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水町綜「ネクロボティック・サマー」

水町綜「ネクロボティック・サマー」

◆作品紹介

フランケンシュタインの怪物、ダンカン・マクドゥーカルによる魂の重さ(21g)に関する実験、など命を失った”肉体“に関する逸話や物語にはついつい興味を惹かれてしまいます。今週は、工学技術により人間の屍を制御するネクロボティクスのコンクール、《ネクロボコン》(!)に挑む大学生たちの青春ドラマです。一癖二癖ある彼らがそれぞれの思いを抱え、ライバルたちとの戦いに挑む夏。ぜひ、その結末をごらんください。(編・平大典)

以下、記事の本文です。

1

 

『――判定の結果、六ポイント差で輪州りんじゅう技術科学大学の勝利となります』

審判はくだった。さりげなく拳を固め、まばらな拍手を浴びながら十邑井とむらいはフィールドに向かって一礼する。息をつき、掌にたまった汗をズボンで拭った。暑い。会場内には相応に空調が効いているはずだったが、沸き立つような熱気に完全に負けていた。

フィールドの対岸では対戦相手がすでに撤収を始めていた。彼らは涙を噛み締めながら、使用した機体や機材をかき抱いていて――強敵だった。ポイント差こそ開いていたが、あと一手違えていたら、ああして咽び泣いているのは自分たちのほうだったに違いない。

十邑井はラップトップ型端末でマシンを操作して、フィールド外へと持ち出す。競技に用いる機種はふたつ。完全自律駆動型の〈ロボット〉と人間の操作によって駆動する〈マシン〉。便宜上、二者はそのように区別されていた。蜘蛛のような多脚機構を用いて、マシンが彼の足元を軽快に這いまわる。その間、チームメイトの葉蒲はかばがその白く細い腕でロボットをフィールド外へ押し出していくようすを、十邑井は目で追っていた。

「お疲れさん。よくやったな、十邑井」

「ナイスファイトっす。先輩。いや、あたし的には、ここで負けてもらってもべつに構わなかったんですけど……」

対戦フィールドから自陣のピット(といえば聞こえはいいが、実際のところはブルーシート上に広げられた簡素なものだった)に戻るなり、同期の南足きたまくらと二回生の筆木ひつぎが勝利の立役者をねぎらう。南足から手渡されたタオルで汗を拭いながら、十邑井は頷いて「とりあえず、去年の雪辱は晴らしたことになるな」

会場の壁面に設置された電子掲示板を見上げる。今の一戦で決勝リーグへの進出が決まったことになる。昨年、彼らのチームはベスト8で敗退していた。苦い敗北だった。

当時の「先輩」は自分のことを棚に上げて癇癪を起こし、後輩たちの不甲斐なさを手酷く罵倒して、彼らの無能さや戦略の未熟さ、果ては生活態度の悪さや服装の趣味までをも事細かにあげつらって糾弾し、それはもうひどい顰蹙を買って以降の対人関係に根深い禍根を残したのだが、しかし十邑井の心象だけは違った。尊敬する先輩の手前で大失態を演じたのだ。怒られるのも当然だと思った。

以来、十邑井たちはその屈辱を払拭するかのように、がむしゃらに研究や競技への対策に心血を注ぎ続けて……あれから一年が経って、ついにここまで帰ってきたのだ。

そしてここから先は、彼らにとっても未知の領域で、あと二回勝てば優勝――つまり、日本一だった。

「あまり気負うなよ? いつも通り、気軽に行こうぜ?」

気づかないうちに表情が強張っていたらしい。似合わないウインクを投げかけながら、南足は十邑井の肩を軽く叩いて「……そうだね。べつに、僕ら自身が飛んだり跳ねたりするわけじゃないんだし」

入学以来の相棒の言う通りだった。十邑井は肩から力を抜いて、足下のマシンを見下ろす。今年のために魂を削るようにして組み上げた、彼らの青春の集大成を。

マシンが有する多脚機構、その先端部にはまるでドアキャップのように人間の指先と酷似した有機物が宛がわれている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。いや、酷似したものではない。人間の指、そのものだった。よくよく見遣れば、同質の怪奇な施行は機体のそこかしこに施されていて、それは金属フレームと有機物――人体片と思しき骨肉や器官の集積体で形成される・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・異様な機体だった・・・・・・・・

「あともう少しです。がんばりましょう。先輩・・――」

十邑井はマシンにそっと語り掛けて――〈全日本大学生ネクロボティクス・コンクール〉、通称「ネクロボコン」。

その大舞台の大詰めまで、彼らは昇りつめていた。

 

穏やかだったはずの春がその役割を忘れ、確実に大気が熾烈な時期へ向け、徐々に暖気を始めたころだった。

入学当初は右も左もわからなかった巨大な構内を、僕はくたびれたポロシャツと退色したジーンズという出で立ちで、昼食代わりの「ちくわ」を齧りながら練り歩いている。当然、購買にはもっと食事に適したサンドウィッチや菓子パンが並んでいるけれど、それでも僕は毎日これを選んで食していた。摂取も簡単だし、そもそも初めから大して美味しくないので、さして飽きることがないからだ。

そこからはかつてあったはずのキラキラとした「なにか」が確実に失われていて、畢竟、なにかに適応するということは、つまりそういうことだろう。新鮮さを喪失する代わりに最適化される。もっとも、捧げたものに対してなにを得たかは、不明瞭だったけれど。そんな生煮えの思いを抱えながら、今ふうのお洒落や社交的な表情で全身を武装し、アルバイトやサークルのコンパの話で盛り上がる他学部の学生たちとすれ違いにすれ違い続け、その人流が途絶えたころ、島流しよろしく大学の敷地の最果てに配置された研究棟ラボの最奥まで辿り着いた。

「――おい? 今朝のニュース、見たか? 十邑井?」

研究室に入るなり、南足は思いっきり不機嫌そうに唇を尖らせていた。僕は視線をあわせることなく頷いて――見なくてもわかっていた。昨晩から、業界内はどこもその話題でもちきりだったからだ。

どこぞのベンチャー系の、いわゆる「イキりシンクタンク・・・・・・・・・」が、提供の許可を受けていたとはいえ未成年の――それもまだ十代にも満たない少女の遺体を「素体」として用いていたことが露見したのだ。それも新規性もなければ有用性もない、パフォーマンス優先の、悪趣味な「からくり時計」めいた機構の一部に少女の遺体は組み込まれていたという。そこにどういう思惑や、あるいは法規上の行き違いがあったのかは、これからの捜査や追及で明らかになるだろうけど、業界に対するパブリックイメージが大きく毀損されたのは確かだった。

「いや、ほんと困ったものだね。……大丈夫だよな? いきなり研究室ごと取り潰しになったり、しないよね?」

「そうなったら俺もお前も、一から単位を取り直すことになるかも知れないな?」

「おお、怖や怖や」

食べ終わったちくわのビニールをごみ箱に捨てながら、僕は肩を竦める。人権派を気取る各種市民団体や政治団体からの突き上げも怖い。なにせ、僕たちが従事する「研究分野」はただでさえ方々からの風当たりがめっぽう強いのだ。アメリカの片田舎で生まれた新進気鋭の工学分野・通称〈ネクロボティクス〉は……。

「工学的死霊術」とも綽名あだなされるこの分野は、その名の通り、動物や昆虫の死骸を機械装置として用いること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・をその主目的としている。なにせ、生物が持って生まれた身体性というものは奇跡の複合物そのものだ。大半の動物に当然のように備わっている筋肉の収縮ひとつ取っても、それを機械装置で再現するのは非常に難儀なことで、神経細胞網と各感覚器官/受容体間で取り交わされるシグナル変換は極上のセンサ・センシング技術そのものだし、それこそ各臓器の機能を肩代わりするために、人工臓器に携わる科学者たちは世界中で研鑽を続けているわけで――だったら端から再現することなく、それらの機構をそっくりそのまま装置に組み込み、空気圧や電気刺激なんかで直接制御してしまおう・・・・・・・・・・というのが当該分野の基幹となる思想だった。

そうして台頭し始めたネクロボディクスは主だって動植物のそれを研究対象として細々と発展し続けていたわけだが、数年前、この奇矯なる分野はついにその穂先をヒトの人体へと伸ばし始めて……当然、良くも悪くも一大センセーションを巻き起こした。

元より筋電義肢や機械義眼、ブレイン・マシン・インターフェースなど、無機と有機とを繋げる侵襲式の人工器官の研究は日進月歩の勢いで発達しているのだ。つまり先行する隣接分野の研究資源を用いるかたちで、いわゆる「ヒト式ネクロボティクス」の研究は大いに発展していくものと思われたのだが、しかしネックとなったのは倫理面における世間とのコンフリクトだった。

当然、そこに用いられるのは死体だ。自身で意思表示をすることのない、苦痛を感じることのない誰かの死体。それこそ学問の発展のために貴重な生命を散らす実験動物を用いるわけではないので、考えようによってはより健全な構造がそこには存在するわけだけど、しかし世間の反応は、むしろ真逆だった。

すでに動物愛護団体や特定の宗教団体から手痛く批判されていた当該分野はいよいよ糾弾の的となり、故人の尊厳を毀損してその身体をおもちゃのように弄り回す明確な「社会の敵」として迎えられた。

学内一の奇人として有名だった一膳飯いちぜんめし教授の主催するゼミに参加してネクロボティクスの一端に触れ、そこから感銘を受けるまま、まっすぐ彼の人の研究室に三年次で早期配属された僕と南足は当然、相応に肩身の狭い思いをした。変人扱いは元より、サイコパスにソシオパス、快楽殺人鬼予備軍に屍体性愛者、劣化レクター博士に全身七十〜八十年代イタリアンホラー野郎などなど、事あるごとに方々で心無い言葉を浴びせかけられたりした。

そもそもとして奇矯な分野だ。従事するにあたってそれぞれに思惑があったり、あるいはなかったりするのだけど、だからといって志だけで世間の圧力を受け止めきる程度には、僕たちの心は頑丈にはできていなかったのだ。要するに、僕たちはめっちゃへこんだ。めちゃめちゃにへこんだので、そのあたりの風潮に対して必要以上に過敏になっていたのだ。

「まったくもって、余計なことをしてくれたもんだ。ただでさえ、誰も彼もが狭量過ぎっていうのに……。なぁ?」

なんとなく居心地の悪い思いをしていると、決まって南足はそう言って「俺たちのこの研究が、将来とんでもない利益を社会に対して齎すかもしれないってのに……だのに、こうして基礎研究は先細ってゆく一方で、まったくもって、国力低下もやむなしだな!」と、日焼けした同輩は困ったふうに唇を折り曲げるのだ。

それは皮肉というよりも、なんとかして現実と折り目をつけようとする姿勢の現れで、僕よりも一年浪人しているせいか、そういうときの南足はひどく大人びてみえた。

「それにこいつらとは違い、俺たちは最低限、ご遺体に対して敬意を持ってるつもりだ。大切な誰かの家族だったり友人、恋人だったりする誰かの身体だからな。そう思うと、おいそれと無駄にはできんぜ?」

もちろんだ。僕は神妙に頷きながらビニール製のパッケージを開き、二本目のちくわを手に取った。

現状、ネクロボティクスという分野自体が微妙な領域に置かれていて……ともすれば、連日行われる研究は「遺体損壊」そのものだ。にもかかわらず、それが学問として成立しているのは生前の本人による遺体提供の言質――医療解剖と近しい「献体」のかたちで遺体を合法的に確保し、各種法規や制度の狭い隙間を?い潜っているからに他ならない。

