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惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公「チンポジ」

惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公「チンポジ」

◆作品紹介

先日9月2日に第一作品集『たまたま座ったところに〝すべて〟があり、それが直腸に入ってしまった。』(anon press)を上梓したばかりの新鋭SF作家「惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公」。その謎の創作意欲には尽きるところがなく、継続的にかなりの量の短編を書いて送ってきてくれるのだが、その作風はつねに低IQの爆笑とともに心身の脱力を引き連れ、長時間労働でいきり立った俺のやる気を削いでくる。デトックスSFとでも呼びたくなるような曰く言い難い清涼感がそこにある。このたびお送りする新作掌編「チンポジ」は、際限なく拡張された座標空間を移動するチンポジというアイディアだけで押し切っていく、脱力レベルが圧倒的な最高にくだらないSFだ。みなさんもぜひ爆笑して、元気になってほしい。(編・樋口恭介)

以下、記事の本文です。

このところ、どうもチンポジがずれ続けている気がして気持ち悪いのだが、今朝パンツを脱いで愕然とした。明らかにチンポの位置が左に、具体的にはおれの左太ももの付け根あたりにスライドしているのだ。

鏡を見ておれはしばらく固まってしまう。これはどういう現象なのだ。なんらかの病なのか。しかしチンポジが、物理的にここまでズレるなんてものは聞いたことがない。かかるとしたら泌尿器科か、あるいは外科なのだろうか。ここはいったん様子を見るべきであろうか。おれはとりあえず起きがけの小便を出し(ズレてはいるが、機能に問題はないようだ)、会社に向かった。

それから二週間ほどは何事もなく過ぎた。あからさまにズレたチンポジのことは気にならないでは無かったが、人間慣れてしまえばどうにでもなるし、第一チンポを見せる相手もいまはいないのだ。そんなこんなで目先の忙しさにかまけておれはこのチンポジ問題を頭の隅に追いやった。これがいけなかった。

ある朝、俺は隣室からの悲鳴で目覚めた。まったく、朝っぱらから非常識な。文句のひとつも言ってやろうと壁に近づき様子を伺うと「チ、チンポ、チンポの幽霊……!」と聞こえてくる。まさか。おれはすぐさまパンツを脱ぐ。嗚呼ッ、なんたること。きのうまでおれの左太ももの付け根にあったはずのチンポが、ないのである。それに、我に返ってみればなんとなく陰嚢がスースーする気がするのだ。おれは立ち上がり、あるはずのない、もしくはないはずのないチンポを求め部屋を二、三歩歩く。その瞬間、ふたたび隣室から悲鳴があがる。「アアッ! 窓に! 窓に!」なるほどチンポジがずれているとはいえその座標軸の原点はおれであり、いまおれが部屋を二、三歩歩いたことでチンポの位置も変わったのだろう。間違いない。おれのチンポは、この壁の向こうにあるのだ。

隣室の住人は若い男であった。おれが事情を話すと、彼は複雑な表情を浮かべつつ、ひとまずこの状況を受け入れてくれた。

「どうでしょう、ぼくの叔父に、一度相談してみましょうか?」

「きみの叔父さんはその、チンポジの専門家か何かかい?」

「いえ、JAXAなのですが」

「JAXA?」

その、JAXAの叔父なる男が、「ははぁ、なるほど……いや、なにこれ……」と隣室で呻く声が聞こえる。いくらJAXAでもこれは専門外だろうと思うがおれとて他人の善意を無碍にするのは本意ではないのだ。

宇宙は比較的詳しいのですが、とJAXAが苦笑する。そうでしょうとおれは応じる。

「どうでしょう、試しにGPSを埋め込んでみるというのは?」

「GPS? チンポに?」

「ええ。ポジションの変動、その傾向が掴めれば、なにか対策が打てるかもしれません」

GPSが埋め込まれた。痛みは無かった。それが何故か悲しかった。

チンポはゆっくりと、しかし確実におれから遠のいていった。時折スマホで位置を確認するのだが、徐々に南下しているようにみえる。そのうえ日を追うごとに移動速度が上がっているようなのだ。そのうち「怪奇! 空飛ぶチンポ」なんていうSNSの投稿が相次いだりもした。

「まずいですね」と電話口で開口一番にJAXAが言う。

「いまウチのツテで、富岳で計算してみたのですが、どうもあなたのチンポは物理的な制約を受けずに、まっすぐ進んでいるようなのです」

「どういうことですか?」とおれはたずねる。

「つまり、重力の影響を受けていない……文字通り、あなたのいる位置からまっすぐに南下……いまは南下ですが、直進しとる訳ですから、そのぶん高度が徐々に上がっているのです」

なるほど道理で、このところ睾丸がぎゅっと締め付けられるように感じていたのはチンポの高度が上昇しているためであったか。

「ア……いま、アカサカサカスの高さを超えました」とJAXAが告げる。

 

 

おれは時折空を見上げる。歳をとったからではない。あの空の何処かにおれのチンポが見えるのではないかという期待からである。先日、数年ぶりにJAXAから連絡があった。「間もなく、太陽系の外に出ます」。おれのチンポはこれからもまっすぐにあの虚空を飛び、いずれ人類未踏の領域へと踏み込むのであろう。そのときおれのチンポを見ることになるのは、いったいどのような存在なのだろう。

「このところ夢を見るんです」

「どんな?」

「暗く、虚しく、ただただ寒い場所にいて、四方八方から握りつぶされるような……そんな夢です」

おれの話を聞いてJAXAは黙りこくる。

「もう、終わりにしませんか?」

JAXAがおれの手を握り、目を見て言う。彼との付き合いも、もう十数年になるか。澄んだ目の男だなとおれは思う。先日は彼とともに彼のおい、つまり元々おれの隣に住んでいたあの若い男の結婚式に参加したのだ。光陰矢の如し。そしてチンポは幾千光年離れ――。

おれはJAXAに付き添われ、とある寺へと向かう。既に住職には前もって話を通してある。住職はおれをみるなり目に涙を浮かべ「あんさん、つらかったやろ、あんな遠くまで……ひとりで……いや、遠くにおるんはちんぽうやけど……」と言い、おれをひしと抱き寄せる。おれは訳も分からぬまま、住職の腕の中でわんわんと泣く。JAXAも泣く。本堂にはこの日のために全国から高僧が集まり、読経は夜を徹して行われた。明け方近くであろうか、住職がいわくありげな大振りの業物を携えておれの前までやってくる。住職が頷く。おれもコクリと頷く。JAXAも頷く。上段に構えた太刀を住職が振り降ろす。切っ先が、丁度おれの股のあいだの、本来チンポがあるべきポジションを通過する。嗚呼ッ。おれの脳裏にこれまでの生涯の、あらゆる場面のチンポが走馬灯のように浮かび上がる。ともに成長し、ともに苦楽を味わい、ともに笑い、ともに泣いたおれのチンポ。〝彼〟とのつながりがいま、確かに断ち切られた。おれとのつながりによってのみ、この認知可能な宇宙のさらに向こう側に独り存在していたおれのチンポが、いまその役割を終えたのだ。ありがとうチンポ。さようならチンポ。いつの日か、我々人類もきみのいるところまで辿り着くだろう。きみはその道標、あの夜空に輝く北極星。

 

◆作者プロフィール

惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公(わくせいそらりすのらすとの、びしょびしょのじっかでびしょびしょのちちおやとだきあうびしょびしょのしゅじんこう)

2022年5月、庵野秀明展に行く。

そののち、自らを省みて「このままではいけない」と強く思うようになる。

同年6月より、カクヨムにてシナリオ・掌編などの投稿を開始。