私が足を運ぶときは、会話をしたいという気持ちが大きいことが多い。マスターは一個上の男性で、山岸さんという。目がぱっちりしていて若い頃はモテたんだろう(今もかもしれないが)という印象だが、物腰が柔らかくて、聞き上手な方だ。Ceroとかんoonが好きだという印象だ。二件目はBというスナックだ。カラオケができるスナックだが古臭い内装じゃなく、店主がロック好きということもあり、ハードロックカフェ的に黒を多用した感じになっている。照明は明るすぎず、ネオンも使っていて、煌びやかだ。店内は広く二十人くらいは入れるスペースがある。三千円払えば時間無制限で過ごせて、カラオケもやり放題なので使い勝手がいい。店主は四十代の峰岸さん(男性、白髪交じり、二度離婚)で、営業経験があり元気がよく、良くも悪くも顔が広い。一緒に飲みに行くと、三軒以上はハシゴする。ブランキージェットシティとかルナシーをよく歌っている印象だが、まあ、ロックが好きという感じだ。店主ではあるが酒癖が悪い性質で、女性客の常連などにはたまにキスしたり乳を揉んだりしていて羨ましいなと思うこともある。三軒目はCというスナックだ。店内は狭くて、たまに下水の匂いがする。一時間半三千五百円で飲み放題だ。ママは、佐藤(独身)という名前で、僕より年下で三十五歳くらい。元々キャバクラで働いていたが、二年ほど前に独立した。声と胸が大きい女性だ。メロコア辺りの曲が好きで、お酒には強くて、テキーラを何杯飲んでもケロッとしている。仕事中だとあんまり酔わないらしい。行く店を決めようと考えているうちに、中心街に到着してしまう。午後八時。とりあえず商工会議所ビルの脇にある喫煙所に向かう。自動販売機でカフェイン多めのコーラを買って、喫煙所でタバコを吸う。誰もいない。スマホを見つめ、インスタのリールで店の込み具合とかを確認する。今日は土曜日だ。当たりの日なら、人が多いこともある。外れだと土曜日なのに全然人がいないということになる。なるべく人がいたほうがいい。そもそも家で一人なのに、飲みに行ってさらに孤独を味わうなんてのは苦行過ぎる。虚無が待っている。しかしまだ八時だ。なにもわからない。夜はこれからだ。そこで何ができるか、問われている。煙草を吸い終えて、コーラを一気飲みすると、足が動き始める。向かったのは、Aという地下にあるバーだ。最悪人がいなくてもどうにかなるし、BやCみたいなスナックはこの時間じゃまだ開いていないかもしれない。三分ほど歩くと、Aが入っている雑居ビルに到着する。オープンしていることを店前に出ている看板で確認して階段を降りていく。ここの階段は傾斜が急で、店に入ってもだれもいなかったらどうしよう(どうしようもない)という不安な気持ちにさせる。店の前に立ち耳を澄ませる。誰かいれば声がするかもしれないが、まあ聞こえなかった。僕は扉を押して中に入る。カウンターには客が一人いた。市内の郊外に蕎麦屋を構える星崎さん(離婚調停中)だった。僕の一個上で、茨木県出身の男性だ。「おお、Fちゃん」と僕を見るなり、名字で呼んでくる。店主の山岸さんが「いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれる。僕は星崎さんの隣に座り、ビールを注文する。瓶ビールが出てくると、ワインを飲んで既にテンションが高い星崎さんと乾杯をする。星崎さんはもう何杯も飲んでいるようで、ぐいぐいと飲み干す。僕も一杯目なので、とりあえずのどを潤す。僕はそんなに酒に強くないので、五分くらいで酔う。瓶が半分くらい空いたところだった。「今日どこで飲んでたんすか」聞くと、「寿司、すしぃ。日本酒めっちゃ飲んできたんだよねー」といわれ、食った寿司を聞いているが、ううん、寿司の話全然したくねえなと思いながら相槌を打っていたら、「おい、K。今から行くぜ」と言われ、「どこすか」となる。「いいんだよ、次の店だよ」と肩を叩かれ、俺は一気にビールを飲み干す。で、店を出た。闇が深い。静かな街だった。