すでに一学問として認可されて諸々の制度が緩和され始めている諸外国とは違い、まだまだこの国ではネクロボティクスに対する風当たりは強く、不寛容だ。一膳飯教授はもとより、各界に潜り込んだいわゆる「理解のあるお偉いさん方」が各所に訴えかけて、なんとか合法的に、大手を振ってこの分野に打ち込める土壌を整えようと清濁併せ呑むような「ロビー活動」に勤しんでくれているみたいだけれど、今のところ、その成果は芳しくなかった。

なにか致命的な間違いや瑕疵がひとつでもあれば、明日にでもすべてがご破算になるような、そんな薄氷の真上でタップダンスを踊るような日々を僕らは送っていて「……しっかし、マジで笑えるよな?」

研究室の中央で、夏季休業中に開催されるネクロボティクス・コンテスト用の機体を調整していた先輩がせせら笑うように声を上げて――彼の人こそが、僕たちの鹿羽しかばね先輩だった。

「ほら、テキトーに信号流したら、指、動くだろ? これ使って、上手いこと『じゃんけん』出来ないかな〜? って思って、あれこれ試してンだけど……ぎゃはは! 無理だわ。はぁ、マジで使えねぇ」

先輩は机上に乗せられた腕――そう、提供された献体から切除された腕に電極パッドを繋ぎ、パルスジェネレーターから電気刺激を与え、闇雲に動作させていた。人体を動作させるための活動電位や血流を人為的なそれと入れ替え、疑似的に生前の動作を再現することがネクロボディクスの基本だ。つまり先輩はその基礎に触れているだけだったのだが、しかし今は実験や研究外の休み時間だった。きっと、先輩は人一倍研究熱心な人なのだろう。そのように僕は先輩の行為を解釈するけれど「ちっ」と、聴こえないほど小さな音で南足が舌を打つのが聴こえた。

「俺たちがどれだけ心を砕いても、アレだからな。まったく、気が滅入るぜ……」

なおも先輩はどこかにやけた表情を浮かべながら、名前も知らない誰かから孤立した腕部に闇雲にパルスを与え続けていて、その隣で、涼し気な表情を浮かべる葉蒲さんと目が合った。切れ目がちの彼女の瞳は影よりも黒く、その瞳孔に捉えられ、抜け出せなくなった光がその底部で凝り固まっているようだった。僕と彼女は時間にして二秒ほど見つめ合うも、僕にはさして興味がないのか、ぷいと目を逸らされてしまう。

「……葉蒲も、先輩のなにがよくて付き合ってんだろうな? マゾなのか……あるいは、潜在的な反知性主義なのか?」南足は小声で言って、

「まぁ、先輩にもいいところあるし。ほら、こないだだって、雨の日に捨て猫を拾ってきてたし……まぁ、噛まれて、すぐに川まで捨て直しに行ってたけど……」

「もっと酷くなってるじゃないか」南足は思いっきり怪訝そうな表情を浮かべて「葉蒲もだけど、なんでお前も、あのゴミクズみたいな先輩に肩入れしてんだ? お前はいいヤツだが、正直、そこだけは理解できん」

「そうかな? 僕は先輩のこと、かっこいい人だと思うけど」

「くそっ。なんだか俺だけが変人みたいで、頭がおかしくなりそうだ……」

ぼんと、ジェネレーターから小さく炎が爆ぜる。どうやら先輩が配線を間違えたらしい。「うおっ、やっべ」と小さく叫びながら先輩は葉蒲さんが差し出したハンカチをふんだくるようにして受け取り、ショートした配線コードに押し当て、生じた火種をもみ消す。

「なんかオレ、配線類って全部ダメなんだよなァ。なんでか知らんけど、絶対に火ィ噴いちゃう。前世でスパゲティ屋でも殺したんかなぁ?」

「配線以外も、全部駄目じゃないか……」南足はそっぽを向いて毒づいて、先輩の手の中で彼女のハンカチは無残に焼き焦げ、研究室内に、ぷんと肉の焦げる臭いが漂った。

「ハッ、先に火葬が済んだな。葉蒲、なんだっけ? こういうの、なんにせる? って言うんだっけ?」

ただ一言、葉蒲さんは「荼毘だび」とだけぽつりと呟いて、

「それだ。伏せって・・・・やったぜ。その『ダヴィ』ってヤツにな……!」

先輩は得意気に指を鳴らす。呆れたように南足は首を振り、僕は黙々とちくわを胃袋に収めていく。そんな胡乱な有り様を葉蒲さんは無言で眺めていて……それはいつだって周囲に在った、僕らのありふれた日常で、そのような日々がいつまでも続くと思っていたのだ。

その時期は。

 

2

 

準決勝前に、調整のために十邑井はマシンを屋外へと持ち出す。軽く挙動を点検しておきたかった。先の試合中、制御系にわずかな違和感が見受けられたからだ。

昼食代わりにブロックタイプの栄養食を齧りながら、機体を抱えて会場裏まで足を運んだ。なるたけ温度の低そうな日陰を見繕い、そこで調整を行った。マシンには諸々の防腐処理を施している。こんな短期間で人体由来のパーツが痛むとは思えなかったが、それでも極力、不安材料は廃しておきたかった。機体を構成するシリアルリンクの可動軸やアクチュエータ、回路構成、センサ類を念入りに見直し、雑菌の繁殖を防ぐため、脚部に用いている人体部分を消毒する。脚部機構に組み込まれたかつての誰かの指先を、つやつやと、すべすべと。慈しむように、念入りにやった。点検を始めて、わずか十分足らずで全身から汗が噴き出す。八月も盛りを過ぎた頃だというのに、猛烈な暑さだった。

無骨な金属脚の先端には人間の指が接続されている。まったくもって、人体というものは偉大だ。しなやかな筋肉につつまれた骨格はそれ自体が活力を生み出す天然のクッションで……こんなにもありふれたものにもかかわらず、依然として人類はこれを完全には再現できていないのだ。筋肉だけではない。火力発電を上回る変換効率でエネルギーを取り出す消化器官も、姿勢反射によってなめらかに二足歩行を実現する平衡感覚も、外部刺激を電気信号へと変換する感覚器官系も、そのすべてが筆舌し難い複雑怪奇な構造を有していて、このような進化の奇跡に触れるたびに十邑井は、生命は神的な「なにか」から設計されたというインテリジェント・デザイン思想に拘泥してしまう人々の肩を持ちたくなってしまう。

端末のキーを叩き、あらかじめ入力されていた筆木謹製の操作アレイを一通り試す。プログラムに異常はなかった。すると問題は、ソフトではなくハードか。十邑井は機体を手に取り、全体をまじまじと観察する。マシンの脚部機構を見直すと脚部フレームに取り付けられていた指が一本、根元から取れかかっていた。ありがちな凡ミスだ。単純に、接続部が甘くなっていただけだろう。なにかに抗議するようにぴんと伸びたかつての中指を、もう一度フレームに押し込みなおす。これで当面の懸念は払拭された。十邑井はほっと息をつく。連日の酷使が祟って、フレームに致命的な歪みが生じていたり、あるいは指自体が硬直したり壊死してしまったことを懸念していたが……どうやら杞憂で済みそうで胸を撫でおろしていると「おう、久しぶりじゃないか」

ぷんと、線香の香りが鼻先をかすめた。十邑井は振り返り、そこにいたのはマッシュルームのような髪型に丸い眼鏡をあわせたいかにも陰気そうな男と、髪色を派手に染め上げ耳の縁にずらりとピアスを並べたサーファー風の青年の二人組だった。普通に生活していればまず接点を設けないような、アンバランスな組み合わせだ。

「一年ぶり」と、十邑井は彼らに申し訳程度に会釈して――〈王城工業大学〉の印堂いんどう橋渡はしわたしだった。前年度の、準優勝校の……。

「さっきの試合、見てたぜ? 中々じゃないか。とくに、マシンのクッションがいい。非常に弾力があって、それでいてパワフルだ。どうやら次の試合は中々に楽しめそうだぜ……?」

外見とは裏腹に、矢面に立つのはいかにもオタク青年風の印堂で、

「ありがとう。お互い、次の試合はがんばろう」

十邑井は低頭しながら、申し訳程度の社交辞令を交わすが、

「……それ・・に使ってる素体、そこらへんに出回ってる爺さん婆さんのご遺体じゃないな? 若い男のご遺体だ・・・・・・・・……。そうだろ? 他のボンクラどもとは違って、おれの目は誤魔化せないぜ……?」にじり寄るように、印堂は顔を近づけてきて「――それ、あいつの死体を使ってるのか・・・・・・・・・・・・・?」

彼が目でさすのは手の中にあるマシンで、その問いかけに、十邑井は答えなかった。

「お前たちの先輩が亡くなったってのは風のうわさで聞いたが……マジで使ってんのか? だとしたら、さすがに頭、おかしすぎんだろ」

「おい、さすがに言い過ぎだって……? 多分なんか、あるんだろ。色々、事情とか、よぉ……」

その物言いに、見かねたようにして橋渡が声を潜めるが、

「あぁん? 正真正銘、事実だろうが?」印堂は取り合わなかった。

「いくら勝ちたいからって、フツー、世話になった先輩を機体に組み込むかァ? まるきりサイコだろ? 倫理観、どうなってんだよ? マジでオゾいわ! 脳みそぜんぶ腐ってブルーチーズになってんじゃねぇか?」

「印堂、やめろって……!」

「止めてくれるな、橋渡! おれは業界の未来のために、そしてひとりの誇り高き〈ネクロボコニスト〉として、こいつに言ってやってんだ!」

ロボコンに参加する学生を「ロボコニスト」と呼ぶため、ネクロボコンのそれは「ネクロボコニスト」と呼称されたが、長いし語呂も悪いと十邑井は思う。

「思い知らせてやるよ。おれたちは、絶対にお前らみたいな頭のネジの外れたサイコ軍団に負けたりはしねぇ……!」

「あいにく、僕は君たちほどには『勝ち負け』には頓着していないけど……」十邑井は、そう前置きして「単純に、証明したいんだ。僕たちの作ったものが、誰よりも優れているって」

十邑井がそう告げると、印堂は更に激高して「……じゃあなんだ? おれたちはお前の『証明』とやらのための、単なる邪魔な『障害物』ってことか? あ……?」

「そこまでは言わないけど……だけど僕の先輩は、君たちなんかには絶対に負けないと思う」

「……こいつ、認めやがったな? やっぱり使ってるじゃねぇか、知り合いの、ご遺体をよ……!」

印堂の言う通り、今のは失言だった。しかし今さら発言を取り消したり、取り繕うつもりはなかった。図らずとも、それなりにやる気になっていたからだ。

「正真正銘のサイコ野郎がよ……! そもそもお前らの先輩には去年、煮え湯を飲まされて……なんだよ? なんで負けたクセして『日本の未来が不安になるくらい想像力が欠如している』だの『使ってる死体だけど、お前みたいなヤツに使われたんじゃ、マジで生きてた意味がなかったな』だの『お前の髪型、まるでチンポみてーだな』だの、散々オレたちのことを罵倒してたんだ? アイツ? ……くそっ、思い出したらまた腹が立ってきた! 絶対にトラウマになるレベルまでブッ倒して、二度とコンテストに出られないようにしてやる……!」

「どのみち僕たちは四回生だから、参加規程的に、もう二度と出られないさ……!」

「なんだとぉ……!? 」

「おい、印堂! マジでそこまでにしておけって! オレたち、同じネクロボコンに参加する仲間だろーが! なんで喧嘩してんだよ! 仲良くしようぜ? なぁ……? オレ、なんだか悲しいよ……」

