『TOKYO CYBERPUNK TRIBUTE』の刊行を記念し、編集部による裏話を含む座談会を収録しました。
『TOKYO CYBERPUNK TRIBUTE』はanon press初のトリビュート作品集です。「東京」と「サイバーパンク」をテーマに、小説家はもちろん、詩人・漫画家・デザイナー・現代アーティスト・音楽家・映像作家・思想家・フォトグラファー・タトゥーアーティストといった面々を招聘しています。
このたび物理版を発売するにあたり、7/31(金)と8/1(土)には北千住BUoYでリリースパーティ〈anon press presents「CY」〉も開催します。書籍だけでなく、音楽やアート、映像、トークなどが混ざり合う濃密な場となります。当日はanon pressメンバーの多くも会場に集まりますので、ぜひ会いにきてください!
以下、記事の本文です。
https://anonpress-cy.peatix.com/
これ、どうやったら本になるんだ?

永良:まずは企画の発起人である平さんから。最初のきっかけというか、思いみたいなのも聞きたいですね。
平:もともと、短編とか集めてanon pressから出せたらすごい面白いなっていうのがあったんです。
じゃあどんなテーマがいいかという時に、既存の短編集には、意外とサイバーパンクを正面から扱ったものが少ないんじゃないかと思った(『楽園追放 rewired ―サイバーパンクSF傑作選―』はありましたが)。同様に、東京を舞台にしたSF作品集も(当時は)あんまりなくて。それで東京とサイバーパンクという組み合わせはどうだろうかという考えに至った。サイバーパンクといえば大都市、東京みたいな印象ですが、実際に有名なのは千葉とか埼玉とかの近接都市ですよね。だからあらためて、東京を舞台にしたら、どんな作品が出てくるのかを見てみたいなと。
あとは、長谷川京さんの「極道會襲名式」や桜井夕也さんの詩歌などを読むうちに、このテーマでいけるのではという確信が高まっていき、anon pressという媒体との相性も非常にいいんじゃないかと思うようになりました。


青山:最初はいつものanon pressみたいに、Kindleに原稿を流し込む感じで出す予定でしたね。
平:2000年頃にパールジャムが海賊版対策でライブアルバムを乱発していた(オフィシャツブートレグ戦略)のを意識していて。ひとつのテーマで5作くらい集めてクイックに売り出す。それをいろんなテーマでやって、そのうちのどれかがヒットすれば、売上にもつながるんじゃないかなと考えてました。その最初のタマになれば、と。
自分は名古屋や長野に住んでいたので、東京で暮らしたことがなくて(一番近くて大宮)。個人的な東京への憧憬を述べますと、2000年代の中頃に原宿に初期のSasquatchfabrix.とかWORE DANCEとか扱っていたイズリアル・ストアというセレクトショップというのがあって先端的で東京っぽいと思って、大学生の頃、名古屋からそのお店に行くだけのために東京へ足を運んだ記憶があります。その系列で、1990年代のTokyo Air Runners(SUBMERGE)の販売方法や、元Wonder Worker Guerrira Bandの荒木さん(現Diet Slim Bucher Skin デザイナー)の活動、2010年代にあったJohn〟s By Johnnyというブランドなどは企画段階から意識していました。あと、東京×サイバーパンクというと、ベタに『AKIRA』も。
樋口:東京には住んだほうがいいですね。
平:機会があれば。Sasquatchfabrix.で2018年頃に『健康優良不良少年』マフラーをリリースしていて、あれは遊び心がありおもろかった。なんか最近もRemi lileefがバックに『健康優良不良少年だぜ』とゆるふわギャングの要素がプリントされたパーカーが出ていました。文化的にキメラぽくなっていて、時代の流れを感じました。ネタっぽくなりすぎてもよくないですが。Sasquatchfabrix.は2010年頃、『Zenarchy』や『Modern Ninja』など西洋文化視点のちょっとズレた日本観をシーズンテーマにしていた時期があったと思っているのですが、先に述べた『極道會襲名式』にも通じるものを感じました。SUPREMEとSasquatchfabrix.が2016年のコラボしたルックで、靖国神社の前でスケートボードをしているフォトがあって、それもなんか念頭にあった気がします。和魂洋才がもっとぐちゃぐちゃになったという感じで。
企画当初の青山さんの考えはどんな感じだったんでしょう。
青山:最初は海外向けに、日本で書かれてるThe・サイバーパンクかつ今っぽい作品を集めて出したいというのもありましたよね。あと個人的な感覚として、軽さ、胡乱さ、虚飾みたいなのを押し出したいというのがあって。さっき平さんが言ってたブートレグっていうのもまさに。いい意味で労力をかけずに、チープだからこそかっこいいみたいなのを頑張って探ってましたね。例えば、全ページ意味不明なテキストの書かれたペーパーバックをKindle使って出版して、そこから特定の手順でパスワードを抽出できた人だけPDFで本文が読める、みたいなのとか。Kindleの出版システムにタダ乗りしてる感じとか、物理と情報が半分乖離してる感じとかがアツいんじゃないかなって。
永良:ネットプリントとか、ステッカーにしてQRコードを巻き散らすとかもありましたね。
青山:編集部の誰かに会うと口伝えで聞けるとかね。
永良:あとは自動販売機で売るとか。ジモティーで自販機が8万円とかで出てたから、それをたとえば文学フリマのブースに置いて、空き缶に詰めたzineを売るみたいな。青山さんちの玄関先に置くとか、そもそもanon pressはメンバーが日本中に散らばっているので、広島とか熊本とかにも置く、みたいな。
青山:そのへんはこの企画に限らず「anon pressでどうやったら物理本を売れるのか」っていう議論の中でたびたび出てましたね。
〝〝〝力〟〟〟みなぎる本へ――テキスト・ビジュアル・マテリアル
平:では続いて、初期の構想からどんな感じに変遷していったのかを伺いたいな、と。
青山:最初にお詫びも兼ねて、なんで完成まで2年以上かかってしまったのかについて補足をしておきます。まず実際に集まった作品を見るうちに、これはKindleにそのまま流し込むという当初の想定だと成立しないぞ、となりまして。上手くレイアウトできるデータの処理方法はないか、そもそもKindleより独自のリーダーをつくった方が早いんじゃないのか、だったらanon pressのウェブをつくってそこで見せたい、といった感じで話が膨らんでいってしまい、どんどん先延ばしになってしまいました。
それで、Kindleの固定レイアウトと物理版のダブルリリースがいいんじゃないか、という話になり。そこで、永良さんの作品集『マンガエスク・ノート』をanon pressから出したことで固定レイアウトの実験がいろいろできて、その流れでビジュアルブックの要素を大きく取り入れる方向性を決めました。
実際、企画初期から青柳菜摘さん(『そだつのやめる』で中原中也賞を受賞。アーティストとしても活躍)などにお声がけしていたんで、そういうアートや、東京っぽいカルチャーの文脈でやってる人をどんどん盛り込もうっていう感じで再始動し、最終的に今のかたちになりました。図らずも「東京―サイバーパンク」っていう、タイトルを回収する感じに行き着いたんじゃないかな。