人が出てねえのかと思いつつ、女が多分必要なんだと決意して、星崎さんの袖を引っ張る。なんとか中心街まで運んで、そこら辺を歩いている女の子を探す。だいたい二十代で、三十代いねえかなと思いつつ、フィリピンパブの前に来る。アルタイルという名前のフィリピンパブの前には、パツパツのスカートを履いた女の子(20代)が二人座っている。星崎さんと俺は、「空いてるかなぁ」と話しかけると、「空いているよー↑」と回答があり、こりゃいくしかねえべとなって、フィリピンパブに吸い込まれる。店の前に立っていた女の子は俺達の席に着かなかった。これが現実だ。星崎さんには五十代の方が隣に、俺の隣にはでっかい三十代の子が着く。星崎さんは壊れているので、「のみなよーのみなよー」と肩に手をまわしつつ、酒を勧める。奴らは普通に注文する。一時間ふたりで七千円の店だ。どこまで伸ばすつもりなのか。それはわからないが、勢いを止められない。俺も頷く。「飲んじゃってよー」二人で焼酎の水割りをがぶがぶ飲む。女の子のドリンクは金がかかるが、こっちは飲み放題だ。そういうシステムだ。女の子たちがカラオケを勧めてきて、いともたやすくカラオケもやる。一緒に「a whole new world」(ディズニーのアラジンの歌)をデュエットで歌う。気持ちいい。もう一曲歌いたいが、なんかBon Jobiをずっと歌っている五十代のせいで曲を入れられない。目の前を見れば、星崎さんは五十代とチュウしている。俺はもういいやとなり、隣の女の子(30歳)に「おっぱい大きいね」という。「そんなことないよー、ヨセテルだけー」と谷間を出されて、タッチしてみる。柔らかい。マシュマロや。と、何度もおっぱいをつんつんする。気持ち悪い人間になってしまったが、止まらない。おっきなおしりも触ってみる。ぷりぷりっすよ。特に何も言われないので、まあ触る。撫でる。ねぶる。が、時間がたつのはやい。二回目のHave a Nice Dayを聞いたとこでお勘定。ふたりで二万円。一時間で。女の子のドリンク代のほかにも、多分知らないうちに指名料金が取られている。やってやったぜという気持ちで、一万年を差し出すと、星崎さんが「俺が出す」と言って、二万円出してくれた。ありがとう。俺たちは店を出る。まだ九時半や。きついぜ。と、いうわけでてくてく歩いて、Aに戻る。Aはやっぱ人がいない。カウンターに座り、とりあえず僕はビールを飲み、完成体の星崎さんはなにかを呑んでいる。「あそこの店えぐいらしいからねえ」とマスターが告げる。で、なんか反省会をしているとこで、電話が入る。スナックBの峰岸さんからだった。店外で電話に出る。「おー、K。いま飲んでんのか」「うっす。飲んでますよ」「実はさ、今お前が呼ばれてんだよ」「どういうことすか」「なんか、赤城さんからで。赤城さんこれからくるんだけど、リオちゃんっていう子がお前呼んでんだって」「え、リオちゃんて誰でしたっけ」「いや、俺も知らねえんだよ。でも指名なんだって」「まじすかー」考える。「ちょいこっち来てくれや」「うっす」行ってみてえ気持ちに負けて、行っちゃうことを決意する。で、Aをお勘定。星崎さんは置いていく。もう大丈夫。一人でも。店を出る。で、Bに向かう。Bに到着。店には誰もいねえ。峰岸さんが待っている。土曜日っすよ、と言いたくなるが、我慢する。ふたりでテーブルに座る。「おう、K。もうちょいで来るんだけどさ」「峰岸さんは、リオちゃん知ってんすか?」「知らねえし、赤城さんの知り合いだろ」赤城さんは、僕の二つ下で、Bの常連だ。いつも三人くらいで行動していて、よく会う奴だ。「なんすかね、キャバクラっすかね」リオってキャバ嬢っぽい。「どうかなー、そうっぽいよなー」ってウダウダしているうちに、赤城さんが到着。男六人、女三人で到着。女性のうちの誰かがリオちゃんだと思う。午後十時。すでに酔っているので、とりあえず強気になる。けっこう盛り上がってて、ウェイな感じはする。悪くねえ。お通夜状態だとなんもできねえ。リオちゃんが俺を求めているという信念だけで動く。