橋渡の制止も空しく、いよいよふたりは差し向い、にらみ合い、この場でどちらかが死体にならないと気が済まないというレベルまでヒートアップしていたが「――十邑井くん」

ふたりの間に割って入るように声を投げたのは、葉蒲だった。

「南足くんが呼んでる。試合前に、相談したいことがあるって」

彼女は有無をいわさずそう告げて、その一言で一気に頭が醒めた。

「ああ、きっと試合中のポジショニングのことだ。……わかった。今いくよ」頭を振って十邑井は気持ちを切り替えて「それじゃあ精々、いい試合をしよう」

一方的に言い残し、十邑井はその場を立ち去ろうとしたが、

「『いい試合』だって? ふざけるな。お前たちみたいなサイコ軍団には一点も与えず得点しまくって、最悪の塩試合にしてやるぜ……!」

「安っぽい挑発に乗らないで」十邑井の耳元で、葉蒲はそう告げて、

「わかってるよ」

「ありがとう。聞き分けが良くて、助かる」

咄嗟に「誰と比べて?」と訊きそうになったが、その言葉をぐっと飲み込む。

様々な事象が着地することなく、十邑井の脳裏に嫌らしくぶら下がっていて――死体、試合、倫理、葉蒲、そして、先輩のこと。そのどれもが、内に抱えた焦燥感を肥大化させながらその存在を主張していて……いや、これ以上は考えるのをやめよう。不毛な思考だ。それに次の試合に勝てさえすれば、その大半が払拭されるに違いない。そのように十邑井は思考して「殲滅してやるぜ……! 輪州大学……! この世に生まれてきたことを、帰りの新幹線の中でありえんくらい後悔させてやるぜ……! 覚悟しろ……!」

背中に刺さるどこか恨めしい視線を引き千切るようにして、歩いた。

 

肉眼解剖教室グロスラボさながら、分解され、切り刻まれた人体片が丁寧に並べられていた。

「あたし、単位も取りやすいし、卒論も比較的楽だって聞いてたから……だから、先生のゼミに参加したんですけどぉ……」

この秋からの新参者である筆木が、沈鬱な面持ちで声を漏らす。筆木は南足の高校時代の後輩だ。彼女はいかにも落ち着かないようすできょろきょろと周囲を見渡していて、大方やつの甘言を鵜呑みにするまま、大した心構えもないままにここまで来てしまったのだろう。それはそれで迂闊だとは思うけれど、しかし筆木の反応も無理もなかった。なにせ僕らだって、研究活動の一環でこんな場所に足を運ぶことになるとは夢にも思っていなかったからだ。

――火葬場なんかに。

桐で作られた白い棺の中に、無数の断片たちが「ことり」と丁寧に敷き詰められている。本体から切り離され、もう二度と動くことのないそれらは研究室に持ち込まれた「献体」の一部だ。それらを用いて、僕たちは日夜ネクロボティクスの研究に打ち込み続けている。当然、正常な動作性を確認するためには死体の「鮮度」が必要不可欠とされて、ホルマリンをたっぷり含んだ防腐液を血管内に行き渡させることで腐敗の進行をある程度は鈍化させることができるけれど、それにしたって「限度」というものがあった。だから一膳飯教授の研究室では年に数回、使用に耐えないほど黒ずみ、痛みがひどくなったものをこうして焼却することになっていたのだ。

「ほら、もう一度よく見なさい。これが、皆さんが散々お世話になってきたご遺体ですよ」

それらを焼却する前に、教授は学生たちにそれを見せつける。教授は杖をつき、並べられた複数の箱の中身をゆっくりと見分していく。その足取りはわずかにぎこちなく、教授の片脚は機械製の義肢と置換されていた。

僕らは棺の中を覗き込む。研究室に届く前にそれらは腑分けされ、あらかじめ利用できる臓器の類はあらかた取り除かれている。筋と骨ばかりが残された遺体の断片はまるで「食べ滓」みたいで、それを見て、僕はなんとなく食べ終えたフライドチキンのバケツを想起していた。

「最後まで『部品』扱いでは、仏さまに申し訳が立ちませんからね。精々に、感謝するように」

しみじみと染み入るような声色で、諭すように教授は言うけれど「へいへい。これまで長い間、『お勤め』ご苦労サン」と、鹿羽先輩は黒く変色した屍者の足を箱の中から取り上げ、ぷらぷらと所在なさげにその先端を振り回していた。

奔放な先輩とは対照的に、人一倍ネクロボティクスに情熱を傾けている南足は存外に深々と頭を下げていた。通常、解剖学などの現場では遺体を対象化――つまり、単純な「物体」として扱うことが必要不可欠だとぼくに教えてくれたのは、南足その人だった。それほどまでに、人間が遺体と向かうことは精神面に負荷を掛けるものらしい。現に僕らは、研究室に運ばれてくる献体をあくまでも筋繊維や骨肉で成形された「部品」として扱うようにと教授からも指導されていたけれど、にも関わらず、南足の態度は真摯そのものだった。

そこに最低限の「敬意」は必要とされるということだろう。

「この人たちはちゃんと『生きてた人間』だったって、忘れないようにしないとな……」

屍者たちの断片に向かって、噛み締めるように南足は言って、

「だよな。こいつらをオモチャ扱いするような不届きなヤツは、絶対に許せねェぜ……!」

先輩がそう言った瞬間、彼の人に視線が一気に殺到した。

「そもそも、どうして私たちはご遺体にある種の忌避感や嫌悪感を抱いてしまうのでしょうか?」

棺から僕たちへと視線を移しながら、教授は問うて、

「生物としての本能……『死体がある』ということは、相応に周囲に危険があることが多いので、無意識下での逃避行動としてそれが採択されるのでは?」淡々とそう答えたのは葉蒲さんだった。

「もちろん、それもあるでしょうが……一番の理由は、大多数の人たちが、死体が変形してゆくこと自体に耐えられない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・からです」

即興の講釈が始まり、僕たちは教授の話に耳を傾ける。

「生き物が死ぬと、まず『自己分解』が始まります。生前に機能していた細胞による制御が停止し、酵素が細胞構造を侵食し、内部の体液が漏れだします。そうなると皮膚がゆるんで脱落し始めます。〈スキンリップ〉と呼ばれる現象ですね。さて、身体の内外に漏れだした体液は当然、それ自体が細菌の集落と化してしまい、死体自体が丸ごと彼らの『ごちそう』になります。身体中で繁殖した細菌は死体を食べながら分解してガスを排出しますが……当然ですが、死体はおならやげっぷをしません。口も肛門も塞がっているからです。よって、排出されないガスはその内側にたまり、結果として遺体は『膨張』します。それからたっぷり一週間程度をかけ、限界まで膨らんだ死体はぴりぴりと破裂して、細菌や蛆なんかの虫類に食い尽くされるかたちで最終的に液状化します。これらが基本的な『腐敗』のプロセスですね」

どこまでもおだやかな語調で、教授は語り続けた。

「〈九相図くそうず〉という、野晒しになった死体が段階的に朽ち果てていくさまが描かれた仏教絵画がありますが、ちょうどああいった感じですね」

さっそく携帯端末で検索したらしい筆木が「うげ」と小さく悲鳴を漏らす。僕はそれをちらりと盗み見して……なるほど。それは僕にとってどこか馴染み深い光景だった。

「かくも、ご遺体が辿る腐敗の行程は壮絶なのです。それが見知った人ならなおのことでしょう。つまり私たちは人体が醜悪に変形して、元のかたちからかけ離れてしまうこと・・・・・・・・・・・・・・・・・に強い忌避感を抱くようで……ご遺体を生前の姿へと近づけようとするエンバーミングが発達したのも、そのような背景があるのでしょう」

教授の話はとても有意義だったけど、同時にどこか非現実的な響きを伴っていた。なぜなら僕たちの日常というものは、過剰なまでに「死」の質感から隔離されているからだ。

定期的に研究室に運ばれてくる「献体」に触れる僕たちだって、そこにあるはずの死の瞬間をまともに見たことがなくて、妙な話だと思う。僕たちの身の回りにある物質の大半は、多かれ少なかれそれが生成される過程で動植物の死が介在している。毎日の食事だって、身に着ける衣服だって、僕たちの周囲に満ち溢れる物質文明はなにかしらの死の集積体だ。連日連夜、僕らは死体を、命の成れ果てを喰らう。植物だろうが、獣肉だろうが、そこに大差はない。にもかかわらず、その行程上で必ず発生する死の過程は巧みに隠され、こうした場所でもない限り、それが表面化することはない。

僕は思索する。それが肉体から引き剥がされ、生者が死者へと置換される瞬間は徹底的に生者の生活から遠ざけられ、隠蔽されている。……なぜだろうか? そこまで躍起になって距離を置きたくなるほど、それはおぞましいものなのだろうか?

「――古来から、人々は魂の在処ありかを求めました」

無暗に深化し始めたとりとめのない思案の中から、意識を引き戻す。いつの間にか、教授の講義は新しい段階へと進んでいた。

「古代エジプトでは人の魂は〈カー〉と呼ばれ、心臓に宿るといわれていました。バビロニア人は肝臓に、メソポタミア人は胃に魂が宿ると考えていたようですね」

「それで? センセーは『それ』がどこにあると思ってるンだよ?」

手の中にあった人体片を箱の中に放り投げながら、面白がるように鹿羽先輩は問うて、

「そんなものは、ありません」きっぱりと、教授は答えて「魂は、意識は、脳内で生じる単なる現象・・・・・です。脳内で巻き起こる神経伝達物質と活動電位からなる化学反応に誰もが大層な名前を付けて、素朴にありがたがっているだけなのです」

即答だった。その反応速度に「おっ、おう」とわずかに先輩は身動ぎして、

「魂も、それこそ生き物を生き物たらしめる命だって、突き詰めればただの現象ですよ。特別、神秘的なものではありません。そう思えば、なんとなく死ぬのも怖くなるような……そんな気がしませんか?」

そういって、教授はひどくおだやかに微笑むのだった。

「……ハッ、しょうもねぇ」先輩は呆れるように肩を竦めて、

「そういう先輩は、どう思うんですか?」多少憮然としたようすで、南足は訊く。

「オレか? オレの魂は……不滅だ」

得意げに先輩は口角を持ち上げる。それは微妙にズレた回答だったけど、きっぱり言い切る先輩はやっぱりかっこいいと思った。

「で? 不滅の魂を持たないお前は、どう思う?」

急に水を向けられてしまう。何を訊きたいのか今ひとつよくわからない不明瞭な問い掛けに、僕は「えっ、と、べつに長生きはしなくてもいいけど、健康だけは大切にしたいですね……」とむにゃむにゃした答えを返しつつ、頭の奥では、まったく違うことを考えていて――魂の重さは、二十一グラムだという。

それは二十世紀初頭のマサチューセッツで、ダンカン・マクドゥーガル博士によって導かれた信憑性に欠けたある種の真理だったが、しかしこのあまりにも有名なレトリックが脳裏に浮かぶたびに、ぼくはある考えを想起するのだ。

二十一グラムしかないのなら、それに大した意味なんて無いんじゃないか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・? と――。

 

3

 

『――これより、王城工業大学と輪州技術科学大学による、準決勝戦を開始します』

試合が始まる。十邑井たちはてきぱきと、用意した機体をフィールドに配置する。

公平を期すために、毎年、競技ルールは更新されることになっていた。自動制御型のマシンと人間が直接制御するロボットの二機種を用いるという大前提は不変だったが、年度によってその運用法は大きく様変わりする。数々の障害の配置されたフィールドを舞台に、指定された荷物を別の場所へと運ぶシンプルな動作が競技課題として採択される年もあれば、ネムコンや投壺とうこ、ラゴリなど日本ではマイナーな海外のスポーツやゲームが選ばれる年もあって、そして今年採択されたのは、小型のボールを相手方にゴールへ押し込み、その得点を競い合う球技――いわゆるオーソドックな「サッカー」だった。