永良:当初はこんなことになるとは全く思っていませんでした。って感じです。
ただ友人・知人から言われて面白かったのが、この本を含めた最近のぼくの制作は、かつてのいわゆる「ニューアカデミズム」的な批評や現代思想の潮流、およびそれに乗じた挑戦的なブックデザインの系譜に位置づけられるのではないか、ということでした。
そういう意味では本書のレイアウトも、杉浦康平や戸田ツトムといったブックデザイナーの実験的な仕事を、DTP時代において継承しようとした試みだと言えるのかもしれないなと。しかもそれを、SFという熱いジャンルというか、カルチャーでできたっていうのも嬉しかったですね。
青山:それこそ工作舎の『全宇宙誌』みたいな「フルパワーでやっていくぞ」という感じは出ましたね。
平:スタート地点からかなり飛距離が出ましたよね。系譜的な位置付けはこれから、読者それぞれの個人的な経験とかをふまえて、徐々につくられていってほしいなと思いますね。
永良:実は僕は最初、いつもの文フリのノリでつくってたんですよね。要は、ブックデザインからレイアウト、装丁まで丸々一冊スペック・ワークで頼まれるというイメージで。
ただ今回はちょっと毛色が違ったというか、やっぱり500ページまるごとフルカラーっていうのも狂ってるし、青山さんがアートディレクションをした配線の装丁もまあ、狂ってるし……。とりあえず質的にも量的にもめちゃくちゃ〝〝〝力〟〟〟がこもった本になったなと思います。
平:ビジュアル作品が入ったことでだいぶ方向性が変わったかなとも思ったんですが、後で読み返してみても、小説や詩歌との齟齬をあまり感じないというか、むしろビジュアルが加わることによって作品としての力がより引き出せてるんじゃないかなと思いました。
青山:ビジュアルが過剰になっていったのも、結構サイバーパンクらしさだなと思っていて。僕の中ではサイバーパンクって、過剰に装飾を突き詰める中でそれが本質になっていく転換が面白いジャンルなんですよね。例えばゴテゴテした義体とかって、現実性や機能性というよりそれ自体が目的化してるフェチズムじゃないですか。コントラストを強めるために生身はより生身らしく、機械はより機械らしく描かれていき、最終的にはどちらも原型から乖離したガワだけになっていく。そういう「形骸化の美学」みたいなのがある気がしてて、それは『TOKYO CYBERPUNK TRIBUTE』でも個人的なコアテーマになってました。とにかくいろんな人を雑多に集めて、ビジュアル、テキスト、マテリアルによって誌面をデコっていくイメージというか。その過程でどんどんテーマとか軸も歪んでいって、原型がわからなくなっていく感じが非常にサイバーパンク的だなと。
サイバーパンクと現代性
平:サイバーパンク周辺のキーワードとして、ストリートっぽさもありますね。あとはバイオパンク的な面もすごい出ている気がします。
永良:僕はバイオパンクをビジュアル的に打ち立てたい、という欲求を昔から持ってて。サイバーパンクが足し算の美学であるとすれば、バイオパンクはどちらかというと引き算の美学だと思うんですよね。
本書にも収録されている僕の漫画「R.A.W. 戦走機械」を例に取ると、作中世界では「戦走」と呼ばれる代理戦争レースによって、国家の領土・人民・資本が争われているんですね。で、そこで走る走者「戦手」は速度を得るために自分の身体を改造していく。主人公兼ヒロインである平ミルなんか五臓六腑を軒並み取り払ってしまっていて、ミニ四駆の肉抜きを人体でやってるみたいな感じなんです。つまり、いかにもサイバーパンク的な義体化をスピードという別の目的に向けて展開しているわけで、これはさっき挙げた引き算としてのバイオパンクをかなり直接的に描いていると思います。
まあその意味では、この本はあまり引き算してない気がするので、やっぱりサイバーパンクなんじゃないでしょうか。


ろっとん:デザイン的には引き算されてる感じはあんまりないですよね。マキシマリズムの美学みたいなものを感じてます。
永良:ただ、ぼくから寄稿をお願いした橋本麦さんや✞きど✞さんとかに関しては、バイオパンクやプラスチックパンク、グラスパンク、ペーパーパンクといった、ポスト・サイバーパンクなコンセプトを軸に書いてもらいたかった、という狙いがありました。
特に麦さんなんかは、いかにもサイバーパンクな表象――緑がかった夜のネオン管が光る街並で、酸性雨が降っているみたいな――に対しては、昔から食傷気味だとおっしゃってますしね。それで、森博嗣『すべてがFになる』のアニメのエンディング映像を手がけられたときなんかは、ライフゲームやLinuxを模したUI(作中のRedMagicというOSがLinuxをベースにしていることにもとづく)をアニメーションに用いたり、新しい表象を探っている印象が強かった。
実際、✞きど✞さんの収録作「「҈手҈記҈」」は粘菌とかが出てくるバイオパンクですし、麦さんの「コーポレート・ポエトリー」はプラスチックパンクやグラスパンクの質感を彷彿させる、透明度のあるビジュアルを提示してくださっています。