とりあえず、ハイスタの「My first Kiss」とか歌って、盛り上げようとする。みんなで乾杯して、そこにテキーラが入る(第一陣)のでそれを飲み干す。二つのテーブルに十人が座った。それぞれが酒を飲む。「久しぶりっす、Kさん」俺の隣には、赤城さんの友人であるアサヒ君が座った。アサヒ君は小学校と中学校の後輩だ。ガタイがよくて、顔立ちがはっきりしていて、女性に受ける。「久しぶりだねえ、二か月ぶりかな」「そうっすね」俺たちは乾杯をして、ウーロンハイをぐいぐい飲む。「Kさん、今日はなんでいるんすか?」「え、赤城さんに呼ばれたんだよ。みんなは?」男衆のうちの誰かが、COOL JOKEの「UNDO」を歌い始めた。『鋼の錬金術師』(最初のアニメ版)のOP曲だ。誰も知らねえぞ。オタクっぽいのが混じってんな。と、歌っていたのは、四十代前半の眼鏡をかけた男だった。坊主でガリガリだった。「なあ、アサヒくん。あの人だれ」「知らないっす。三人いる男の人たち、名前も知らないっす」「え、そうなの。みんなどっからきたの」「羽村にあるビーストってスナックっすね」「へえそうなんだ」六人の男のうち、三人は知っているが、それ以外は初顔合わせだ。まあ、男衆はどっちでもいいよなーと思い、女性陣に注目。一人はスナックのママだろう、ショートカットの金髪だった。眼光は鋭い。たしか、カナさんとかいう名前だったはず。残りの二人は、隣同士で、俺の向かいに座っていた。両方可愛かった。長い黒髪で品のある感じで、目元はパッチリしている。姉妹のようだ。見分けがつかない。XさんとYさんとしよう。彼女たちはカラオケの騒音の中、おしゃべりしている。視線が動いているのを見ると、この店は初めてのようだ。多分、どっちかがリオちゃんだ。俺はウーロンハイをさらに飲み、アサヒ君と肩を組み、なんかを歌った。キングヌーとかドラゴンアッシュとかだった気がする。赤城さんが『かわいいだけじゃだめかしら』を歌い、女の子たちにも歌わせていた。けっこうしっかり歌っていて、好感が持てる。ノリがいいのは素晴らしい。俺もだいぶ飲んでいる。勇気、出すか。俺は席を立ち、すいーと移動する。リオちゃんが俺を待っているという気概の元、Xちゃんの隣に行く。「隣、いいすか?」とXちゃんとYちゃんの間にちゃっかり座ってみる。どっちからも拒絶はない(そりゃそうなんだけども)。前を見ると、アサヒくんがケタケタ笑っている。オーナーの峰岸さんはカウンターの奥でにやにやしている。俺はXちゃんに話しかける。「今日は何のみなんすか?」「えーと、友達がビーストで働いていて一緒に飲んでたんですよ」「友達って俺の隣の子?」「そうなんです。同い年で。ミキちゃんっていいます」「ミキちゃんすか。あなたは?」「サキっていいます」「ここら出身の人?」「そうですけど、今は名古屋に住んでます」「まじか。俺も名古屋に住んでいて、どこらへんなの?」「鶴舞ですね。どちらに住んでいたんですか?」「大曾根のほうだったな。大学がそっちのほうだったんで」みたいな感じで会話をしていて、さらに酒を飲む。と、テーブルにテキーラが10杯並ぶ。どうした。運んできた峰岸さんが笑いながら、「赤城さんがいれたんだ」という。そして、赤城さんがレぺゼンfoxの「バスターコール」を歌い始めた。一気コールだ。ぐいぐいよしこい。曲に合わせて、俺も赤城さんもアサヒくんもXちゃん(サキ)もYちゃん(ミキ)もぐいぐい飲む。喉が熱い。吐きそうだ。でも吐けない。吐いたら負けだ。曲の終わりに、二杯目も飲み切る。口笛が鼓膜を震わす。脳がぐらんぐらん。「顔紅いですよ!」Xちゃんが心配してくれて、まあ、なんかすいませんってなる。スナックのママはこの機に乗じて脱出したようだ。正しい判断だ。飲酒なんてのは消耗戦だ。さっさと撤退したほうが賢明だ。気づいたら、Xちゃんの隣にアサヒくんがいて、Yちゃんの隣に上半身裸のマッチョな二十代がいる。マッチョな二十代、こんなのいたっけと思うが、スナックから一緒に来ていたのだろうと納得する。アサヒくんとマッチョの圧が強く、XとYはどんどん俺を挟んでいく。