選手としてフィールドに立つのは三人。十邑井はマシンのオペレーターとして端末を介して機体を操作し、葉蒲と南足はフィールド外周の中央部まで進出し、それぞれが戦局と機体の監視役として自律機である〈ゴリアテ〉の挙動を注視する。蜘蛛を思わせる多脚構造を有したマシンに対して、ロボットは大小ふたつの円柱を縦に積み重ねた、どこか「雪だるま」を思わせるどこかユーモラスな形状を有している。筆木はトラブル発生時のピットクルーとしてフィールド外に控えていた。

一膳飯教授は会場に足を運んでいなかった。単純に、コンテストには興味がないのだ。しかし十邑井たちは違う。勝ちたい。勝って、証明したかった。自分たちの日々の研鑽の、あたら若い青春を燃やして設えた結晶の、その有用性を。

十邑井はラップトップ型端末を開き、蜘蛛形のマシン――〈シド〉を起動する。キーを叩き、端末上に専用のアプリケーションで再現した操作盤とマシンの接続をてきぱきと確認しつつ、ちらりとフィールドの対岸へ目線を投げた。

先ほど顔を合わせた印堂と橋渡は自分たちと同じように機体の最終調整に掛かりきりだったが、ふいに印堂と目線が交差する。戦意に満ちた熾烈なまなざしが十邑井を突き刺す。数秒間、彼らは睨みあったが、どちらからともなく目線を外した。

一分間のセッティング・タイムが終わると、試合開始を告げる電子ホイッスルが甲高く鳴った。キックオフ。配置された機体群が一斉に蠢き始める。電動アクチュエーターが奏でる甲高い駆動音をまき散らしながら、今一度、屍者たちが蠢く。

鍛えられたアスリートとは違い、試合の中心はあくまでも機械だ。全体的な試合展開は緩慢と思われがちだが、実際のところはそうでもない。十年前ならいざ知らず、現在のロボコンはかなりのハイペースで進む。しかもこれは通常のコンテストではない。機体に人体部品を組み込んだネクロボコンだ。現に、試合開始と同時に敵機は凄まじい速度で駆動して「う、え……! なんです、アレ……?」

後方で、露骨に筆木が悲鳴を漏らす。直後、観客席からもどよめきがあふれて「……なるほど。たしかに合理的だ」

生粋のエンジニアである南足が顎先を撫でながら頷く。

王城大学が用立てたマシンは肘先から切断された二本の腕を抱き合わせるようなかたちで上下に重ね、そこに申し訳程度に車輪を備えたような奇怪な代物だった。

ざわめきが、会場内を埋め尽くしていた。十邑井は先の教授の話を思い出す。相応に忌避感があるのだろう。そのマシンは、否応なく見る者に強烈な「死」を想起させ――ネクロボティクスにおいて、人体をそれとなく機械部品としてなじませるような、なるたけ生前の姿を想起させないかたちで装置に組み込むことが暗黙の了解で、慣れ親しんだ慣習だった。つまり、印堂たちはそのタブーに真っ向から挑んだかたちになる。

「行けっ!〈デュエル・フィンガー〉!」

印堂は威勢よく機体の名を叫び、携帯型ゲーム機に搭載した手製のアプリケーション・ソフトを介してマシンを操る。大倫の花のように優美に広がり、わさわさと奔放に蠢く十指の真下で、車輪が躍動する。フィールドの中央に配置ボール目掛けて、一直線に。果たして試合開始からわずか十秒足らずで、印堂の操るマシンは金属フレームで拡張/延長された十指を伸ばしながらボールをはっしと捉え、そのまま猛加速しながら十邑井たちの陣地に突っ込んでくる。

「速いぞ!? 十邑井! そいつの動きを止めろ!」

南足の要請に、十邑井は無言で頷く。端末のキーを叩き、すかさずシドを制止に向かわせたが、しかし、無駄だった。印堂のデュエル・フィンガーは両の手の先でボールをがっしり保持したまま、矢のように突進する。そのまま追いすがるシドを速度で振り切り、ボール前に配置されたゴリアテを苦もなく避けながら、機体もろともゴールエリアに侵入して――電光石火の勢いで、得点。もちろん、通常のサッカーの試合なら手を使うことは反則だったが、しかしこれはサッカーではない。ネクロボコンだ。不平不満を並べる者は皆無だった。

「ッしゃあ! まず一点!」

マッシュルーム・ヘアを振り乱しながら印堂がガッツポーズを決める。場の空気が一変する。ふつふつと、漠然と場に満ちていた高揚感が冷めてゆく。「まずは様子見」なんて、そんな生ぬるい姿勢が通用する相手ではなかった。

「かなりの強敵だぞ……? 十邑井……!」

南足は首下に浮かんだ汗を拭う。いつもは気丈な南足が、目に見えて狼狽していた。それほどまでに、今の一点は痛烈で……しかし十邑井の意識は、あろうことか別の場所へと注がれていて――先輩、相手は間違いなく強敵です。かつてないほどに……。ですが……そんなことよりも、どうですか? 力いっぱい・・・・・サッカーを楽しめていますか・・・・・・・・・・・・・? ねぇ? 先輩――?

心中で、十邑井はフィールドを駆ける自律機に語り掛けていた。

 

「くそっ、あの馬鹿野郎が……。力いっぱい殴りやがってよ……」

赤く腫れた頬をさすりながら、鹿羽先輩がぼやく。

「生きてる人間すら大切にできないのに、死人にやさしくできるわけがないだろうが……。なぁ、お前もそう思うだろ?」

その問い掛けに、僕は曖昧に頷き返すことしかできなかった。午前一時半、学校近くのラーメン屋のボックス席で、僕と先輩は差し向っている。

事の顛末は先輩と南足との間で生じた諍いだった。原因は例の如く、先輩が配線を誤って献体を発火させたことで、まぁ、そこまではよかった。あまりよくはないけれど、そこまでならありふれた日々の出来事として埋没していくだけだった

「悪かったって」生じた小火ぼやを消し止めながら、先輩は謝罪の言葉を口にして、

「ったく、とんだ厄日だぜ。今日は誕生日だってのに……」片付けを手伝いながら、南足はそうぼやいて――それがいけなかった。

「なんだ、お前、誕生日なのか! だったら盛大に祝わなきゃだな!」

先輩は未だにぶすぶすと燻った煙をあげ続ける献体片手に、あろうことか「ハッピー・バースデー・トゥー・ユー!」と歌い始めて、そして南足は、キレた。

研究室で、ふたりは取っ組み合いの喧嘩を始めてしまう。

「いくら先輩だろうが、今日のところは我慢ならん! 前から思ってたけど、あんた、なにもかも馬鹿にしてるんだろ!?」

「アァン!? これくらい、どうってことないだろうが? これくらい、かわいいユーモアの範疇だろ? ユーモア! てかお前の方こそ、死人を過度に持ち上げ過ぎなんだよ! そんなに生きてる死人が好きなら、今ここで息の根を止めて、お前も献体にしてやるぜ!」と、先輩は中指を立てながら好戦的に煽り散らかすも、それから数分間、先輩は南足から執拗に殴られ続けていた。それはあまりにも一方的な蹂躙だった。僕が止めに入らなければ、先輩は死んでいたかも知れない。

そんなこんなでたっぷりと禍根が残ったものの、その場はなんとなくなぁなぁで収まった。下宿先に帰った僕は鍋からインスタントラーメンを直接啜りながら、ダイバーが海底に繁殖したウニをハンマーで叩き潰す動画をぼんやりと眺めていたのだけど、何故だか日付が変わったころ、珍しく先輩から連絡があった。

『特別に奢ってやるからよぉ……ラーメン、食いに行かね?』

望外の誘いだった。いや、まさに今、現在進行形で同じものを食べているのだけれど。しかし無碍にするには、それはあまりにも稀有な提案で――そうして電話一本で呼び出されて、今に至る。

しんと冷え切った路面は冷たく湿っていて、雲った窓の向こう側では都市が霞んでいる。店内には僕たち以外の客はいなかった。店主もカウンターの奥に引っ込んで競馬新聞を眺めている。静かな夜だった。

「美味しいか? 十邑井?」

ラーメンを啜る僕の姿を、頬杖をついて先輩は眺めていて、

「はい。おいしい、です……」

本日二食目のラーメンを渋々胃の奥へと送り込みながら、僕は曖昧に微笑み返す。

「そっか。お前ら、こんなゴミクズみてぇなモン食って喜べるのか。舌が馬鹿だと幸せだな」

そういって、先輩は親の仇のようにセルフサービスの高菜を容器から取り出し、自分のどんぶりの中に山盛りにしてゆく。

「お前よぉ、十邑井」

手元で即席のボリューム系ラーメンを作成しながら、どこかぎこちなく鹿羽先輩は訊いてきて「……なんでお前、おれみたいのに懐いてんの?」

それは先輩らしからぬ、どこか湿っぽい態度だった。だからなんとなく、はぐらかす気にもなれず、僕はすでに伸び始めていたラーメンから箸を外して「僕は昔から失敗ばっかりで、人生、やり直したいことばかりで……だから、かな? 先輩みたいに自分に自信がある人って尊敬しちゃうっていうか、格好いいな、って憧れてるんですよね……」素直な気持ちを打ち明けた。

「ふーん、そっか。物好きだな。だったら精々、人生の先輩として大いに参考にしてくれや」

案の定、口を付けるつもりはないらしい。先輩は高菜まみれになったラーメンをどんぶりごと脇に寄せて、

「……葉蒲さんは、何って言ってるんですか?」

思いきって尋ねてみた。それはどこか、心中にいつもぶらさがっている、いまだ死にきれない嫉妬や悔恨たちにとどめを刺すようで、僕は諦めたかったのかも知れない。

「葉蒲かぁ……。いや、先に粉かけたのはオレからだけど、あいつも、正直よくわからん女だからなァ……」

だのに、先輩はつれなく躱して、それきり押し黙ってしまう。

しばらく、どこか居心地の悪い、無言の時間が続いた。

ガラス張りの厨房の奥で、簡素なつくりの調理ロボットが挽肉用の豚肉を刻んでいる。マニュピレータに接続された包丁で叩くように肉を切り続けるロボットのボディの上には、何の冗談かコック帽を被ったマネキンの首が乗せられている。

「……まぁ、そうだよな。オレの周りの連中はどいつもこいつも、そもそも頭がおかしいんだろうな」思い出したように、ぽつりと先輩は呟いて「そもそもマトモなら、誰かの死体を弄り回してロボットにするような、わけのわからん分野には手を出さねぇか……」

「だったら先輩は、どうして……?」

ネクロボディクスに従事しているのだろうか?