ホワイト:みんな古典的なサイバーパンクに食傷気味、というのは英語圏で生活してる私もけっこう感じますね。『オルタード・カーボン』や『ブレードランナー2077』など最近ヒットした作品を見ると、確かにクオリティは高いし話も面白いんだけど、真新しいもの、インパクトのあるものかというとそうでもない。ジャンル自体が普遍化・陳腐化しきってレトロフューチャー感をまとったものになっちゃってるんですよね。どちらかというとヴェイパーウェイヴみたいな感じで、ジャンルの美学的なステレオタイプをいかに弄くり回してカッコいいビジュアルを作れるか、という。風刺性や批評性はあるかもしれませんが、新規性はない。
そうした殻を脱ぎ捨てようという動きも確かにあって、ひとつは永良さんが言うようにモチーフやテーマを変えながらジャンル的な更新を目指す、ポスト・サイバーパンクを指向するもの。もうひとつはサイバーパンクというイメージを現在性・社会性のあるものとして描く、古典的なディストピア文学などと似た指向のものではないかと思います。前者については麦さんや米澤さんの視覚芸術や、「サイバーゴシック」・「ハイパーウイルス」など、形式・メディアの面でパンクを表現するものが多いように感じています。
後者は初期のサイバーパンク運動が見せようとしていた景色をそのまま受け継いでいて、こちらは監視資本主義的、テクノ封建的な現在のハイパー資本主義の問題をより鋭く描いている。SNSやフロックカメラのようなプラットフォームを通して大企業によって言論の誘導や大規な個人情報収集がますます容易になりつつある現在、当初の作家たちが抱えていた危機意識がより広く共感されている感じはしますね。『サイバーパンク2077』はそうした意味で記念碑的なヒット作でした。
それを考えるとギブスンが未だに最前線で執筆してるのは偉いですよね。Amazonプライムで(皮肉にも)ドラマ化もされた『The Periferal』は面白くて、(まだ読みきれてないんですが)われわれに馴染み深い閉塞的な資本主義が生活を支配する近未来と大災害で世界が一旦めちゃくちゃになったあとの世界を描いている。「資本主義の終わりより世界の終わりを想像する方が容易い」という言葉を体現するかのような作品ですが、2000年以降指摘されるようになった資本主義リアリズムの問題を俯瞰した上で、「じゃあ今サイバーでかつパンクな表現をやるならどういう形になるのか」を考える作品は確かに増えてきているように思います。
永良:麦さんを誘うときはめちゃくちゃ勇気がいりました。さっきも言ったようにサイバーパンクに飽き飽きしてる方に対して、ド直球のタイトルの本に寄稿してくださいとお願いするわけですからね笑 でもいざ誘ってみたら、やはり麦さんなりのポスト・サイバーパンクのビジュアルイメージを提出していただけた。そういう意味では、この本全体を通して「サイバーパンクを更新する」みたいなノリが含まれているのはめちゃくちゃよかったなと思ってますね。
青山:ポスト・サイバーパンクでいうと、米澤柊さんとかも近い関心で声をかけてますね。まずサイバーパンクっていうのは、有機と無機、自然とテクノロジーがどのように混じりうるかが探られてた時代の表象だったわけです。では、それが当たり前のように一緒になっていっている21世紀以降、透明化されたテクノロジーのランドスケープの中で暮らす私たちにとって、サイバーパンクというのはどのようにあり得るのか? そうしたことを考える上で、米澤さんの作品は面白いと思ったんですよね。

一方で、さっきの麦さんが言うところの「いかにも」なサイバーパンク表現を、ナチュラルボーンに摂取してきた若い世代ならではの面白さもまた、ポスト・サイバーパンクだなと思います。そういう関心は本書でいうとGILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAEとか、TOKUのタトゥーとかですね。さっき僕が言ったサイバーパンクの装飾性とか表層性を衒いなく、自然体でやってる感じがあって、いい人選だったなと。というか、米澤さんとギロチンを「サイバーパンク」という枠で並べて語ること自体、結構見たことないし、面白いんじゃないかなと思いますね。


平:ろっとんくんは今回のデザインについてどう思いましたか?
ろっとん:やっぱ、過剰なものっていいなと思います。anon pressってエネルギー過剰な人が多いように感じるんですよね。だから急に鬱になったり躁になったりする。その意味で、anon press自体を表す表象として、サイバーパンクは適してんのかなと今更ながらに思います。過剰さについては、エネルギー過剰ワークを日々こなしている樋口さんが話してくれると思うんですけど。
樋口:過剰性は大事。過剰性をきわめて、すべてが溢れまくることによって、謎の人になる。脳内にくそでかいライバルを作る。同期とか、同僚とか、上司とか、お客さんとか、会社の中で出会う人は、どんなにすごいと言っても(ほとんどは)ふつうのサラリーマン。そんな人をライバルにしてもしょうがない。「イーロン・マスク」とか「ナポレオン・ボナパルト」とか「カエサル」とか、くそでかい存在をライバルにすることで、お前はくそでかい存在になる。ちょっと日和ったり怖気づいたり逃げたくなったときには、「こんなときイーロン・マスクなら、どうする?」「ナポレオンなら?」「カエサルなら?」と考える。すると、もう一歩踏み込めるようになる。踏み込めないなら、お前はイーロンに負ける。
高齢の中小企業の経営者の方々はしばしば松下幸之助のことを「松下さん」と呼んだり、稲盛和夫のことを「稲盛さん」と呼んだりする。知り合いとかであるはずがないのに、普通に知り合いとか友達について語るみたいに語る。まあ、高齢の方は大体誰に対してもそういうものだと言えばそうなのかもしれないが、あれは自分のことを松下幸之助とか稲盛和夫のことを「自分と同じ経営者」と見ているということなのだと思う。神様だろうがレジェンドだろうが、でも俺も同じ経営者だしなと。ヒップホップとかでも同じように、ポッと出の新人が「Rくん(R指定)」「呂布くん(呂布カルマ)」「ジブさん(ジブラ)」と呼んだりするが、これは自分と彼らがラッパーであるという点では対等であり、同じ地平にあると見なしているからなのだと思う。翻って、会社員はどうか? 同じ会社員として松下幸之助や稲盛和夫やイーロン・マスクやスティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾスを見ている人がどれだせいるか? キャリアのベンチマークに松下さんや稲盛さんやスティーブさんやイーロンさんやジェフさんを置いているか? 多くの人はそうしていないと思うが、そうするべきだ。そうでないなら、それは会社員というスタンスを引き受けられていない。覚悟が足りていない。経営者は自分で経営を始めたから経営者であることを引き受けている。ラッパーは自分でラップを始めたからラッパーであることを引き受けている。でも会社員の多くは、自分で会社員になったのに、会社員であることを引き受けきれない人が多い。無理もないが、そこで無理をすることで、松下幸之助のことを「松下さん」と呼べるようになる。何をするにも、まずはベンチマークと同じ土俵に立つべきだ。
無意味だけど/だからかっこいい
ろっとん:装丁の話で思い出したんですけど、てーくさんが『WERK MAGAZINE』をやっているテセウス・チャンが来日したタイミングで、『TOKYO CYBERPUNK TRIBUTE』と『anon press best of the best vol.1』を見せにいくっていうアツい話もありましたね。
青山:ありましたね。僕が爆速でモックをつくって、てーくさんに送るという。後日テセウスからてーくさんにメッセージが届いて、みんなで感動するみたいな。前の『anon press best of the best vol.1』座談会でも話しましたけど、僕はアートマガジンでいうと結構『WERK』の影響は大きいんですよね。
てーく:『WERK』は今はテセウスとアシスタントの完全二人体制でつくってるとか、最初の頃はギャルソンのプレスに5号くらい送りつけてたとか、いろいろ勇気をもらえる話をしてましたね。良い人でしたよ。サンプル見せたら興味深そうにしてました。
青山:ついでに『TOKYO CYBERPUNK TRIBUTE』の装丁についても軽く話しておきますか。一応、僕がアートディレクションということで、いろいろモックをつくりながら現状のかたちになってます。全体に樹脂がドロドロとテクスチャをつくりながらまとわりついていて、背に固定されたユニットから出たコードが絡みついているという感じですね。裏表紙には灰街令さんによる楽曲「EMBEDDED ENDROLL」を収録したCDもついてます。
まず、編集部のみんなでブレストする中で「コードを使いたい」とか「機械的なギミックを入れたい」みたいなアイディアが出たんですよね。それでいろいろ電子工作的な仕組みも考えたんですが、むしろ変に機能とかないほうがかっこいいなと思って。その時にはもう、さっきの過剰な装飾性の話とかも頭にあったので、ひたすらゴテゴテとした虚無的な外観を目指してつくっていきました。結果的にすごいマッシブなんだけど、どことなく嘘っぽいという変な迫力が出ている気がします。