俺は嬉しいのだが、なんだろう会話ができていない。それにテキーラが回ってきてさらによっぱらせてくる。気持ち悪い。うへえとなるが、そこでマッチョがさすがに峰岸さんに引きはがされる。どうやら「やらせてくれ!」と直球勝負をしたところを御用になったようだ。テキーラもしこたま飲んでいたようで、外に連れていかれる。と、Yちゃんと会話できるかと思ったら、代わりに峰岸さんがYちゃんの隣に座っている。どうやらタイプだったようだ。マッチョと入れ替わっただけだ。同世代っぽいオタクっぽい人は、アニメのグリッドマンの曲(曲名は知らん)を歌っていて、愉快そうだ。「誰も知らねえよ、こんな曲」と峰岸さんがいちゃもんをつける。俺は知っているので、一緒に歌っていた。一方、アサヒくんは天然タイプのポケモンなのでマイペースにXちゃんと会話している。「Kさん、めっちゃいい人なんだよ!」アサヒくんは何も考えずに俺を褒める。「えー、先輩なの?」「そうそう! 小学校と中学が一緒!」と会話している。勝手に俺の株が上がる。いいシステムだ。「よく飲みに行くの?」と聞くと、「名古屋からこっちに戻ってきたときは飲みますよ」という。この子がリオなのかもしれんと思い(名古屋でキャバ嬢やってて源氏名なのだろうか、しかしキャバ嬢っぽくはない)、LINEの連絡先を聞く。「いいですよー」と交換する。名古屋住まいのサキちゃんの連絡先をゲットや。俺はいつ名古屋に行けるのだろうか。ところでアサヒ君は先輩後輩ではあるが、初めて話したのは三か月前くらいだ。在校時代には、顔も名前もお互いに知らなかったのだ。ていうか、酒場でしか会ってないのだ。なんか悪いなと思う。そもそも連絡先も知らないのだ。どうにかなっているのだ。Xちゃんの連絡先をゲットしたところで、ミッション完了と思い、小便をするために店の入り口近くのトイレへ向かう。と、店の扉が開いていた。どうしたんだと思い、外へ出ると、マッチョボーイが上半身裸のまま駐車場のアスファルトに転がっていた。隣にはゲロがお好み焼きみたいにある。そこにある。なにが混ざっているかまでは知りたくないので、注視はしない。マッチョは大の字で、きもちよさそうに寝ている。もう十月で寒いのにすごいな、若いなと思う。肌は白く筋肉は彫刻のように優美だった。ミケランジェロのダビデ像みたいだなと思ったが、ダビデ像でそこまでマッチョだったか思い出せない。俺は店に戻り、トイレに入って用を足す。席に戻ろうとすると、峰岸さんがグヘヘと笑いながら、「わりい!」と言ってくる。「どうしたんすか?」「リオちゃんが誰かわかったぞ」「どっちすか?」「いや、アサヒだよ」「はい?」「赤城さんからのメッセージ、LINEで来たんだけどさ、リオが呼んでるって俺が間違えたの」「うん?」どゆこと。「アサヒって下の名前、リオなんだよ。赤城さん、アサヒのこと、リオって呼んでいるみたいだったわ。知らんかった」「え、そうなんすか」しょうもない謎が解けると急に恥ずかしくなる。すげー強気だったの、失敗やんと。そこでスマホが鳴る。俺は外に出て、通話する。「もっしー」「どうしたの?」相手は知り合いの知り合いで飲んだことがあるキョン(35歳、子持ち)という子だった。「ねーどこでのんでんの!」このキョンは酒ヤクザだ。このスナックで三人くらい潰したところを見ていて、それにビッチであり、さっきとは別の三人くらいを持ち帰っているところを見かけたことがある。とってもセックスが大好きだと公言している元気印。パワー系ビッチ、強豪だ。「あー、一人で飲んでる」嘘だ。キョンが今宵のBに来たら地獄になる。「まじ」「そっちはどこな」「えー、清姫ってスナックぅ、今から来れる? Kに会いたい人がいるって」「はあ」どうするか。清姫は行ったことがない。「女の子だよ」と言われて折れる。酔ってるし。「じゃあ今から行くわ」電話を切る。店内に戻る。まだ盛り上がっていて、アサヒくんが「IRIS OUT」を熱唱していた。峰岸さんに「ちょい出てきます」と言って、会計を済ませて、みんなにバイバイする。