「知ってるだろうけど、ウチ、アホみてーに金持ちなのな」

聞いたことがあった。先輩の実家は地方のさる名家で、なんでも一族から何人も政治家を排出しているのだという。

「おれみたいなのでも、親とか親戚とかからケッコー期待されてる時期もあってさ……ほら? オレ、『シンドー』? ってやつだったから、将来の跡継ぎとしてアレコレ依怙贔屓されたよ。だけど、本当はサッカー選手になりたくて、ガキのころも地元のチームにも入ってて――結局、オフサイドのルールは最後まで覚えられなかったけど――でも、中学入る前に無理矢理辞めさせられちまった。そっからは毎日お勉強漬けと人脈作りなんかの『地固め』が続いて……要するに、連中の考える〈将来〉の中には『球蹴り遊び』は必要ないってワケだ。まったく、オレという偉大なる才能を失ってよぉ、これって過去一万年間におけるサッカー界最大損失なんじゃねぇか? なぁ……?」

先輩は滔々と語り続けて……どうでもいいけど、サッカーを辞めさせられたのはもっと別の理由からなんじゃないかとも思った。

「そうして、散々っぱらあれこれオレに押し付けやがったクセして、オレが『期待ほどじゃなかった』ってわかった途端、それで『ポイ』だぜ? 散々ヘーコラしてた連中も、オレなんかよりよっぽど出来のいい弟に掛かりきりでよ……いや、まぁそれはいい。一パーセクもよくはねぇけど、納得は出来る。人生、そういうこともあるだろうさ。でもよ、その辺りを仕切ってる一族で一番エラいジジィがいるんだけど、そいつ、もう百歳超えてて、全身管まみれで機械に繋がれている状態で……ジバン? だかカンバン? の都合で、絶対に死なせてもらえねェんだと。……なんなんだろうな? 苦労して死ぬほど偉くなったところで、行き着く先は生きてるのか死んでるのかよくわかんねェ惨めな有り様で……なんかそういうの、たまんねぇよな」

滔々と語りながら、先輩は割り箸の先で高菜の山を切り崩し続けて「要するにオレは、ちゃんと生きてるやつのほうが、生きてるのか死んでるのかよくわからないウチのジジィみてーなヤツよりずっと偉いってコトを、証明したい、のかな? どれだけ偉ぶっても、才能があっても、死んじまったら誰も彼もが同じだって、みんなクソの詰まった死体だって……研究で献体に触れるたびに、『生きてるオレの方が百倍強い!』って毎回思うし……いや、自分でも何言ってんのか、よくわかんねェんだけど、さ……」

意外だった。先輩の心中に、そんな屈折した想いがあったなんて。

「まぁ、オレはウチの誰よりも長生きするって決めてるからな。……ほら、見てみろよ?」

そう言って、先輩が得意気に見せてくれたのは一枚の紙片で――〈意思表示カード〉だった。死後、自身の身体を献体として差し出すための……。

「えっ? これ、って……」

「そう。これは、オレの『決意』の表れだ。『この世の誰よりも長生きする』という、な……? そうしないと、お前らみてーな頭のおかしな連中に好き勝手されちまうからな?」そう言って、先輩は不敵に微笑む。

「だからよ、何っていうか……オレはお前が思ってる程度の人間じゃないからさ……オレみたいなのには、こだわるのは辞めたほうがいい」

「……どうして、そんなことを言うんですか?」

僕は胃の奥から声を絞り出して――嫌だった。僕の中にある、いつだって最高にかっこいい、怖いもの知らずの先輩のイメージが損なわれてしまうのが。

すると先輩は一転して激高して「あ? オレがなにを考えてなにを話すかは、オレの自由だろうが? どうしてお前の許可が必要なんだ? ぶっ殺すぞ?」

「すみませんでした……」

僕は平謝りして――あとから考えるに、それは先輩なりの、精いっぱいの「指導」だったのかも知れない。まぁ今となっては、そのあたりの真意はわからなくなってしまったけど。

その日はそのあたりでお開きになった。

「ありがとうございます。ごちそうになりました」ラーメンで膨れ上がった胃を抑えながら、僕は礼を言って、

「おう。これくらい、お安い御用だ。……しっかしまじでマズかったぜ。オレの金であれの代金を払ったことに対して、だいぶ腹が立ってきたな……。やっぱり奢りはナシだ。十邑井、お前、明日カネ払え。それじゃあ、また明日な? 絶対に払えよ?」

「ええ、また明日――」

僕らは店の前で手を振って別れを告げて――再会の約束は叶わなかった。

翌日の朝、鹿羽先輩は死んだ。

横断歩道を通過中、突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを押しのけて、自分だけ助かろうとしたのだ。果たしてトラックは先輩たちの目と鼻の先でぴたりと静止して、一方、慌てるあまり足をもつらせた先輩はその場で滑って転んで頭を強打して、打ちどころが悪かったらしい。それから程なくして、先輩は死亡した。絶命までの数分間、先輩はこの世に対するありとあらゆる恨みと罵詈雑言を吐き出し続けたそうで……最期の最期まで生に執着し続けた先輩の態度は、ある種の信念と感銘を僕の中に与えたのだった。

やっぱり先輩は、いつまでも生き続けるべきなのだ。

 

4

 

相手は昨年の準優勝校だ。楽に勝てる相手とは思っていなかったが、しかし、これほどまでとは……。

「――オラッシャァ! いけぇ!」

印堂が操作するマシンはボールを支配し続け、十邑井たちの機体を翻弄し続けていた。まともに得点できないままポイント差は開いていき、無慈悲に時間だけが溶けてゆく。

主だって攻撃役として採択されがちな〈マシン〉に対して、自律機である〈ロボット〉に与えられる役割は二種類のうちのどちら。つまり、キーパーに徹して相手のゴールを防ぐか、あるいは攻撃のサポートや妨害に回るか。その二択で……そして王城大学のロボットは、積極的に「後者」を選んだ。

それは樽状の金属ボディの下部から逆関節上に成形され直した人体脚部を四本生やした、なんとも名状し難いフォルムを有している。十邑井が操作するマシン――〈シド〉にボールが渡りそうになるたびに、ボールを自動追尾するロボットはチーム識別子を持たないシドの前に立ちふさがり、その側面からマニュピレーター機構を瞬時に突き出し、攪乱/妨害する。

「無理無理! その程度じゃ、ウチの〈オールド壱号ワン〉の牙城は崩せないって……!」

橋渡は攻撃的な笑みを浮かべて、それは人間の肋骨と皮膚を用いて成形されたネット状の薄膜だった。左右の機構から差し出されたそれらは蝙蝠の羽のようにしなり、マシンを中心として三メートルずつほど展開してフレキシブルに動作する。二方向に展開される薄膜は的確に進行を妨害し、障壁然として転がるボールを〈シド〉から引き離してゆく。

「ち、ぃ……!」

十邑井は舌打ちしながら猛烈な勢いで打鍵して、シドに接続された生体指群は一流のピアニストもかくやという精度で蠢き、機体を制御する。急旋回。機体は踊るようなステップを踏んで薄膜の包囲網を躱し、そのままフィールド上を転がるボールを必死に追尾して――取った! 前脚にあたる部位でマシンはボールを確保して、それを器用に前方へと押し出しながらゴールへ邁進するが「十邑井君!」

葉蒲が小さく叫ぶ。刹那、印堂が操る〈デュエル・フィンガー〉が滑るように距離を削る。即座に十邑井は打鍵して、プリセットから戦術アレイを呼び出す。命令を受けたシドは脚部の先端に宛がわれた指先を擦り付けるようにして、ドリフト走行よろしく、速度を殺さないまま方向転換して猛攻する敵機から逃れようとするが――直後、印堂のマシンが大きく跳ねた。

「――いっ!?」

驚きのあまり、喉から情けない声が漏れ出る。敵機は垂直方向に束ねられた二腕のうち、下部に配置された腕部を勢いよく展開して地面を叩き、機体全体を打ち出す。文字通り、人体は丸ごと筋肉――つまりは動力機関だ。膂力によって跳ね飛んだマシンはあろうことか上空から強襲して、そのまま掠め取るようにしてシドからボールを奪取した。

「……させるか!」

すかさず十邑井は打鍵する。シドは多脚機構をボールに向けて突き出し、追い縋るようにして再びそれを奪い返そうとするが――「ところがぎっちょん! させねぇよ!」橋渡は吠え、シドの進路にロボットから差し出された薄膜が覆いかぶさる。勢いづいて突進したシドは薄膜に真っ向から突入するも、人皮と骨格によるしなやかな弾力に強かに弾き返され、無様に反転してしまう。重ねて、頼みの綱の自律機ももう一対の薄膜によって前線から隔離されていた。その隙に敵マシンはボールをゴールにねじ込み――得点を告げる電子ホイッスルが無慈悲に鳴り響く。

冷たい汗が脇の下を滑り落ちてゆく。いつの間にか、ポイント差が十点以上開いていた。いよいよ十邑井たちは敵チームの戦術と猛攻に手がつけられなくなっていて……絶体絶命だった。

思考する。十邑井たちの仕立て上げた自律機であるゴリアテとシドの二機は先方が指摘したよう、抜群の、新鮮な「部品」を使っている。そのため、他校のそれと比べて抜群の敏捷性や強度を実現しているはずだった。にもかかわらず、王城大学の機体は彼らのそれを遥かに上回る挙動をみせて……自分たちよりも更に優秀な「献体」を用いているのか、あるいは、それほどまでに彼我間には圧倒的な技術力の「開き」があるのだろうか……? あるいは……。

「ざまぁねぇなァ……? 輪州大学?」

フィールドの対岸で、印堂は底意地の悪い笑みを浮かべて「おい、橋渡。かわいそうなこいつらに解説してやれよ? 教職課程、取ってるんだろ?」

愉快そうに、橋渡を肘でつく。

「人使いが荒い」とぼやきながら、橋渡は咳払いを挟んで「たしかにご遺体の質なんかは、お前たちのほうが遥かに良質だが……しかし、そこにお前たちの最大の欠点がある・・・・・・・・・・・・・・・・

――やはり、か。十邑井は唇を噛み締めて、自分たちの弱点はわかっていた。何故ならその判断を下したのは、他ならない自分自身だったからだ。

「お前たちよぉ? ひょっとしなくても――一人ぶんのご遺体しか使ってねぇンだろ・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

印堂の指摘通りだった。もちろん、性質を均一に保ちたいという思惑もあった。しかしそれ以上に、先輩に混ぜ物をしたくなかったのだ。純化させた存在として、もう一度だけ先輩をこの世に顕現させたくて……そのようなエゴイズムが、ここにきて足枷となっていた。現に機体のマシンパワーが、連結された人体から紡がれる機能性や戦術の柔軟性が、自分たちとは段違いだった。

技術者として、より純粋だったのは果たしてどちらか――? そんな重圧が、澱のように十邑井の心中に堆積し始めて――いや、認めるな。ネクロボティクスに懸ける想いながら、こちらも負けていないはずだ……! 試合の再会を告げるホイッスルが鳴る。己を克己しながら、それでも十邑井は端末のキーを叩き、奔放に暴れ狂う敵機に必死に喰らいつき続けた。しかし無情にも、点差は加速度的に開いてゆく。電光掲示板を見上げる。残り時間も心もとない。顎の下を拭うと、びっしょりと冷たい汗が腕の表面に纏わりついた。

口の奥で歯が震える。反射的に、それは寒さに去来する感覚だと思ったが……いや、違う。今は真夏だ。その感覚は、適切ではない。その正体を、十邑井は知覚して――つまり、これは怖さだ。焦燥感からくる震え。自分たちの成果が、取るに足らないがらくただと、無為なものであると突きつけられるような、直視し難い残酷な恐怖。

いよいよ観念する。このままでは逆転は不可能だろう。

――まともなやり方なら・・・・・・・・・……。

「おい、十邑井……?」

培った月日の長さから、「それ」を察したのだろう。南足は相棒が背中越しに放つ、異変な圧力を察して「お前、まさか……?」

こくりと、十邑井は頷く。「勝つためには、〈あれ〉を使う以外には、ない」

そのまさかだった。

「冗談だろ……!?」

南足は表情を引き攣らせる。ともすれば、「あれ」の使用は想像を絶する災禍を引き起こす可能性を孕んでいて……しかし十邑井は覚悟を決めていた。

このまま何もできないまま負けるのは、死んでも嫌だった。

「十邑井くん――」

透明な視線が首筋に刺さる。振り返らなくてもわかった。葉蒲だ。彼女はそれ以上、言葉を発しなかった。ただ黙したまま、そこにある思惑は殺人的な圧力を、重力を撃ち放ち、そして透徹とした眼球の光に晒されながらも、十邑井は――。