平:『anon press best of the best vol1』も完全手製本でボルト留めという仕様でしたが、今回はさらにわかりやすく異様な感じになりましたね。
青山:あとは値段についてですね。税込33,000円です。本としては結構高いんですが、極少部数でフルカラー上製本、さらにそこにいろいろ手作業で加えてるというあたりで、特に法外な言い値というわけではないのです。これを編集している瞬間にも、僕は家で数千本のコードを切ったりネジを付け外ししたりしてます。午前5時です。
ただ、「CY」の会場では税込30,000円で売る予定です。だから会場に来て『TOKYO CYBERPUNK TRIBUTE』買うと、実質1,000円くらいでパーティを楽しめる。というわけで、みんなチケットも本も買ってほしい。
とはいえ3万は出せないけど紙で読みたい、という人はいると思うので、これが売れたら廉価版を出すかもしれません。
平:文喫とかでキャンペーンしたいですね。前のanon pressの展示みたいな感じで、行って・見て・買って・読んで・楽しいみたいなのができたら。
青山:名古屋と六本木で巡回展やってね。「CY」は音楽が軸だから、別の側面でもイベントやりたいですね。普通に、取り扱ってくれる実店舗も募集したいですね。
みんなのイチオシ収録作品を語ろう
平:それぞれ、収録作でお気に入りの作品について語りましょうか。
ろっとん:俺は先にも挙がっていた「極道會襲名式」ですね。あと、自分のフォロワーにはエンジニア系の人が結構いるんですけど、その人たちも結構この作品を気に入ってくれてるんですよね。SF界隈って閉じてる感じがあるので、その外側に広く届けることができた感じがして嬉しかった。それからこの作品はルビが多いので、いろいろ頑張ってルビを変換するプログラムを走らせたりもしましたね笑
平:長谷川さんは、anon pressから作品集『障害報告:システム不具合により、内閣総理大臣が40万人に激増した事象について』も出してくださっていますね。他にも今回のトリビュート参加者でいうと、十三不塔さんの『13 十三不塔作品集』、吉田棒一さんの『イ・ジンターネット』もanon press刊行の作品集です。

樋口:単純にSF的な観点でも実力派揃いの本になってますよね。空木春宵さんは創元SF短編賞、十三不塔さんはハヤカワSFコンテスト、猿場つかささんはゲンロンSF新人賞を受賞されていたり。

永良:僕も小説としては「極道會襲名式」が一番好きなんですけど、個人的にはニック・ランドを入れられたのが良かったなと思ってます。
サイバーパンクの源流になったウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』の中に出てくる冬寂を引用したり、ランドの「サイバーゴシック」には結構すべてが詰まってる感がある。あと、僕がanon pressに入って、ビジュアル的なぶちかましが加速していって臨界点を超えたのが、そのちょうど『サイバーゴシック』のコンセプトアートとか、サムネ画像作ってた時だったんすよ。青山さんにグリッチ手伝ってもらったりしましたけど、今でもなんか気に入っていて、あのあたりから自分のグラフィックを制作する能力とかも一皮むけた感じがしたので、そういう意味でも感慨深い。そう考えると「サイバーパンク」ってテーマなら真っ先に入れてもおかしくない作品なんですけど、実際に収録が決まったのは意外と終盤でしたよね。

平:「サイバーゴシック」とか「ハイパーウイルス」とか、異常論文の元ネタみたいな感もある実験テキストなわけですけど、この並びの中に入ると古典みたいな位置づけになるのが不思議ですね。
青山:anon pressの過去の掲載作を見返してて「あ、ニック・ランドいたじゃん」みたいな感じで収録されたという。でも振り返ると、テキストとビジュアルの遊びをもっと盛り上げようとなったのはそのあたりからなので、結構トリビュート全体の重心のひとつになっている作品ではありますね。
加速主義とサイバーパンクの食い合わせがいいっていうのも、さっき言った装飾が本質を食い破るみたいな話とつながるところがある気がしますね。いわゆるサイバーパンクって、ひとつの企業が国を牛耳ってて、テクノロジーはすべてその企業に資するよう人体を強化するべく最適化されていく、という世界観ですよね。で、それを個人がハックして叛逆したり、でもそれ自体が資本主義的サイクルの中に囚われているという虚しさがあったり。ステレオタイプとしてのノスタルジックなサイバーパンクと、さっき言ってた米澤さんとか麦さん的なポストサイバーパンクの間をつなぐものとして、ニック・ランドを入れられたのはよかったんじゃないかなと。