アサヒ君が隣まで来て「帰っちゃうんすか!」と言うので、「帰るぜ!」と平然と嘘を吐く。トイレの前にXちゃんがいたので、「またねー」と手を振って、店を出る。清姫までは十分くらいの距離だ。気分を入れ替え、酔いを醒ませたいとなんかの曲をランダムで聞く。M83が流れた。全然入ってこない。むしろ酔いは回っている。飲みすぎだ。時間は午前ゼロ時。もう帰ってもいい。寄ったまま寝ると早く寝つける。睡眠薬も不要だ。ふらついていると、清姫に到着。中に入る。店内は広く明るく、紅い壁が派手だ。ママはカウンターの中に立っていて、ピンク色の髪をしている。「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた。客は多い。テーブルもカウンターも満席だ。すごいなと圧倒される。キョンはカウンターにいた。隣には四十代半ばの綺麗な感じのお姉さんがいる。僕はとりあえず一番奥のキョンの隣に座る。「おーきたかー」といきなりグラスに入っていた檸檬サワー(多分)を喉に突っ込まれる。ある程度飲むと、無理矢理引きはがす。殺されてしまう。「ちょい待ってくれ」「いいじゃーん」ママが来る。「なんにします?」「とりあえずウーロン茶で」「とりあえずウーロンハイで」というわけでウーロンハイが来る。僕はおねえさんとキョンと乾杯をする。おねえさんと自己紹介をしあったが、相手の名前を憶えていない。サキみたいな名前で、バツイチで四人の子持ちだという。最近セックスしたのは二週間前で、どっかのお店の常連のイケメン(僕と同い年)らしい。「好きだから付き合いたいけど股を開いちゃう」という苛烈な言葉を可憐な乙女っぽいうっとりとした表情で告げていた。そういう卑猥な会話をしていたはずだ。その間、僕の太腿にはキョンが手を乗っけていてすりすりされていた。僕ももう飲みすぎで、欲望に対して脆弱な状態だった。キョンの太腿をすりすりしていた。お互いにがっつく感じですりすりしあっていた。その間にウーロンハイをぐびぐび飲んだ。誰かがビーズやら優里なんかを歌っていた。僕もダパンプを歌って、ラップ部分をキョンに無理やり歌わせた。一時間が経過した。支払いを済ませて店を出ると、サキさん(?)はどこかへ消えていた。あひゃ。俺はだいぶ酔っぱらっていた。顔が赤くなっているのも自覚している。キョンと二人きりだった。ところで、僕は勃起していた。あれだけ触れられたら無理よ。「次はどうするのよ」「飲みなおそうぜ」「へえ、もういいよ」俺はケツを触りながら交渉する。あっちも俺の腕に絡んでくる。「ホテル行こうよ」と言うと「行っちゃうか」と笑いながら答えてきたので、五分後にはビジネスホテルに入っていた。一泊素泊まり五千円だ。まあラブホより近いし安い。部屋は狭くて、暗くて、ベッドが二つだけ。天井も低い。俺はキョンと唇を重ねて、舌を入れた。舌を入れた瞬間、あっちが喘いだ。キスをしている状態で喘がれると、俺の歯が振動してヴーっという変な音がする。人間ハーモニカになっている気がするが、まあよい。とりあえずMじゃないのかしらと判断して、服を脱がしていく。胸などを愛撫していたら、手を女性器まで持っていかれたので、とりあえず指を入れる。なんかもう湿っていたので、とりあえず動かす。キョンは大きな声を出した。勢いを出して動かしてみると、なんか汁が飛散した。シーツがびちょりと一挙に濡れた。多分潮だ。わあ。初めて見た。でも初めて見たって言える年齢でもないので、そのまま動かす。問題はあった。俺の男性器が反応していない。なんでだろうか。なんでだろう。飲みすぎか。キョンに性欲を感じていないのか。なんなのか。考えながら指は動かす。潮が出る。ていうか尿かもしれん。わからん。なにもわからん。混沌としてくると、興奮をする。なんかぐちゃぐちゃになりながら、手での行動をストップする。キョンは俺に跨って、男性器を挿入しようとしたが、入らない。なぜなら、俺の男性器はふにゃふにゃだからだ。とりあえず無理に入れて腰を動かしてみるが、やっぱダメだった。諦めて、手での運動を再開する。