「〈官能機センサー〉を、使う」

 

六月。

今年の競技ルール発表から、すでに半年近くが経過していた。書類選考とビデオ審査による予選を潜り抜け、いよいよ本番を目前に控えた僕たちは目前に控えたネクロボコン本戦に向けて、使用機体の最終調整に掛かりきりになっていた。

外ではねばつくような雨が降り注ぎ、不躾に窓を叩き続けている。不愉快なまでに湿度が高い。死体にとって、湿気やカビは大敵だ。僕は緩慢な足取りで、「うー」とゾンビのような唸り声を零しながら空気清浄機の除湿モードをマックスまで調整して――もう何日も、研究室に泊まり込んでいた。野戦病院さながら、そこら中でゼミ生たちが寝袋に包まり、苦しそうに寝息を立てている。

「おい、十邑井? お前、正気なのか……?」半分以上死にかけた空間の渦中で、顔中に無精髭を散らした南足が声を張り上げる。「あんなもん、本気で載せる気なのか……?」

僕たちはロボットに搭載する「とある秘密兵器」の仕様について、揉めに揉めていた。つまり、それほどまでに僕が実装しようとしている「とある機能」は常識を逸した代物で……まともな判断力が残って入れば、僕だって「待った!」をかけていたかも知れない。しかしそのような理性や良識のかけらは、連日の徹夜や不快指数のせいで無残に溶け去っていて、なによりも僕たちは互いにかなり不機嫌になっていたのだった。

「言いたいことはわかるけど、今回ばかりは譲る気はないね」

僕は南足の主張を真っ向から突っぱねる。今さら世間一般の常識におもねるつもりはなかった。

「いや、ものには限度ってものがあるだろうが……?」

「はっ。南足ともあろうお方が、いやにソフィスティケートされてるじゃないか? 月日の流れって怖いね。怖いもの知らずだった男を、こんなにも保守的でつまらないやつに変えてしまうんだから」

「なんだとぉ……!?」

「……ちょっと、やめてもらえます? 先輩たちのバカ声がうるさくて、眠れねぇんですけどぉ!?」

寝袋から筆木が抗議の声をあげるが、互いに引っ込みがつかなくなっていた。そのまま僕たちは不毛な舌戦を重ね、すわ、そのまま取っ組み合いの喧嘩へともつれ込みそうになる、そんな剣呑な渦中で――「いい加減にして」

おもむろに、葉蒲さんが鋭い語気で言い放った。直後、僕たちは硬直してしまって、彼女がそんなふうに感情を露にするのは非常に珍しい……というか、僕の知っている範囲ではまず初めてだった。だから思わず「えっ? 何?」と訊き返してしまう。

「『いい加減にして』と言ったのだけど?」そのまま葉蒲さんは「これは、何?」と研究室のそこかしこに四散しているものを目でさして、

「なにって……『先輩』、だけど……」

僕らは先輩の意思を継ぎ、医療用に用いられる臓器を摘出されたあとの、腑分けされた鹿羽先輩を「素体」にしてネクロボコンに使用するための機体を組み上げていた。そのため、室内のそこかしこに分解された先輩の断片が据え置かれ、僕たちは砂糖に群がる蟻のようにその周囲に輪になって陣取っていた。

「ああ、もう無理……。頭が、頭がおかしくなりそう……」

葉蒲さんは頭を抱えながらぐらりと傾いで、どうみても、精神面になにかしらの変調を起こしていた。危険な領域だ。できることなら、つとめて踏み込みたくない類の……。

「……十邑井、悪い。どうやら頭に血が上っていたらしい。お前の言う通りだ。この程度で日和ひよるなんて、俺らしくなかったよ」

目の前の光景から逃げるように、南足は強制的に僕との仲直りイベントを進めようとするが、さすがにそれは無理筋だと思った。

葉蒲さんは続けて「『あの人』をおもちゃみたいにして……楽しく、弄んで……さぞかし、いい気分でしょうね? ……まぁ、無理もないか。生前、散々苦しめられたものね……。そうでしょう? ざまぁない、って感じ……」

そこにはある種の憎悪に濡れた目の色があって、僕らはごくりと息をのむ。予感があった。間違いなくこの先、なにか「大変なこと」になるという予感が……。

「あの人をパズルみたいにばらばらにして、それを切ったり貼ったりしながら仲良く盛り上がって……何? あの人が生きているときは、一度もそんなことはなかったのに……それじゃあまるで、死んだあとのほうが・・・・・・・・・生きてたときより・・・・・・・・ずっと好かれているみたいじゃない・・・・・・・・・・・・・・・・……?」

――あの人のそんなところ、私は一度も見たことがなかった。食い千切るように葉蒲さんは言って「死んだほうが、よかったってこと? 生きてた意味なんて、なかったって……?」

「それは……」

出かかった言葉を飲み込む。先輩の遺体が研究室に持ち込まれたとき、それを「素体」にすることに反対する者は皆無で、満場一致だった。すくなくとも僕は、尊敬する先輩をこの手でもう一度「動かせる」ことに歓喜していたけれど、正直、他の者はどうだったかわからない。彼女の言う通り、一種の「意趣返し」としてそれに着手する者もいるかもしれなくて……なんにせよ、僕たちは苦労しながらもそれなりに楽しく、和気藹々とやっていた。それはまぎれもない事実で……そのようなどこか突き放した寛容さは、同時にある種の無関心としてふつふつと、あたかも針の先で抉るように、着実に葉蒲さんを傷つけていたのだろう。そして彼女は――「私も同じ。私も、あの人が嫌いだったよ・・・・・・・・・・……」

信じられないことを、言う。

「自分勝手なところも、自分に甘いくせに、他人に対しては恐ろしいほど不寛容なところも。そのくせ傷つきやすいところも、小学生みたいな汚い字も、ご飯の食べ方が本気で汚いところも、痛いだけで気持ちよくもなんともないセックスも、みんなみんな、みんな大嫌いだった……」

ひとつひとつの思い出を噛み潰すように、彼女はそれらの記憶を並べてみせて「確かにあの人は、どうしようもないくらい愚かだったけど、だけどその愚かしさも――私はそれなりに、好ましく思っていたよ」

そのまま葉蒲さんはすたすたと部屋の隅まで歩いていき、消毒用のアルコールが詰まったポリタンクを持ち上げる。「えっ」と呆ける僕たちの前で、彼女はそれをばしゃりと床にぶちまけて――その手の中には、いつの間にかプラスチック製の点火棒が握られている。どう見ても、このまま放火する気だった。

燃やし尽くすつもりなのだろう。この世に遺った先輩のなにもかもを、荼毘にすために――。

「おっ、落ち着け! 葉蒲……! お前はちょっと、気圧のアレとかで瞬間的におかしくなっているだけで……どうどう、どうどう……! とにかく、落ち着け……! 気圧! 全部! 気圧のせいだから!」

たまらず南足は葉蒲さんを取り押さえようとするが、すっと彼女から揺らぐ火の先を突きつけられるなり、「ひゅっ」と息を飲みながら後退して、

「私に言わせてもらえば……正気でいられるあなたたちの方が、ずっと狂っていると思う」

「そう! あたしもそう思います! そうなんですよ! この人たち、異常なんです! 正直、頭が! かなりおかしい!」

「話がややこしくなるから、お前は黙ってろ!」

南足はここぞとばかりに喚きちらす筆木に釘を刺して――たしかに、葉蒲さんの言う通りかも知れなかった。彼女の言う通り、僕たちはあまりにも誰かの死を「対象化」し過ぎているかも知れなくて……、

「当たり触りのない言動で誤魔化して、この狂った所業を何でもないふうに日常に組み込まれることが……もう耐えられない。耐えられそうに、ない……」

雨を溜め込んだダムが決壊するように、水面下で貯蓄された激情が、うねりをあげて発露されていた。

「死んでしまったあの人のほうが、私にはずっとやさしかったから……だから、もうおしまいにしよう? 全部消して、まともにしようよ?」

葉蒲さんが感じているのは、ある種の罪悪感だったのかも知れない。誰かの死に、不在に対して安堵を感じることは、その人のかつての生を否定することにも繋がって、現在進行形でここに居残り続けている先輩の死体は、まさに物質化した罪悪の象徴だった。

可視化されたそれを抱えたまま生きていけるほど、人間というものは愚鈍ではなくて、間違いなく、歯蒲さんは正常だった。ぐうの音も出ないほどに。……まぁ、だからといって、それを素直に飲み干せる程度には、僕はもうまともじゃなくて「あのさ、葉蒲さん」

彼女の手の中で、火が揺らいでいる。そこに目線を縫い留めたまま、僕は語り始める。

「なにを言ってるのか、意味がわからないと思うけど……すくなくとも、僕にとっては死体というものは、一種の『希望』、なんだよね……?」

葉蒲さんは動じなかった。単純に、話の矛先が視えずに適切なリアクションが返せないだけかもしれないけれど……とにかく、中断を命じられることもなかったので、そのまま僕は続けた。

「小学生のときだけど、兄が、死んじゃったんだよね……」

滔々と語らいながら、僕は脳髄に収まったある決定的な記憶を引き摺り出して――今でも鮮明に思い出すことができた。あのおそましい、真夏の惨事を。

当時、僕にはふたつ年上の兄がいた。

中学に上がる前から、兄は札付きの悪童として有名だった。ずる賢く、自分勝手で他者に対してまるで不寛容で、虫の居所ですぐ暴力を振るうような兄にとって、昔から引っ込み思案だった僕は格好の標的で、よくいじめられていた。兄から心ない仕打ちを受けるたびに「あんなやつ、この世からいなくなればいいのに」と、いつだって僕は腫れあがった身体のあちこちをさすりながら、心の底から本気でそう思っていて――図らずとも、その願いは程なくして実現することになった。。

ある年の夏休み、両親は僕たちを隣町の山中で行われる十日間のサマーキャンプへ送り出したのだが、その初日に兄は消えた。それなりに大人たちは心配していたけれど、兄の素行の悪さはその時点で折り紙付きだった。おおかた開幕早々にキャンプ地を抜け出して悪友たちと遊びまわっているのだろうと、僕たちはそう推測して、誰もまともに取り合わなかった。

でも、それがいけなかった。

キャンプ最終日、撤収前の清掃活動中に、僕は「それ」を見つけてしまう。

その記憶は鮮やかな五感を伴ったまま、今でも頭の奥底に格納されている。それはまず、異様な臭気から始まって――嗅いじゃいけないにおいがした・・・・・・・・・・・・・・。なぜそう思ったのか? 理由はよくわからないけど、だけど、直感的にそう悟っていた。

生臭さの中に、微かな甘さが混ざったようなにおいだった。それは亜熱帯の熟れ過ぎたフルーツを想起させて、続けざまに、しゃわしゃわ、ぶんぶんとにぎやかな音が不躾ぶしつけに鼓膜を震わせる。後者は周囲を埋め尽くすおびただしいまでの蠅たちの羽音だった。蠅たちはうねり、黒く渦巻いていて……その奥間に、僕は「それ」を見る。真っ白い、米粒のような小さな固まりが表面にこびりつき、押し合い圧し合いはだの上でにぎやかに蠢いている。しゃしゃわと弾けるような音色はそこから生じていた。