ホワイト:確かランドの作品は永良さんに声をかけてもらって訳すことになったんですよね。「サイバーゴシック」も「ハイパーウイルス」もビジュアルが先行して印象に残りがちなんですが、実際の内容を見てみるとどちらもけっこう昔から言われてるような問題をランドなりに論じてるんですよね。「サイバーゴシック」は『ニューロマンサー』を補助線にしてインターネット以降の経済論を展開していて、まさに今起きているような問題、つまり大企業が加速主義的なAI開発を通し、彼らにとって都合の良い形で社会や人間を破壊的に再定義しようとする未来像を予言している。「ハイパーウイルス」はアドルノやベンヤミン、リオタールにマーク・フィッシャーなどの理論家がずっと論じてきた話、つまり資本主義下においていかに芸術やメディアが無化され体制を再強化するための道具に成り果てていくのか、といったことをサイバー技術(≒インターネット)以降の社会という文脈で論じ直しているものと解釈しています。より身近な例でいえば、アングラでパンクなものが流行し始めるとすぐに美学化されたのち、流通しやすくカテゴライズ・再文脈化され、広告や商品の形で市場に組み込まれて本来のパンクさを喪ってしまうような技術と経済の関係とかですね。アドルノがそれを論じるのにものすごく難解な文章を書かざるを得なかったのと同様に、ランドもそれを表現するのにものすごくぶっ飛んだSFフィクションを書く必要があったのかなと思います。
青山:個人的に気に入ってる作品だと、青柳さんの「CALENDAR STORY MADE BY YOU, FOR YOU(暗号文を元にChatGPTが生成した詩)」ですね。企画当初は、まだChatGPTが面白い感じのテキストをつくれてたギリギリの時期で、そのタイミングでこの作品が来て「おおっ」と思った記憶があります。当時は生成AIの記号接地問題とかについて、文芸誌でもいろんな人が喋ってたりしてたと思うんですけど。でもこの作品には「現実にChatGPTの言葉が接地してないんじゃなくて、むしろ僕らはChatGPTの言葉が接地してるもう一つの現実について考えなきゃいけないんじゃないか」みたいなことを思わされたんですよね。そのへんから「この作品集は一筋縄ではいかないぞ」みたいな予感が漂い始めて、その意味でも印象深い作品です。

青山:あと、お揃いのタトゥー「東京反物語 Tong Kio Anti-Narrative」もいいですよね。『スワロウテイル』的なキメラっぽい言葉の奔流って感じで。ほんとうに、どことも知れない都市の喧騒を聞いている風情がある。灰街さんのテーマ曲「EMBEDDED ENDROLL」とは別で、本書のもう一つの通奏低音をなす作品だなと思います。


てーく:僕もお揃いのタトゥーさんの好きですね。大ファンなので。あと冒頭の木澤さんの「アメリカ」は、どの写真をピックするか悩んだんですよね。結構苦労したので、載せられて良かったな。
永良:「アメリカ」なんでちゃんと星条旗もレイアウトしましたよ。本当は八王子の写真ということで、星は8個になってます。

てーく:あれかっこよかった。なるほどね、素晴らしい。
ホワイト:私は「アメリカ」イチオシですね。資本主義下においては風景というものすら標準化されちゃって世界のどこにいても「生まれ育った故郷」で懐かしむ対象がみんな同じになってしまう、というヴェイパーウェイヴやリミナルスペースなどで見られた現象がうまく表現されていたと思います。
青山:写真でいうと、吉屋さんの「セントラル・キッチン・シティ」も、木澤さんとはまた違った都市へのユーモアがあって味わい深くて好きです。質感としてはすごくクールなんだけどカッコつきすぎないというか、都市のハリボテっぽさが剥がれる瞬間のつまずきみたいなのがありますね。

平:後半の濃厚な小説作品もいい。猿場さん、空木さん、十三不塔さんの並び。
特に私は猿場さんの「東京抱擁中心」が好きですね。マッチングアプリみたいなパーソナルなものと、建築とか都市とかのでっかいものがうまく重なってファンタジックな話になっている。これはすごいですよ。

ろっとん:パンチ効いてますよね。
てーく:ルビもね。京東東部とか。
平:異彩を放っているのは、吉田棒一「キルマンデイ」ですね。世界文学の趣もある。小説を読んでるぞ、という感じがして、ワクワクします。

過剰さの美学――ニューアカ、ゴシック、ハイパーポップ
てーく:80年代ニューアカのときは、デザインと実験文学と思想みたいなのものがミックスされながら展開してたけど、そこからジャンルごとに細分化・洗練されていった結果、ある種のミニマリズムみたいな窮屈さが出てきてしまいましたよね。日記とかエッセイみたいな個人の領域・主題でしか、もはや自由は担保されていないというか。そういう大きな観点では、この本はそこにもう一回デザインや実験性を持ち込んで掻き乱していこう、という試みにもなりうるんじゃないかなと。
青山さんがさっき言った「ガワが本質を食い破る」みたいな話にも近くて。僕は最近いろんな分野、特に音楽のポップミュージックの流れとかについて「バロック化してる」って言ってるんですよ。例えば、メタルのサブジャンルが肥大化していった結果、もはや全体を覆い尽くしてしまうといった現象が起きている。氾濫する細部の歪みによって全体の秩序が不安定になり、主従の関係性があやふやになっていく。そういう大きな潮流が、ようやく文芸にもやってくるのかもしれないという期待を感じられましたね。
永良:Twitterで僕が『GS たのしい知識』について呟いたら、今回の本にドローイング作品を寄稿してくれたり、「CY」にも参加してくれてるアーティストの水野幸司くんが「ゴシック」ってワード出してくれて、なるほどと思ったんですよね。

てーく:そうそう。まさに僕もゴシックとかバロックといったキーワードが最近ポップミュージックの分野で来てるなと思ってたんで、そことリンクして面白かったというか、嬉しかったんですね。ここでanon pressと合流するのかっていう気持ち良さがあった。
青山:寄稿者でいうと、JACKSON kakiの3Dとかはまさにそうした感性を視覚化している感じがあります。過剰にセンシティブかつセンセーショナルなものをいかにもハリボテっぽく描くなかで、生の身体にも純粋な情報にも還元できない雑多なものたちを浮かび上がらせているというか。