キョンは喘ぐというより叫んでいた。本当にセックスが好きなんだろうなと感動した。一生懸命やろうと思い、頑張った。シーツはびちゃびちゃになった。指から肘まで濡れていた。俺がシャワーを浴びて戻ると、入れ替わりでキョンがシャワーを浴びた。戻ってくるまでに、服を着ていた。パンツがどこにあるかわからなかった。焦った。シーツに挟まれてびちょびちょだったらどうしよう。ベッドの周りをウロウロする。結局ベッドの脇に転がっていたので、被害は免れた。パンツを穿きながら、なぜ男はセックスしたがるのかと思う。個人的にはセックスに至るまでが楽しいと思っているが、多分みんな基本的にはそんなな感じだろう。基本的に人間は楽しいことがあるとその余韻で共有したり打ち上げをしたがったりする。男はホテルに行くまでが楽しいので、ホテルを出た後また話したり共感を得たがったりする。セックスはある意味作業タイムなので、終わった後ホテルを出るまで淡白になってしまうのではないか。そういうことを考えているうちにキョンがシャワーから出てくる。「まーこれ誰にも言わないほうがいいね」キョンが服を着ながら言った。「だよな。峰岸さんにばれたらめんどいぜ」「確かに」俺たちは笑いながら外へ出た。キョンが帰るというので、タクシー乗り場まで見送った。またやろうとは言わなかった。俺は少し酔いが醒めていた。午前二時。まだ午前二時なのか、ヤベエなと思うが、まだ終われねえ。とりあえずプラプラ歩き、Cという行きつけのスナックに足を運んだが、看板の灯りは落ちていた。閉店したのだろう。まあそりゃそうだ。二時だからな。Bならまだ空いているかもしれねえと、そっちの方へ向かう。夜の繁華街はだいぶ静まっていた。中心街の交差点では、酔いどれたちがタクシーに乗り込んでいく。二十代の男の子がカラオケ店の前に泥酔して転がっている。交差点を抜けると、もっと静かになる。どっかから大麻っぽい匂いが漂う。気のせいか。大きな建設会社の駐車場の脇を歩いていると、パンパンというなにかが弾けるような音が耳朶を震わせた。なんだろうと電柱の陰に潜み、駐車場を覗き込んだ。駐車場の端には一台のボックスカーが停めてあり、リアドアが大きく開かれていた。リアドアには何かが吊るしてあった。金髪の男が二人半袖で立っていて、手には何かを填めていた。金髪の一人が何やら動くと、吊るしてある何かを殴った。ああ。吊るしてあるのはサンドバッグで彼らが填めているのはボクシンググローブだった。駐車場ファイトクラブだ。コロナ禍の頃、飲みに出れない青年たちが夜な夜などっかの駐車場でボクシング大会を開いていたそうだが、その名残だろうか。彼らはサンドバッグを殴るのに飽きたのか、スパーリングを開始した。お互いの身体をボクシンググローブで殴り合う。僕はスマホを取り出し、電柱の陰から警察に電話する。通報だ。僕は距離を取り宵闇に潜み、遠巻きに状況を眺めた。五分ほどでランプを点灯したパトカーがやってくる。金髪青年たちは一目散にクルマに乗り込んで、駐車場から退散していった。パトカーがそれを追いかけて消えていった。僕は満足感を得ていた。きっと青年たちは僕くらいの年になって、このことを武勇伝として語るだろう。夜中に駐車場でボクシングしていたら警察に追いかけられたんだハハ、と。さらに酔いが醒めた僕はBにたどり着く。Bはもう閉まっていた。店外にある灰皿でタバコを吸おうと思った。煙草を吸う。ああ。終わりか。終わっちゃったんだなと。酒を飲んでなかったら、一時間ほどクルマを飛ばして海に行ってもよかった。家に帰ってオナって寝るか(自分の男性器が正常に機能するかを確かめたい)。息を長く吐くと、テキーラの味がした気がした。灰皿でタバコを消す。イヤフォンを耳に突っ込んで音楽をランダム再生してみる。遠藤正明の『勇者王誕生』が流れた。悪くない。吐きそうだ。吐いたら負けだ。僕は家に向かって歩いて帰った。まだ朝は来ていないので、暗かった。
◆著者プロフィール
スナック大好きおじさん(すなっくだいすきおじさん)日本の北部に生息しています。