全体的に、黒くふやけていた。

真上には数メートルの切り立った崖があって、おそらくそこから滑落したのだろう。全身を強く打ちつけて兄が死んでいた。そこで。

「それ」を中心としてどろりとした水たまりが広がり、地面に染みわたっている。一歩踏み出すと、スニーカーの先が同系統の色彩に汚染された。ごくりと息を飲んで、ぼくはそれに歩み寄る。黒い水の上で、奇妙にねじ曲がっている。恐る恐る触れてみると、それは接点からぶわりと曖昧に広がり、破けて砕けた。感覚的な冷たさが、皮膚の真下に広がる。

その瞬間、さまざまな感情が一気に僕の中で膨らんで――いったい誰が、なにが悪かったのだろうか? 普段からもっと、兄と仲良くしておくべきだったのだろうか? そうすれば、より早い段階から兄を見つけることができたかも知れない。そうすれば、せめて兄はこんなひどいかたちになることもなかったかも知れない。いくら兄が最悪の人間だったからって、こんな最期は、あまりにも残酷に過ぎて……もう二度とやり直せない後悔ばかりが、いくつも湧いて出た。僕は猛烈に泣きたくなって――。

「――だからさ、なんっていうか、死体が残っていると、それだけで安心するんだよね? ちゃんと残ったんだ、って……。すくなくとも、生きていた痕跡が物質的に、目に見えるかたちで残ってるんだって……そのこと自体が、僕にとってはとても嬉しいことで……奇跡、みたいな感じ、なんだよね……」

僕が一歩踏み出すと、呼応して葉蒲さんも一歩下がった。そのまま数歩下がると壁面につきあたり、それ以上、彼女は後退できなくなる。僕は彼女の手の中から点火棒を取り上げた。以外にも、抵抗されなかった。

「もうしばらくの間……先輩をこの世に残すことを、先輩をこの世に生かすことを、許してほしいんだ」

そう告げると、葉蒲さんは無言で頷く。

僕は心の底から安堵して、誰にも見咎められないよう、密やかにほくそ笑む。それは切実な願いだった。昔とは違って、今ならやり直せる。今度こそ上手くやり直してみせると――そのような妄執ばかりが、僕を彼方へと突き動かし続けている。

 

5

 

十邑井が〈官能機センサー〉の使用を宣言するなり「〈あれ〉だけは使わないって、そう約束したはずだろ……? おい、考え直せって……!」と南足は絶句して、縋りつくように彼の肩をゆすった。

実際のところ、無人自律機に搭載している〈官能機〉はすでに稼働状態にあった。しかし「とある事情」から、その機能には大きく制限が掛けられていて――いったい、何を守っているのだろう? と十邑井は思う。ここで自分たちが配慮することで守られる尊厳や倫理といったものは、そんなに大切なものだろうか? なおも倫理や社会規範を盾にして、彼を制止しようとする南足を傍観しながら、十邑井はそう思った。

「葉蒲さん」

言質を取るように、十邑井は葉蒲をみて「――うん。やって」

葉蒲は十邑井を見つめ返す。その眼球に詰まっているのはある種の諦観と憐憫、それと哀しみの向こう側で凝り固まった、決意の色だった。そのまなざしに、十邑井は頷き返して――覚悟は固まった。あとはそれを「実行」に移すだけで「……くそっ。勝手にしろ。どうなっても、俺は知らんぞ……!」

――××××め。と、南足はかなり強い罵倒の言葉を呟いたが、十邑井は聞かなかったことにした。

「知らなかったんですか? あたしから言わせてもらえば、先輩たちはずっとそうでしたよ? 正直、目くそ鼻くそです」

筆木のフォローにならないフォローを受けながら、十邑井は審判に向かって挙手して「ピットインします」

あらかじめ、試合ごとに一分間ずつ与えられている権利を行使する。すかさずホイッスルが鳴って、試合が中断される。すぐさま十邑井たちはフィールドに走り込み、自律型の〈ゴリアテ〉を回収する。ビニールシート上に展開された自陣にロボットを運び込んだ一同はドライバーや電動ドリルを機体の頭頂部に、「雪だるま」の頭部にあたる円柱部に差し込み、それを解体し始めて「……ほんとうに、やるんだな?」念を押すように、南足は訊いて、

「やろう。ぼくたちの集大成を――先輩の真の力を、あいつらに見せてやるんだ」

「ああ、くそっ……。死んでもまだお前みたいなヤツに付き合わされる、先輩が一番かわいそうだぜ……」

ぶつくさ愚痴を零しながらも、南足は淀みない手つきでゴリアテの封印を解いて、突貫の改修が、終わった。

「輪州大学、いけます」

審判は頷きながら旗をあげて「両校、試合を再開してください」

試合再開を告げ、そして十邑井たちがゴリアテを再びフィールドに送り込んだ刹那「――げ、えっ!?」

まず叫んだのは、印堂だった。

「おいおいおいおい……マジかよ……?」続けざまに橋渡が掠れた声を漏らす。わずか数秒の間隙を挟んで、悲鳴交じりのざわめきが会場を包んだ。

カバーを外され、剥き出しになった〈官能機〉が――鹿羽の頭部を丸ごと用いて設えられた機構・・・・・・・・・・・・・・・・・・・が、その目で、耳で、鼻で、口で、世界にあふれる質感を貪欲に貪っている。

ともあれ、衆目の目を惹くのはその様態だ。眼球はカメラアイに置換されており、頭部のそこかしこや大きく開け広げられた口腔から電極やコード類がぶわりと溢れ出たその異様な姿は見る者に戦慄を与えて、ネクロボティクスにおいて漠然とタブー視されていた領域――つまり、遺体の頭部利用・・・・・・・に、十邑井は平然と踏み込んでいた。

人間の頭部を乗せたロボットが、悠々と走る。必殺の〈官能機〉を全開にした機体は先ほどとは段違いの情報収集力で外界を捉える。なにせ、人間の感覚器官は極上のセンサーだ。機械装置によってその一部を肩代わりすることによって生前のそれを再現された耳目たちは捉えた膨大な外部刺激を、神経系を介することによってデジタルデータへと置換して集積・演算する。

機械を大きく上回る繊細さと人体を凌駕したダイナミズムを両立させ、凄まじい敏捷性を発露しながら、ゴリアテがゆく。有機と無機が混ざり合うそのありさまは、まさにネクロボティクスの本懐といえた。

ルールには抵触していなかった。その証拠に試合は中断されていない。審判団のテーブルでは審査員たちによる凄まじい口論が生じていたが、中止が告げられることはなかった。だから「まぁ、大丈夫だろう」と十邑井は判断する。

「お前……それでも、人間かよ……?」

表情を引き攣らせながら印堂は言って、その言葉を受け流しながら十邑井は――チャンスだ。そう思い、迷うことなくキーを叩く。打鍵する。目にみえて制御が乱れ始めた敵機体を尻目に、シドは保持したボールを運び、そのまま勢いよくゴールへねじ込んで、得点する。

「人でなし! 悪魔! 実写版デビルマン! こんなひどいことが……許されると思っているのかよ……!?」

性能面を度外視するように、あくまでも印堂は十邑井たちの選択を非難するようにわめき続けて――けっきょく、それはポーズだと思った。自分たちは人倫を、社会理念を重んじているのだという対面を意識した意思表明。どうしてそんなものが必要なのか? ……決まっている。人体を、誰かの死の痕跡を扱うことに、どこか後ろ暗いところがあるからだ。科学のため。人類の未来の貢献のため。そのようないお題目で装飾したところで、そこにある露悪的な情熱は誤魔化すことはできなくて……そして十邑井は、それらの自己矛盾には頓着しない。自身の行いに対して、申し訳なく思うところが皆無だからだ。

印堂たちはあきらかに動揺していた。あわてて体制を立て直そうとするが、精密な操作や判断が必要とされる局面において、精神面の揺らぎは致命傷になる。精彩を欠き始めた敵陣営を嘲笑うかのように、シドとゴリアテは縦横無尽にフィールドを駆け回る。こういうとき、やはり人間は不便だ。かろうじて均衡を保っていた相手方の自律機の奮闘も空しく、どんどん十邑井のシドはボールをねじ込んでいった。開いていた点差が、急速に縮まりはじめる。

――どうですか? 先輩? 念願のピッチは?

フィールドを走破するゴリアテを、そこに鎮座する鹿羽の頭部に、かつてその魂の座が存在したと思しき器官を眺めながら、水面下で十邑井は語りかけて、

「おいっ! そいつ! 絶対に生きてるだろッ?」

橋渡は指差しながら指摘して、生前さながら、ゴリアテは執拗に印堂たちの機体をねちっこく、偏執的なまでに妨害し続けていた。まるで、かつての鹿羽が地獄から蘇ったかのように……。

その光景を眺めながら、十邑井は安堵する。先輩は、死んでいない。生前と同様に、悪質さをばら撒きながら元気いっぱいに走り回っている。たしかに、この世に残っているのだ。生き生きと。

現出した死と生が溶け合う情景を前に、十邑井はうっとりと目を細めていたが――ぽっと、火の子が舞った。それは鹿羽の側頭部にねじ込まれた配線類から生じて、微かだった火の種が、みるみる大きくなってゆく。

「おいおいおい、おいおい、おいおいおい……!」

印堂たちは意味を結ばない言葉を零し、ものの数秒で、それは煌々と炎を纏い始める。ゴリアテの真上で、大気が熱で揺らぐ。

「あー、こういうの、『何に付す』、って言うんでしたっけ……?」

まるで他人事みたいに筆木は言って「荼毘」と葉蒲が答える。その視線は、静やかに赤々と燃える色に縫い留められていて、

「おい! 十邑井! 何してる!? 馬鹿! 戻れ!」南足は声を張り上げるが、十邑井は取り合わなかった。彼はタオルを手に燃えるゴリアテへと突進していき、いよいよ本格的に燃え始めた頭部目掛けてがむしゃらに叩きつける。その表情は、底が抜けるような恐怖に塗り潰されていて――燃える。燃えてしまう。先輩が……先輩が、この世に存在しているあかしが。この世から消えてしまう。なくなってしまう……!

何度も何度も、真白いタオルを燃える頭部に叩きつけた。しかし火の勢いは弱まることなく「う……おあ、あっ、ああぁ……!」

こえがきこえた。はじめは、先輩が泣いているのだと思った。熱さと苦痛に耐え兼ね、この世から消え去る切なさに苦悶の悲鳴を上げているのだと、そう思った。しかしよくよく考えてみるに、ゴリアテに搭載されている頭部器官からは声帯の類は切除されているのでそんなはずはなく……声の出どころは、自分自身だった。十邑井は、呻くように唸っていた。

「あっ、ああ、うあ、うおあああああぁ……」

全身から力が抜けた。へなへなと、脱力しながら十邑井は其の場に膝をついて――「十邑井!」

出し抜けに、ぐいと全身を引っ張られた。首の真下に、南足の日焼けした太い腕があった。消火器を持ったコンテストのスタッフたちや「はやく消せ! 消せ!」と印堂にけしかけられた橋渡たちが、純白の化学薬剤を燃えるゴリアテへと吹きかけている。投射された白い泡たちは機体を飲み込み、火勢はみるみると減衰して濁った煙へと置換される。揺れる大気の奥間に、十邑井は黒く塗り潰された炭化物をみた。

「馬鹿野郎! 危ねぇだろうが!」

耳元で南足は声を張って――そうだろうか? と十邑井は思ったが、しかし現に手の中にあるタオルは焼き焦げ、半分以上も面積が消失していた。指先や手の裏表にも無数の水膨れができている。そのまま彼は、変形した自分の手を不思議そうに眺めながら「先輩が、僕たちの、先輩が……」