ろっとん:音楽の話に繋げつつマキシマリズム的な方向で言うと今回の本はめっちゃハイパーポップっぽいなと思っています。ここらへんはハイパーポップに関する同人誌を書いてるIoriNakaguroくんが詳しいと思うんですけど。
IoriNakaguro:ハイパーポップを含めたマキシマリズムの美学って結局のところ「無駄さ」を愛す姿勢だと思ってます。今世界中を覆い尽くし、全体主義を生み出してる効率主義へのカウンターとして機能してるから、マキシマリズムは今イカしているんじゃないかみたいな。ハイパーポップ的マキシマリズムは効率を高めることにゴールを置いてないからかっこいい。
青山:中世のゴシック写本は原典の正確な写しではなく、テキストと装飾が入り混じりながらどんどん歪んで奇形化していく、みたいな話ですよね。
それでいうと僕の地元の東京・王子はゴシックの街なんですよ。そもそも「王子」っていうのは、ある主神から分かれて子供の姿で顕れる神のことを指す言葉で、熊野権現信仰において特に顕著でした。だから王子の街も熊野の写しみたいなところがある。しかも近世の王子は徳川吉宗が都心への一極集中を緩和するために江戸の各地に名所をつくろうというので、桜が植樹されたことで賑わったんですね。つまりある種のテーマパーク的なカリカチュアがある。無論、言うまでもなく現行の桜=ソメイヨシノはクローンによって殖える写本的生物ですし。それから近代では、王子製紙の創業地でもあって、実際、家の近くには倉庫跡のでかい敷地があった。そこはいまや保育園から公園、スーパー、老人ホームまで込み込みの大規模マンションになってて、隣に立つ団地群とあわせて街の自己相似形みたいな風情があるんですよね。とにかく、いろいろな写しとかミニチュアが寄せ集まり重ね合わされることで描かれる、原典すらわからない歪んだ写本の街という感じなんですよね。
ホワイト:80~90年代サイバーパンク運動の総まとめみたいな作品である「サイバーゴシック」がなぜゴシックなのかという話にも通じますね。王子憂鬱。サイバーパンクって美学的・市場主義的な複製・再生産のうちに本質だと考えられていたものがすり減った末の混沌とした社会で、何にどう本質を見出せるか、というところにパンクさがあると思うんですけど、そういうところもけっこう構造がゴシックだと思います。
サイバーパンクの拡張可能性
平:結果論ですが「サイバーパンク」っていうテーマ自体に思った以上に強度があった。作業や技術的な面を措くと、テーマとして詰まることはなかった気がします。むしろ伸び代や拡張性がありすぎるくらいで、まだまだ掘り下げられる分野なんだなと思いましたね。
てーく:そうですね。器として結構でかいというか。
平:音楽とか、他の媒体でこのテーマをやったらどんなものが出てくるのかな、という興味もあります。JJJの『Cyberpunk』とかモロにそんな感じかな。
ろっとん:JJJはインタビューで「サイバーパンク2077」のサントラからの影響を語っていましたが、BenjazzyとJJJが川崎出身ということもあって、川崎の街にサイバーパンクという意匠が託されてますよね。ネオンサイン、ストリート、エンジン、バイクの方のKAWASAKI。
平:先ほど出た青柳さんの詩をはじめ、生成AIを活用した作品もいくつかありましたね。
樋口:いま(座談会当時)、Googleが11月にアップデートしてきたGoogle Cloudの機能をめっちゃレビューしています。
ろっとん:Google Cloudがデジタルネイチャーなんですよね?
樋口:そう。いろいろやばいんだけど、たとえば、AlloyDB for PostgreSQLで自動エンベディング生成ができるようになって、特定の列のデータを自動でベクトル化して、メンテナンスを最小限にしてテーブルデータをセマンティック検索やRAGに使えるようになってるのとかマジはんぱないすね。Googleってやっぱもともと検索の会社で、データのIndexingとか検索アルゴリズムとか、謎の独自技術があって情報空間の制御がマジはんぱないわけよ。Google Cloudでふつうに提供されてるサービスちょっと見てみても、BigQueryとかBigtableとか、昔からあるけどやっぱすごいですよ。で、LLMの時代になって、LLMって解釈エンジンとしては超すごいわけだけど、結局コンテキストを与えてあげないとただの天才ニートみたいな感じなわけね。ChatGPTとかさ、人間なら誰でもできるような会議調整ひとつまともにできないじゃん。あいつ天才だけど引きこもりなんだよ。安楽椅子探偵とかのイメージが近いかな。まあなんでもいいんだけど。で、Googleはその天才ニートに仕事をちゃんと教えてあげて、動かして、働かせることが超得意って感じなわけ。マニュアルを渡してワークフローに流して実行支援してあげて、みたいな。業務ってのはインプットがあってプロセスがあってアウトプットがあって、そのアウトプットがまた別のワークフローのインプットになって、って流れていくわけだけど、いまのAIプレイヤーの中ではGoogleだけがその要素のすべてを圧倒的にすごい広さと深さでおさえてる。で、その発展の先に、世界がある。世界がLLMによって検索可能になって、機械が解釈・加工・編集可能になる。Googleは〈世界モデル〉っていう並行世界そのものをLLMでシミュレーションしていくやばいサービスも出してるね。世界そのものがビッグデータで再現できて、検索できるようになって、LLMがシミュレーションできるようになったら、すべての課題を解決することができるかもしれないし、すべてのリスクを未然に防ぐとかできるようになるかもしれない。理論的にはね。書いててこわくなってきました。これとか完全にボルヘスの「バベルの図書館」だし「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」だよね。デジタルネイチャーってもともとボルヘスっぽいなあって思ってたんだけど、Googleは完全にボルヘスだし、デジタルネイチャーだよね。OpenAIはエンジン作りとインターフェース作りはうまいけど、〈世界〉そのものをプラットフォームとして再現可能なのは、やっぱくそでかビッグデータとげきつよ検索アルゴリズムを持っているGoogleだなあって。俺が言ってること、わかる? ここではもう触れないけどGemini 2.5 Computer Useもすごいから、ぜひ試してみてほしい。
ろっとん:この座談会は文字起こしをGeminiでやってて何がすごいかって話者の分離を勝手にやってくれてたんですよね。文字起こしが上がってきた段階で普通にろっとんとか平とか発話者をちゃんと分類してくれてる。2年前ぐらいの精度から比べるとホント雲泥の差っていうか。Googleマジでヤバい。
樋口:これ編集もGoogleDocsでやっとるしな。あれ? プライベートアカウントってオプトアウトできてるんだっけ? そうじゃないとすると、いまこの瞬間にGoogleDocsに書いてる内容もGeminiの学習対象になってるかもしれませんね。でも単独のチャットアプリとしては俺はGeminiよりChatGPT派だけどね。ChatGPT 5.1のthinking modeで「じっくり思考」選択して、これまで出力に違和感を覚えたことがないですね。人間より頭いいと思うことのほうが多いんで、ふつうにシンギュラリティ来てます。ところで俺はいまこの瞬間(追記中)もまだ仕事残ってるんで、そろそろ仕事戻りますわ。さよなら。
ろっとん:こないだ東大で円城塔の講演会を見てきたんですけど、円城塔としては自分の文章をAI学習させることはOKというスタンスらしくて、その理由として「自分の文章を学習したAIによって将来の日本語が変更できたら面白い」というようなことを言ってて最高でしたね。俺達のこの座談会も将来の日本語を変える可能性があるかもしれねえ。
そして、黄昏の先へ――タバコ、老後、ウエルベック
青山:でもやっぱ、サイバーパンクって普通に考えると古すぎるというか、表現的にも思想的にもエグみが出ちゃうわけですよね。今期アニメの『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』とかも原作リスペクトでやってるけど「今更これやってどうするの?」みたいな声はあるわけで。そこで、毒も薬も全部盛りにして出す方向に振り切れたのは、anon pressならではなのかもしれないですね。それによって結構、今のカオティックなシーンをうまく捉えられている感じはある。
てーく:音楽シーンとかもそうだと思うんだけど、情報だけ氾濫してて、トレンドがどこに向かうのかわからないまま飽和してるっていうのが現在の状況で、『TOKYO CYBERPUNK TRIBUTE』には図らずもそうしたムードが出てるのかなと思ってます。
あと、なんだかんだanon pressも長く続いてるから、良くも悪くもほっとかれてる感じはある。作品数もこの前数えたんだけど、200ぐらいあるよね。
青山:もう250くらい。
ろっとん:全部印刷したら辞書みたいになりそう。
永良:『anon press best of the best』もvol1しか出てないですからね、しかもなかなか届かないという。ときどきポツポツと届いた人の声が聞こえて、ああポツポツと出荷されてるんだなと。
青山:ようやくほぼ出荷終わりました。これ見て「まだ届いてないよ」という人は連絡してください。vol2もつくらないとなんで、またなんか面白いのを考えましょう。でも、vol1と同じ手法は現実的じゃないですけどね。家庭用プリンタでひとり製本は想像以上にマスキュリンですよ。トキシックでもある。ビジネスモデルも含めて。まあだからといって、完全にクリーンな方向に行くのもつまらないですけどね。
平:タバコくらい吸うでしょ。普通じゃんみたいな。
ろっとん:タバコでいうと、最近Z世代の間でタバコが再びかっこいいものになりつつあるぜ! といった趣旨の記事を読みましたね。実際、映画でも『名もなき者』とか『オッペンハイマー』とかもめっちゃタバコ吸うし笑
樋口:平さんは■■■■■■■■■■■だしね。酔っ払ってカラオケ行って、ナインインチネイルズのスターファッカーズインクとか歌ってね。トキシック!!! あと、筑摩書房の編集者の方便さんが、むかし、コンビニのカレーを裸で小脇に抱えてる写真をDiscordにあげてて、なんかめっちゃトキシックだと思ったんだよな笑 あとマジでどうでもいいんだけど、なんかTinderからステマの依頼DMがきててくそおもろかった。