消え去りそうな声で、呟く。

「〈アレ〉が大切なのは痛いくらいわかるが……だからって、死人のために死んでどうする!? 自分の命を、もっと大切にしろ!」

南足の言葉は正論だ。しかしその正しさは、今の十邑井にはまるで響かなかった。

「……なんでだよ?『大切』っていうなら、なんでお前たちは、先輩を生きてる僕と同じくらいに大切にしてくれないんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・……? 僕も先輩も、ちゃんと動いてる。そのための仕組みが働いているのに……いったい、なにが違うんだ? 違いなんて、特にないじゃないか……?」

「こいつ……!」

ぐにゃりとうなだれながら、不貞腐れたように言う十邑井に、思わず南足は拳を固めるが、

「――もう、死なせてあげようよ?」

彼らの目の前に、いつの間にか葉蒲が立っていた。

「死んでるって、言うな……!」彼女のその言葉に、十邑井は目を剥いて食って掛かり「まだ、終わってない……! 先輩はまだ、ここに残ってる……! 死体が無くならない限り、何度だって、やり直せるから……!」

震える声色で述懐する。それはあたかも太古から続く呪詛のようだった。屍者を蘇らせる、邪悪な死霊使いネクロマンサー然とした……。

「修理すれば、まだ動く……! 先輩は、また生き返る……!」

脳裏に九相図が――甘くとろけた兄の姿がちらつく。あれが生命の末路、つまり死だ。そこから遠ざかるために、彼は邁進し続けていて――十邑井にとって、死とはこの世から消え去ることだ。

だったら、この世にかたちとして残っている限り、それは不滅だ。魂は、カーは目にはみえない。少なくとも、今の人類にはその存在を観測することができない。意識だって、けっきょくは発火するニューロンが生み出す化学現象だ。電子的に構築されるプログラムと大差ない。どうせ二十一グラムに過ぎない代物なのだ。そのように、十邑井は命を定義する。

「僕がなんとかしないと、みんな忘れてしまう……! 先輩の凄さを、僕が証明しないと……! この世から消えてしまう……ほんとうに、死んでしまうから……だから!」

「――もう十分、役に立ったから」

十邑井の声は遮断される。強く放たれた葉蒲のそれは、まるで聞き分けの悪い子どもを諭すような語調で、

「もう十分だって。あの人だって、これで満足してくれると思う。いや、あの人が……っていうか、私がか」

「僕はまだ、これっぽっちも満足していない……! 納得だって、まだ……!」

駄目だ。こいつらは諦めてしまっている。だったら、先輩を守れるのは、この世でもう自分だけだと――そう、思ったのだが「……おい、十邑井。まさかお前、先輩が死んで悲しいと思ってるのは……自分だけだって思ってないか・・・・・・・・・・・・・?」

南足が言った。どこか寂しそうに。

「え……?」

「口では何度もやりあったが……だからかな? たまに猛烈に後悔してるよ。あの人が生きてる間、もっと後輩らしく、聞き分けよくできなかったものか、って……」

筆木も、そのあとに続いて「全体的に自業自得だと思いますけど、それでも、やっぱり知ってる人が死んじゃうのって……素朴に悲しいですよ」

「あ……う……」

南足も、筆木も、そして葉蒲も、みな同質の表情を浮かべていて「あの人はもう、死んじゃったの。ずっと前に――」

念を押すようにして、葉蒲は言った。その視線の奥には深い欠落が透けてみえた。

その諦めきれない後悔は、喪失の痛みはかつての自分の中にもあったもので――みんな、それを受け入れている。生きている限り永劫に続くその哀しみを、なんとか飼い慣らそうと、歯を食い縛っている。たまらず十邑井は目を伏せた。直視し難いその痛覚を、自分以外は全員受け入れていたのだ。とっくの昔に……。

「だけどね、十邑井君」うつむく十邑井の肩に、葉蒲はそっと手を置いて「自分でも意外だけど……結構、スカっとした。ありがとう。あの人を、また元気いっぱいに走らせてくれて」

なにか言い返そうとした。この状況を覆す、決定的な一言が欲しかった。だけど適切な言葉は見つからず、ただ感じられるのは、肩越しに伝わってくる彼女の体温で……もごもごと言葉を飲み込みながら十邑井は「……うん」と頷く。

今さらながら、気がつく。喪失の痛みは、哀しみは、ひとりで抱えて原動力にするものではなかった。同じ痛みを抱える者同士で分かち合い、薄めるものだったのだ。一生涯をかけて、それとつきあっていくために。

そんな簡単なことにも気づかず、自分は……。

「そもそも、勘違いするなよ? 十邑井?」いつもの頼もしさで、南足は語り掛けて「ネクロボティクスは、死んだ人間を元気に走らせるためにあるんじゃない。あくまでも、俺たち生きてる連中のための技術だ。そりゃあ、今はまだ何の役に立つかもわからない、ゲテモノの範疇だが……しかしいつかきっと、この技術は大勢を幸せにする。世の中を、もっと良くする。俺もお前も、そのために頑張ってるんだろ? 俺はお前の才能を、後ろ向きに使って欲しくないんだよ……? なぁ?」

先ほどとは違い、南足のその言葉は、今度は自分の中によく染み渡った。十邑井は思う。未来の中に連れていけるだろうか? 鹿羽先輩も、後悔だらけだった自分の奮闘も……? しかしそのためには、ここから立ち去り、固執し続けたそれを手放す必要があった。

焼き焦げ、黒く変形した機体をみる。全身に消火薬剤を浴びたゴリアテは、その先端からぶすぶすと煙を噴き上げ続けていて「さよなら、鹿羽先輩――」

今度こそ、別れを告げた。

〈――審査の結果、輪州大学はこれ以上の試合続行が不可能と判断されましたので棄権扱いとなり、よって、王城大学の勝利となります〉

厳粛なアナウンスが響き渡り、屍者と紡ぐ、彼らの最後の夏が終わった。

 

6

 

消防や警察から簡潔な事情聴取を受けたあと、表彰台ではしゃぐ印堂たちを尻目に十邑井たちはそそくさと会場をあとにした。

一部始終を一膳飯教授に報告すると「そうですか。皆さん、本当にいい勉強をしましたね」と、電話口の向こうで教授はさらりとそう告げた。南足はわかりやすい人間なので「先生……!」と愚直に感激してみせたが、十邑井たちにはわかっていた。語り口こそ、それなりに含蓄深いもののように思われたが、その実、教授は競技自体には心底興味がなかったのだろう。

いっぱいの機材を十邑井と南足に押しつけて、一同は歩いた。帰りの新幹線の時間まで、すこし余裕があった。なんとなくこのまま帰るのが名残惜しくて、都会の喧騒から逃げるようしてあてもなく彷徨っていると、ぷんと潮のかおりが鼻孔をついた。その香りに誘われるようにしてふらふら歩けば、果たして願い違わず、海までたどり着く。

防波堤の向こう側にはいっぱいの消波ブロックが敷き詰められ、その先で、青く海が揺れている。そういえば、今年の夏は夏らしいことを何もしていなかったことに、今さら気がつく。当然だ。なぜなら、今の今までネクロボコンに掛かり切りだったからだ。

過ぎ去った季節を取り戻すように、一同は自然と海へと吸い寄せられてゆく。とはいっても、さすがに浜辺まで降りていく気力も体力も残っていなかったので、ゆったりとしたペースで防波堤の隣を沿うようにして歩くだけに留めておいた。

「夏休みもぼちぼち終わりかぁ……。はぁ、ユーウツだなぁ……」

白く輝く波を遠目に睨みながら、筆木はどこか投げやりにため息をついて、上級生たちがそのあとに続く。

「帰ったら、いよいよ卒論だな」「そのあとは、就活、かぁ……」「南足君たちはこの先、どうするの?」「俺はこのまま、研究室に残るつもりだ」「だったら、僕もそうしようかな? 特にあてもないし」「お前はもう少し、自分の人生に主体性を持てよ……」「葉蒲さんは?」「私は知り合いのツテで、もういくつか内定貰ってるから」「ずるいな」「ずるい」「私、君たちと違って要領はいいの」

しばらく、だらだらと歩き続けた。猛烈な暑さを湛えた太陽が、ゆっくりと落ち始めている。それは水平線の波間を割って、空気から熱量を奪い始めている。鋭い風が肌を切った。依然と吹き溜まる暑さを払拭して、次の季節を告げるかのように。

「ああ、そうだ」おもむろに十邑井は立ち止まり、肩から下げていたボストンバッグの中からボーリング球サイズの物体を取り出して「それじゃあ、あとは任せたから」筆木に手渡す。

「……は?」

言わずもがな、それは鹿羽の頭部だった。炎熱に巻かれた彼の人の頭部は見るも無残に焼き焦げ、頭髪も爆発コントに巻き込まれたお笑い芸人のようにちりちりのアフロヘアになっていた。

「いや、いきなりこんなん手渡されても……困る、っていうか……え? てか、なに……? は?」

筆木は眼鏡の奥で、露骨に嫌そうに目を細めて、

「けっきょく、試合には負けちゃったから、だから来年、僕たちの代わりにきみが『仇』を取ってくれると、嬉しい」

「えぇ……正直、今すぐにでもやめたいんスけど……」

「こうして誰かが続けてくれると、僕たちや、僕たちの先輩がやってきたことにも、それなりに価値や意味があったんだって、そんなふうに思えるから、さ――」

それは感傷かも知れない。だけど、そうしたものを過去から未来へと受け渡していくことで、誰かの今を変えていけるなら……それはこの上なく有意義なことだと、そう錯覚することができたのだ。

筆木は怪訝そうに眉根を下げたが、しかし十邑井の背後では、南足と葉蒲が薄く微笑んでいて……この三人がこうして意見を一致させることはひどく珍しいことなので、なんとなく、良いものを見たような気がして「……まぁ、先輩たちが、そこまで言うなら」渋々、頷いた。

そのまま手の中で、くるりと頭部を回す。汚損した頭部は壮絶な笑みを彼女へと向けていて……その時、悪夢的な奇跡が筆木を襲った。残留した電流が筋肉に刺激を与えたのか、あるいは超自然的な力学がそれに意志力を与えたのか……理由は定かではなかったが、とにかく、彼の人の頭部は、筆木の手の中でぱちりと片目を閉じてみせて「わ、ァ!」

突として放たれた屍者からのウインクを前に、筆木は大いに取り乱し、反射的に両の腕を勢いよく跳ね上げてしまう。当然、その手の中には鹿羽の頭部があって――射出された頭部はくるくると旋回しながら防波堤と消波ブロックを乗り越え、ぼちゃりと波を割り、海の真下へ沈んだ。

「あ――……」

四人はしばし、その末路を唖然と凝視し続けていたが、

「……まぁ、いいか」

誰ともなしにそう言って、誰も異議を唱えなかった。

若人たちは再び歩き出す。いつかの名残りを置き去りにして。

だけど捨てたわけじゃない。

ずっと覚えてる。

だから今でもあの真夏の海の真下では、死者の生首がぷかぷかと泳いでいるのだろう。きっと。

 

◆作者プロフィール

水町綜(みずまち・そう)福岡出身。22年にKaguya Booksから刊行された『新月/朧木果樹園の軌跡』に参加。主催する同人サークル〈水色残酷事件〉にて特殊部隊全滅アンソロジーを刊行して世間のごく一部をざわつかる。また取り憑かれたように連日連夜アニメ版『美味しんぼ』を視聴する、女児向けアニメーション作品を観てすこし泣く、毎週のように馬券を外し続けるなど、その猟奇的な活躍は枚挙に暇ない。好物は蕎麦。

 

*(2023年9月16日から期間限定公開です。)次回作の公開は2023年5月31日(水)18:00を予定しています。

 

*本稿の無料公開期間は、2023年5月31日(水)18:00までです。それ以降は有料となります。

 

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*本記事のキービジュアルの素材の一部には、MidJourneyによる生成画像が含まれています。