てーく:『名もなき者』、ボブ・ディランね。あとスプリングスティーンの映画もあったな。象徴的でしたね、そういう意味では。
青山:在りし日の男性性へのノスタルジーと、黄昏のあとも続く日々というか。
平:まだ観てないですけど、印象としては『ワン・バトル・アフター・アナザー』も似た印象ですね。じゃあ今度トリビュートする時は「老後」にしますか、テーマ。
てーく:老後ね。いやもう本当ね、40近づくとマジちょっと生々しいからな。結構ね、もう、もうびっくりするぐらいリアル、老後が。いやリアルだよね。すっごいね目が悪くなるの。視力めちゃくちゃ落ちるの。本当。ここ数年で。まあどうでもいいんですけど。
平:もう本当、健康診断がドキドキ、ドキドキだもん。
てーく:いや俺肝臓の数値やばかったもんな。やばい、もうやばい、なんだこの話。
青山:ウエルベック『滅ぼす』みたいな感じですね。
樋口:宇宙が誕生したとき、巨大な爆発音が無の中で鳴り、我々は今なおその残響の中で生きている。その音が鳴り止むとき、全ては再び無の中へと帰っていく。そしてあとには何も残らない。静寂だけがあり、あるいは静寂すらもどこにもない。始めからそこには何もなかったかのように。
ミシェル・ウエルベック『滅ぼす』は人類文明の喧騒を緻密に描写し、同時にその緻密さをもって、それらのできごとの全てを無化するように描写する。舞台は二〇二六年のフランス。翌年に大統領選を控えた慌ただしい官僚組織の中で、夫婦生活に問題を抱えた主人公、ポール・レゾンは人生から逃れるように仕事をし続ける。大統領選に出馬予定の上司のための文書作成、対抗馬の動向確認、そして国際テロ組織から幾度も届けられる犯行声明への対応。小説はあたかも、連日の深夜労働によって分泌されるアドレナリンとドーパミンによってハイになったワーカホリックな官僚たちの心境を映し出すようにして進行していく。ポールは自分の仕事を愛している。けれども一方で、そんな仕事を生み出している社会を「滅ぼす」ことを試みるテロリストにも共感を寄せている。
物語は基本的に、テロ組織への謎解きを軸にしてサスペンスフルに推進される。けれどもその流れは唐突に断ち切られる。以降の展開に関する詳細は作品の核心に触れるため割愛するが、サスペンス=宙吊りは、ポールが自分自身の、代わりのきかない、私的な、動かしがたい、生活上の、あるいは人生そのものの、絶対的な問題の発生を前にして、永遠に宙吊りのまま捨て置かれる。ここで物語は、それまで展開してきた「滅ぼす」というテーマ自体を自ら「滅ぼす」のだ。
ポールが生きる、あるいは我々が今ここに生きている近代社会は、死を遠ざけることを目的として発展してきた。傷を治し、病いを治し、死を待つ人々は病棟の中へと隔離され、その結果、健康的で清潔で、道徳的な秩序ある生活空間の中で日常を過ごす人々は、自分がいつか死ぬことを、現実感をもって迎え入れることが困難になった。けれどももちろん、言うまでもないことなのだが、人は死ぬ。例外なく、いつかは誰もが必ず、死という抗うことのできないできごとによって滅ぼされる。死という確定的な真実の前では、大統領選に向けた準備も、テロの謎解きも、その他のあらゆる重要とされる仕事も、結局のところ、近代社会が用意した、ひとときのかりそめの喧騒に過ぎない。絶対的かつ私的な問題を前にして、ポールの妻は魔女信仰に傾倒し、ポールはニューエイジに共感を寄せ、ミステリ小説を読み耽ることで、ささやかながら静かな生活を取り戻す。
物語の最後でポールの妻は「私たちには素敵な嘘が必要だった」とささやく。そこで言われる嘘とは何か。答えはどこにもなく、文が尽きるとともに、あらかじめ約束された無が、そこに生きた全ての人々の全ての絶望と希望とを消し去っていく。
平:樋口さんとかほんとハヤカワで受賞しといて良かったと思うもんね。なんかああいうのなかったらウエルベック状態に入ってた可能性も。
ろっとん:金稼いでるからウエルベックにはなんないんじゃないですか。
てーく:ウエルベックも稼いでるでしょ。
ろっとん:あ、そうか、ウエルベックも稼いでるよな。
てーく:まあだから稼いでてもやっぱ残り続ける何かみたいなのが、ウエルベックにも樋口さんにもあるみたいな。
ろっとん:なんかフォローしてる人に、「SDGsとanon pressは頭ん中で同じ箱に入ってる(やってることはいいけど態度は気に入らない)」って言われててめちゃくちゃ良かったですね。それってつまりかっこいいってことじゃん、みたいな。まあ褒められてはないんでしょうけど、めっちゃ好きですね。
平:まあ僕ら「ワン・ペニス・アフター・アナザー」とか出してますからね。
てーく:確かにね。ちょっとな。

『TOKYO CYBERPUNK TRIBUTE』書誌情報

現代における「サイバーパンク」の可能性を追求する作品集。
SF小説家はもちろん、詩人、漫画家、デザイナー、現代アーティスト、音楽家、映像作家、思想家、フォトグラファー、タトゥーアーティストなど、各領域で新しい表現を模索している方々を招聘。小説6作、詩歌5作、漫画2作、写真集2作、ビジュアルアート5作、異常論文(翻訳)2作、楽曲1作の計23作品をラインナップ。
今回発売される物理版では、装丁をはじめとした特殊な仕様の数々によって、各作品の世界観を余すところなく表現している。
【仕様】
・B5変形判(220×165mm)
- 全496ページフルカラー
- 全面を黒色樹脂でコーティングし、背表紙に配線器具を固定した特殊装丁
- 灰街令の楽曲「EMBEDDED ENDROLL」を収録したCDが付属
- 限定50部、エディションナンバー付き
【価格】
・通常価格 33,000円/「CY」会場特別価格 30,000円(いずれも税込)
【目次】
・木澤佐登志「アメリカ」
- 吉屋亮「セントラル・キッチン・シティ」
- 長谷川京「極道會襲名式ヤクザバース・トランザクション」
- ✞きど✞「「҈手҈記҈」」
- 米澤柊「ハッピーサイレンス」
- 青柳菜摘「CALENDAR STORY MADE BY YOU, FOR YOU(暗号文を元にChatGPTが生成した詩)」
- 橋本麦「コーポレート・ポエトリー」
- 平大典(原作)+永良新(作画)「パチンコア・パチンカス」
- 永良新「R.A.W. 戦走機械 Prototype Ver.」
- GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE「無題」
- 桜井夕也「PANDEMONIUM」
- 吉田棒一「キルマンデイ」
- 猿場つかさ「東京抱擁中心」
- お揃いのタトゥー「東京反物語 Tong Kio Anti-Narrative」
- TOKU「無題」
- JACKSON kaki「3DCG、デジタル、有機物への想像力」
- 空木春宵「De(ath)crypt Script」
- 十三不塔「ウェイク・イン・クローゼット」
- 水野幸司「Organ 2025」
- ニック・ランド(著)+ホワイト健(訳)「サイバーゴシック」
- ニック・ランド(著)+ホワイト健(訳)「ハイパーウイルス」
- 灰街令「EMBEDDED ENDROLL」
anon press presents「CY」
『TOKYO CYBERPUNK TRIBUTE』物理版は、7/31(金)と8/1(土)に北千住BUoYで開催するリリースパーティ「CY」で発売されます。
会場では総勢13組の演奏やDJに加え、映像、展示、パフォーマンス、トークなどさまざまな表現が入り乱れます。書籍はもちろん、音楽やアート、映像などに関心のある方を幅広くお待ちしております!
チケットは以下から:
https://anonpress-cy.peatix.com/
【日時】
- 2026年7月31日(金)16:30―21:30
- 2026年8月1日(土)12:30―20:00
※開場・受付は各日開演の30分前から
※入退場自由(再入場時はリストバンドを提示いただきます)
【会場】
- 北千住BUoY 地下スペース(〒120-0036 東京都足立区千住仲町49-11)
【チケット】
- 1day: 前売 4,000円/当日 4,500円
- 2days: 前売 7,000円/当日 8,000円
【ライブアクト】
▼7月31日(金):
- EYRIE
- 諭吉佳作/men
- kidlit
- 灰街令
- Shuta Hiraki
▼8月1日(土):
- r0tten
- lil peace
- MON/KU
- HAIZAI AUDIO
- JACKSON kaki
- UNCIVILIZED GIRLS MEMORY
- Yaporigami
- 夢咲みちる
【VJ】
- aratanagara
- yonayona graphics
- 米澤柊
- シークレットゲスト(後日発表)
【展示】
- synomare
- 日向曖
- 米澤柊
- 水野幸司
- 伊藤道史
【トーク】
- anon press + シークレットゲスト


